『』内は外国語です。
派手で賑やかな応援合戦が終わると、午後の競技が始まった。
午後は午前中ほど競技数は無いものの、得点の高い団体競技が多いので張り切る生徒達は多い。その中で唯一悠然として
いるのは生徒会執行部のメンバーと、江坂とアレッシオくらいなものだった。
「いまは、かいどーさんとこがいちばんだよ」
「そんなの、じろーんとこがすぐぬくって!」
「きょーすけのいろがいちばん!」
「りょーじおにいちゃんのいろはどべ・・・・・かあ」
「ケイもがんばってるけど・・・・・」
幼稚園児のお子様達も、勝敗はかなり気にしているようだ。やはり、一番という響きはカッコいいし、優勝した色の代表には自
分達が優勝旗を渡すことになっているのだ。
「つぎはなに?」
「えっと・・・・・きばせん・・・・・って、なに?」
「せなかにおんぶして、わーっていくやつだよ」
「みんなのかおがかいてるよね」
綾辻お手製のプログラムには、それぞれ出場する相手の似顔絵が種目の横に書かれてあるのだが、今回は自分達の大好き
なお兄さん達の顔が勢揃いで書かれてあった。
ただ、騎馬戦という言葉の響きが頭の中でどうしても形にならないようで、あーだこーだと顔をつき合わせて話している。
とにかく、もう直ぐこの楽しい運動会が終わってしまうのは確かなので、幼稚園児達は一つでも多くのお兄さん達の笑顔を見たい
と思っていた。
「誰だ、江坂とアレッシオを騎馬戦にノミネートしたのは」
上杉はプログラムを指先で弾いて呆れたように言った。
「あいつらが出るわけねえだろ」
「もしも、が、ありますよ」
その犯人である小田切は、悠然と紙コップのコーヒーを飲みながら言った。
この男が飲んでいるのならば、紙コップの中身も相当にいいコーヒーの豆を使っているのではないか・・・・・さすがの上杉にもそう思
わせてしまう雰囲気の小田切は、じろっと自分を振り返っている上杉ににっこりと笑って見せた。
「参加することに意義がありますからねえ」
「・・・・・」
(だから、誰が説得するんだって)
面倒臭いことや、団体での行動が嫌いなあの2人を、自分はとても説得しきれない。いや、そんな火中の栗を拾うような真似
はごめんだった。
「そもそも、お前はどうして不参加だ?」
「怪我はしたくありませんから」
「・・・・・それだけ?」
「後、不特定多数にベタベタと身体を触られたくないし」
「自意識過剰じゃねえか?」
「事実です」
「はいはい」
「あの2人の説得はもう向かわせていますから。あなたは自由に暴れてくれていいんですよ」
こういった肉体のぶつかり合う激しい競技を好む上杉の性格を良く把握している小田切が笑いながら言う。
「おお、後は任せたぞ」
1人で何もかも仕事を抱え込むのではなく、周りの優秀な人間達を上手に使って、その上で先頭に立っている上杉。
彼が学園の中で圧倒的な人気を誇っているのは、けしてワンマンなわけではなく、和というものを上手に取り込んでいるというとこ
ろもあるのだ。
アレッシオと江坂は、両腕を組んで今度こそ椅子から立ち上がらないという風を見せた。
2人の目の前には、静と友春を左右に従えた綾辻が苦笑しながら立っている。
「・・・・・キバセンとは何をするかは良く分かった」
先程から、綾辻は騎馬戦の競技内容をアレッシオに説明をしていた。案の定初めて聞くことだったらしく、アレッシオは途中綾辻の
言葉を止めることはなかった。
しかし。
「だが、私は参加しない」
「え〜、ケイ、でないの?」
「私も同様だ」
「おにいちゃんも?」
静と友春はその言葉に残念そうな声を上げたが、今度こそはその声につられることはない。
「私は危ない目に遭うわけにはいかない」
「学校の競技ですよ?」
「擦り傷でも私に付けたら、その者の未来はないぞ」
「・・・・・」
一見とても大げさな言葉なのだが、多分アレッシオが本気で言っているのだろうということは綾辻にはきちんと通じただろう。
確かにアレッシオは普通の留学生とは少し違うのだ。
(全く、ここまで貢献すれば構わないだろう)
友春の前で家のことについて話すつもりはないが、綾辻はそれをきちんと分かっていてもいい立場だ。
「いいな?」
文句は無いだろうと言い放ったアレッシオに、綾辻は以外にも直ぐに引き下がった。
「分かりました。確かにあなたに怪我をさせてもいけないし」
「・・・・・」
「でも、走るだけならいいですよね?」
「何?」
「アレッシオと江坂、最後の色別対抗リレーの選手になってるから」
「何っ?」
思い掛けない言葉に、アレッシオだけではなく江坂も思わず声を上げてしまった。
(裕の言う通り)
アレッシオと江坂が騎馬戦を辞退することは予想済みだった小田切は、その代わりというように昼一番に色別対抗リレーの代
表選手として2人の名前を入れ替えていた。
記録からすれば2人は選ばれてもおかしくないほどに足は速いのだが、見るからに団体競技には合わないという事で代表から外
れていたのだ。
しかし、この2人がリレーに出ることになれば・・・・・。
(絶対盛り上がるの間違いなし)
言わば、騎馬戦は捨て駒だと小田切は笑っていたが、その笑いの意味が今なら綾辻もよく分かった。
「まさか、それさえも駄目?」
「・・・・・面倒だな」
「負けるって思ってたりして」
ダメ押しのようにそう言うと、先ずアレッシオが食いついた。
「私が誰に負けると言うんだ?」
「だって、出たくないんでしょ?」
「ケイ、あしおそくないよ?すっごくはやいよね?」
「トモ・・・・・」
アレッシオの前に立ちふさがってそう言う友春の言葉を無視出来るはずが無かった。
そして、そんなアレッシオの心の動きを、隣に座っている江坂が気付かないはずがない。
「・・・・・綾辻、アレッシオは一番、俺は二番。さっさと終わらせてもらうぞ」
「了解」
綾辻はウインクをして頷いた。
上杉達も出るであろう最後の種目色別対抗リレーの、最後の最後に競うようなきつい場面は自分達には似合わない。
それが最低条件だと言いながらも、外堀から攻めてきた綾辻の(いや、その向こうにはきっと小田切がいるのだろうが)作戦に乗ら
なければならない自分が悔しかった。
「おにいちゃん、りれーでるの?」
そんな江坂に、静が可愛らしく首を傾げて聞いてきた。
幾ら小田切や綾辻に含む所があっても、それを静にまでぶつけるような大人気ない真似はしない。
「・・・・・ええ、結果的にそうなったみたいですね」
「おれ、いっぱいおうえんする!」
「静君」
「おにいちゃんがぜったいいちばんはやいよ!」
「・・・・・ありがとう」
これ程にキラキラした目で見つめられれば、さすがの江坂も苦笑を零してしまうしかない。
すると、静の隣にいた友春が、違うよと反論してきた。
「ケイのほうがはやいよ!ね?」
「当然だな」
子供の一言で一喜一憂する自分達は案外にお手軽な人間だなと思いながらも、江坂はそっと静の頭を撫でてやった。
色別対抗騎馬戦が始まった。
各学年の代表がグラウンドの左右に並んでいる。
「海藤!覚悟しろよ!」
当然白組の総大将は上杉で、赤組は海藤。黄色は綾辻で、青は伊崎という、青組以外は応援団長がそのまま代表となった
形だった。
「まけるな!きょーすけ!!」
伊崎が真ん中の騎馬(4人一組)に乗っている姿を見た楓は、ここぞとばかりに大きな声で応援をする。
「じろー!!おちるなよーーー!!」
もちろん、太朗も負けずに応援し、
「おー、楽勝だぜ!」
上杉は余裕たっぷりに軽く手を振った。
生徒会執行部の最高責任者でもあるのに、上杉はこれでいったいどれ程の競技に出ているのか・・・・・こういうお祭り騒ぎが好
きな上杉にとっては、体育祭は本当に気持ちよく暴れまわるいい機会なのかもしれない。
そして、上杉がこれ程に楽しんでいるからこそ、他の生徒達も心から体育祭を楽しんでいたし、一つ一つの競技を一生懸命にこ
なしているのだ。
「行くぞ!お前ら!!」
そして、高らかに競技開始の発砲音が青空に響いた。
「い、いたそ・・・・・」
(だいじょぶかな、かいどーさん・・・・・)
来賓席の一番前で、真琴は両手を握り締めて海藤の姿を目で追っていた。
さすがに高校生の騎馬戦は体格も大人と大差ないのでかなりの迫力だ。赤の大将である海藤は巧みに敵側のハチマキを奪っ
ていくが、自分も狙われている対象なので常に周りに敵がいる。
襲い掛かってくる彼らをたくみにかわしているのは分かるのだが、真琴の目には海藤1人が苛められているようにしか見えなかった。
「い、いじめないで・・・・・っ」
真琴は思わずそう言ったが、その言葉は歓声にかき消されて誰にも聞こえなかった。
(すっげー!じろー!!)
まるでダンプカーのように力で押していく上杉の騎馬は見ているだけでも楽しかった。
太朗は目を輝かせ、自分もあの場所に参加出来たらいいのにと切実に思う。
(おれなら、じろーといっしょにばんばんたおしていくのに〜!)
自分が小さいのはよく分かっているが、小さいからこそ出来ることはたくさんあるはずなのだ。そう思うと堪らずに、太朗は地団駄を
踏みながら叫んだ。
「おれもでたい〜!!」
「ああしてると、きょーすけってめだつな」
何時も生徒会の面々の小間使いのように動いている伊崎だったが、こうして1人だけでいるとかなり目立つ。
どちらかといえば綺麗とも言える容貌は真剣に引き締まっていて、掛かる声援もかなり飛んでいた。
(・・・・・なんだよ・・・・・)
自分の大好きな伊崎が目立つのは嬉しいが、その反面伊崎の一部が誰かに取られたような嫌な気分だ。
「もう・・・・・きょーすけのやつう・・・・・っ」
チラリとも自分を見ない(競技中なので当たり前だが、楓にそんな理屈は通用しない)伊崎に焦れてしまい、楓は自分の親指の
爪を噛んでしまった。
「どうだ!タロー!」
当然のごとく決勝まで立ち上がった上杉率いる白組は、こちらも当然のように勝ち残った海藤率いる赤組と決勝戦を戦った。
海藤が生徒会長である上杉に譲ったというわけではないだろうが、最後の最後に上杉が海藤のハチマキを後ろから奪った。正面
からでは無いという所が、海藤の手強さを知らしめていたのかもしれないが。
「じろー!!」
真っ先にグラウンドの中に飛び込んでいった太朗は、騎馬から下りた上杉に肩車をしてもらって、自分がまるで大将のようにはしゃ
いでいる。
「かいどーさん!」
続いて、真琴と楓もグラウンドに向かって走った。
「けがしてない?だいじょーぶ?」
「ああ、悪かったな、負けてしまって」
「ううん、すっごくかっこよかった!」
「なにまけてんだよー!きょーすけ!!」
「すみません」
グラウンドの中にはまだざわめきが残っているが、これでほとんどの競技が終わった。今のところ白組と赤組が競っているが、その差
は10点もない。
勝敗は最後の種目、色別対抗リレーへと持ち越された。
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次はいよいよリレーですね。それで体育祭の競技も終わりです。
なんだか、あっという間の気分。