KIDS TYPHOON
2
※『』はイタリア語です。
(どいつもひょろっとしてたよりない)
楓は口をへの字にした。
日向組というヤクザの組の次男坊である楓の家には、見た目も体格も厳つい男達が多く出入している。
そんな頼もしい男達が男の中の男だと思っている楓にとっては、目の前にいる男達はどうもひょろっとしていて大丈夫なのかと思っ
てしまうのだ。
自分がもっと大人だったら鍛え直してやりたいくらいだと小さな拳を握り締めていた楓だったが・・・・・。
「・・・・・」
(う・・・・・)
不意に、足をもぞもぞし始めた。
(お・・・・・おしっこしたい)
車の中で飲んだジュースのせいか、急におしっこがしたくなった。
しかし、初めての家でトイレの場所は分からないし、太朗に聞くのも何となく恥ずかしい気がして、どうしようかとどんどん切羽詰っ
た状況になってきた。
(も、もれちゃう〜っ)
「どうしました?」
「・・・・・っ」
俯いて泣きそうになっていた楓は、不意に優しく声を掛けられて顔を上げた。
そこには綺麗な顔をした男が、楓の目線まで腰を屈めて聞いてくれていた。
「・・・・・お、しっこ」
からかうのではない、本当に心配しているといった表情に、楓は思わず縋るように言った。
まるで少女のように可愛らしい少年が泣きそうになりながら自分の服を掴んだのを見て、伊崎は考える前にその小さな身体を
抱き上げていた。
「かえでっ?」
伊崎の急な態度に、今まで上杉相手にパンチを繰り返していた太朗が慌てて駆け寄ってくる。
伊崎はその太朗に向かっても丁寧な口調で訊ねた。
「トイレはどこでしょうか?」
「ト、トイレ?こ、ここでて、まっすぐいって、えっと、おはしもつほうにまがってすぐ!」
子供らしいたどたどしい説明に、伊崎はにっこり笑って頷いた。
「ありがとう」
そのまま、伊崎は部屋を出た。
腕の中の少年は、不安そうに伊崎の顔を見ている。
「我慢出来ますか?」
「う、うん」
「偉いですね」
「お、おまえ」
「伊崎ですよ。伊崎恭祐。出来れば名前で読んでくれたら嬉しいんですけどね」
「・・・・・きょーすけ?」
「・・・・・」
(どうかしてる)
この口調はもう癖のようなものだったが、それがこんな子供相手にも発揮されていることに笑えてしまう。
そして、この子供に『おまえ』という誰もが当てはまる総称ではなく、『恭祐』と名前を呼んでもらえたことがくすぐったく嬉しい気が
したのだ。
「君は日向楓君だったね」
「・・・・・うん、きょーすけだったら、なまえでよぶのゆるしてやる」
あくまでも強気な楓が、何だか可愛かった。
(タロくんも、まこちゃんも、かえでくんも、しーちゃんも、怖くないのかな・・・・・)
引っ込み思案な友春は、自分よりもはるかに大きな高校生達を見てどうしようかと思っていた。
始めは、仲良しの友達の家に泊まりに行くのだと楽しみにしていたのだが、まさかこんなに大勢の知らないお兄さん達が一緒だと
は思わなかったからだ。
「・・・・・」
友春はこっそりと部屋を出る。
こんなに遠くから家に帰れるわけがないので、せめて1人になれるところを探したのだ。
しかし、初めての家ではどこに行けばいいのか分からず、勝手に人の部屋に入るのも申し訳なくて、友春は何時の間にか玄関
ホールに来てしまった。
「・・・・・ママ・・・・・」
(な、泣いたら、駄目・・・・・)
こんな、寂しいという理由ぐらいで泣いてしまったら、きっと楓は怒ってしまうだろう。
「・・・・」
2階に続く階段に腰掛け、俯いた友春は、ドアが開く音に反射的に顔を上げた。
「!!」
(ま、またふえちゃった・・・・・)
玄関には2人の男が立っていた。
彼らは目を丸くして自分達の方を見ている友春に視線を向けてくる。
『この家の子供か?』
「!!」
(う、うわ!うちゅーごはなしてる!)
自分には全く分からない言葉を話した男に、友春は既に半泣きになってしまった。
『エサカ、あの子供はどうして泣きそうになってるんだ?』
『多分、イタリア語を聞くのが初めてなのでしょう』
『・・・・・それくらいで?』
『子供ですから』
すらりとした身長に、日本人離れした彫りの深い顔・・・・・そして、碧色の瞳を持つこの青年は、アレッシオ・ケイ・カッサーノ、
イタリアから羽生学園に来ている留学生だ。
生徒総代(生徒会長とは違う、学園側代表。こちらは学園側が選んでいる)の、3年生江坂凌二(えさか りょうじ)の実家の
取引先で、イタリアでもトップの海運会社の御曹司だ。
母親が日本人なので一度日本に来たいと思っていたアレッシオは、取引先である江坂の父親の紹介で、この有名私立校に1
年間だけ留学することになった。
本来は母親から教えてもらったので日本語もほぼ自由に使いこなせるが、媚を売ってくる者達を寄せ付けないように常にイタ
リア語で話していたのが、目の前の子供には怖い印象を与えてしまったらしい。
「・・・・・泣くことはない」
いきなり日本語で話し掛けたアレッシオに、子供は安心するどころか更に怯えたような顔をする。
子供らしいふっくらとした頬が青褪めているのは可哀想で、アレッシオは長い足を折って目線を合わそうとした。
その瞬間、
「!タ、タロくん!!」
思い掛けない大声が、玄関ホールに響き渡った。
「ともくん!」
まるで疾風のように駆けつけた太朗は、そこに見知らぬ2人の男を見て立ち止まった。
「だ、だれだ!おまえたち、ドロボーッ?」
まさか泥棒が玄関から堂々と入ってきて、家の人間に見付かっても逃げないなどとは幼稚園児の頭ではとても考えられない。
太朗にとっては2人共に見上げるほどの大男で、1人は碧色の目をしている。
まるで鬼に捕まりそうな気がして、階段に座り込んだまま動けない友春の身体をギュッと抱きしめると大声で叫んだ。
「お、おれんち、おかねないから!びんぼーだからでてけ!」
「・・・・・」
「は、はやく、でてけ!」
「エサカ、この子は何を言ってるんだ?」
「私達を泥棒と思ってるんでしょうね」
太朗達の頭上で会話をしていた2人。
やがて1人の秀麗な男が口を開いた。
「君、太朗君?苑江理事長のお子さんか?」
「そ、そうだ、おれ、そのえたろー!」
「やっぱり。何となく理事長に似てるから。安心しなさい、私達は学園の生徒で・・・・・」
「江坂?」
その時、ようやく玄関にやってきた上杉が、立っていた2人を見て声を上げた。
思い掛けない人物が2人玄関に立っているのに、さすがに上杉は驚いたように声を上げてしまった。
1人は生徒総代で、言わば生徒会とは敵対する立場の人間で、もう1人は春から留学してきたばかりのイタリア企業の御曹
司だ。
そこにいるだけでも目立つこの2人。
アレッシオは上背だけでも僅かながら自分を勝っていたのが気に食わなかったし、何時も醒めた口調で正論を言う江坂は苦手
だった。
出来るだけ避けていたはずの2人がどうしてここにいるのか、上杉は表情が渋くなるのも隠さないまま言った。
「どうしてここに?どうやって入ったんだ?」
「鍵は開いていた。幾ら昼間で別荘地とはいえ無用心だぞ、上杉」
「・・・・・へいへい」
(早速説教かよ)
それでも江坂の言うことはその通りなので文句は言えない。
「・・・・・で、ここに来たわけは?」
「苑江理事長からお前達の監視を頼まれた。他の人間はともかく、お前は暴走するからな。ストッパーは何重にも掛けておき
たかったんじゃないか」
「・・・・・」
(あの女・・・・・)
確かに、仲間意識の強い生徒会の人間ならばある程度融通が利くが、苦手というか・・・・・対立関係の相手に対してはそ
れもなかなか出来ないだろう。
耳元で佐緒里の勝ち誇った笑い声が聞こえたようで、上杉は小さく舌打ちを打った。
「・・・・・その留学生は」
「彼もまだ日本で遠出してないからな。誘ったら喜んで同行してくれたよ」
「・・・・・」
もう、溜め息も出なかった。
「ともくん!」
「ともちゃん!」
ワラワラと幼い子供達が走ってきた姿に、話は聞いていたがさすがに江坂は眉を顰めた。
(子供のお守とは・・・・・理事長も面倒なことを押し付けてくれる)
上杉には堂々と言い放ったものの、江坂個人としては今回の話はあまり歓迎するものではなかった。
大体子供の世話など・・・・・それは実際の子供だけではなく、子供のように手が掛かる上杉のことも入っているが・・・・・わざわ
ざ休みを潰してまで見たくはなかった。
かろうじて、アレッシオの接待には役立つかも知れないが・・・・・。
「・・・・・」
大きな目が、幾つも自分達に向けられている。
まだ煩くなくてましかと思った江坂は、その中の日本人形のように可愛らしい子供に目を止めた。
「・・・・・」
「?」
容姿でいえば、もう1人飛びぬけて綺麗な子もいるが、その子供はまるで睨むように自分を見ているのに対し、その日本人形の
ような子は不思議そうな視線を向けてきている。
(子供は私を怖がるかと思ったが・・・・・)
じっとそのまま視線を向けていると、やがてホワンと笑みを浮かべた。少し、反応が遅いのかもしれない。
「あ!江坂」
「どうして・・・・・」
もう少しその子を見ていたい気分だったが、奥からぞろぞろと生徒会のメンバーが出てきた。
「江坂、どうして・・・・・」
「上杉、説明してくれ」
「・・・・・はいはい」
同じことを何度も言いたくはない江坂は、その説明を上杉に全部投げ渡した。
(退屈は・・・・・しないようだな)
山奥の別荘にまでわざわざ来た甲斐はあるのかもしれない・・・・・江坂は少しだけそう思った。
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高校生達×幼稚園児達、第2話です。
書きながら、江坂の存在を忘れているのに気付き(苦笑)、慌てて役を振り分けました。
これで本当に全員集合。次回からは別荘での生活が始まります。