『』内は外国語です。





 《今から昼食の時間です。午後の競技は1時間後の午後1時15分から、色別対抗応援合戦から始まります。昼食につきま
しては、学園の食堂を開放し・・・・・》

 午前中の競技が終わって、昼食の時間だと言う放送が流れた。
その他の細々な注意事項も次々と語られているが、そんなものを最後まで大人しく聞いている者などほとんどいないだろう。
生徒達も、保護者も、来客も、ざわざわと移動を始めたが、さすがに高校生にもなって親と食事をする者は1年生に少しいるくら
いで、後は友人と連れ立って行動する者がほとんどだった。
保護者達もそれは分かっているのだろうが、自分の子供の様子を見たいという思いと、近隣でも屈指の進学校の上、人気も高
い学園内を覗いてみたいという好奇心もあって来ているようだ。
きっと、午前中の生徒会執行部の面々の活躍などで、その噂が正しいということを誰もが感じ取ったことだろう。



 「「「「「おべんと、おべんと、うれしいな〜♪」」」」」
 5人の幼稚園児達は楽しそうに歌っていた。
もちろんそれぞれの大好きなお兄さん達がカッコよく活躍するのを見るのも楽しかったが、【お弁当の時間】という響きはとても楽し
く嬉しいものだった。
 「まこのはね〜、おかーさんがおだんごみたいなおにぎりをつくってくれたって!」
 「おれんとこは、かあちゃんがぼーるみたいなでっかいやつつくったって!」
 「おれんとこはさんどいっち。おにぎりはタローからもらうし」
 「だから〜、おれのはでっかいやついっこだけだもん!」
 「かえでくん、おれのあげる。ちいさいの、いっぱいあるから」
 「おれもあげるよ」
 4人がワイワイ騒いで話している中に、友春も自分の物も一緒にと言おうとして、いきなり後ろからぐいっと抱き上げられてしまっ
た。
 「きゃあ!」
突然のことに驚いた友春が叫ぶと、それまで騒いでいた4人の子供達はパッと振り返る。
まん丸の8つの瞳に、アレッシオに抱き上げられた友春の姿が映った。
 「ともくん、いじめるなよ!」
 反射的に太朗が蹴りを入れようとするが、その直前に太朗の襟首を掴んだのは上杉だった。
 「タロ、お前喧嘩売る相手を考えろ」
 「ともくんいじめられてるんだぞ!」
 「いや、あれは苛めているわけじゃないだろ」
上杉は呆れたように言うが、大人の心の機微を子供に話しても分からないだろうということも分かっていた。



 「トモ、中で食事を用意させている。お前の好きな甘い物もたくさん用意させているぞ、行こうか?」
 炎天下の屋外で食事を取ることなど考えられないアレッシオは、当然友春も一緒にと思っていた。行きつけのイタリア料理の店
の料理長も呼んで、既にそれなりの料理が並べられていることだろう。
 「・・・・・やだ」
 「トモ?」
しかし、アレッシオは意外にも友春の拒絶の言葉を聞いてしまった。
 「なぜだ?美味いものを用意しているぞ?」
 「・・・・・」
 「トモ」
口を噤んでしまった友春の返事を促すように、アレッシオは抱き上げた小さな身体を軽く揺すった。
自分の提案を断る人間など今までいなかったし、そういう人間をアレッシオは許さなかったが、友春だけは別だ。友春に対してだけ
は強引に話を進めたりはしなかったし、出来るならば彼の意思で自分の側にいて欲しかった。
そんなアレッシオの気持ちを知ってか知らずか、友春は随分と躊躇っていたが、やがてチロッとアレッシオの顔を見下ろして(抱き上
げられているので、体勢的に友春の目線の方が上になる)小さな声で言った。
 「みんなと・・・・・いっしょがいいもん」
 「みんな?・・・・・この・・・・・子らか?」
 かろうじて、こいつらと言うのを変えたアレッシオに、友春はこくんと頷いた。
 「ケイとごはんたべるのもすきだけど、きょうはおそとでみんなとたべたいの。おべんとーのこうかんとかして、いっしょにたべたいの」
 「・・・・・」
 「そうだよなー!うんどーかいのおべんとーはそとでたべるのがしょーしき!アレ、ちょっとはずれてる!」
太朗に呆れたように言われ、アレッシオの瞳が僅かだが眇められた。



(だから、子供にガン付けてどうするんだって)
 上杉は内心呆れてしまったが、アレッシオの気持ちも分からないでもない。
自分よりも遥か年下(というより、全然子供)の、身長も自分の半分以下の相手に諭されたのでは頭にくるだろう。
(これが俺とかだったら、間違いなく乱闘だな)
見掛けはクールで大人びたアレッシオだが、内に秘めた感情はかなり熱いものがある。制服姿はスレンダーな体系に見せてはいる
が、こうしてジャージなどを着ていると鍛えているのは一目瞭然だ。
そんなアレッシオと自分が衝突すればただではすまないだろう。
(その原因がこんなガキだっていうのは・・・・・ちょっと恥ずかしいな)
 上杉は自分の心の中で溜め息をつくと、剣呑な雰囲気のアレッシオに言った。
 「おい、今回はその子の言う通りにしてやった方がいいんじゃないか?」
 「・・・・・」
 「こういうイベントでの飯は、大勢で食う方が美味いんだよ、なあ、タロ」
 「そーだよ!じろーはちゃんとわかってるな!」
 「はいはい、どーも」
 「な、アレ、アレもいっしょにおべんとーたべよーよ!おれのおにぎりはでっかいのいっこだけだからあげられないけど、まこちゃんやか
えでやしーちゃんはくれるし!」
 「ぼ、ぼくのおべんとーもあげるよ?ケイ」
多分アレッシオの方が折れるだろうと、上杉は零れそうになる笑みを慌てて押し隠した。



 「どこがいいだろうな」
 海藤はぐるっと周りを見回した。
既にここぞという場所は誰かが陣取っていて、今更昼食の場所探しをするのは遅いかもしれない。
それでも・・・・・。
 「かいどーさん、いっしょにおべんとーたべよ?」
海藤の服の裾を引っ張って昼の誘いに来てくれた真琴の期待には応えてやりたいと思った。
(生徒会室とかだったら空いてるんだろうが・・・・・多分外の方がいいだろうな)
もう少し探してみるかと歩き出そうとした海藤の背を、聞き慣れた声が呼び止めた。
 「副会長、どこに行くんですか?」
 「ああ、昼の・・・・・」
 「場所だったらもう取ってますよ」
 「え?」
 珍しく驚いたような海藤の顔がおかしかったのか、綾辻は口元だけではなく目元まで笑みを浮かべて続けた。
 「大所帯になるでしょうから、結構広めに取ってます。ああ、私と克己もお仲間に入りますから♪」
 「・・・・・ああ」
何をするにもそつない綾辻のことだ、きっと準備は万端なのだろうと、海藤は自分の直ぐ側で不安そうな視線を向けている真琴に
向かってにっこりと笑いかけた。
 「場所はあるそうだ。皆を呼んでくるか」
 「うん!」
一瞬にして笑顔になった真琴は、海藤の手を引っ張って皆のもとに急ごうとする。
海藤は小さな手をしっかりと握り締めると、笑いながら真琴に引っ張られて歩き始めた。



 アレッシオが言いくるめられ、海藤まで子供と手を繋いでこちらに向かっている。
江坂は呆れたような溜め息をつきたかったが、自分だけがこの輪から抜けると言い出すことは出来なかった。
 「・・・・・」
きっと、静は一緒に昼食を取らないと言ったら寂しがるだろうが、それでも自分よりも友人達を取るのは目に見えて分かっている。
自分が思うほどに、きっと静は残念には思わないだろう。
(それが悔しいと思うなんて・・・・・な)
 「ね、りょーじおにいちゃん、いっしょにごはんたべよ?」
 「・・・・・」
 その場にいる者達が自分の答えを待っているのが分かる。
アレッシオの諦めの視線も、上杉の笑いを含んだ目線も、全てを分かった上で・・・・・江坂は答えた。
 「お相伴に預かりましょうか」
 「おしょー?」
 「・・・・・一緒に食べようということです」
 「うん!」
既に決まっている答えを言うことがこんなにも苦々しいということを、江坂は最近よく感じるような気がしていた。



 「いいんですか?」
 「え?」
 「あの子のお迎え。行かなかったらヘソを曲げるんじゃないですか?」
 「倉橋1人に準備をさせるわけにはいかないだろう」
 律儀な伊崎の答えに倉橋は申し訳ないと思って頭を下げた。
同学年とはいえ、歳は1つ上の伊崎だったが、とても細やかな気遣いをしてくれるし、雑用に追われている倉橋の手伝いも良くし
てくれる。
ベタベタ引っ付いてはくるものの、からかうことが目的の綾辻とは全く違って頼りになった。
もちろん、恋愛感情を抱いているわけではないが、敬愛に近い感情は向けていたし、伊崎もそんな倉橋の心の動きは良くわかっ
てくれているので、倉橋は生徒会の人間の中で伊崎といる時が一番心地良いと感じていた。
 「これくらいでいいでしょうか」
 「そうだな。10・・・・・2,3人だろう?その中の5人は子供だし、これくらいの広さで十分じゃないか?」
 第二校舎の裏手にある中庭の芝生。本来は立ち入り禁止なのだが、体育祭の時は食事場所として開放されていた。
そこのほぼ真ん中の、大きな銀杏の木の下に広げられたビニールシートの広さは、今からここで宴会があるのではないかと思われ
てしまうほどに広かった。
他にも幾つかシートが広げられて昼食が始まっていたが、黙々と準備をしている2人を興味津々に見ている。
しかし、これぐらいの視線ならば誰も問題にはしないだろう。
 「さて、じゃあ呼んで来るか」
 「私はここで待っていますから」
 「ああ、悪いな」
 そう言って歩き出した伊崎の足は僅かに速い。
それが幼稚園児の為だとは誰も思わないだろうなと、倉橋は一時1人きりになった空間で溜め息をついた。
(綾辻先輩、大丈夫だろうな)
場所取りは倉橋と伊崎で、食事の準備は綾辻と小田切が担当(なんだかとても怖い気がするが)だ。
遊んではいないだろうなと、倉橋は視線を生徒会室のある第一校舎へと向けた。



 「可愛いお弁当箱だな」
 5人の子供達がそれぞれ親に持たされた弁当は生徒会室に置かれていた。子供らしいカラフルな色使いの袋に、小田切の頬
に笑みが浮かぶ。
 「あの苑江理事長が弁当を作る姿は想像出来ないが」
 「あら、失礼じゃない」
一応というように綾辻は否定するが、きっと頭の中では同じようなことを考えているのだろう分かっている。
 「でも、アレッシオがシェフを頼んでいるとはね」
 「お坊ちゃまだからな。運ぶようには伝えたんだろう?」
 「渋い顔してたわよ〜。三ツ星の自分の料理と子供のお弁当を同列に扱うのかって」
 「愛情は間違いなく弁当の方だろうな」
 あっさりと言い放った小田切も、今日は弁当持参だということを綾辻は知っている。その弁当が母親の手作りではないだろうと
いうことも。
(全く、どこまで手を伸ばしてるんだか)
そういえば、日本料理の板前の知り合い(どういう知り合いかは深くは聞きたくない)がいると言っていたか・・・・・綾辻は小田切の
手にある風呂敷に包まれた大きな弁当を見つめた。
 「1人で食べれるわけないわよね」
 「もちろん、分けるつもりだ」
 「ふ〜ん、楽しみ」
 「でも、口に入れて食べさせることはしないぞ。それは倉橋に頼むんだな」
 「克己、テレ屋さんだから〜」
 「・・・・・」
 あからさまな溜め息をついてみせた小田切は、さっさと幾つもの弁当箱を手に持つ。もちろん自分が外の食べる場所まで持って
いくわけではなく、生徒会室前の廊下には何人かの取り巻きが待っていた。
 「これを運んでくれ」
 「はいっ」
 「・・・・・」
(お〜お、躾が出来ていること)
我が従兄弟ながら真似は出来ないなと、それでもちゃっかりと自分と倉橋の弁当箱だけは自分で持って、綾辻は生徒会室から
出て行った。






                                      






お弁当の時間です。

食事風景は次回に続く(笑)。