『』内は外国語です。
朝起きたのが遅かったせいか、昼食も午後2時近くになった。
「え〜、うみいっちゃいけないの?」
「およぎたい!」
夕べ疲れてコロンと眠ってしまった子供達だが、それと遊びはまた違った問題らしく、昼食の前後から海に行きたいとゴネ始めた。
「あー、うるせー」
上杉はわざとらしく耳を塞いだ後、一番近くにいた太朗の鼻を摘んだ。
「お前ら、今日泳ぎに行ったら、夜の花火大会は寝るだろ。祭りに行きたいなら、今日は大人しくここにいろ」
その言葉に、子供達は忘れていた今夜のイベントを思い出したらしい。
「あ」
「おまつり!」
「はなびだ!」
ここに来る前から、祭りでは何を食べようか、花火はどんなものだと騒いでいたはずなのに忘れていたのかと、上杉は子供の単純
さに苦笑した。
しかし、思い出したからには、【花火】と【祭り】というキーワードはかなり魅力的だったらしく、海に行くのは早々に諦めた子供達は
広い庭に出た。
都心とは違い、かなり広い敷地の中には、庭として手入れされている場所の奥は林のように木々が茂っている。
車や変質者といった危ない要素は無いが、怪我をしてしまう可能性があるので上杉は釘を刺した。
「おいっ、遠くに行くなよ!」
「「「「「は〜い!」」」」」
「・・・・・」
(返事だけはいいんだが)
「でもさー、ずっとここにいてもひまだよねー」
「おにいちゃんたちはすることいっぱいあるみたいだよ」
「まこ、かいどーさんのおてつだいしなくていいのかなあ」
「まこちゃん、てつだってたじゃん」
「そうだよ」
帽子を忘れてしまった太朗以外の4人はきちんと帽子を被り、5人は探検と称して林の中を歩いた。
家が見える範囲までは大丈夫だからという静の言葉の通り何度か背後を振り返りながら、目に映る虫や花で一々足を止めて遊
ぶ。
それでも、耳に届く海の波の音に心が惹かれて、口から出てくるのは文句ばかりだった。
「あ」
その時、何かに気付いたらしい友春が声を上げた。
「ともくん?」
「だれか、こっちみたよ」
「え?」
「どろぼう?」
「ゆーれーかも」
真琴の言葉に、静がそう返すと、太朗と楓がひゃっと声を上げながら抱きついた。
「お、おひさまがでてるのにっ、ゆーれーなんていないって!」
気丈に反論する楓だが、その声が震えているのに子供達は気付かない。
「みにいこっか?」
「うん」
「ま、まこちゃんっ、しーちゃん!」
どうやら好奇心が擽られた真琴と静は、友春が指さした方向へと歩いて行く。それに、後から友春が付いて行き、残されてし
まった太朗と楓は2人の心細さから慌てて後を追い掛けた。
「真琴?」
さっきまでまとわりついて手伝いがしたいと言っていた真琴の姿が見えない。
庭で他の子供達と遊んでいるのかと思って向かったが、開放的なリビングから見える広い庭には誰の姿も無く、声さえも聞こえて
こなかった。
「あ、会長」
海藤は暑さからシャワーを浴びてきたらしい上杉の姿に、子供達を知らないかと訊ねる。
「んー?その辺で遊んでるだろ?」
タオルで髪をガシガシ拭きながら呑気に言う上杉に気配が無いことを伝えると、ようやく眉間に皺をよせながら外に視線を向けた。
「あいつら・・・・・林に入ったか?」
この別荘は建物の前周りは柵がしてあるものの、背後の林は周りの別荘と境無く繋がっているらしい。
子供達がもし迷って怪我でもしたらと直ぐに考えた海藤と同じことを連想したのか、上杉はパッと庭のサンダルを引っ掛ける。
「海藤っ、あいつらにも手分けして捜せと言え!」
「はいっ」
そう言いながら既に走り出した上杉の背中を見送ることもせず、海藤は部屋の中に引き返した。
まだ昼で、林も深いわけではない。それでも、自分達と子供達には物理的な差があり、心配せずにはいられない。
「すみませんっ」
海藤は普段は出さないような声を出して皆を呼んだ。
一方、子供達はしっかりと手を繋ぎ合いながら歩き続けていた。
何時の間にか見えていたはずの別荘の屋根も見えなくなっていたが、目の前の幽霊(何時の間にかそう決定されたらしい)の正体
を知りたくて、怖さ以上の好奇心で歩いた。
「あ」
少し上り坂だった道を歩いていたはずが、何時の間にか下りになり、目の前には青い屋根の家が現れる。
「だれのいえ?」
「わかんない」
「いってみる?」
「ゆーれーのいえかも」
「い、いかないほうがいいって!」
太朗はそう言って引き返そうと背後を振り返ったが、なんとそこには木々が茂っているだけで先程まで見えていた家が無くなってい
た。
どれほど自分達は歩いてしまったのか・・・・・太朗は急に不安になってしまい、
「うわあ〜!!」
いきなりそう叫ぶと、目の前の家に向かって走る。突然叫んだ太朗にびっくりした他の4人達も、まるで何かに急き立てられるように
太朗の後を追い掛けて走った。
(じろー、じろー、たすけにこいよお〜!)
太朗から見たらスーパーマンのように強くて何でも出来る上杉ならば呼べば来てくれると思うのに、今はどんなに叫んでも走って
きてくれない。
(なんだよっ、じろーのばか〜!!)
「うわ・・・・・あぅっ!」
緩やかながら坂になっていた道を駆け下りたせいか、太朗は勢いのままこけそうになってしまった。どんな痛みが襲うのか、その
ままギュッと目を閉じた太朗は、
「おっと」
「!」
柔らかな声と共にしっかりと抱き止められ、パッと反射的に目を開いた。
「・・・・・おじちゃん、だれ?」
「おい、俺はまだ若いんだが」
そう苦笑している見知らぬおじさんは、目の近くに傷があって一見怖そうな顔をしていたが、笑うと目が細まってとても優しい顔にな
る。
(と、とうちゃんににてる・・・・・)
大きくて熊のような父親にどこか似ている気がして、太朗は思わずギュッとその男に抱きついてしまった。
「た、たろをはなせ!」
突然走り出した太朗を追い掛けてきた楓は、大きな男に身体を抱き込まれている太朗を見付けた。
それは反対に太朗の方が男に抱きついているのだが、幽霊騒ぎに神経を尖らせ、喧嘩相手の大事な友達が危ないと思いこんだ
楓に、冷静な判断が出来るわけが無く。
「・・・・・っと、痛いな」
思いっきりキックをしてやったが、男の身体はビクともしなかった。そればかりか、いきなり攻撃を仕掛けた楓を見て、優しく笑いな
がら大丈夫だからと言ってくる。
「落ち付いて、な?」
「う・・・・・」
その顔は大好きな兄に似ていて、楓の怒りは風船のように見る間に萎んでしまった。
「おじちゃん、だれ?」
「ゆうかいはん?」
「ゆ、ゆうれい?」
続いて到着した真琴達3人は、大柄の男に抱きつく太朗と、その前で立ち尽くす楓を見て声を上げてしまった。
顔は大好きなお兄さん達と比べて怖いものの、その雰囲気はゾウさんのように優しい気がする。怖いとは思わずにトコトコと近付い
て行った3人に対し、男は太朗から手を離しながら言った。
「俺は、この別荘に来ている楢崎久司(ならざき ひさし)っていうんだ。それと、おじちゃんじゃなくて大学生。今年ようやく20歳な
んだぞ」
「はたちだって!」
「わかいねー」
「はは、意味が分かっているのか?」
笑った顔は、もっと優しい。5人の警戒心は一瞬のうちに消えてしまったが、
「おい、誰かいるのか?」
新たに聞こえてきた別の声に、皆楢崎にしがみついてしまった。
父親の上司の息子の家庭教師のために滞在していた別荘。
中学3年生のその息子は頭が良く、家庭教師をつけなくても希望の高校に入れそうなのだが・・・・・どうやらその素行に問題があ
るらしく(その年で女遊びもしているらしい)、監視を含めた役割を担っているのだろうと諦めていた。
別荘に来た当初は、楢崎の目を盗んで夜遊びに出掛けていた少年だったが、数日前に新たに別荘にやってきた存在に、どうし
てだかその遊びを止め、今は大人しく別荘にいる。
「おい、誰かいるのか?」
今も、リビングにいたらしい少年が外の騒ぎに怪訝そうに顔を覗かせてきた。
15歳だというのに170センチをとうに越した身長にしなやかな身体は、今まで関係を持った女達も中学生だとは気付いていない
はずだ。色素の薄い髪と眼鏡で繊細な容貌を彩っている少年・・・・・秋月甲斐(あきづき かい)は、
「そいつらは?」
楢崎といた子供達を見て眉を顰めた。
「裏からやってきたんだ。多分近くの別荘の子だと思うが・・・・・」
「え?だれ?」
「・・・・・」
「おい、日和(ひより)」
秋月の制止も虚しく、手を繋いで庭に駆けだしてきたのは、たった今自分をおじさん呼ばわりした子供達と同じ年頃の子だ。
(俺達相手じゃ、やっぱり退屈だったか)
秋月が15歳、そして自分が20歳。対して、この子達は小学校1年生で、やはり同じ年頃の相手のことが気になるようなのだが
なかなか話し掛けられず、5対2で見つめ合っているだけの子供達に楢崎はまんべんなく頭を撫でてやりながら言った。
「この子達は日野暁生(ひの あきお)と、沢木日和(さわき ひより)って名前だ。小学校1年生なんだが、君達は・・・・・もう少
し下かな?」
「おれたち、ようちえんです!」
「そうか、幼稚園に行ってるのか。今日はお父さんやお母さん達と遊びに来たのか?」
元気の良い太朗の返事に笑うと、意外な返事が返ってきた。
「ううんっ、じろーと!」
「・・・・・ジロ?」
(・・・・・犬も一緒にってことか?)
どちらにせよ、今頃心配しているかもしれない。別荘まで連れて行ってやった方がいいだろうなと思っていると、
「タロ!!」
大声と同時に慌ただしい気配がして、楢崎はとっさに子供達を守るように背後にやった。
太朗達の足ではかなり冒険した感じだろうが、上杉達が走れば十分も掛からないうちに林を駆け抜け、隣にある別荘の敷地内
にやってきた。
坂の上から小さな子供達の後ろ姿を見た時はホッとしたが、その傍に見知らぬ男がいて焦ってしまった。子供好きの変態はこん
なリゾート地でも関係無くいるはずだ。
「タロ!!」
とにかく、こちらに意識を向けようと大きな声を出せば、男は太朗達を強引に自分の背後に動かす。
「てめえっ!」
(タロに手を出す気か!)
手入れをされた庭に駆け下りるなり、男の胸倉を掴んだ上杉はそのまま問答無用で手を振り上げたが、
「だめ!!」
甲高い否定の声と共に、足をガシッっと掴まれ、振り切ろうと視線を向けた上杉は、太朗達とそれほど歳の違わない小さな子供
の姿を確認して、とっさに動きを止めてしまった。
「・・・・なんだ?」
そこでようやく、上杉は楢崎と話し、太朗達が迷い込んだことを聞いて頭を下げた。
いくら焦っていたからといって、相手の言い分を聞かずに手を出した方が悪い。
「すまなかった」
「いや、心配なのは分かるから」
大学生の楢崎は上杉の勘違いを簡単に許した。今自分も子供達を預かっているのでその気持ちはよく分かると言われ、何だ
か自分の方まで子供になった気がする。
この2人の子供の両親は仕事で忙しいらしく、どこにも連れて行ってやれないとぼやいていたのを、世話好きな秋月の母親が
まとめて面倒をみると言ったらしい。
単なる取引相手の子供に対してそう言うのも豪快だなと思ったが、実質世話をすることになった目の前の男も気の毒だなと同
情する。
ふと視線を移せば、他の子供達もそれぞれの世話係に叱られていた。目を離したこちらも悪いのだが、少々羽目を外し過ぎた
ことはちゃんと叱らなければならないだろう。
そして。
「こっちも、大人はいないってこと?」
「そう、俺と、あいつと、この子達」
「ふ〜ん」
(中学生って言ってたが・・・・・いい面してやがる)
視線を逸らすこと無くこちらを見据えている秋月を見た後、上杉は楢崎の背中に隠れたままこちらを見ている子供達に苦笑した。
どうやら怒鳴りこんだ姿が怖かったらしい。
「ごめんな」
その場に屈み、視線を合わせて謝罪すれば、子供達・・・・・日和と暁生は目を丸くして、やがてプルプルと首を横に振った。
まだ小学校1年だ、太朗達とほとんど変わらないと言ってもいいだろう。
このまま礼を言って別れてもいいのだが・・・・・じっと視線を交わしている7人の眼差しを見ていると、このまま別れを言うのもな
んだか可哀想かなと思ってしまった。
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新キャラ登場(笑)。
やはり彼らも出してあげないと。