『』内は外国語です。
昼食の時間が終わると、午後1番の競技は応援合戦から始まる。
団体演技は得点も高い上、グラウンドの真ん中で行われる目立つこの応援合戦には、毎年かなりの志願者が出ていた。
もちろん、立候補者が多ければ、その中で一番見目が良く、目立つ人間が代表になるのは当然で。
そんな人間が立候補しなければ、推薦という方法も当然取られた。
そんな競技に、あの生徒会の面々が選ばれないわけはなく、本来は平等な立場にいなければならない生徒会執行部は、特
別枠のような形で出ることになった。
今年の白組の応援団長は上杉で、赤組の応援団長は海藤。
黄組の応援団長は綾辻で、青組は直前でアレッシオに変更になった。
こういった団体行動が嫌いなアレッシオがなぜ応援団長のような面倒くさいことを引き受けたのか。
それは、友春のたった一言から始まったのだ。
昼食が済むと早々に立ち上がった上杉に、太朗はどこに行くのだと声を掛けた。まだ短い針は1の所に行っていないし、上杉と
もっと遊んでいたかった。
すると、上杉は昼から1番で出番があると言った。
「おーえんがっせん?」
「そうだ。フレーフレーってな、目立つ役は俺しか出来ねえだろ?」
「でも、まだはやいだろ?」
「着替えないといけないしな」
話を聞いているうち、太朗はどうしても一番に上杉の変身した姿を見たくなってしまった。それは真琴も同様のようで、食事が終
わった一行は早々に生徒会室へと移動し始める。
「なあ、じろーとかいどーと、あやとー、ほかはだれもでないのか?」
「ああ。団長は大体3年生がなるんだよ。江坂やアレッシオは柄じゃねえだろ?」
「わかんないけど、みんなでたらおもしろいんだけどなあ」
「はは、まあ、無理だな」
「あ、ねえ、なにきるの?ドラえもん?ピカチュー?」
「だから、着ぐるみじゃねえって。用意されてるのは学ランと袴・・・・・か?」
上杉が確認するように海藤を振り向けば、海藤はええと頷いた。
「袴は弓道部のを借りるそうですけどね」
「はかま?」
その会話に興味を示したのは友春だった。
「おにいちゃんたち、はかまきるの?」
「ん?ああ、どちらかをえらぶんだけどな」
「かっこいいよねえ、はかますがた。ぼく、おきものすきだから、ときどききんじょのどーじょーにみにいくんだよ?みんな、すっごくかっ
こいいんだー」
「・・・・・」
ぽやんとした笑みを浮かべて楽しそうに言う友春を、アレッシオが黙って見下ろしていた。
「青組の応援団長変更?」
頭が痛くなるようなその事実とは反対に、楽しそうに聞き返したのは小田切だった。
一連の会話を聞き逃さずに聞いていたつもりだったが、友春のあの言葉は思った以上にアレッシオに影響があったようだ。
(友春君、いい仕事しましたね)
小田切としては、元々4色の応援団長は生徒会の面々でと思っていた。何より彼らは誰も文句が言えないほどに目立つし、盛
り上がりもあるだろう。
ただ、例年3年生がするはずの応援団長。残った生徒会の3年生は自分しかいない。
もちろん、そんな面倒くさいことはしたくない小田切は、その矛先を江坂とアレッシオに向けた。どちらがなっても、意外性があって
面白いと思ったのだが、なかなかガードが固い2人をさすがの小田切も切り崩すことは出来ず、結局青組だけは全然別の人間
を一応手配したのだが・・・・・。
「了解」
あっさりと変更を了承した小田切に、倉橋は少し驚いてしまった。
応援合戦の応援団長はいわば要で、容易に変えていいものではないと思っていたからだ。
「いいんですか、小田切先輩。今の青組の団長は・・・・・」
「高橋なら、私がよ〜く話しておく」
「で、でも、練習なんか全くしていない人間が・・・・・」
「倉橋」
「は、はい」
「そこに立っているだけで絵になる人間もいるんだ」
「・・・・・」
「お前はユウの応援でもしてやってくれ。お前の声援が一番嬉しいだろうからな」
不意にそう切り出され、倉橋は動揺して顔を赤くしてしまった。
「どうした、タロ。あんまりいい男で驚いたか?」
「・・・・・うん、かっこいい・・・・・」
おやつのうまか棒を手に待ったまま、太朗はコクコクと頷く。
その素直な賛辞に上杉はにんまりと笑ったが、その笑みさえも絵になる男だなと小田切は思った。
上杉が選んだ衣装は、膝以上に長い詰襟学生服・・・・・いわゆる長ランというものだった。普段はブレザーの学生服をモデル並
みに着こなしている上杉の詰襟姿はなかなかに新鮮な感じだ。
白い手袋に、白く長いタスキをしたその姿を見て、太朗が呆然と見惚れるのも分かる気がした。
(また、余計なファンが増えそうだ)
「やだなあ〜、会長と一緒の学ラン姿じゃ、見劣りしちゃうんだもの」
そう言ったのは、黄組の応援団長である綾辻だ。
しかし、そう言う彼も、普段の甘めの容貌が学ランできりっと引き締まり、上杉に見劣りしているとはとても思えなかった。
それが証拠に、倉橋が見慣れない綾辻の姿に目を見張っている。
「わ!かいどーさん、かっこいい!」
隣の準備室から出てきたのは海藤とアレッシオだった。
2人は白い上着と黒い袴姿だ。どちらも体格が良いので着物姿は更に映えているが、アレッシオが妙にしっくりと着物を着こなし
ていることが意外といえば意外だった。
「お似合いですね」
意図のない賛辞のつもりだったが、アレッシオはジロリときつい視線を向けてくる。
(おいおい、最初から喧嘩腰か?)
「ケイ、カッコいい!」
そんなアレッシオの雰囲気を和らげたのは、案の定友春の素直な言葉だった。
「おきもの、すっごくにあってるよ!」
「そうか?」
元々母親が日本人なので着物に関しても知識はあっただろうが、自ら着ようと思ったのは間違いなく友春の影響だろう。
彼の実家が呉服屋だから・・・・・なんだかそう思うと、アレッシオの睨みも可愛いもののような気がした(そんな豪傑は小田切だけだろう)。
はしゃいでいる太朗や真琴、そして友春を見ていると、楓はムズムズとした面白くない気分が湧き上がってきていた。
確かにあの4人はカッコいいとは思うが、楓の大好きな伊崎もこの4人に見劣りするとは思わなかった。
「どーしてきょーすけはやんないんだよ!」
思わずそう言って睨みあげると、伊崎は仕方がないんですよと言う風に苦笑する。
「団長は3年生がする決まりなんです」
「・・・・・」
「来年、また来てくれたら、その時はちゃんと団長になっていますから」
「ほんとだな?」
言葉で確認はするものの、伊崎が嘘をつく筈はないと楓は分かっていた。伊崎がなっているといえば、当然なっているのだろう。
「ちがってたら、ぜっこーだからな!」
「ええ、約束です」
来年もまたここに来る。その楓の言葉の方が伊崎にとっては重いのだが、言った当人はその貴重さを全く理解していなかった。
高校生の伊崎と、幼稚園児の楓。子供にとってはこの先の1年間はきっと目まぐるしく世界が変わるはずだったが、楓は事も無げ
に伊崎の前にいることを約束する。
楓にとっての未来の中に確実に自分の居場所があることが、伊崎はくすぐったいほどに嬉しく感じていた。
静がチラチラと自分を見ているのが分かる。
しかし、江坂はアレッシオのように自分も参加するとは言わないつもりだった。
自分が役不足だとは思わないが、何でも誰かの意図通りに行動するということが引っ掛かる。それは、自分にとって特別だろうと
思える静のそれでも同様だった。
「おにいちゃん」
「制服以外の姿はいつでも見せれるでしょう?」
学ランは無理だが、袴姿くらいならばいつでも見せてやれる。もちろん、そこには不特定多数の人間はいないことは決まっている
が。
(なにより、あの小田切の思惑というのが気に食わない)
「ほら、先に外へ行っていましょうか」
江坂は静の小さな手を握ると、そのまま生徒会室からさっさと出て行った。
4色の色別の応援団長がグラウンドに現れた時、生徒や観客からの声援は半端ではなかった。
それも無理もないだろう、いずれも身長が180を越す、スタイルも顔もいい男達が、きりっとした学ランと袴姿で立っているのだ。
「じろー、かっこいいな〜♪」
「え〜、かいどーさんのほうがかっこいいよお」
「ケイも、よくにあってるよ?」
太朗と真琴と友春は、それぞれの大好きなおにいちゃん達の勇姿にキャッキャと盛り上がっているが、楓と静は浮かない顔のまま
だ。
楓はいくら来年と言い含められていても、自慢の伊崎のカッコいい姿をみんなに見てもらえないのが悔しかったし、静も今、江坂の
カッコいい姿が見たかった。
(いいなあ、タロくんたち・・・・・)
(きょーすけのやつ、もっとはやくうまれてたらよかったのに!)
実は伊崎が上杉達と歳は一緒だとは知らない楓がむう〜っと頬を膨らませた時、ポンッとその肩を叩かれた。
「さて、君達も急いで着替えようか」
「え?」
にっこり笑った小田切の言葉に、5人の子供達の視線がいっせいに集まった。
「ん?」
(タロは・・・・・どこだ?)
いよいよ今から色別の応援合戦が始まるというのに、来賓席に太朗の姿はなかった。いったいどこに行ったのかと視線を巡らし
た上杉の耳に、
「じーろー!!」
「タロ?」
大きな太朗の声が聞こえ、そちらに視線を向けた上杉は一瞬で顔を綻ばせた。
「なんだ、お前カッコいいな!」
「へへっ」
グラウンドの真ん中に走ってきた5人の子供達。しかし、彼らは体操服姿ではなく、なんと特注の学ラン姿だった。
それぞれ頭に応援する色のハチマキを締め、ぞろ引きそうな長いタスキも付けて、裸足のまま誰よりも真ん中に立つ。
そして、太朗が叫んだ。
「ふれー!ふれー!しーろーぐーみ!!」
「がんばれ、がんばれ!あかぐみ!!」
「もーっとがんばれ!きいぐみ!!」
「あおーもがんばれ!がんばって!!」
「とにかく、がんばれ!しろ!あか!きー!あお!!」
大声を出し(友春1人は恥ずかしそうだったが)、自らも応援団の一員になったお子様達は、可愛いという野太い声援と黄色
い歓声を受けて手を振っている。
チラッと横に視線を移せば、皆聞かされていなかったのか、海藤も綾辻もアレッシオも、ただ驚いたようにお子様達を見つめていた。
(なんだ、また小田切の策略か?)
それでも、こんなサプライズならドンとこいだ。
「俺より目立つんじゃねーよ!タロ!!」
「うるさい!じろー、はやくおうえんしろ!!」
「よ〜し、ガキに負けんじゃねえぞ!お前ら!」
気を取り直した上杉が後ろを振り向けば、隣にいる海藤も腕を組み。
「克己にカッコいいとこ見せなくちゃね」
にっと笑った綾辻が手袋をはめ直す。
そして、アレッシオは堂々と腕を組んで立ちながら、
「私は立っているだけだからな。負けるようなことがあれば・・・・・覚悟していろ」
そう言って、後ろの応援団員を脅かした。
かくして、今までにないような華やかな応援合戦が繰り広げられ、結局甲乙つけがたいと評価された応援合戦は、なんと4色共
に同点という結果になってしまった。
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応援合戦の中身が無いことに、最後まで来て気付いちゃいました(汗)。
次は勇壮、騎馬戦です。