『』内は外国語です。
プログラムは進んでいく。
「あ」
じっと自分達用のプログラム表を見下ろしていた真琴が、小さな声を上げて隣に座る楓に向かって言った。
「かえでくん、つぎだよ」
「・・・・・めんどくさいなあ〜」
楓は生徒達に貢いでもらったオヤツを伊崎に没収されて少々不機嫌だった。その代わりというように小さな飴を1つ貰ったが、これ
とさっきの物では全然グレードが違うのだ。
「え〜、かえでくんがんばろーよー」
しかし、真琴のおっとりとした言葉に促されると、きつくつり上がった楓の目元も少し緩んできてしまった。
太朗とは何でも言い合う喧嘩仲間なのだが、真琴や静のようにおっとりとした相手には毒舌も冴え渡らない。
「ね、いこ?」
「・・・・・うん」
「たろくんたちもさがさないと!」
「あいつ、どこうろうろしてるんだよ」
2人はキョロキョロと他の3人を視線で捜し始めた。
来賓席に子供達の姿が無いことに最初に気付いたのは海藤だった。
(どこに・・・・・?)
先程連れ立ってトイレに行ったばかりなので、いったいどこに遊びに行っているのかと気になった。
私立の学校で、それなりの警備もしているとはいえ、今日は父兄やその他関係者も数多く来ている。危ないことが早々あるとは
思わないが、それでも心配し過ぎるということはないだろう。
「倉橋、真琴達を見なかったか?」
海藤は会場係として忙しく動いている倉橋に声を掛けた。
倉橋はいいえと答えながら自分も来賓席に視線を向け、眼鏡の奥の切れ長の目を細めた。
「捜してきます」
「頼む」
しかし、踵を返そうとした倉橋の腕は、いきなり伸びてきた手に掴まれてしまった。
「あ、綾辻先輩」
「副会長、あの子達なら、ほら、あそこ」
綾辻が指差した方向を見ると、なんと用具置き場の前に5人の子供が立っていた。
楽しそうに何か話している様子は、自分達がどうしてそこにいるのか分かっているようだ。
「・・・・・あれは?」
「障害物走の障害」
「どういうことだ?」
「見れば分かりますって」
楽しそうに笑った綾辻は、そのまま困惑している様子の倉橋を連れて行った。
しかし、海藤はその2人よりも目の前にいる子供達のことが気になって仕方がない。
(障害物走・・・・・また小田切が何か考えたのか?)
どんな競技をするかや進行は全て頭に入っている海藤だったが、1つ1つの競技の詳細までは目を通していなかった。
一応あまり仕事をしていなかった上杉に頼みはしたのだが・・・・・自分から少し離れた執行部席に座っている上杉も眉を潜めて
いるところを見ると、何も知らなかったというのが良く分かった。
曲者である小田切が何を考えているのか、海藤は今からでも全ての競技の詳細を知っていた方がいいのではないかと心配にさえ
なってしまった。
可愛い友春が、ゴール手前に置かれた椅子に座らされている。
いや、正確に言えば、横一列に並べられた5つの椅子に5人の子供が座っているのだが、アレッシオの目には友春の姿しか見えな
かった。
「あれはなんだ?」
(なぜトモがあの場所にいる?)
アレッシオの疑問はそのまま隣にいる江坂にとっても同じらしく、側に置いていたプログラムを改めて見て眉を潜める。
「・・・・・障害物走、らしいですが」
「何だそれは」
「いくつかの障害を乗り越えてゴールするんですよ。あそこに並べられている平均台や網をくぐったりして・・・・・で、最後にあの子
達は何をするんでしょうかね」
さすがの江坂も把握していないらしい。
「・・・・・多分、小田切でしょうね。あいつはこういうことが好きですから」
「・・・・・」
アレッシオは立ち上がった。そして、そのままグランドの中に歩いていきそうになるのを反射的に江坂が止める。
アレッシオが何をしようとしているのか江坂には十分理解出来たが(自分もそうしたいくらいだ)、そうでなくてもその存在感だけで目
立つアレッシオが動くと、余計な騒ぎを起こしかねない。
「とにかく様子を見てみましょう。目に余るようでしたら必ず止めさせますから」
そう言うと、ようやく準備が終わったらしいグラウンドに、江坂も厳しい視線を向けた。
学年混合、障害物走が始まった。
それは、途中まではごく普通の障害物走だった。
平均台を渡り、網をくぐって、スプーンでピンポン玉を運んで・・・・・しかし、ゴール手前の障害物、5人のお子様はなかなかに手
強かった。
「タ、タロ君っ?」
それまで1番で辿り着いた生徒が太朗の前に行くと、マイクを持っている太朗がいきなり大きな声で言った。
「もんだいで〜す!おれのすきなたべものはなんでしょー、つぎの3つのなかからえらんでくださーい!1ば〜ん、ハンバーグゥ!2
ばん、スパベッキー!3ばん、カレーライスゥー!」
「い、1番のハンバーグッ?」
「ブ〜!せいかいは、オムライスでしたー!」
「そ、それ、答えに入って無かったよ?」
「つづいてもんだいでーす!」
そう、これは最強とも言える障害物だった。
それぞれ5人の子供達は自分に関する三択問題を出してくる。もちろん答えは本人以外分かるはずも無いのだが、それでも3つ
の中に答えがあればいい方で、太朗などは素で全然別の答えを言ってしまうし、確信犯の楓はわざと違う答えを言う。
そのやり取りはマイクで全て聞かれていて、会場内は大爆笑になっていた。
「ま、マコちゃん、簡単なの頼む!」
「は〜い。もんだいです、おれのすきなどーぶつはなんでしょー?1ばん、わんちゃん、2ばん、ねこちゃん、3ばん、うさぎちゃん」
「い、1番の犬!」
「はずれ〜、せいかいはぜんぶすきで〜す」
「ま、まこちゃんまで・・・・・」
「楓君、俺、さっきお菓子あげた・・・・・」
「あ、あのおにいちゃん?あれのおかげで、きょーすけにおこられちゃったんだー。だから、むずかしーもんだいにしちゃおうっと」
「え?」
「もんだい!おれのにいちゃんのひっさつわざはなんでしょー?1ばん、うらけん、2ばん、かかとおとし、3ばん、まわしげり!はずれ
たらにいちゃんにいいつけちゃうからな」
「そ、そんな・・・・・」
「静ちゃんは易しい問題を出してくれるよな?」
「うん、かんたんだとおもうよ?えっと、つぎのなかで、はなよめさんがするおびはどれでしょう。1ばん、ちゅうはばおび、2ばん、ちゅ
うやおび、3ばん、はんはばおび」
「え?そ、そんなの分かるわけ無いって!」
「え〜、おにいちゃん、わかんないの?」
「・・・・・」
「・・・・・」
「と、トモ君?」
「も、もんだ・・・・・い、いいですか?」
「い、いいけど、泣かないでよ?」
「ぼ、ぼく・・・・・ぼく・・・・・」
全く、列は進まないが、その面白さはかなりのものだった。
見た目も可愛らしい子供達の高い声がマイクで拾われるたび、歓声やどよめき、笑い声がグラウンドに響いて、その面白さに自
分も口元を緩めた小田切は内心よしよしと頷いていた。
子供達にはそれぞれ自分の好きな問題を考えてくるようにと伝えたが、それぞれが自分の得意分野を持ち出してきているのがな
かなかに興味深い。
子供特有の論理で、間違いも間違いにしないというか・・・・・正解は1つじゃないというか、人の心理を探ることを趣味の一つと
している小田切にとっては、なるほどと感心するものもあった。
「・・・・・あれは、お前か」
呆れたような声に顔を上げた小田切は、渋い顔をしたままの上杉に笑い掛けた。
「そんな顔をしたらファンが減りますよ」
「こーいう顔がいいという奴もいるんだよ」
「太朗君は違うんじゃないんですか?」
「・・・・・」
「いいじゃないですか。あの子達も楽しんでいるし、見ている者達も楽しい。体育祭はこうでなくちゃ面白くないでしょう?」
「お前とことん利用しているな」
それには、小田切は答えなかった。
しかし、面倒くさい雑用を押し付けられた見返りとして、多少の楽しみがあってもいいだろうと思っている。
(文句はやることをやっている人が言えることだし)
小田切のそんな言外の気持ちが分かるのか、上杉はそれ以上は何も言わなかった。
いや、目の前の楽しそうな太朗達の顔を見ていると、とても文句も言えないのだろう。
(楽しみは自分で見付けなければいけないんですよ)
上杉のそんな横顔を見つめながら、小田切は再び歓声の上がったグラウンドに目を向けた。
(後は借り物に・・・・・そうだ、騎馬戦もあったな。でも、さすがに子供は危ないか・・・・・?)
心の中でさらにそんなことを考えているなどとは、さすがに上杉も気付かないに違いなかった。
「あー、おもしろかった!」
「うん、たのしかったね」
「でも、ばかばっかりだよな〜。いまどきのこーこーせいってあんなのばっかり?」
「そんなこといったらかわいそうだよ、かえでくん。かえでくんのもんだい、むずかしかったよ?ね、ともくん」
「う、うん・・・・・でも、みんなちゃんといえてたのに、ぼく・・・・・」
「トモはそれでいいんだ」
いきなり上から降ってきた声に、5人はいっせいに顔をほぼ真上に向けた。
そこには友春がいるせいか、何時もよりも随分優しい顔をしているアレッシオが江坂と立っていて、びっくりして目を丸くしている友
春を軽々腕に抱き上げた。
「よく頑張ったな、トモ」
「ほ、ほんと?」
アレッシオに褒められた友春は、泣きそうに歪めていた顔を僅かに綻ばせる。そんな控えめな表情はとても友春らしくて可愛くて、
アレッシオも思わず自分も笑みを浮かべてしまった。
すると、何を思ったのか、太朗がツンとアレッシオの着ていたジャージを引っ張った。
「ね〜、アレ、おれも〜」
「・・・・・なんだ?」
「とも、たかくていーんだもん!」
どうやら自分も抱き上げて欲しいと言っているのかと気付いたアレッシオは(何時の間にかこの子供だけは自分のことをアレと呼
ぶようになっていた)、友春以外の子供を構うつもりは毛頭無かったので、視線を動かして目的の人物を捜してやる。
こんなことをするだけでも、アレッシオにとってはかなり気を遣っている方だった。
「ああ、あちらにウエスギがいる。お前は奴に頼んだ方がいいだろう?」
「でも〜、アレのほうがせぇたかくない?」
「・・・・・さあ」
(ウエスギが聞いたらどう思うだろうな)
上杉よりもと言われるのは気分がよく、アレッシオは先程までよりも声音を柔らかくして言った。
「あいつはお前の言うことならなんでもするだろう。ほら、さっさと行った方がいいんじゃないか?」
「・・・・・そっか、じゃあ、いってみよっと!」
このくらいの子供を口で丸め込むのは簡単だ。
アレッシオは走っていく太朗の後ろ姿から直ぐに、視線を抱き上げている友春に向けると、柔らかな丸みのある頬に笑いながら唇
を寄せた。
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今回は障害物走。お子様達大活躍です。
次は何にしようかな〜、玉転がしなんかは高校にはないですよね?。