『』内は外国語です。





 体育館の中では、本日の一番のイベント、美人コンテストが行われようとしていた。
 「ちょっ、ちょっとっ、本当に出場するつもりなんですかっ?」
体育館の舞台裏では、今回の出場者がそれぞれ趣向をこらした女装をしていた。
 定番のセーラー服や、ナース、ウエイトレスに、チャイナ服、少し変わったところではSMの女王様など、個人個人で化粧もしてい
るので、明らかにお笑い系という者もいれば、本当に女かと思われるほどの者もいた。
 「飛び入り参加も大歓迎って言われたんだし。優勝商品はディズニーシーのペアチケットなのよ?ぜひゲットしてデートしに行きま
しょうよ」
その言葉がどこまで本気なのかは分からないが、化粧をする手付きは驚くほどスムーズで、倉橋は内心綾辻は言葉同様、女装
も好きなのかと疑ってしまった。
(どう考えたって、普通の男なら付け睫の仕方なんて知らないだろう?)
それとも、化粧をする女の仕草を見慣れているのだろうか・・・・・。
 鏡の中の綾辻の顔は、刻一刻と変化していく。
やがて、グロスを塗り終えた綾辻は、
 「出来た♪」
と、言って立ち上がると、くるりと振り返って笑った。
 「どう?克己」



 江坂は、隣に座るアレッシオの機嫌がどんどん下降線を辿っていることに気付くものの、自分自身も同じ様なものなのでなかな
か気遣う言葉が言えなかった。
(なぜ、私達がここにいなければならない)
 男子校にありがちだといえばそうなのだろう、女装コンテスト。勝手にやるのならば何も言わないが、なぜ最前列で自分達が見
なければならないのだと眉を顰める。
 「・・・・・」
自分達よりも中央の席を陣取っている子供達。この子供達が、

 「ゆーちゃんのきれいなとこ、みたいよねー」

などと、言い出さなかったら・・・・・自分は絶対にこの場にはいなかったはずだ。
 「・・・・・エサカ」
 それは、隣に座っているアレッシオも同様のようで、江坂は地を這うような声で名を呼ばれても、自分もどうしようもないことを訴え
るしかなかった。



 「あの男はゲイなのか」
 「・・・・・違うと思いますよ。遊びの話も結構聞いていますし」
 それならばなぜ、こんな所で女装をするのだと言いたいところだが、きっとこの江坂は冷静な顔をして、

 「私はあの男の考えは分かりません」

と、きっと切って捨てることだろう。
学園の中で自分の世話係りとして付いている男の優秀さは認めるものの、興味のないものへの冷淡さは自分と匹敵するほどだと
いうことも分かっていた。
 もちろん、アレッシオも、このバカバカしいお祭り騒ぎに自分が参加しようとは全く思わないが、友春が動こうとしないので体育館
から出ることも出来ない。もしも、このまま自分が席を立ってしまったら、友春は冷たい人間だと思ってしまうかもしれない。
他の誰に何と思われようとも構わないが、友春だけには自分のことを嫌になったり、怖がったりして欲しくなかった。
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 アレッシオが口を閉ざすと、江坂もそれ以上は何も言わない。
何時までここにいれば友春は飽きるだろうかと思いながら、アレッシオは腕を組んで目を閉じてしまった。



 女装コンテストは見るつもりはなかった。偽物の女よりも、もちろん本物の胸がある女の方がいい。それでも、せっかく来たのだから
楽しまなくては損だ。
上杉は隣に座る海藤に言った。
 「海藤、誰が勝つか賭けないか」
 「会長」
 「いいじゃねえか、別に金を賭けようなんて思ってないって」
 それなりの容姿の者が多いこの学園だ。意外と女装も楽しめるかもしれないぞと言えば、海藤は呆れたような眼差しを向けてき
た。
 「少し、考えてください」
 「何か楽しみたいだろ?」
 「それなら、見ているだけでいいんじゃないですか」
 「面白みのない奴〜」
 真面目な海藤の答えは予め分かっていたが、それでも上杉はわざとらしく口を尖らせて不快を見せ付けた。だが、慣れている海
藤はその手に乗ってくれない。
 「子供達もいるんですよ。教育に悪いので却下です」
 「・・・・・ふんっ」
(じゃあ、別の奴に声を掛けてみるか)
次の獲物を捜す為に、上杉は視線を彷徨わせた。



 「落ち着かないんですか?」
 「あ、いや、まあ」
 「別にここは本物の女子高じゃないんですから、普通に楽しんだらどうなんですか」
 「・・・・・」
(そ、そういう自分が綺麗だってこと・・・・・気付いていないのか?)
 宗岡は隣に座る小田切が気になって仕方がなかった。
お化け屋敷で、尻を触って来た時はとんでもない男だと思っていたが、落ち着いて、客観的に(見れているかどうか自信がないが)
見れば、男が随分綺麗な顔をしていることに改めて気付かされた。
 黙っている横顔を見れば・・・・・。
(女よりも、綺麗な顔してるんじゃ・・・・・)
 「先生」
 「・・・・・っ」
何時もは可愛らしい園児達の声で呼ばれているというのに、同じ言葉のはずが、何だかイケナイ響きのように聞こえてしまい、宗
岡は急に緊張してしまった。
 「どうしたんですか、可愛い顔をして」
 「か、可愛いっ?」
 驚いたせいで、かなり大きな声が出る。周りの視線がなんだと自分に向けられてしまうのが恥ずかしくなって、宗岡は慌てて顔を
伏せたが、落とした視線の先にある自分の太腿の上に、細い指先が触れるのが目に入ってしまった。
 「先生」
 「・・・・・な、何ですかっ」
 「先生は、男に興味はないんですか?」
 「きょ、興味っ?」
 「ええ」
 にっこりと笑って、さらに小田切が何か言い掛けた時だった。
 「おい、小田切」
 別の方向から、男を呼ぶ声がする。小田切はホッと苦笑を零すと、すっと宗岡の膝から手を離しながら声の方向に視線を向け
た。離れてしまった指先を、宗岡は自然に目で追ってしまっていた。



(全く、面白いところで邪魔をしてくれて)
 せっかく反応のいい玩具を見つけたと思ったのに、いいところで邪魔をする男だと思ったが、もちろんそんな様子を見せずに小田
切は振り返った。
 「どうしました?」
 「誰が優勝するか賭けないか?」
 「・・・・・無駄じゃないですか」
 「ん?」
 「予想が同じでしょうから」
 小田切がそう言うと、上杉はふっと口元を緩めた。
 「お前もあいつか?」
 「脱いだら身体はごついでしょうけど、服を着ていたら分かりませんからね。バランス的に言ってあいつだと思いますよ」
 「・・・・・だな」
 「お、おいっ、子供達がいるのに賭けなんて・・・・・」
 「先生は黙っていてください、ね?」
わざと《先生》と言えば、宗岡は再び焦ったように視線を逸らしている。
(本当に面白いな)
まだまだからかう要素はあるみたいだと、小田切はほくそ笑みながら視線を舞台の上へと向けた。



 子供達の近くで何を言うんだと思うものの、それを口に出して注意するほど度胸のない伊崎。
とりあえず子供達は全くその会話を気にしていなかったようなので内心ホッとしていた。
 「・・・・・おれも、でたらよかったかなあ」
 「楓さん?」
 「おんなのかっこーはいやだけどー、かったらでぃずにーにいけるしなー」
 少女に見えることを嫌う楓だが、どうやら商品がかかっている場合は例外のようだ。もちろん、年齢など考えなければ、絶世の美
少女に見えてしまう楓が優勝するのは想像がつく。
それは、どうやら伊崎だけの考えではなかったようだ。
 「かえでくんはだめだよ!」
 「うん、いちばんかわいいのきまってるし!」
 「しょーぶになんないよなっ」
 「・・・・・」
(子供でも、美的感覚はちゃんとあるようだな)
 楓が綺麗な顔をしているということは子供達にも分かっているらしい。口々にそう言う友人達の言葉に満更ではなかったらしく、
楓の頬には消せない笑みが浮かんでいる。
その様子が可愛くて、伊崎も思わず頬に笑みを浮かべてしまった。



 観客席で色々な話が飛び交っている中、美人コンテストはドンドン進んでいった。
目当ての生徒が出てくれば盛大な歓声が沸き、体格の良い生徒の女装には笑い声が響いた。
 「・・・・・」
 倉橋は舞台袖にいる綾辻を見ていた。いよいよ次が彼の番だからだ。
 「エントリーナンバー、25番。本日最後の美女は、なんと飛び入りの生徒会役員、3Aの綾辻勇蔵さんです!」
司会者の声に、綾辻は振り返ってウインクをしてみせる。
 「じゃあ、行ってくるわね、克己」

 「ゆうちゃん、きれー!!」
 「ゆーちゃん!いちばんだぞー!」
 「ふふ、ありがとう」
 最前列に座っている子供達の歓声に異を唱える者はいないだろう。倉橋がそう思ってしまうほどに、綾辻は・・・・・綾辻の女装は
綺麗だった。
身長も高く、鍛えている身体にはしなやかながら筋肉がしっかりと付いているのに、山吹色の浴衣姿では身体の線は見えない。
 「浴衣を選んだわけは何ですか、綾辻先輩」
 「だって、男のロマンじゃない?どこからだって手を入れることが出来るわよ?」
 司会者の言葉にそう言ってウインクする姿は、とても180センチを超す身長の男だとは思えないだろう。
アップにした髪に、襟足、艶っぽく濡れた感じの赤い唇。仕草も女っぽく、これで男だと言われれば詐欺だと言ってもいい。
 「じゃあ、最後に自己PRをどうぞ!」
 「ん〜・・・・・お姉さんが、イケナイコト教えてあげる」
甘い声で言った綾辻に、今日一番の歓声が沸いた。

(・・・・・決まった)
 多分、これで優勝は決まりだろう。そうでなくても人気のある男だ、女装姿でもこれだけ綺麗な姿を見せれば、嫌だと思う人間は
いないと思えた。
案の定・・・・・。
 「優勝は、エントリーナンバー25番、飛び入り参加の綾辻勇蔵さんです!!」
 舞台にずらりと並んだ誰よりも艶やかな男は、当然というように真ん中に立ち、ありがとうと笑いながら挨拶をしている。
 「・・・・・」
倉橋はその姿を最後まで見ず、そのまま体育館の袖から外へと出た。



 「ふふふ、チケットゲット♪」
 お祭りで本気になるのはルール違反かもしれないが、それでも貰ったもの勝ちだ。
綾辻は鼻歌を歌いながら舞台袖へと戻ってきたが、そこに待っているはずの(約束していたわけではないが)倉橋の姿が見当たらな
かった。
 「ねえ、克己知らない?」
 近くにいた生徒に聞くと、間近で見る綾辻の艶やかさに顔を赤くしながら外に出ましたと答えた。
 「・・・・・そ、ありがと」
(どうして待っていないのかしら)
せっかく貰ったチケットを渡そうと思ったのにと考えるが、考えている内に・・・・・ふっと頬に笑みが浮かんでしまう。
 「もしかして、妬きもち?」
 1位になり、多くの歓声を浴びる自分を見ているのが辛くなったのかと思った。
 「克己のために頑張ったのに」
(他の人間なんか見ていないって)
 「あ、綾辻先輩っ、おめでとうございます!」
 「ありがとー!」
(さてと、可愛く妬いている克己を捜しに行こうかしら)
 あくまでもプラス思考の綾辻にとっては、倉橋がいなくなったことも自分への愛情ゆえだとしか思えない。それならばそれで宥める
方法もたくさんあると傲慢に思いながら、綾辻はアップにしていた髪を優雅な仕草で下ろした。






                                            






女装コンテストは綾辻さんの圧勝で終わり(笑)。

次はなんにしましょうか。