『』内は外国語です。





 真琴の様子を見て、そろそろ帰そうかと思った海藤だったが、トイレから戻ってきた太朗の(+上杉もだ)ハイテンションの声に、深
い眠りに落ちそうだった真琴の意識も急激に冷めてしまったらしい。
 「ジロー、おれのちんちん、ちいさいっていうんだぞ!」
 「そのとおりじゃん」
 「かえで!」
 「だって、おれたちまだこどもだもん。そこのじじいとはわかさがちがうんだから、ちいさくったってしかたないだろ」
 多分、この子供達の中では一番ませている楓の言葉に、海藤はいったい何をしたんだと上杉に視線を向ける。いや、海藤だけ
ではなく、そこにいた者達の疑問と疑惑を含んだ眼差しが向けられても、当の本人は全く気にした様子もない。
何があったのか分からないまま・・・・・そうなりかけたが、その場にいたのは上杉と太朗だけではなかったようで・・・・・。
 「カイドー、あの男をよく調教しておけ、下品過ぎる」
 少し遅れて友春と共に姿を現したアレッシオの言葉に、海藤は頭が痛くなる思いがした。
(全く、何をしでかしたのか・・・・・)



(調教・・・・・下品?)
 出てきたキーワードに、宗岡は腰を浮かせた。
自分のいない場所で、純真な子供達に何かされたのかもしれないと、保護者代理としてはあの男からきちんと話を聞かなければ
ならないと思ったのだ。
 しかし、完全に腰を上げる前に、宗岡は腕を掴まれて動きを止めてしまった。
 「あ、あの、ちょっと」
自分の腕を掴んでいるのは、なぜかずっと傍にいる綺麗な男、小田切だ。宗岡が眼差しで促してもにっこりと笑みを向けてくるだ
けの小田切に、言葉ではっきり言うしかないのかと放してくれないかと言った。
 「どうしてです?」
 「ちょっと、あの男に・・・・・」
 「大丈夫ですよ」
 「え?」
 「彼は口では色々と言いますが、至極ノーマルな嗜好の持ち主なので。まあ、太朗君はその括りとも少し違うでしょうが、まさか
あんな子供に本当に手を出したりしませんよ」
 だいたい、彼のペニスはあの子に入るわけがないと、宗岡が憤死しそうなことを言う彼の顔は、変わらずににこやかで綺麗だ。
(い、今の言葉は、空耳か?)
 「あなたのも大きそうですが、私なら上手く飲み込めると思いますがね」
 「!!」
言葉と同時にそろっと下半身を撫でられ、宗岡は声なき声を上げてベンチから飛び上がった。
 「どうしたんだー、むっちゃん?」
 「むっちゃん、むし、いたの?」
 「おしっこ?」
 宗岡の大げさな行動に注意が向いてしまった子供達がわらわらと駆け寄り、心配そうに顔を覗き込んで聞いてくる。そんな子供
達に何と言っていいのか分からず、宗岡はただ口元を大きな手で隠しながら、大丈夫と言うしかなかった。



 どうやら、あの保育士を気に入ったらしい小田切の注意が自分に向けられないことに安堵しながら、狙われた宗岡を気の毒だと
上杉は思った。
 陽気なイタリア人の血が流れているくせに、妙に生真面目なことを言うアレッシオを煩く思うが、上杉自身が太朗に変な欲望を
持っているわけではないのでなんとも思わない。
確かに、太朗は他の子供達とは違うが、まさか自分の腰ほども身長の低い子供を邪な目で見るわけは無い。
(まあ、あの柔らかくてスベスベの肌は、女よりも触っていて気持ちがいいがな)
 「会長」
 「・・・・・あ?」
 いきなり声を掛けられ、少しだけ変なことを考えていた上杉はさすがに驚いたが、表情にはそれを出さずに、自分の名を呼んだ倉
橋を振り返った。
 「どうした?」
 「そろそろ体育館に向かわないと。もう直ぐ始まります」
 「体育館?・・・・・ああ、演劇か」
(めんどくせーなー。今からバックれること出来ねえか?)
 客寄せのため、1シーンだけ演劇部の劇に出る約束をしていたが、今の今まですっかり忘れてしまっていたのだ。
ここから自分だけ離れて真面目に舞台に立つのもなあと考えていると、宗岡の側に行っていた太朗がタタタッと駆け寄ってきて腕を
引っ張ってきた。
 「ジロー、しごとか?」
 「ん?ちょっと約束があって・・・・・あ」
 上杉は太朗を見下ろした。
自分がどうしても行かなければならないのならば、ここにいる者たちも引き連れていけばいいのではないか?客寄せパンダは多い方
がいいだろうと思いつき、上杉の口元には人の悪い笑みが浮かぶ。
 「タロ、お前王子になりたくないか?」
 「おーじ?」
 題材は、男子校なのになぜか『ロミオとジュリエット』で、上杉は途中でジュリエットを誘惑する色男という架空の役どころだ。王子
様やお姫様など出てこない現代劇なのだが・・・・・。
(子供には分からないだろうしな)
 「悪者をやっつけて、お姫様を助ける役だ。カッコイイだろう?」
 「うん!」
 「よし、じゃあ、他の友達にも聞いて来い」
 「は〜い!」
 さっそく、みんな〜と叫びながら走っていく太朗の後ろ姿を笑いながら見送る上杉とは別に、直ぐ側で、今の会話を聞いていた倉
橋の顔は青褪めていた。







 「あっ、これ、おれのふく!」
 「おれのだよ!」
 「まこも、おーじさまがいー」
 「おれはなんでもいーよ」
 「ぼ、ぼくもでなくちゃいけない?」

 体育館の舞台裏は戦争のような状態だった。
開演直前に、ようやく今日の目玉である上杉が来てくれたかと思ったら、その後ろには校内でも有名な幼稚園児達。そして、その
さらに後ろには生徒会の面々や生徒総代も続いていて、
 「こいつらの出番、作れるよな?」
・・・・・と、あまりにも無茶なことを堂々と言い放った生徒会長は、ワクワクと目を輝かせている子供達に言い放った。
 「いいか、お前達、ここにいるお兄ちゃんの言うことをよく聞けよ?」



 どうして止めることが出来なかったのかと言う方が間違いだと分かってはいるものの、アレッシオは少し乱暴に足を組んだ。
(トモは嫌がっていたのに、どうして引っ張り出されなければならない?)
自分のお気に入りである友春をあまり人目には晒したくないアレッシオは、広い体育館から溢れるほどに集まってきた生徒達の1
人1人を睨んでやりたい気分だった。
 どうやら上杉がゲストで出ることは知られていたらしく、それ目的の観客が大多数だとは思うが、その中に友春の愛らしさに視線
がいく者がいたとしてもおかしくはない。
 「エサカ」
 「私も反対なんです」
 「・・・・・」
 「ですが、あの子達が自分から出たいと言って、止めることはとても出来ませんよ」
 何時もは静かに、理路整然と話す江坂も、今回のことはよほど面白くないと思っているのか、アレッシオへの返答もかなり強気な
ものだ。アレッシオも江坂が悪いと思っているわけではなく、ただ他にあたる相手がいなかっただけなので、ムッツリと口を引き結んで
黙った。



 「・・・・・止めに行くか」
 「・・・・・無理だろう」
 2年生コンビの伊崎と倉橋は、ざわつく体育館の端に立ったままだ。
上杉の提案に慌てた倉橋は直ぐに伊崎に相談し、2人は海藤に止めて貰おうと頼みに行ったが、さすがに最初は驚いたように目
を見張った海藤は、直ぐに溜め息をついて無理だろうと言った。

 「あの人の暴走を今まで止められたか?」

 上杉の一番身近にいる海藤の言葉はかなり重く、2人は諦めるしかないかと思ったが、嬉しそうに「王子様になるな」と言って付
いていった楓のことを考える伊崎にとっては諦めることが出来ない。
(一応、変な人間は入れていないはずだが・・・・・)
 絶世の美少女のように愛らしい楓の写真を無断で撮られたり、尚且つそれを変な目的で使用されたとしたら・・・・・そいつの首を
後ろから絞めてやりたい思いに駆られてしまう。
 いや、無意識に手が動いていたのか、身体の前で両手をギュッと強く握り締める伊崎に、倉橋は落ち着けと言って来た。
 「いくら会長の口添えでも、子供がいきなり芝居に出れるはずがないだろう」
 「倉橋・・・・・」
 「大体、『ロミオとジュリエット』で、どこに王子が出てくるんだ?演劇部の部長も、きっと一瞬だけ出させて、直ぐに退場させてくれ
るはずだ」
 「・・・・・」
 「・・・・・多分」
倉橋が言い切れないのは、そこに上杉と綾辻の姿がないからだ。
あの2人が手を組んで平穏無事に終わったことなど今までなかったことを、生徒会のメンバーである自分達は良く知っている。
(今からでも止めに行こうか・・・・・)
 伊崎は何度も舞台裏に足を向けようとしたものの、結局そのまま歩いていくことは出来なくて・・・・・自分を抑えるかのように、胸
の前でしっかりと腕を組んだ。



 「みんな、セリフ覚えたわね?」
 「うん、ばっちり!」
 それぞれに頷き返す子供達を見て、綾辻は目を細めて笑った。
(・・・・・あら)
ただ、張り切ってやってきた4人の子供達とは別に、今も泣きそうな顔をして立っている友春に気付くと、綾辻はその目の前で屈み
こみ、目線を合わせて優しく訊ねる。
 「どうしたの?怖い?」
 「・・・・・うん」
 気の弱い友春は、大勢の人間の前で舞台に立つことがとても怖いのだろう。それは分からなくもないが、ここで友春1人だけを舞
台に出さなかったら、それはそれで後で友春自身が悔やんでしまうような気がする。
(この子達が仲間外れなんてするはずがないだろうけど)
何をするにも5人一緒だという事実がある限り、ここで友春だけを別行動にしない方がいいだろう。
 「ね、トモ君、見ている人達はみんなカボチャよ?」
 「かぼちゃ?」
 「ジャガイモでも、タマネギでもいいわ。あ、スイカやイチゴの方がいい?なんにせよ、みんなその辺に転がっているだけだと思って気
にしないの」
 「・・・・・」
 「それに、トモ君には力強い王子様達がここにたくさんいるじゃない。ね?」
 重ねて言うと、何とか友春は頷いてくれた。綾辻の言葉に納得をしたというより、やはりそこにいる他の4人の存在が大きかったよ
うだが。
 「さてと、始まるわよ〜」
綾辻の言葉に合わせるかのように、開幕を告げるブザーの音が鳴り響いた。



 「・・・・・」
 「・・・・・マトモ」
 少しつまらなそうな小田切の声が後ろから聞こえ、海藤は思わず苦笑を浮かべた。
既に物語の終盤、芝居はきちんとしたもので、演劇部の努力も垣間見れる。ただ、どこに子供達が出るのか気になって、落ち着
かないということは確かだったが。
(あ・・・・・)
 その時、いちだんと体育館の中に大きな歓声が沸いた。
本日の目玉、客演のくせにどうしてここまで堂々と出来るのかと思うほどに目立つ男は、歓声にウインクして応え(それでさらに騒が
しくなったが)、主人公であるロミオを今にも倒してしまうほどに追い詰めていく。
(・・・・・やり過ぎじゃないか?)
 これでは話の本筋が変わってしまいそうだ・・・・・海藤が思わずそう思ってしまった時だった。
 「まて!」
 「わるいやつはどこだ!」
 「おれたちがせーばいしてやる!」
 「・・・・・」
(・・・・・ここで登場なのか?)
よくもこんな小さな子供達に合う服があったなと思うほどの小さな王子様達3人組、真琴、太朗、楓が、自分達の身長よりも長そ
うな剣をふらつきながら持ち上げて上杉に向けている。
 他の2人はどこにと視線を動かしかけると、
 「おうじさまー、がんばってー!」
 「が、がんばって」
手を繋いで現れたのは、王女様姿の静と友春だ。静の後ろに隠れるようにして友春は立っているが、2人共人形のように可愛ら
しいメイクをされている。
(これは・・・・・)
 「トモ・・・・・」
 「・・・・・」
 隣から漂う冷たい気配を感じるものの、既に舞台の上に立ってしまっている者をどうすることも出来ない。
 「とりゃあ!」
 「やあ!」
 「わるいやつっ、あっちいけ!」
舞台では、3人の勇敢な王子様が、主人公ロミオのライバル役である上杉に切りかかり、上杉はまるで時代劇のような派手な倒
れ方をしている。
どう見てもそこだけは演技というよりもお遊戯のようで・・・・・海藤は呆れてしまう前に、思わずプッとふきだしてしまった。
(まあ、真琴が王子様だったことだけでもよしとしなければな)






                                            






演劇編も終わり。

後2話、どんな話にしましょう(汗)。