『』内は外国語です。
たくさん食べて、たくさん笑って、昼を過ぎる頃、子供達の中には目を擦る者も多くなった。
幼稚園では食事の後に昼寝をするので、そろそろ眠たくなったのかもしれない。
「真琴?」
中庭の芝生の上に座っていた海藤は、何度もコクコクと首を揺らす真琴を見て声を掛けた。カクッと首が揺れた真琴は、慌てて
目を擦りながら海藤になあにと答える。
「眠たいのか?」
「ん〜ん」
「でも、目が閉じている」
大きな目は何度も瞼が閉じかけていて、そのたびに身体が揺れている。誰が見ても眠たそうだと思うのだが、当の真琴自身はそ
の睡魔に全く気付いていないようだった。
「まこね、かいどーさんと、もっとおはなししたいの」
顔を上げ、海藤にそう訴えてくるが、真琴はそう言った後も何度も身体を揺らし・・・・・とうとう、海藤の膝の上にことんと身体を預
けてしまう。
「かいどーさんの・・・・・おひざ、ちょっと、かたい、ね」
「真琴」
「・・・・・な、に?」
「風邪をひくぞ」
「だ・・・・・じょぶ」
真琴はそう言ったきり、海藤の足に抱きつくようにして眠ってしまった。直前まで危なげだが会話をしていたのに、眠りに落ちるのは
あまりに突然だった。
「・・・・・」
このまま寝かせてやりたいが、風邪をひいてしまうかもしれない。暖かい・・・・・と、いうよりも、少し熱いくらいの日の光の下、海藤は
どうしたらいいのかと考えてしまった。
「あすもあるんだろ?でも、おれたちこれないしな〜」
「用事があるんですか?」
「タロんちのとーちゃんが、プールにつれていってくれるんだ!タロのとーちゃんはでっかくって、やさしいんだぞ!」
楓の口から出る褒め言葉。
自分の友達に対してはともかく、大人に対してはどこか斜めに見るところも多い楓が、こんな風に手放しで褒めることなどあまりなく
て、伊崎は少し意外というか・・・・・いや、正直に言えばあまり面白くなかった。
「俺が、明日も来てくださいって言っても?」
「・・・・・」
「楓さん」
「だって・・・・・やくそくしたもん」
綺麗に整った顔が歪む。
その顔を見て、子供になんと言ったのだろうと伊崎は後悔してしまった。自分と太朗の父親は全然違う立場だし、先の約束を優
先しようという楓の言葉は褒めていいものだ。
「いいんですよ、すみません」
「・・・・・きょーすけ、おこった?」
「怒っていませんよ」
そう言って笑ってやると、楓はホッとしたように笑みを浮かべる。子供は大人の感情に敏感なものだと、伊崎は思わずにいられな
かった。
マイペースな静はまだ少しも疲れていないらしく、ベンチに腰掛けている江坂の隣にちょこんと座っていた。
足をブラブラ揺らして、時々江坂を見上げては、へらっと表情を崩す。ただ座っているだけの何が楽しいのかと江坂は思うが、静に
とっては座っているだけ、というわけではないらしい。
「・・・・・何か、飲みますか?」
どういう風に話を切り出していいのか分からない江坂がそう訊ねると、静はううんと首を横に振った。
「・・・・・退屈でしょう?」
「たいくつ?」
「・・・・・つまらないということですよ」
「ううん。おれ、たのしいよ?ほら、みて」
静が指差したのは芝生の上の影だ。座っている位置のせいか、江坂と静の影は立っている時ほどの身長差はなかった。
「おにいちゃんと、おんなじくらいでしょう?」
「・・・・・」
「たっていると、すっごくせがちがうのに、かげになるとおんなじくらいなんて、おもしろいよね?」
どこが・・・・・と、聞いてはいけないのだろう。子供の素朴な気持ちを理論で覆すことは、さすがの江坂も出来なかった。
(影を見ているだけで楽しい・・・・・か)
そんな風に、ある種暢気なことを考えたことは自分には無いと思うが、静にとってはこんなにも表情を綻ばせるほどに楽しいことらし
い。
(・・・・・子供は分からないな)
高校生の自分が大人といっていいのか分からないが、少なくともこんな純粋な気持ちは持ち合わせていない。ただ、静の楽しそ
うな表情を曇らせたくはないとも思い、江坂はそうだなと短く答えてやった。
「トモ、どうした?」
隣に座っていた友春が急にモゾモゾしだした様子を見て、アレッシオは怪訝そうに眉を顰めた。
他の子供達の中には騒ぐ者も(主に太朗と楓だが)いるが、友春はとても大人しく、子供にありがちな落ち着きの無さというものも
感じられない。
家が呉服屋ということなので、両親の躾がかなり厳しいのかもしれないと常々思っていたが、今の友春の様子はそわそわとしてい
て、何度も立ち上がろうとして止めるということを繰り返しているのだ。
「あ、あの、ぼく・・・・・」
「・・・・・」
「ぼく・・・・・」
アレッシオがじっと見つめていると、友春はますます萎縮してしまって俯いてしまう。
そんな友春の顔をアレッシオが覗き込もうとした時、
「おしっこ!!」
いきなり大きな声がして振り向いたアレッシオは、上杉のシャツをグイッと引っ張っている太朗を見た。
(・・・・・大人しく言えないのか)
もちろん、その場で漏らされても困るだろうが、排泄に関係することをこんな場所で大声で言われても上杉も困るだけだろう。
・・・・・が。
「我慢出来るか?それとも、ここでしちまうか?」
「会長っ」
思わずというように倉橋が叫んでいる。アレッシオも気持ちは同様だ。
(あの男だけは・・・・・よく分からん)
「みんなっ、おしっこいかないっ?」
「・・・・・」
(自分だけで行け)
「タ、タロくん、ぼくも・・・・・」
「トモ?」
「ケイ、ぼく、おトイレいきたい」
どうやら、落ち着きなかったのは尿意を催していたせいだと分かったアレッシオは、気付いてやれなかった自分に口の中で舌打ちを
うつと、すぐさま友春の小さな身体を抱き上げた。
「・・・・・い〜な〜」
アレッシオが友春を抱き上げて行く後ろ姿を見ながら羨ましそうに呟いた太朗を見て、上杉はふっと笑みを零した。
「分かったって、おーじ」
そう言って太朗を抱き上げてやると、直ぐに、満面の笑顔が向けられる。口元に先程まで食べていたケチャップが少しだけついてい
るのが見た。指先で拭ってやりたいが、今は太朗を抱いているのでそれも出来ない。
考える間もなく、上杉はペロッとそれを舐め取った。
「なに?」
「ついてた」
「えー、うそだあ〜、おれ、あかちゃんじゃないもん!」
「・・・・・」
(似たようなもんだろうが)
内心そう思うものの、もちろん言ってしまったらどんなに機嫌を損ねてしまうか分からない。上杉は表面だけハイハイと頷きながら、
ここで漏らされないようにとトイレへ急いだ。
私立校のトイレは、もちろん全てウォシュレット付きの洋式だ。
男子校なので小便用もあるが、アレッシオは友春を迷わず洋式の個室の方へと連れて行った。
「・・・・・」
(手伝ってやるべきか・・・・・?)
幼稚園児でも、この歳ならば1人で小便くらい出来るとは思うが、慣れない場所に戸惑っているような友春の様子を見ていると
思わず手伝ってやらなくてはならないかと思ってしまう。
「トモ、ズボンを下ろすぞ」
固まってしまっている友春のズボンを下ろせば、真っ白い下着が現れる。アレッシオは出来るだけ事務的にそれも下ろすと、友春
の身体を便座の上に乗せた。
「・・・・・」
一瞬、ウインナーよりも小さな肌色のペニスが見えたが、友春は座らされると直ぐにピッタリと足を閉じてしまった。
「・・・・・」
「・・・・・どうした?」
「・・・・・ケ、ケイがみてると、はずかしい・・・・・」
ここまで黙ってされたというのに、実際に排泄をする所を見られるのは恥ずかしいらしい。アレッシオもそれをじっと見る趣味はない
ので、終わったら言うようにと言い残して個室を出た。
ちょうどその時、煩い声が聞こえてきて、上杉と太朗が姿を現した。
(違う場所に行けばいいものを・・・・・)
「あ!ケイもいたのか!」
「・・・・・タロ、お前は少し静かに出来ないのか?ここは煩くしていい場所じゃないだろう?」
「なんだよ、なまえよんだだけなのに〜」
太朗は、アレッシオにも「よお」と言って欲しかったようだが、さすがにこの場所ではそんな挨拶もおかしいだろう。
上杉は口を尖らせる太朗の頭をポンポンと叩いて言った。
「タロ、早くしないと漏れるぞ」
「あ!」
一つのことを考えると(それが言い合いだとしても)一つのことを忘れてしまうのは子供だからか・・・・・漏れそうだと感じるほどに焦っ
ていたはずなのになと笑いながら、上杉は太朗の行動をじっと見た。
太朗はうんしょと言いながら、ズボンのボタンを外し、ファスナーを下ろす。その下に現れた白いキャラクター付きのパンツも膝まで
下ろすのを見て、上杉はおいと声を掛けてしまった。
「全部下ろさないと出来ないのか?」
「だって、ぬれちゃったらいやだもん」
「濡れる?・・・・・ああ、小せえから、ちゃんと飛ばないのか」
自分はどうだっただろうかと思いながら何気なく言ったのだが、どうやら太朗はその上杉の言葉が面白くなかったらしく、下半身を
丸出しにしたまま振り向いて叫んだ。
「ちゃっちゃくない!」
「ん?」
「おれ、ちっちゃくないもん!」
「・・・・・」
(この歳でも、男としてのプライドがあるのか)
なんだか面白い・・・・・上杉はわざとらしくどれどれと言いながら、太朗の前にしゃがんだ。
小さな小さな、肌の色と同じペニス。いや、どちらかといえばオチンチンと形容する方が似合うようなそれは、とても大きい小さいを言
うようなレベルではないはずだ。
だが、幼くてもちゃんと男であるらしい太朗に、笑ってごまかすのも悪い気がした。
「・・・・・まあ、俺よりは小さいんじゃねえか?」
「・・・・・ジローより?」
「お前、覚えてるか?」
以前、一緒に風呂に入って、上杉の身体を太朗も見ていたはずだ。まあ、普通よりはデカイはずの自分のペニスを、太朗はちゃ
んと記憶しているだろうか。
「・・・・・なんと、なく?」
案の定、大きかったという大雑把な事実は覚えているらしいが、どうやら記憶は曖昧になっているらしい。上杉は笑うと、自分の
ズボンのファスナーに手を掛けながら言った。
「なんなら、今見せてやろうか?」
ゴンッ
「いてっ」
鈍い音がして、太朗は慌てて視線を上に向けると、アレッシオが物凄く怒りながら上杉を見下ろしている。
(・・・・・かいじゅうみたい・・・・・)
その形相に驚いて太朗は目を丸くするが、アレッシオはチラッと太朗に視線を流し、低い声で言った。
「早くしなさい。そこで漏らしたらみなの笑いものだぞ」
「は、はいっ」
なんだか怖いと、太朗は急いで目の前の自分の身長ほどもある小便用の便器にチョロチョロとし始める。どうやら漏れる寸前だっ
たということが自分でも分かってホッとした太朗は、
「お前はCharacter(品性)がないのか」
と、アレッシオが上杉に向かって冷たく言い放っていることには全然気がつかなかった。
「・・・・・」
友春はようやくすっきりとしてパンツとズボンをきちんとはきなおしたが、ドアの向こうで聞こえるアレッシオの怖い声に、今出て行って
いいのかどうか分からなくなる。
(ま、まってたほうがいいのかな)
なんだか喧嘩をしているようだが、自分ではとても止めることは出来ないと思う。友春はそこにいるらしい(声で分かった)太朗にど
うにかしてもらえないかと考えることしか出来なかった。
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ちょっと、下の話になってしまいましたが(笑)。
次回はまた文化祭の行事に戻るはず(汗)。