『』内は外国語です。
「おれはねー、たこやきたべたいんだー。かえでは?」
「おれは、わたがし」
「マコは、かきごおりがいいな」
「おれは、さんだんぐらいのアイスたべたい。ともくんは?」
「ぼくは、つめたいものたべすぎたらおなかいたくなっちゃうし・・・・・」
「はいはい、君達のご希望の場所には後で案内してあげますから、先ずは私のお願いを聞いてくれないかな?」
アヒルの行列のように子供達を後ろに引率しながら、小田切は優しく声を掛けた。
多分、普段の小田切を知っている者ならば背筋がゾワゾワと震えてしまうかもしれないが、もちろんそんな他人の感情など小田切
は一切気にしない。
「ゆーちゃん、なにー?」
「なにー?」
小田切を《ゆうちゃん》と呼ぶつわものの太朗を、これもまたアヒルの親分のような顔をして後ろをついて歩く上杉は感心して見つ
めた。
(こいつは、怖いものなんてないんじゃねえか?)
そう思ったのは、上杉だけじゃないはずだ。同じように歩く海藤や伊崎、そしてアレッシオや江坂、倉橋も、同じように思っているは
ずだ。もちろん、そんなことはとても口に出して言えないが。
「仕掛けがうまくいくかどうか、チェックしてもらいたいと思うんですよ」
「ちぇっくう?」
「あ、あの、悪いけど」
そんな小田切の言葉を遮った者がいた。
「子供達には危ないことはさせられないんだが」
一応引率者という立場らしい硬い言葉に、小田切は内心舌を出す。この敷地外に出たのならばまだしも、学園内では遥かに自
分の方に権力があり、ただ単に成人しているという相手には絶対に負けない。
小田切はそんなことを考えているという様子は微塵も見せずに、にっこりと艶やかな笑みを向けた。
「ご安心下さい、私もその辺はちゃんと考えていますので」
「あ、ああ、うん」
「もちろん、今回の引率者であるあなたもお付き合いをお願いしたいんですけど・・・・・いかがでしょうか?」
身長差もあったが、小田切は意識して宗岡を下から見上げるように見つめる。
日本人にしては珍しいほどの薄茶の瞳は蜂蜜色とも言われていて・・・・・そんな甘い眼差しで見つめると、その手の趣味の無い
男でもふらっと心を揺さぶられるということを小田切は知っていた。
「え、あ、えっと、あの」
「いいでしょう?」
「・・・・・あ、ああ」
簡単に引っ掛かる男は面白くないが、この手のタイプは色々遊べて楽しい。
小田切はいい退屈凌ぎになるなと思いながら、ゾロゾロと一行を引き連れながら歩いていた。
「・・・・・どうしてこんな場所に来るんだ」
足を止めた小田切に向かい、江坂は地を這うような声で言った。
そこは3階の一番奥の2つの教室を使った2年生のクラスのお化け屋敷だ。
お化け屋敷というのは、遊園地などでは人気があるアトラクションだが、やはり素人がするものは怖さがイマイチのせいか人気がな
いということは、江坂も聞いたことがあった。
本来、自分に関係のないクラスの手助けをするはずの無い(言い切れる)小田切が今回どうして動くのか・・・・・それを考えてい
た江坂は、
「小田切先輩」
後ろの方からついてきていた倉橋が足早に小田切に寄るのが見えた。
「あの、どうしてここに・・・・・」
「大切な生徒会のメンバーであるお前のクラスの出し物だからだろう?良かったな、倉橋、頼りになる先輩がいて」
「先輩・・・・・」
「・・・・・」
(倉橋の為に・・・・・なのか?)
同じ生徒会のメンバーの為に一肌脱ぐ小田切・・・・・とてもその姿が考えられなくて、江坂はまだ裏があるのではないかと疑って
しまった。
「予め仕掛けを教えておきましょうね。入口の足元は、板の下にゴムボールを置いて不安定にしています。中に潜んでいる者が、
糸コンとコンニャクを糸でつって脅かし、もう少し先に進むとお化け役の生徒がまた3人潜んでいます」
入口の前に立って振り向いた小田切は、実はというようにお化け屋敷の全仕掛けを一々丁寧に説明を始めた。
どこに何人潜んでいるとか、どこに何を使った仕掛けがあるかとか。
ここまで言えば全く驚かせるという趣旨から外れていると思うのだが、小田切は全く構わずに出口までの道順を教えた。
「分かりましたか?皆さんの役目は、その仕掛けがちゃんと機能しているかどうかを確かめることです。頑張ってくださいね」
そう言うと、入口のドアを開く。
教室の中は黒い布で覆われていて、真っ黒な暗黒が口を広げている・・・・・かのように、見えなくも無かった。
「あなた、先ずは先に行って確かめましょうか」
ふと、小田切は宗岡の顔を見て思いついたように言うと、
「えっ、ちょっ、お、俺は!」
「ほら、後ろがつかえますから」
逞しい腕を引っ張りながら、小田切は口元に笑みを浮かべて中に入っていった。
「か、かいどーさん、て、つないで?」
家族と遊園地に行っても、絶対にお化け屋敷には入らない真琴。兄達は喜んで中に入っていくが、真琴だけは父の手をぎゅっ
と握って外で待っていた。
そのお化け屋敷と、学校のお化け屋敷がどれ程違うのかは分からないが、どちらにしても真琴にとっては怖いものに違いない。
海藤なら絶対に自分を守ってくれると信じている真琴が振り向くと、海藤は笑いながら手を繋いでくれた。
「ぜったいに、はなさないでね?」
「ああ」
真琴の言葉に応えるかのように、海藤は握り締める手に力を込めてくれた。
「ずっとこーしててね?」
「大丈夫、離さないから」
自分に対して絶対に嘘を言わない海藤の言葉は信じられるので、真琴は恐る恐る中に足を踏み入れた。
「ゴーストハウスのことか」
江坂から説明を受けたアレッシオは、傍にいる友春を見下ろした。
あまりに身長差があり過ぎるのでその表情までは分からないものの、大人しい友春のことだ、きっと怖がっているのだろう。
「トモ、私が抱いてやろう」
腕に抱き上げ、子供特有の柔らかな身体を堪能しようと(けして変な意味ではないが)したアレッシオが少し腰を屈めたが。
「たのしそう」
「・・・・・トモ」
「なあに?ケイ」
「お前は、ここが怖くは無いのか?」
「ぼく、おばけやしきすき。びっくりしたり、こわいなっておもうけど、でも、たのしいもん」
にっこり笑って言う友春は、強がりで言っているようには見えない。早く行こうと手を引っ張られながら、アレッシオは自分の想像とは
違う流れに珍しく戸惑っていた。
さっきまで元気に・・・・・と、いうか、うるさいくらいに色々と話しかけていた楓が急に黙り込んでしまった。繋いでいる自分の手を握
る楓の手の力が急に強くなった気がして、伊崎は楓の顔を覗き込む。
「どうしたんですか?」
「・・・・・」
「怖い、とか?」
気の強い楓にそう聞くのは禁句かもしれないと思ったが・・・・・案の定、楓はいきなり伊崎の手を振り払うと、猫のように綺麗につ
りあがった目で睨みつけてきた。
「こわくなんかないぞ!」
「楓さん」
「おれ、おれ、こわくなんて・・・・・タロ!いくぞ!」
「楓さんっ」
いきなり走り出してしまった楓を、伊崎はとっさに捕まえることが出来なかった。
(こいつは・・・・・どっちだろうな)
お化けなど怖くないとはしゃいで飛び込むか、それとも怖がって入口で立ちすくむか。上杉は太朗の反応を様々に想像しながら
わざと声を掛けなかった。
はしゃぐのなら、一緒に仕掛けの人間をからかうのも面白いだろうし、怖がったら、脅かして、泣かせて、たっぷりと慰めてやろう。
とても高校生とは思えないような子供っぽい事を考えていた上杉は、なかなか歩き出そうとしない太朗にようやく声を掛けてみた。
「タロ、入らないのか?」
「う・・・・・」
「う?」
(もしかして、怖いのか?)
言葉では言わないが、どうやらこの反応は怖がっていそうだ。それならばそれで、少し怖がらせてやろうか・・・・・そんな大人気ないこ
とを考えた時だった。
「タロ!いくぞ!」
突然そんな声が聞こえたかと思うと、横から駆け寄ってきた小さな影が太朗の腕を掴んで入口から中に飛び込んだ。
「おい、タ・・・・・」
ロと、その名前を最後まで呼ぶ前に、
「うぎゃあああああ!!」
「うわああああああ!」
甲高い子供の泣き声がして、上杉は慌てて中へと飛び込んだ(もちろん、そのすぐ後には伊崎が続いた)。
学校の出し物など、子供だましのものだと思っている。
それでも子供にとっては怖いものかもしれないと、江坂は静に聞いてみた。
「静さんは?お化け屋敷は怖いですか?」
「んー、よくわかんない」
「分からない?」
「おばけがいたら、あってみたいしー。おにいちゃん、おばけ、ほんとにいる?」
「・・・・・」
根本的な疑問を投げつけられ、一瞬なんて答えていいのか分からなかった江坂だが、ここは子供にでもきちんと応えてやらなけれ
ばと思う。
「そんな非科学的なことを考えるのは止めなさい」
「ひかがくてき?おにいちゃん、あんまりむずかしいことばだと、おれわかんないよ?」
「・・・・・すまない」
「ね、みんなはいったからいこうよ」
今更、入りたくないと言えば怖がっていると思われるかも知れないと、江坂は眉間に皺を寄せながらも静と手を繋いで中に入って
いった。
「綾辻先輩、もしかしてあなたが小田切先輩に?」
「まあまあ、ほら、私達も入りましょうよ」
綾辻は戸惑う倉橋の腕を掴んで中に入った。
倉橋のクラスの出し物の人気が少しでも良くなるためにと思ってしたことだが、好きな子とお化け屋敷に入って、怖がる相手に抱き
付かれるのは男の夢なので、相手がまあ幼稚園児だが・・・・・皆それなりに楽しむのではないかと思う。
「あら、結構本格的」
入口の足場の悪さは妙な感じで、仕掛けが分かっていても楽しめる。
「あっ」
「ほら、克己、手」
「ちょ、ちょっと」
生徒会の仕事が忙しかった倉橋は、クラスの出し物にはほとんど係わっていないので、頭の中では仕掛けも分かっているだろうが、
実感するのが初めてで一々驚いている。
「・・・・・っ」
「ほら、手」
普段ならば、恥ずかしがってなかなか近付いてこない倉橋が、自分の腕に強くしがみ付いてくる。
(ん〜、幸せ)
綾辻は口元に笑みを浮かべながら、この暗闇に乗じて唇を奪ってやろうかと足を止めた。
「あ、綾辻先輩?」
恐々と声を掛けてくる倉橋の顔は、綾辻の目にははっきりと見える。そのまま、ゆっくりと顔を近づけていった綾辻だったが・・・・・。
「おばけ!おばけ!うわあああ〜〜〜ん!!」
「きょーすけ!はやくっ、はやくでよー!!」
「うわっ、うわっ!」
甲高い子供の声に重なるように、野太い男の悲鳴も聞こえる。
「・・・・・何ですか、あれ」
その声でどうやら落ち着きを取り戻したらしい倉橋に舌をうった時、
ガタンッ ガシャッ
大きな音がして、暗闇の中に光が差し込んだ。
「い、今の?」
「な、なんなのっ?」
・・・・・どうやら、誰かがセットを壊したらしいと知ったのは、綾辻が倉橋と共に慌てて出口付近に近付いた時だった。
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お化け屋敷編。
誰が怖がりで、誰が度胸がいいのか。セリフだけで分かるでしょうか?