『』内は外国語です。





 口の周りをソースと青のりで汚した子供達の顔を、濡れタオルで拭いてやるのは綾辻だった。
 「は〜い、みんなちゃんと並んでね」
 「は〜い!!」
口調が柔らかく、物腰も優しい綾辻の言う事を子供達は素直に聞く。きちんと並んだ5人を順番に世話をし終えると、綾辻は真
琴を振り返った。
 「今度は、マコちゃんのカキ氷ね?」
 すると、真琴は綾辻のシャツを引っ張りながら言う。
 「あのね、ゆうちゃん、まこね、まこだけじゃやなの」
 「ん?」
 「かえでちゃんはわたがしたべたいし、しーちゃんはあいすたべたいでしょう?まこ、みんないっしょがいいな」
 「・・・・・なるほどね」
 自分だけの願いごとを叶えてもらうのは悪いと言いたいらしい真琴に、綾辻は何だか微笑ましい気分になった。
もちろん、綾辻としても真琴以外の3人の願いもきくつもりだったので、その心配は全く杞憂なのだが、真琴のその気持ちがとても
可愛くて、綾辻はその頭をそっと撫でた。
 「じゃあ、みんなが一緒に食べられるものにしましょうか?」
 「うん!」
 みんな一緒だってと報告をする真琴の言葉に、残った4人もわあと歓声を上げている。
この後のことを考えて、たこ焼きはそれぞれの保護者である男達がほとんど食べているので、まだまだ腹には余裕があるのだろう。
 「じゃあ、みんな出発!」
 「は〜い!」



 喫茶店をやっているのは2つのクラスと、3つのクラブだ。
それぞれが出し物に凝っていて、あるクラスはカレー専門、あるクラスは珍味専門。
あるクラスはケーキバイキングをしていて、もう一つは和風甘味専門。
 綾辻が子供達を案内したのは一番オーソドックスな喫茶店だが・・・・・少しだけ、趣向が変わっていた。

 「・・・・・綾辻」
 先ず、低い声を出したのは江坂だった。
 「は〜い、なんでしょう?」
その反応は予想していたので、綾辻はにっこりと笑いながら振り向く。
 「どうしてここに案内した」
 「だって、マコちゃんのカキ氷に、しーちゃんのアイス、楓ちゃんの綿菓子はちょっと無いけど、ケーキでもパフェでもあるし。ここが一
番いいんだと思ったんだけど」
 「・・・・・メニューに関しては分かったが、ここは子供が来る場所ではないだろう」
 「えーっ、ねえ、ここ嫌?」
 厳しい江坂の言葉をそのまま子供達にぶつけてみると・・・・・。
 「おもしろいよ、ね?」
 「うん」
 「おねえちゃんもいるしね?」
 「あれ、おとこだよ」
 「おれ、あいすたべられるならどこでもいー!」
どうやら子供達は江坂の反応を綺麗に無視をしているようだ。
綾辻は内心声を出して笑いながら、厳しい眼差しを向けてくる江坂に楽しくしましょうよと提案する。
 「この子達は目移りなんかしないからいいじゃない」
 多分、そんな問題ではないのだろうが、肝心の子供達が嫌だと言い出さない限りは何も出来ない。江坂は眉間の皺を消さない
まま、
 「いらっしゃいませ〜」
一オクターブ高い声で出迎えてくれる相手に言った。
 「普通の人間はいないのか、ここには」



(ここを選ぶとは・・・・・)
 上杉以上に今回の文化祭の仕事で動き回っていた海藤は、もちろん出し物の申請書には全て目を通しているので、こういう店
があることは分かっていた。
 ただ、子供達を引き連れて、自分までここに来るとは思わなかったが・・・・・。
 「あっ、会長、副会長!」
 入口に立っていた海藤と上杉、そしてその後ろに続く豪華な面々に、出迎えた生徒は素になって声を上げてしまう。
しかし、その後ろからやってきた生徒に諌められ、直ぐににっこりと笑みを浮かべて言った。
 「いらっしゃいませ〜、何人様ですか〜?」
 「・・・・・14人だが、多いか?」
 「とんでもない!14名様で〜す!」
 中に向かって大きく叫んだその生徒は、ふわりとスカートを翻す。・・・・・そう、男子校なのに、スカートだ。
ここは、女装喫茶だった。
(全く、少しは考えればいいものを)



 「こちらへど〜ぞ〜、カッサーノ様ぁ」
 「・・・・・」
(なんだ、これは)
 イタリアにも、もちろんゲイはいる。女になりたい男もいて、女の格好をした男も街を闊歩している。
アレッシオ自身、それは個人の趣味でもあるし、自分に関係の無い者が何をしようと基本的には気にしていないが・・・・・それが、
目の前にいると・・・・・いや。
(トモの教育に悪い)
 「アヤ」
場所を変えてくれと、綾辻に言おうとしたアレッシオだったが、
 「じゃあ・・・・・おれも、いちごのかきごおりください、おねえちゃん」
 「は〜い、待っててね」
 何時の間にか他の子供達と共に椅子に座っていた友春が、差し出されたイラスト付きメニューを見ながら言っている。おねえちゃ
んと言われたウエイトレス役の生徒は嬉しそうに笑っていて、友春はそのままアレッシオを振り向いてにこっと笑った。
 「ケイはなんにするの?」
・・・・・どうやら、逃げることは出来ないようだった。



 メニューを見ながら難しい顔をしている楓の隣に座った伊崎は、自分はコーヒーを頼んでから訊ねた。
 「楓さんは?何にしますか?」
 「わたがし、ない」
 「ここは喫茶店だから仕方ないですよ。後で、駄菓子屋をやっているクラスに連れて行ってあげますから」
 「だがしや?それって、10えんとか、20えんとかでかえるやつ?・・・・・それなら、10ことか、かえるかな?」
ちらっと伊崎を見ながら言うのは、もしかしたらそんなに買ってもらってもいいのかと心配になっているらしい。駄菓子を10個や20個
買っても、ここで飲むコーヒー代よりも安いのだが、数が多いとそれだけ高いというイメージがあるのだろうか。
(普段は、しっかりとした金銭感覚を持っているのに)
それが駄菓子など、自分の好きなものになると狂ってしまうのだろうか。
 どちらにせよ、このくらいはお安い御用だと、伊崎はしっかりと頷いた。
 「10個でも、100個でも、楓さんが好きなだけ買っていいですよ」
 「そ、そんなにはいらないけど!」



 「・・・・・きょーすけさんは、かえでちゃんにめろめろだねえ」
 「・・・・・いったい、どこでそんな言葉を覚えたんです」
 「みんないってるよ?まこちゃんは、かいどーさんにめろめろなんだって!」
 「・・・・・」
(いったい、誰が子供にそんな言葉を教えたんだ)
 意味も分からず使ってしまうかもしれない言葉に、不用意に教える言葉ではないと江坂は内心眉を顰める。もちろん、表面上
は自分が面白くないと思っていることは微塵も見せずに、江坂はその原因を探った。
 「誰が一番最初に言い出しました?」
 「えっと・・・・・たろくん?」
 「・・・・・」
(また、あの子供か)
 太朗と仲がいいが、どうも悪い影響を受けているのではないかと思う。
 「静さん、そういう言葉はあまりいい言葉ではないんですよ?」
 「でもお〜、めろめろって、だいすきってことでしょ?」
 「・・・・・」
 「おれも、おにいちゃんにめろめろっていいたいのにな〜」
無邪気に言う静に、それでも駄目だとは言えない。江坂はコホンと咳払いをして言った。
 「・・・・・私にだけだったらいいですけどね」
 「うん!」



 「真琴は、何味がいいんだ?」
 メニューを見せながら海藤は真琴に問い掛けた。
最初からカキ氷が食べたいと言っていた真琴は、数種類あるものに迷っているようだ。
 「まこはね〜、いちごもいーけど、めろんもすきなんだあ。どっちにしよっか、なやんじゃう」
眉間に小さな皺を浮かべて真剣な顔で言うその様子は、本当に悩んでいるという言葉通りの表情だ。海藤は思わず目を細める
と、グリーンのイラストを指差した。
 「じゃあ、メロンにしたらどうだ?イチゴは俺が頼もう」
 「かいどーさん、かきごおりたべるの?まこが、たべたいっていったから?」
 「いや、俺も美味しそうだと思って」
 「かいどーさんもそうおもったっ?まことおなじっ?」
 「ああ、一緒だな」
 「じゃあ、はんぶんこしようね?まこのめろん、あげる」
 「じゃあ、俺のイチゴをやるからな」
 真琴と話しながらも、海藤はこんな子供じみた会話を楽しんでいる自分が可笑しかった。
普通の高校生だったら、いや、おそらく自分は、こんなごく平和な会話を誰かと交わすことなど、全く考えられなかった。
(その相手が、こんな幼稚園児だとはな)
 可笑しくて、それ以上に、こんな風に自分を変えた真琴が可愛く思えて、海藤は思わず手を伸ばしてその頭を撫でる。
大きな海藤の手の中に、すっぽりと入り込む小さな頭の中で色んなことを考えているのだろうと、海藤はくすぐったそうに笑う真琴の
顔をじっと見つめていた。



 「おれはー、ほっととっくとー、めろんそーだーと、おちゃのかきごおりとー、こーひー」
 「最後のはなんだ?」
 「ごはんのしめはこーひーだって、とおちゃんいってるもん」
 「それは大人の話だろう。ガキのお前にはまだ早いし、大体、それだけ食べられるはずがねーだろ」
 上杉は次々と注文する太朗を呆れたように見つめる。
そうでなくても、他の子供は2、3個しか食べなかったたこ焼きを、太朗は6個も食べたのだ。とてもこれだけの量を食べられるとは
思えなかった。
 「あの、どうしますか?」
 注文を受け付けるウエイトレスが、どうするのだと太朗ではなく上杉に視線を向けてくる。
(見たことがあるな・・・・・ああ)
 「お前、安永か?」
2年の生徒会役員の顔だと思った上杉が声を掛けると、その生徒は嬉しそうに笑って頷いた。線が細いとは思っていたが、結構
女装が似合っている。
 「可愛いじゃねえか」
 「あ、ありがとうございます」
 顔を赤くして俯く様子は、多分普通の女子高生よりも初々しいのではないだろうか・・・・・そんなことを考えていた上杉は、
 「いてっ」
 不意に足を蹴られた。
 「何するんだ、タロ」
 「おんなにでれでれするからだろ!」
 「・・・・・男だろ、こいつは」
 「えっ・・・・・おねえちゃん、おとこ?」
上杉の言葉に、太朗は目を丸くしてミニスカートのウエイトレスを見上げた。



 「克己もウエイトレスをしたら良かったのに」
 「・・・・・」
 綾辻の言葉に、倉橋は口に含んだコーヒーをふき出しそうになった。
(この人は、いったい何を言い出すんだ?)
女装喫茶と銘打っているだけに、女装しているウエイトレス役の生徒達は小柄で細身の生徒で、薄化粧をすればそれなりに少
女っぽく見えなくも無いが、痩せてはいても身長のある自分がこんな格好をしても笑ってしまうだけだ。
 「冗談はやめて下さい」
 「冗談じゃないんだけどな〜」
 「・・・・・」
 「今度、女子高生のコスプレしない?」
 「何考えてるんですかっ!」
 思わず大声を出してしまった倉橋は、何事だという周りの視線を向けられてカッと目元を赤くしてしまう。
(何を、ムキになってるんだ・・・・・っ)
綾辻の言葉など冗談だと分かりきっているのに、本気にとっている自分の方がおかしいのだ。
そう思い直した倉橋は、自分自身に落ち着けと言い聞かせ、何度か小さな深呼吸を繰り返すと、目の前でニヤニヤと笑っている
綾辻に向かってきっぱりと言った。
 「私よりも、先輩の方がよっぽど綺麗な女子高生になりますよ。早くその気になってくれていたら、美人コンテストに出れましたね」
 「・・・・・言うわねえ、克己」
自分の切りかえしが上手くいった・・・・・そう思った倉橋の安堵の思いは、次の綾辻の言葉でたちまち崩れてしまった。
 「美人コンテスト、今からでも飛び入りで参加しちゃおうかしら」
 「ええっ?」






                                            






お腹がいっぱいになった後は、女装コンテスト?

出場者は他にもいそう(笑)