『』内は外国語です。





 涙と鼻水で顔をグシャグシャにした太朗をトイレで顔を洗わせ、綾辻が用意したタオルで少し乱暴に顔を拭ってやる。
かなり落ち着き、顔もすっきりとしたが、今だ上杉のシャツを握り締めている様は、彼が相当怖かったのだということを教えてくれた。
 「ごめんなさいね、太朗君。あんなに怖がってくれるなんて思わなくて」
 綾辻がそう言うと、
 「本当に、すみませんでした」
幼稚園児相手にも真面目な顔をして頭を下げる倉橋に、太朗の身体を軽々と腕に抱き上げた上杉は苦笑した。
 「まあ、よく出来てたってことだろ」
 元々、子供達に無理なことをさせたのは小田切で、多分そのことに倉橋は全く関与はしていないのだろう。上杉もそこのところの
事情は知っているので、倉橋に対して思うことは無かった。それに・・・・・。
 「お、おれね、こわくなかったぞ?かえでが、きゅうにわあっていったから、びっくりして、それで、おれもわあ〜ってなっただけ。じろー、
おれ、なきむしじゃないよな?おれ、、おとこだもん」
 「分かってるって」
 あれだけ盛大に泣き、今も鼻の頭を真っ赤にしているくせに、泣き虫じゃないと言い張るのはやはり太朗も男なのだろう。
上杉も今ばかりは太朗をからかうことは止め、抱き上げたせいで同じ目線になっている太朗に向かって一番喜ぶだろう言葉を掛け
てやった。
 「よし、今からたこ焼き食いに行くか?」
 「たこやきっ?うんっ、くう!」
途端に嬉しそうに笑う太朗の鼻を、上杉は軽く摘んで笑った。



 盛大に泣き喚いていた太朗とは違い、楓は涙を流してはいなかった。しかし・・・・・涙は流れていないものの、綺麗な瞳は潤んで
いるし、顔色は真っ青だといってもいい。
 伊崎はタオルを水で濡らすと、顔を拭ってやろうと手を伸ばしかけた。
 「やだ」
 「楓さん」
 「・・・・・ないて、ない」
 「分かっていますよ」
気の強い楓は、自分があんなに大きな叫び声を出したというのも恥ずかしいと思っているのだろうが、まだ幼稚園児なのだ、怖がっ
ても少しもおかしくは無い。
(本当に、プライドが高い)
 今からこんな風では、高校生ぐらいになったらどうなるのだろうと想像してみるが・・・・・多分、今と変わらず意地っ張りで・・・・・。
(でも、きっと綺麗なんだろうが)
 「きょーすけ」
 「はい?」
 「・・・・・おれのこえ、おっきかった?」
下から見上げている視線は、不安そうに揺れている。もちろん、こんな時に返す言葉は決まっていた。
 「全然、大きくなんかなかったですよ」



 「けっこー、どきどきしたね〜。まこちゃんは?こわかった?」
 「こわかったけど・・・・・おもしろかった」
 静の言葉に真琴はそう答え、その眼差しは友春に向かった。
 「ともくんはどうだった?」
 「ひとりじゃこわかったけど、みんないっしょだし、ケイがてをつないでいてくれたから」
ね、と、自分を見てくる友春に、アレッシオは複雑な思いがしていた。
 いくら素人の手で作ったとはいえ、高校生が手を加えたものに幼稚園児が怖がったとしてもおかしくは無い。大人しく、怖がりな
友春は絶対自分を頼ってくるだろう・・・・・そう思っていたが、アレッシオの思惑は見事に外れた。
 確かに、仕掛けがあるたびに握り締めてくる手の力は強くなったが、それで足が止まることはなく、どちらかといえばアレッシオよりも
少し前を歩いていたと思う。
(トモはこの手のものには強いということか)
 「おれ、おもしろかったから、こんどゆうえんちいったらはいってみよっと」
 「まこちゃん、どこのおばけやしきがこわいかしってる?」
 「しーちゃん、わかるの?」
 「・・・・・」
 友春、真琴、静。
何時も元気な(というより、煩い)太朗や楓なら分かるのだが、大人しい方だと思っていたこの3人がこういった恐怖ものに強いとは
思わなかった。
子供とはいえ、その感情の揺れ幅は分からないものだと、アレッシオは楽しそうに話す3人を見つめていた。



 「鼻水」
 「!」
 「嘘ですよ」
 「!!」
(なっ、なんだっ、この子は!)
 宗岡は自分を見て笑う小田切を怖々と見た。
綺麗な顔をしている青年だと思ったし、言葉遣いもとても丁寧だと思ったが・・・・・ことあるごとに自分の背を押し、足を引っ掛け、
脅かしてくるとは・・・・・思わなかった。
(何を考えてるんだ、いったい・・・・・)

 出口の近くで、いきなりするりと尻を撫でられ、大声で叫びながら駆け出した。
そのまま何かにぶつかると思ったらそれは2つの教室をつないでいるベニヤ板で、奇跡的にその寸前で立ち止まったのだが、
 「おばけ!おばけ!うわあああ〜〜〜ん!!」
 「きょーすけ!はやくっ、はやくでよー!!」
 「うわっ、うわっ!」
後ろに小さな何かがぶつかる衝撃があって、

 ガタンッ ガシャッ

まるで漫画のように、ベニヤ板に張り付いたまま倒れてしまった。
 「な、何なんだっ?」
 「うわあ〜ん、むねちゃんっ、おばけ!おばけ!」
 「た、太朗君っ?」
 「う・・・・・っ」
 「楓君っ?」
 後ろからぶつかってきたのが自分が引率してきた子供達で、お化け屋敷のあまりの怖さにパニックになったのだと思ったら・・・・・い
や、宗岡自身、別の意味でパニックになっていたこともあり、怒ることが出来るはずがなかった。

 結局、壊したのは廊下のような部分なので、直すのは可能だということを聞いてホッとした。
その後、いったん子供達を落ち着かせようと思ってはいたのだが、傍にいるこの青年のせいで宗岡はなかなか落ち着かない。
(本当に・・・・・高校生なのか?)






 怖がらせてしまったお詫びにと、綾辻は子供達をリクエスト通り食べ物の出し物がある場所へと連れて行った。
ついさっきまで自分が怖がっていたことなども忘れてしまったらしい太朗はもちろん、他の4人の子供達も美味しいものが食べられ
ると楽しそうだったが・・・・・。
(目立つことこの上も無い・・・・・)
 自分の後ろをゾロゾロとついてくる生徒会メンバー+アレッシオと江坂はあまりにも目立っている。
学園の生徒達はこの幼稚園児達がメンバーのお気に入りだということは知っているし、自分達も歓迎して迎え入れているが、今
日初めてきた一般来園者は奇異なものとして視界に入っているようだ。
 貴重な招待状を手に入れてやってきた父兄以外の、若い少女達の目的のほとんどが彼らなので、きっと幼稚園児が邪魔だと
でも思っているに違いない。
(ま、目を離さなかったら大丈夫か)
同じ女同士だったらまだしも、こんな小さな子供相手に何かするとはさすがに思えなかった。



 「わあ!たこやき!」
 「ほんとだ!うってるたこやきとおなじにおい!」
 たこ焼きや、焼きそば、クレープにフランクフルト。
様々な食べ物の出店では、ツテを頼って本物の道具を借りている者が多く、今目の前で焼かれているたこ焼きも、このクラスの親
戚がやっている屋台のものを借りてきているらしかった。
 「おい、焼けているのあるか?」
 「あ、会長!」
 上杉が焼いている生徒に声を掛けると、少し驚いたような声が返ってきた。
 「ぜ、全部売れてて、今焼いているものでいいですか?」
 「ああ。タロ、いいだろ?」
 「うん!」
太朗は鉄板にくっ付きそうなほど近くに寄って、たこ焼きが焼けるのをじっと見ている。たこ焼き自体が好きなのだろうが、その作る
工程にも興味津々なのだろう。
 「・・・・・」
 上杉はそんな太朗を見下ろすと、笑いながら抱き上げてやった。
 「これでよく見えるだろ」
 「うん!あっ、おにいちゃん、さんこめ、たこはいってなかったよ!」
 「え?あ、ごめんなっ?」
 「細かいな、タロ」
 「だってえ、おれのたこやきのなかに、たこはいってなかったらおこるもん!」
タコ無しのたこ焼きはたこ焼きじゃないと訴える太朗の言うことも分かる上杉は、それならと手を伸ばして勝手にタコを摘むと、一番
端の列にもう一つずつ余分に入れていく。
 「じろー?」
 そこだけ2こになっちゃうぞと言う太朗の耳元に唇を寄せた上杉は、くすぐったいと笑いながら身を捩る太朗に向かって囁くような声
で言った。
 「ここのはお前用にしてもらおうぜ」
まるで秘密を話すような上杉に、太朗は目を合わせてぐふふと嬉しそうに笑う。
 「ないしょだな?」



 こんな所で食べる物は衛生的ではない・・・・・そこまで口煩く言うつもりは無いが、江坂は当然自分は食べないつもりだった。静
がここにいるので、付き合いで立っているだけだ。
 「静さん、甘いものはどうです?」
 愛らしい静が、青のりがたくさん掛かっているたこ焼きを頬張っている姿はとても想像出来ない。
お化け屋敷での楽しそうな反応は、少し彼の姿からは考えられなかったが、食べる物はやはり甘い物が似合う気がした。
 「クレープとか・・・・・」
 「たこやきいるひとー!!」
 江坂の言葉を遮るような大きな太朗の声。思わず眉を顰めてしまう江坂を置いて、静はは〜いと手を上げてしまった。
 「静さん」
 「おにいちゃんもたべる?」
 「私は・・・・・」
 「たこやき、まるくて、ころころで、かわいーよねえ。あ〜んて、いっしょにたべる?」
 「・・・・・」
(こんな所で食べろと?)
確かに、わざわざどこかのテーブルについて食べるものではないが、それでも江坂は直ぐには頷けなかった。



 「あっ、おどってる!」
 「ん?」
 「たこやきのうえ、おどってるね?」
 真琴が指を指しているのはたこ焼きの上に振りかけた鰹節だ。熱のせいで揺れている様を踊っているというのは子供らしい表現
で、海藤は差し出されたたこ焼きのパックを受け取ってやりながら頷いた。
 「熱いぞ、大丈夫か?」
 「ふーふーすればだいじょーぶ。かいどーさんのぶんは、まこがふーふーしてあげるね」
 「ああ、ありがとう」
 この後も色々と食べたいと言っていた真琴だ。子供の胃ではそれほど食べられるとは思えず、せいぜい2、3個で十分だろう。
その残りは当然自分が食べてやるつもりだったので、海藤は爪楊枝に一つ刺したたこ焼きを息を吹きかけて冷ましてやると、腰を
屈めて真琴の口元に差し出してやった。
 「いいの?」
 頷くと、真琴は海藤とたこ焼きを見比べてから口をあ〜んと開く。
小さな口では一口ではとても頬張ることは出来ず、小さく齧ってから直ぐに海藤を見上げて笑った。
 「すっごく、おいしい!」



 「こえ、はへほおほひ?」
 口にたこ焼きを頬張った楓の言葉に、伊崎は首を傾げた。すると、モグモグと可愛らしく口を動かしていた楓が、ごくんと口の中の
物を飲み込んで改めて言う。
 「これ、だれのおごり?じろー?きょーすけ?」
 カリスマ的な人気を誇る上杉のことを、こうして呼び捨てに出来るのは楓と太朗くらいなものだろう。きっと注意しても聞かないとは
思うものの、それでも伊崎は上杉さんですよと言ってから答えた。
 「楓さんの分は私が払います。会長に出してもらうわけにはいきませんから」
 「・・・・・まあ、そっか。でーとはかれしがはらうのがじょーしきだもんな」
 「・・・・・」
(意味が分かって言っているわけじゃ・・・・・ないよな?)
大体、高校生と幼稚園児・・・・・それも、男同士でデートと言うのも彼氏と言うのもおかしいと思ったが、伊崎はこれは言い換えて
教えてやることは無かった。






                                            






たこ焼き編。

家で作るのも美味しいですが、屋台で食べるのも格別。