『』内は外国語です。





 子供の順応力というのは凄い。
それは、保育士の宗岡以下、高校生、そして中学生の秋月までも思ったことだった。
 「じゃあ、おまえはひよでー、おまえはあっきーな?」
 「ひよ?ひよこみたい」
 「あっきーって、かっこいいなあ」
 小学生を前にし、堂々と相手を指差しながらあだ名を決めた太朗は、自分達の自己紹介もちゃんとした。
 「おれは、たろ!それでー、まこちゃんに、かえで、しーちゃんと、ともくん!」
幼稚園児と小学生。普段の生活はかなりの差があるものかもしれないが、夏休みの今、こうして7人を並べると体格的にもあまり
変わらず、何より素直な性格は幼いままで気が合うのだろう。
 「ねえ、きょーのはなび、いく?」
 「うん。ナラさんがつれていってくれるって」
 「じゃあさ、いっしょにいこーよ!いっぱいいるほーがたのしーもん!」
 太朗の言葉に、その保護者達はそれぞれ顔を見合す。
花火大会。
夜店。
子供の集団。
それだけ揃っていて無事に帰り着くことを、この場にいる男達は誰も確信することは出来なかった。




 思い掛けない冒険をして、真琴は少し興奮していた。
幽霊の正体を確かめると思った時は少しだけ怖かったが、そのおかげで2人もの新しい友達が出来たのだ。自分達と同じ年頃の
2人は何だか仲良く出来そうで、真琴は直ぐ傍に立っていた海藤を見上げながら言った。
 「いいよね、かいどーさん。おともだち、いっぱいいるほーがたのしーし」
 「・・・・・」
 見下ろしてくる海藤はさっきはとても怖い顔をしていたが、今は真琴が好きな優しい顔をしている。この顔をしている時は、きっと
真琴の願いを叶えてくれると思う。
 「ゆーれー、おいかけてよかった」
 「幽霊?」
 「うん!」

(幽霊って・・・・・どういうことだ?)
 妙に引っ掛かってしまったその言葉に、海藤は真琴に訊ねてみた。
要領を得ない説明の中で、海藤は真琴達が隣の別荘まで来たわけを知った。しかし、実際に幽霊がいるなどと、現実主義の海
藤は信じていない。
(・・・・・)
 「会長」
 「んー?」
 子供達の中で先陣を切って張り切っている太朗を笑いながら見ていた上杉が視線を向けてきた。その足元はサンダルで、林と
はいえ山道を走ったので足には擦り傷がかなり出来ていたが、そんなことは全く気にしていないようだ。
 「すこし、気になることがあるんですが」
 「気になること?」
その前置きで、少しだけ上杉の雰囲気が変わった。
海藤は真琴の頭をひと撫ですると、そのまま上杉の傍に向かった。


 「ゆーれー?」
 「ええ。もちろんそんなものはいないとは思います。もしかしたら、この辺りに不審者がいる可能性もあるので・・・・・」
 海藤の言葉に上杉は眉を顰める。
子供達の言うことをそのまま信じるほどにお人よしではないが、それでもそう思う何かがあったからこそ、この子達は子供の足ではか
なり大変だろう道を歩いてきたはずだ。
(不審者、ねえ)
 一番心配をしなければならない女はいないが、ここには歳はかなり若いものの、少女に見えるほどの可愛らしい子供達がいるの
だ。きっと海藤も同じことを心配しているのだろうと、上杉は分かったと頷いた。
 「一応、気をつけておくか」
 「ええ。何もなければそれでいいんですし」
 「本当の幽霊を見たってほーが怖いがな」
 「ありえません」
 きっぱりと言う海藤の頭の中には、その可能性は微塵も無いらしい。
(奴らにも話しておくか)
 「おい、ちょっといいか?」
突然いなくなってしまった子供達を追いかけてくるのに神経を使った男達は、その存在を確かめることに忙しいらしく、上杉の呼び
かけにも目線を向けはするもののなかなか動かない。
 「いーのか?後で後悔するかもなー」
 少し脅しを掛けて再度言えば、今度は渋々といった表情や態度を隠しもしないものの集まってくる。
その態度に特に気分を害することもなく、
 「今、海藤から聞いたんだが」
そう、話を切り出した。




 別荘に戻った一行は、夕方まで少し休むことになった。
特に子供達は今夜の花火大会が待っているので、今のうちに昼寝をさせておいた方がいい。
 出来れば個々の部屋で・・・・・そう思った男達の考えとは裏腹に、子供達はリビングに集まり、暑いだろうに頭を寄せ合ってゴ
ロンと眠りに付いた。

 疲れたのか、ほとんど落ちるといった感じで眠った子供達に倉橋と伊崎がタオルケットを掛けてやる。
それを見ながら、ソファに座ったアレッシオが言った。
 「変質者は本当にいるのか」
 隣の別荘でそれらしきことを上杉に聞かされて直ぐ、アレッシオはこの別荘の周りをガードするように家の者に連絡をした。
元々、普通の金持ちではないアレッシオには常にガードが付いているのだが、今回はその怪しい人影を見たのが友春だということ
もあり、アレッシオは先ほどからピリピリしていたのだ。
 「おい、俺は不審者だとは言ってないぞ」
 「ゴーストと言う方が馬鹿らしい」
 「あ、あのなあ」
 「そんな非現実的なものよりも、変質者と考えた方が自然だ」
 最近は子供の、それも少年であっても安心は出来ない。もしも友春に何かあったら、それこそアレッシオはその相手を死ぬよりも
苦しい目に遭わせてやろうと考えていた。

 「たしかに、幽霊よりもその可能性の方が高いと思います。どうします?警察に連絡をしておきますか?」
 珍しく自分から積極的に意見を言った伊崎は、眠る楓の横顔を見つめた。
その容姿から、何度も変質者に狙われている楓。今回友春が見たという人影も、もしかしたらそんな楓を狙った何者かの姿かも
しれない。
もちろん、楓以外の子供達のことも心配であるし、出来る限りの対策は取っておいた方がいいのではないかと思う。
 「そりゃ、やり過ぎじゃねえか?」
 「しかし、会長」
 「別にそんなたいそうなものを呼ばなくったって、ここには腐るほど男がいるだろ」
 「・・・・・」
(そんな悠長なことを言っていていいのか?)
 確かに、そんな変質者が何人もいるとは考え難く、数で言えば・・・・・いや、それぞれが力もあり、武道も心得ているこれだけの
人間がいるのならば、普通は心配ないかもしれない。
 それでもと、伊崎は心の中で反論する。
(100パーセント安全だとはいえないだろう・・・・・っ)

 彼らの会話を聞いていた江坂は立ち上がった。
 「そもそも、その影を見たというのは1人だろう。子供が錯覚したということも十分考えられる」
 「トモが嘘を言ったというのかっ?」
 「可能性の話をしただけだ、アレッシオ。とにかく、私達がそれぞれ警戒したらいいだろう。伊崎、お前もだ」
こう言ったからといって、江坂が静を心配していないはずはない。楓は確かに桁外れの容姿をしているが、静も十分に美しい子供
だった。
(静に手を出すようなことがあったら、それこそ何をしてしまうか分からない)
 残り二泊三日。その一日も、もう直ぐ陽が暮れようとしている。その残り少なくなった時間を怖がらせてどうするというのだ。
 「子供達には言わないでおこう。それでいいな?」
意見をまとめるようにして言った江坂の言葉に反論する者は現れなかった。




 「綾辻先輩、大丈夫でしょうか」
 江坂はそう言ったものの、倉橋は不安だった。
ここにいる生徒会のメンバーや江坂にアレッシオ、そして宗岡も、無能ではなく、揃って有能だというのは認めるものの、それとこれと
は話が違う気がした。
 江坂ははっきりしないからというようなことを言うが、こういう時にでもパトロールをしてもらうことは可能なはずで、やはり警察に一
報しておいた方がいいのではないかと思うのだ。
 「ん〜、でも、多数決だしぃ」
 「そんな問題じゃ・・・・・っ」
さらに言い募ろうとした倉橋を一喝したのは小田切だった。
 「落ち着きなさい、倉橋。綾辻の言う通り、ここは静観しているのが正しい方法と思うよ。少なくとも、私達の中の誰かが異変を
感じてしまうまで、下手な動きはしない方がいい」
 江坂のように威圧的にではなく、にっこり笑って言うものの、何だかその方が背筋がゾクゾクとして、頷かないではいられなかった。
どうしても、この人には逆らえない雰囲気がある。
 「・・・・・」
 それでも、何か言い返して欲しいと綾辻に視線を向けたが、頼りの彼は・・・・・どうも小田切の意見と同じらしい。
 「そんなに心配したらハゲちゃうわよ?」
 「・・・・・っ」
(こんな時に・・・・・っ)
綾辻も頼りにならないと、倉橋はこの中で一番大人である宗岡を見た。
 「先生はどう考えていますか?」
 先生って呼んじゃ駄目じゃないと、わけの分からないことで怒っている綾辻を無視して彼の言葉を待てば、腕組をしていた宗
岡は微かに頷いてくれる。
(分かってくれた?)
 ここでは声に出し難いだろうが、どうも自分と同じような考えを持ってくれているらしい宗岡の行動に、倉橋は今は黙って期待
するしかないと思った。




 身体がゆらゆらと揺れている。
ブランコに乗った背中を押してもらっていた太朗は、その振りがどんどんと大きくなって、やがて雲の上へとぽんっと飛び乗ってしまっ
た。
(すご・・・・・)
 「・・・・・ロ、タロ。起きないとトウモロコシ買ってやらねぞ」
(と・・・・・もっころし・・・・・っ)
 それはいやだと何度も首を振り、手足を動かして、
 「いてっ」
再び聞こえてきた聞き慣れた声に、ようやく瞼を開いた。
 「・・・・・ぅあ、じろー?」
 「お前、人の顔蹴るなよ」
 起きたら、目の前に上杉の顔があった。太朗は目を擦りながらおはようと言い、自分の直ぐ傍で眠っているはずの友達を捜そう
としたが、どうやら目が覚めたのは自分が一番遅かったらしい。
 「じろお〜」
まさか、みんな自分を置いてもう花火大会に向かったのかと思ったが、上杉はバ〜カと言いながらその頭を撫でた。
 「みんなさっき起きたばかりだ。早く顔を洗って来い」

 上杉の言った通り、洗面所に向かうとみんなまだ顔を洗っていた。
太朗はバシャバシャと顔を洗い、その後に友春の傍に駆け寄る。
 「ともくん、おきもの、ある?」
 「うん、ちゃんともってきた」
その言葉に、真琴が嬉しそうに言った。
 「みんなおそろいだもんね、かわいーきんぎょ」
 「みんなでちゃんときたもんね」
早く着たいねと言い合っていると、賑やかねと笑いながら綾辻が顔を出した。




 「お揃いって?」
 興味津々に訊ねた綾辻だが、本当はその理由もちゃんと分かっている。バスにあった旅行には不似合いの大きな包みがその理
由を教えてくれたのだ。
 「あのね、ともくんのパパがつくってくれたの」
 「かわいいきんぎょなんだよ」
 「おれは、かっこいいみどり!」
 「おれだって、みどりがよかったのに」
 聞いてくれといわんばかりに、口々に自分の言いたいことを言う子供達に、綾辻はいいわねえと相槌をうった。
呉服店を営んでいる友春の父親が、きっと仲良し5人組の浴衣をお揃いで仕上げたのだろう。自分の浴衣の色を説明してくれ
る様子に笑いながら、綾辻は壁に背もたれて立つ上杉に視線を向ける。
 「可愛い浴衣姿、楽しみでしょう?」
 「着せられるのか?」
 「子供の浴衣ぐらいだったら簡単。まあ、私達のも副会長や総代が出来るだろうし」
 それでも、正式な着物の着付けとは違うので時間も手間も掛からないだろうなと思っていた綾辻は、
 「・・・・・ちょっと待て。私達ってどういうことだ?」
怪訝そうな眼差しを向けてくる上杉に笑って見せる。
 「あら、言葉の通りだけど」
 「綾辻」
誤魔化すわけではなく、それが事実なんだからと、綾辻はまだ騒いでいる子供達を促した。


 「なぜ、私までキモノを着なければならない」
 「着物ではなく、浴衣ですけどね」
 一々細かな指摘をする小田切を睨みつけたが、心臓がダイヤモンドで出来ている小田切には効かないらしい。
今さら隠すことなどなく、きちんと言えばいいのにと思っていると、その思考を読んだかのような綾辻が、ハイと言いながらアレッシオ
の手に着物、いや、浴衣を載せた。
 「・・・・・」
 「着付けは、副会長と総代が出来るから」
そう言いながら、さっさと次のターゲットに向かおうとしている。
 「おい」
 アレッシオは綾辻の腕を掴んで引き止めたが、綾辻は全く動じずに笑みを浮かべた。
 「せっかく、トモ君が可愛くお洒落しているのに、傍にいるあなたが無粋な洋服なんて面白くないじゃない」
・・・・・面白くない。そんな言葉で全てを押し切ろうとしているのだろうかと文句を言おうとしたアレッシオは、
 「ケイも、ゆかたきるのっ?かっこいいだろうなあ」
友春のその一言に、即座にイエスと答えていた。






                                            






幽霊の件はたいしたことじゃないんですけど(汗)。

次回は花火大会。