『』内は外国語です。
制限時間は5分間。
その間、紙が破れたら交換は可。
ほとんど金魚すくいの意味が無いような競争だったが、周りに人だかりが出来るほどにその競争は白熱していた。それには、それぞ
れが趣の違う美形揃いが浴衣を着て、真剣に金魚すくいをしているという構図が面白かったのかもしれない。
かなり写メを取られていたが、普段そういうものには煩い江坂やアレッシオもここで負けるわけには行かないと、頭の隅ではその音
が煩いと思いながらも手を動かし続けていた。
そして、結果は楢崎が優勝で。
続いて海藤が2匹差で続き、後の者達はほとんど1匹か2匹しか取れなかったという、散々な結果となった。
「すっごい、いっぱい!」
「良かったな」
「うん!かいどーさん、ありがと!」
満面の笑みで真琴が見つめている袋の中には、6匹もの金魚が泳いでいた。
それは、他の7人も同じで、皆嬉しそうに袋を見つめている。
「君、上手いな」
「楢崎さんこそ、凄いですね」
海藤自身、祭りなど滅多に足を運ばないのだが、その数少ない経験の中で、さらに少ない金魚すくいを負けたことなどなかった。
たいして自慢に出来ることでもないと思っていたのだが、今日楢崎に負けてしまい、真琴の輝く眼差しが彼に向けられたのは少し
悔しいなと思う。
「でも、あの親父、結構太っ腹だったな、半額に負けてくれた」
後ろから海藤の肩を組んできた上杉が会話に入ってきた。最初は1匹も取れなかったが、競争の時の無茶苦茶なルールのおか
げで2匹もの出目金を取った上杉だ。
太朗が凄い凄いと騒いで以降、上杉の機嫌は良い。
「何を言っているんですか。あなたが、いい宣伝になったんだから負けろって言ったんでしょう」
「本当のことだろーが」
笑う上杉を呆れたように見るが、確かに上杉が言った通り、自分達の大人気ない競争は結構な客を呼び、かなり長い列が出
来ていた。
もう少しいてくれとも言われたのだが、子供達が早く何か食べたいと言ったのでそのまま辞した。
もしかしてあのままいたとしたら、それこそ上杉はタダにさせていたかもしれない。
「真琴、花火を見るまでに何か食べるか?」
「うん!ねえねえ、みんな、なにかたべよーって!」
海藤の言葉を皆に伝えに、真琴は背後を振り返って走り出す。
履き慣れない下駄に何時こけてしまうだろうかと心配した海藤は、何だか親になった気分だとフッと笑ってしまった。
子供達はそれぞれが希望する食べ物を抱えるようにして持ち、花火が見える場所へと移動する。
「ここら辺でいいだろ」
大勢の人波から少し離れた場所。都合よく芝生がある場所に座らせようとすると、待ってくださいと言った倉橋が手早くビニールシ
ートを広げた。
「・・・・・お前、用意がいいな」
「ウエットティッシュも持っているので、何時でも言ってください」
用意が良いというか、単に苦労性の倉橋は何でも先回りして考えるのが癖らしく、今回は子供達がいるということでこんなものも
用意したのだろう。
しかし、確かにこれがあった方が楽だなと思いながら上杉もシートの上に座り、太朗の手に持っていたたこ焼きをつまみ食いした。
「あー!おれのー!!」
「また買ってきてやるって。腹が減ったんだよ、俺も」
「何か買って来ましょうか?」
「パシリじゃないんだ、ここは平等にじゃんけんだろ、なあ、江坂」
「・・・・・私にも参加させる気か」
江坂の声は地を這うように低い。
(お前も案外分かりやすいんだな)
江坂の不機嫌な訳は、先程の金魚すくいで1匹しかすくえなかったからだ。下手なくせに大物を狙い、その狙った獲物を見事に
取ったのは褒めてやってもいいが、その1匹で5分を使い切ったのは馬鹿だ。
(まあ、俺も出目金2匹で終わったけどな)
金魚すくいが出来ないからといって、人生の敗者になるはずがないというのは分かっている。
それでも、江坂は己が思ったように手が動かず、狭い水槽の中を泳ぎまわる小さな魚にイラついて、いっそ手掴みにしてやりたい思
いにもなってしまった。
もちろん、魚を直に触ることはもってのほかなので実際に行動には取らなかったが、その鬱屈した思いは今だ引きずっていて、その
上使い走りにされるのならばこのまま静を連れて東京に帰りたくもなってしまう。
「上杉、私は・・・・・」
「がんばって、りょーじおにいちゃん」
「・・・・・」
「じゃんけん、まけないでね」
「・・・・・当たり前です」
(ようは、負けなければいいんだ)
江坂はニヤニヤ笑いながらこちらを見ている上杉を見据えた。
「お前の手で持ちきれないほどのものを買ってきてもらうぞ。もちろん、お前の奢りでな」
「上等。おい、お前もジャンケンは分かるだろ」
キンギョスクイというものはイタリアには無い。
日本に来てもこんな遊びをする機会は無く、出来ないことは仕方ないことだと当然のように思うが、かといって周りがそれなりの結
果を出す中、一匹もすくえないというのはショックだった。
(トモがあんなにも応援してくれたのに・・・・・)
アレッシオの結果に、仕方が無いよと言ってくれた友春は、楢崎が分けてくれたキンギョを嬉しそうに見つめている。
あの笑顔を引き出したのが自分ではないことが悔しくてたまらなかった。
その上、上杉はそんな自分に追い討ちを掛けるように勝負を挑んでくる。ここがイタリアならば問答無用で海の藻屑にするところ
だ。
(ここが日本で良かったな、ウエスギ)
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・私達で行かないか?」
「そうだな」
伊崎の返答に、倉橋はホッと安堵した。こんなふうに緊迫した空気をずっと感じ続けるのならば、いっそ自分で買い物に行った
方がましだった。
睨み合う上杉とアレッシオを他所に、倉橋は子供達に訊ねる。
「みんな、何が食べたいか言ってください」
「は〜い!」
手を上げて元気よく答えてくれる子供達。
(この子達の方が大人のような気がする・・・・・)
それは倉橋だけの意見ではないだろう。
『私の父に私を使いっぱしりにしたと言ってみろ。お前の両目など直ぐに潰される』
「ここは日本なんだ、日本語で話せバ〜カ」
『馬鹿?イタリア語はおろか、英語でさえ満足に話せないくせに何を言う。お前こそ、頭の中にあるのは脳ではなくスポンジだろう』
「だからっ、日本語で言えって!」
2人の言い合いは15分ほど続いていた。
言い合っているだけではなく、睨み合いも続けているので、それ程長い時間になってしまったのだが・・・・・。
「いい加減にしたらどうです?もう直ぐ花火の時間ですけど」
タイミングよく割って入ってきた小田切に、上杉はさらに眉間の皺を深くした。
「お前のせいで何も買いにいけなかっただろーが。うちの子犬は腹が減ったらキャンキャン鳴くんだよ」
「私のトモはそんな下品な子供ではない」
「ああっ?」
「せっかくですけど、あの子達はとっくに食べたいものを食べていますから。ああ、それと、この代金はあなた方2人で折半してくださ
い。喧嘩両成敗ですから」
小田切の言葉に2人が視線を向けると、その通り、子供達はまるで花見のように様々な屋台の食べ物を囲って笑いながら食べ
ている。
「タロ・・・・・」
「あ、じろー、このとうもっころし、すっごいおいしーぞ!」
口の周りをタレで汚した太朗が言えば、
「ケイ、りんごあめ、たべる?」
友春が、小さな舌でペロペロ舐めていたリンゴ飴を手に首を傾げた。
(なんだ、あのガキんちょは・・・・・くそっ、グチャグチャに可愛いがりてえぞ、タロ)
(トモ、あんなに舌を赤くして・・・・・他の男に見せるな、劣情を誘うかもしれないだろうっ)
何時の間にか自分達の存在が置いていかれたことに気付いた2人は、どちらからともなく視線を逸らすと、それぞれ可愛がってい
る子の後ろにおとなしく座った。
(さっさと動いてくれたら早かったのに・・・・・片付けはこの2人に頼むか)
小田切はそう思いながら、自分の隣で(小田切の方が強引に)座ってたこ焼きを食べている宗岡を見上げる。
「美味しいですか?」
「あ、え、ああ、うん」
どうやら自分と対する時は緊張するらしい宗岡の慌てふためいた姿がおかしい。とても社会人には見えず、中学生のチェリーボーイ
のようだ。
(持っているモノは立派だけど)
「あ、汚れていますよ」
「え?・・・・・っ」
ごく自然に宗岡の股間に手を置いて身を乗り出した小田切は、そのまま背伸びをして宗岡の口元に少しだけ付いていたソース
を舐め取る。
手に感じるペニスの大きさと、瞬時に真っ赤になる顔を堪能して身を離したが、あまりにも驚いたのか宗岡は何も言うことが出来な
いようだ。
「ねえねえ」
そんな小田切の様子を見ていたらしい日和が、その袖を引っ張ってきた。
「おにいちゃん、こっちのおにいちゃんとこいびと?」
ませたことを言うが、1年生にどこまで分かるのだろうか。
「恋人じゃなくて、オモチャかも」
「オモチャ?」
首を傾げてしまう日和の頭を撫でようとした時、横から伸びてきた手がその身体を攫った。
(若いねえ、ボク)
(何だこいつっ?)
見たくて見たわけではないし、盗み見するつもりも無いが、この男の雰囲気はあまりにも怪し過ぎると、秋月は日和を隔離する
ように抱き寄せた。
「どうしたの?」
秋月のその行動に首を傾げた日和には、今目の前で繰り広げられた怪しい一連の動きの意味は分からないようだ。
いや、永遠に分かって欲しくない。
「あっちいくな、うつる」
「うつる?」
「人をばい菌みたいに言うね」
「・・・・・たいして変わらないだろ」
少し言い過ぎかと思ったが、言われた本人、小田切は全く気にした様子を見せない。
対抗出来る相手じゃないと瞬時に悟った秋月は、とにかく日和は守らなければと思った。
「たべもののこしたらねー、めがつぶれるんだよ?」
「ほ、ほんと?こわいね」
「だから、のこさないようにたべないとねー」
静の言葉にコクコクと頷いた暁生が、目の前の焼きそばを懸命に頬張り、咽ている。
(やはり、この子は教育が行き届いているな)
賢い静の言動に満足した江坂だったが、その前にずらりと並べられた、いわゆる珍味と呼ばれる食べ物に頬を引き攣らせてしまっ
た。海が近いのでこんなものの品数が揃っているのだろうが、祭りなら祭りらしく、ジャンクフードだけを置いていればいいのだ。
「・・・・・静さん、このポテトを・・・・・」
「あ!おれたべる!」
フライドポテトは太朗の腹に消え、
「このコロッケは・・・・・」
「あー、まことともくんのでーす!」
カボチャのコロッケは、のんびりとした2人組に取られてしまい、
「メロンソーダーでも・・・・・」
「おとなののみものはおれの!」
と、楓が横取りをしていった。
「りょーじおにいちゃん、おれがたのんだのはちゃんとあるよ?このかきふらいもおいしかったし、ほるもんもたれがあまくておいしーん
だあ。たべる?」
「・・・・・あなたがおなかいっぱい食べなさい」
今更静の味覚をどうこう言うことは出来ずにいると、静が太朗にホルモンを勧めた。
「うわっ、くちゃくちゃしてやだ!」
「そうかなあ」
「・・・・・」
(普通は、そうでしょう)
こればかりは煩い太朗に付くぞと、江坂は火がよく通っている焼き鳥に手を伸ばした。
間もなく、花火が始まった。
広い夜空に次々と浮かぶ火の華に子供達は一々興奮していたが、インターバルが結構あるのでそのつど目の前の食べ物を口に
する。
花火を見ては凄いと叫び、食べ物を食べては美味しいと喜び、子供達は本当に賑やかだ。
「おい、あんまり食べ過ぎると腹が狸になるぞ」
「いーもん、たぬきかわいーじゃん!」
「ぽんぽん、おなかがなるんだよね」
「おれも、なっちゃうかなあ」
「・・・・・ここで浴衣を捲るんじゃない」
下手なことは言わない方がいいと上杉は口を噤み、そして花火が終わった一時間後。
「じ、じろー、おなかくるしー!」
「・・・・・ったく」
加減というものがまだ分からない子供達は、持ってきてもらった食べ物をとにかく残さないようにしないといけないと思ったらしく、ま
た、食べ物を用意した者は足りないよりは余るくらいの方がいいと思ったようで、その結果、子供達の腹は上杉の予言どおり狸の
ようにポッコリと膨れていた。
「・・・・・歩けるのか?」
「が、がんばる」
浴衣を着こなした色男達が、それぞれ大事そうに手を繋いでいる子供達。
ふうふうと苦しそうに歩いている姿は、まるで子狸の行列のように見えたにちがいなかった。
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花火大会は終了。
次回は、最後の夜のバーベキュー。