『』内は外国語です。
別荘のある場所から、花火大会がある場所までは歩いて20分ほどの距離だ。
一々バスを出してもらう必要もないと考えた一行は、楢崎達と待ち合わせをしてから、ようやく薄暗くなりかけた道を出発した。
友春の父が用意してくれていた子供達の浴衣は、金魚の柄というのはお揃いで、それぞれが色が違う。
太朗は浅葱色、真琴は山吹色、楓は茜色、静は菫色、友春は瑠璃色という色を選んでもらった。
しかし、本人達の意識では緑、黄、赤、紫、青という、情緒の無い言葉で表された。
隣の別荘の2人も浴衣を持って来たらしく、柄は偶然にも同じ金魚で、色は日和が白色で、暁生が空色。
7人は偶然の一致に歓喜の声を上げた。
そして、保護者達にも浴衣が用意されていた。
これは、今回子供達を世話してもらうお礼だと、その親が事前に用意していたのだ。
色は、上杉、海藤、伊崎、倉橋、宗岡が藍色、江坂、アレッシオ、綾辻、小田切が褐色で、柄はそれぞれ微妙に違う。
それでも、背が高く、スタイルの良い彼らはそれぞれが着こなしていて、全く個性的に見せていた。
楢崎と秋月は最初普段着のままで出掛けようとしたらしいが、せっかくだからと日和と暁生にせがまれ、別荘にあった鶯色の
浴衣を着ることになった。
「ね、なにたべる?おれ、とうもっころし!」
元気にとび跳ねながら太朗が言うと、真琴は、
「まこ、きんぎょすくいしたいな」
と、言う。
「あ、ぼくも。かわいいよね、きんぎょ」
友春も真琴に同意したが、楓は違うらしい。
「おれは、きょーすけとらぶらぶするんだもん。おんななんか、ぜーったい、ちかづけさせないんだから!」
楓は、伊崎との花火見物を楽しみにして、
「なんこつ、うってるかな」
静は、自分の好きなものを探そうとしている。
「ひよは?なにたべる?」
「ちっちゃくてまるいかすてら!おれ、おねえちゃんとよくたべてる!」
「おれはかきごおりだなあ。いちごすき」
太朗の問いに、競い合うように、日和と暁生が言い合った。
どちらにしても、子供達のほとんどはまず祭りの屋台で売っている何かを口にしたいようで、目に入る様々なものにフラフラと引
き寄せられていた。
5人いても賑やかな子供達が、後2人も増えてしまったのだ。その賑やかさと行動力はかなりのもので、後から追いかけてくる保
護者達ははぐれないようにと見ているのが精一杯だった。
(どうして俺達もこいつらと一緒なんだよ)
秋月は自分よりも背の高い一団をちらりと見た。
一緒にいる楢崎も身体は大きいものの、厳ついその顔のせいか実年齢よりもかなり年上に見えて、歳の差などあまり気にするこ
とも無かったが、無駄に容姿の良いこの一団はあまりにも目立ち過ぎる。
秋月自身、中学生に見えない容姿で女達が寄ってくるが、年が2、3歳違うだけで随分男達は大人に見えた。
(・・・・・ったく、日和があいつらにいかないだけいいけど)
突然、別荘に現れた日和と暁生。
煩くて面倒なだけかと思っていたが、この2人はそんな秋月の予想を覆すほどにいい子で、なにしろ可愛かった。
「かいおにいちゃん!」
と、とくに懐いてくる日和は可愛くて、秋月は自然と別荘を抜け出す回数も無くなり、暇があれば日和を構った。
こんな弟が欲しい・・・・・始めはそんな思いかとも思っていたが、日和が楢崎に懐く様子を見せても面白くなかったし、今回のこの
男達にもたちまち笑顔をみせたのも面白くない。
「・・・・・」
「・・・・・」
今だって、一番賑やかな太朗という子が腕を引っ張る男の反対側の手を引く日和に、いったいどうしてそんな状態になったのか
分からないまま秋月は近寄った。
「日和っ」
「かいおにいちゃん?」
「知らない男に付いて行ったら駄目だって言っただろ」
「・・・・・」
太朗とどちらが力が強いのか。そう言いながら両手を引っ張られていた上杉は、突然割り込んできた秋月を見て眉を顰める。
子供達のたわいない動きを、どうしてそんな風に眉を顰めて睨むのか。
「でも、じろーさんはしってるひとだよ?」
「・・・・・っ、そ、それでも、今日知ったばかりだろっ。日和は可愛いんだから気を付けろ」
そう言いながらいきなり日和の腕を掴んだ秋月を見て、上杉はふっと口元を緩めた。ようやく、秋月の思いが見えたからだ。
(青いな)
まだ中学3年生。外見はかなり大人に近付いているがどこか青く、その言動も粗雑だ。
自分の弟でも無いこの少年をどうしてそこまで気にするのか、きっと分かっていないだろう本人がおかしくて、わざと挑発するよ
うに日和を背後から抱きしめた。
「おいおい、俺達はもう仲良しなんだよ、な?」
(あの人はまた・・・・・)
秋月の言動を見ていれば、自分達のことを煙たく思っているのは良く分かる。
それがきっと日和という少年にあることを、もちろん上杉も気付いているのだろう。そこを見て見ぬふりをしていればいいのだが、
上杉はきっといいからかい相手が出来たと構っているのだ。
「全く・・・・・」
海藤は止めようかと足を動かし掛けたが、今自分が出ていくともっと話が大きくなりそうだ。
「でも、なんだかいじりたくなるタイプ」
そんな海藤の耳に、楽しそうな別の声が聞こえてくる。
「綾辻」
「ふふ、しませ〜ん」
「・・・・・」
どうして、今季の生徒会は一筋縄ではいかない人間ばかりなのか。
海藤ははあと溜め息をつき掛けたが、
「あぁっ、かいどーさぁーん!」
人波に押されそうになった真琴の助けを求める声に、海藤は即座に動いていた。
「こっちも、甘いわよねえ」
どんな時も真琴の声を聞き逃さない海藤に、綾辻はふふっと笑みを漏らした。
今日、子供達おかげで知り合った2人の青年。そのうちの1人はまだ中学生だが、自尊心は並みの男に負けないほどに強いよう
に見える。
(あれは、江坂やアレッシオに似てるのかも)
自分と、その愛する者に対してはかなり深い愛情を注ぐものの、他の大多数を一切切り捨ててしまう。その考え方には共感する
ものの、それでは面白くないんじゃないか。
(多少のスリルは絶対必要よ、うん)
「トモ、手を離すなよ」
「・・・・・」
友春の手をしっかりと握ってそう言ったアレッシオだが、普段素直な友春がなかなか返事をしてくれない。
その視線は少し前を行く友人達を映していて、直ぐにでもみんなの傍に行きたいという思いは分かった。
それでも、これだけ大勢いる中で、万が一迷子になってしまったら・・・・・いや、可愛い友春を誘拐しようとする林の中の影のこと
もあり(アレッシオはそう決めつけていた)、アレッシオは友春の手をしっかりと握り締めたまま離さない。
「ケ、ケイ、あの」
「・・・・・」
「あ、あのね、ぼく」
何時も自分の言葉を聞いてくれるアレッシオの何時もとは違う雰囲気に、友春はどう言っていいのか迷っているようだが、それで
も皆の所に行きたいと言う意志表示をしようとしたらしい。
ただ、アレッシオは全てを言わす前に友春に言った。
「トモは何をしたいと言っていたか?」
「え?えっと、きんぎょ、きんぎょすくいがしたい」
「キンギョを救うのか」
こういったイベントに来たのは初めてのアレッシオは、キンギョというものが分からないし、そのキンギョをどう救うんだと頭の中でグ
ルグルと考えていたが、少しも思い当らないので直ぐ傍にいる江坂に声を掛けた。
「キンギョというのはどこにある?」
唐突なアレッシオの言葉にも、江坂は驚くことも無く答える。
「小さな淡水魚ですよ。観賞用で、こういう祭りの時に紙などですくい取るんです」
この言葉でも良く分からないらしいアレッシオに、見せた方が早いと江坂は辺りを見回して金魚すくいの店を探した。
「ほら、あそこ」
ちょうど直ぐ傍に金魚すくいの店があり、言葉で説明するよりも断然早いと、アレッシオを連れて行こうとしたが。
「あーっ!きんぎょすくい!」
「おれもやりたい!」
「おれも!」
タイミング良くそれを見付けた太朗が叫び、周りの子供達もまきこんで、その店の周りには江坂が意図しない大人数が囲うように
なってしまった。
(・・・・・煩い)
畳一畳分ぐらいの手作りの水槽を囲う12人の男達と、前にしゃがむ子供達7人。
子供達も金魚すくいをしたことはあるので、騒ぎながら手を動かすものの、やはり直ぐにすくう紙は破けてしまう。
慎重な性格の真琴と静、そして日和は何匹かずつすくうことが出来たが、他の子達は皆一匹もすくえずにさらに騒いでいた。
「も〜っ!」
太朗は3つ目も破いてしまい、とうとう諦めた。
いや、始めから、1人3回までと言われたので諦めざるをえなかったのだが、すくえている真琴達の様子を見ると羨ましくて仕方が
無かった。
今回の祭りの太朗の目的は買い食いだが、こんな風に誰かと競争して、それがたとえ仲良しの相手であっても負けるのは悔し
く、太朗は背後にいる上杉を見て情けなくその名を呼んでしまった。
「じろお〜」
「お前、下手だな」
「いっぱいとれて、もてなかったらどうしよっか?」
最初、あれほど張り切っていた太朗が、予想通り全然だめな様子を見て上杉は笑った。
こうなることはある程度予想済みだったし、ここで自分が4、5匹すくってやれば、あのキラキラとした目を向けて尊敬してもらえるに
違いない。
「よく見てろよ」
浴衣の裾をさばいてその場に屈み、
「親父、これよりでっかい入れ物を用意してくれ」
そう、笑いながら言った。
「・・・・・ケイ」
友春が1匹もこの小さな魚をつれなかったのは、子供に遊ばせてやるにはあまりにも元気よく泳ぎ過ぎるからだ。
この男は商売のことしか考えていないのかと思いながら、アレッシオは友春の頭を撫でる。
「待っていなさい、トモ。こんなもの、私があっという間にとってやる」
「はんとっ?」
「ああ。少なくとも、ウエスギに負ける気はしないな」
「お、言うじゃねえか」
珍しく真剣な目で小さな魚を追っていた上杉は、それでも口だけは反論してきた。当たり前だと言い捨て、アレッシオは目の前
の店主に手を差し出した。
「マスター、私にもくれ」
楓はクイクイッと、伊崎の浴衣の裾を引っ張ってくる。何を言おうとしているのか聞かずとも分かったが、伊崎はあまり得意では
ない金魚すくいで楓に満足する結果を見せる自信は無かった。
「きょーすけ」
それでも、どうやらやりたくないという選択肢は無いようで、伊崎はすみませんと店主に声を掛ける。
「楓さん、あまり期待しないで・・・・・」
「きょーすけならだいじょーぶ!」
どうしてこれほど自信満々に言ってもらえるのか分からないが、少しはこの期待に応えたいと思い、伊崎は奮闘する上杉を横目
で見ながら自分もようやく手を動かした。
「欲しいのか?」
この流れで言えば、自分もそう暁生に声を掛けなければと思った楢崎の言葉に対し、暁生はコクンと頷いた。やはり子供はこう
いうのが好きなんだなと思いながら自分もその場に屈むと、楢崎はスイスイと金魚を入れ物に入れていく。
「うわっ、ナラッ、すっごい!」
「ほんとだ!」
「ねえねえ、ちゃんぴおんっ?」
「あのおっきなくろいのもとれるっ?」
子供達は簡単に金魚をすくっていく楢崎の周りに集まってきて、尊敬の眼差しを向けて来てくれた。そんな中で、暁生は自分が
褒められたかのように嬉しそうに笑っている。
「暁生、みんなで分けていいな?」
「うん!」
1人、2、3匹ずつ渡せたらいいなと思いながら、楢崎は大きくごつい手を器用に動かして子供達の期待に応えようと頑張った。
「おい、嘘だろ」
「・・・・・違うものを持っているんじゃないか?」
「・・・・・」
上杉やアレッシオ、そして伊崎は、苦戦して2枚目を貰っている自分達に対し、まるで陶器の皿ですくっているように見える楢崎
の手さばきに関心と驚きの目を向けていた。
自分達のプライドもそうだが、期待して待っている子供達の手前もある。このままでは済まないと思いながら、心のどこかで自分
が不器用なのかとも思えてきて・・・・・。
「おい、海藤、お前もやってみろ」
「え?」
「エサカ、お前もだ」
「・・・・・」
「あーもう、ついでだ、誰が一番不器用か決めようぜ。おい、そこのガキも参加だ」
「ガキって、誰のことを言ってるんだよっ」
そうやって答える奴だと、秋月に対して意地悪く答えた上杉は、再び水槽へと目をやる。
どう考えても楢崎には勝てそうもなく、それならば他の奴らも巻き込んで、自分が不器用だということを誤魔化そうという姑息な手
を考えていた。
それは、どうやらアレッシオや伊崎も同じ思いらしく、スペースを開けて参加を待っている。
(俺そんなに不器用じゃねえよな?)
「じろー、がんばれ!」
「おー!」
声援を送ってくれる太朗のためにも、せめて1匹くらいはと思う上杉だった。
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夜店の金魚すくい。
いったい誰が一番不器用だったかは次回で(笑)。