『』内は外国語です。
「わ・・・・・あさだあ」
真琴は目を擦りながら起き上がった。
昨日の夜はお祭りに行って、花火を見て、お腹一杯美味しい物を食べた。そのせいか、帰りはお腹が大きく丸くなって、歩くのが
大変だったくらいだ。
「後もう少しだ、頑張れ、真琴」
大きなお腹の自分を抱っこすると言ってくれた海藤の言葉に甘えようかなとも思ったが、他のみんながちゃんと自分の足で歩いて
いたので自分だけがズルをすることは出来なかった。
そこまではちゃんと記憶に残っているのだが、その後のことはよく覚えていない。
浴衣は脱いでパジャマにはなっていたが、歯はちゃんと磨いただろうか?
「あ!」
そして、何より心配なものが思い当たって、真琴は慌てて部屋を飛び出した。
「わっ」
ドアを開けた静は、急に走ってきた真琴にびっくりしたものの、直ぐにおはよーと声を掛けた。
「どーしたの?」
「しーちゃんっ、きんぎょ!きんぎょ、どこだろっ?」
「きんぎょ?・・・・・あ」
そう言えば、部屋の中にはその姿が無かったと静もようやく気がついた。
昨夜の楽しいお祭り。江坂は金魚を1匹しかすくえなかったが、とても綺麗な赤く大きな金魚で、静はとても嬉しかった。
それに、楢崎と海藤が皆に平等に分けてくれたので、1匹だけで寂しそうだった金魚は直ぐにたくさんの友達と泳ぎ始めたのが楽
しくて、何度も江坂に見てくれと言ったくらいだ。
「・・・・・それから、どうしたんだっけ?」
静も何時の間にか寝てしまって、金魚をどうしたのか全く覚えていない。不安そうな顔をしてじっと自分を見ている真琴を改めて
見た静は、その手を繋いで下に下り始めた。
「りょーじおにいちゃんにきこう」
「あ」
「あー」
「おそーい!」
太朗は階段を降りて来た真琴と静に笑い掛けた。そういう太朗も少し前に起きたばかりで、隣の部屋の楓を叩き起こして1階
に下りてきたばかりだったのだが。
「たろーくん、きんぎょは・・・・・」
「あー、あいつらはここ!」
「あ!」
実は太朗も起きてから金魚のことが気になって慌てたのだが、自分達が眠ってしまった後、どうやらお兄さん達はちゃんと世話を
してくれたらしく、リビングの隅には昨日までなかった大きな水槽が置かれていて、その中でたくさんの金魚が泳いでいた。
「おっきー!」
「じろーがいれものみつけてくれたんだって!これで、きんぎょもいっぱいあそべるよなっ!」
「うん!」
「かえで、かえでってば、ちゃんとみてるのか?」
「おれは、おまえにおこされてねむいの!」
「もーっ!あ、とももおこさないと!」
真琴と静のびっくりした顔は面白かったが、楓は何時までも不機嫌そうな顔をしたままだ。そんな中、太朗はまだ起きて来ない
友春に焦点を定めて、突撃するように階段を駆け上ったが・・・・・。
一分後、まるで子猫のように襟首を掴まれ、アレッシオに追い返されてしまった。
三泊四日の最後の夜。
昼間は最後だからと海で泳いだ子供達に付き合ったが、夜のバーベキューには体力を残しておくようにと言い含めた。
それは、子供達の初めからの希望でもあったので言うことを良く聞き、出店の食べ物も我慢していた(特に太朗が)ようだ。
そして。
「え?俺達もいいのか?」
「ええ。ぜひ来てね」
綾辻と倉橋は揃って隣の別荘に赴き、楢崎達4人を今夜のバーベキューに招待をした。彼らはまだここに残るらしいが、自分
達は明日帰るのだと伝えると残念がってくれる。
気持ちが良い人だなと少し微笑ましく思っていると、
「?」
(綾辻先輩?)
不意に、綾辻が腕を掴んできた。人前で何をと文句を言おうとする倉橋を目線一つで黙らせ、これから用意があるからとさっさと
その場から離れる。
表通りではなく、昨日通った裏の林を抜ける道を歩く綾辻に、倉橋は焦って言った。
「どうしたんですかっ、綾辻先輩!」
「・・・・・克己の好きなタイプって分かりやすいわ」
「え?」
「大人で、誠実で、真面目な男。副会長もそうだけど、あの楢崎さんも当てはまってるわよね?」
「・・・・・好きなって・・・・・それは、好ましいとは思いますが・・・・・」
普通、男である自分が男を好きだなどとは考えもしないのではないかと思った。
倉橋の楢崎に感じている思いが、恋愛感情ではないことをもちろん分かっているつもりだったが、倉橋が憧れの目を自分以外の
誰かに向けるのも面白くない。
(今回だって、少しは楽しいことをしようって思ってたんだけど)
子供達の世話は意外に大変で、それはそれで楽しいのだが、倉橋と2人でイチャイチャする時間は無かった。人の目を盗んでキ
スをしたではないかと倉橋は言うかもしれないが、そんなものは単なるスキンシップだ。
「克己」
「な、何でしょうか」
「私のどこが好き?」
目を見張った倉橋の白い顔が、見る間に赤く染まっていく。パクパクと開く口からは綾辻の望む言葉はなかなか出てこないが、何
だかこの表情だけでも許せる気持ちになるのだから厄介だ。
「ずるい」
「ちょ・・・・・んっ」
好意を言葉で表すことが苦手だというのは分かっていたが、たまにはちゃんと言って欲しい。こうしてキスを拒まず、背中に手を回
してくれる行動ももちろん嬉しいのだが・・・・・と、綾辻は誰もいない林の中で、存分に倉橋の口中を味わっていた。
「ねえねえ、りょーじおにいちゃん、さざえ、うごいてるよ」
「・・・・・ええ」
「えびさんも、つのがゆらゆらって」
「手を近づけないように、挟まれますよ」
さりげなく静を気遣う言葉を吐きつつ、江坂自身もその箱の前から身体を背けた。
(大体、なぜ私が魚介類の担当なんだ。上杉の奴・・・・・面白がっているな)
内心どんなに上杉を毒づいても、他の者達はそれぞれがもう動き始めている。
実際に料理が出来る海藤や綾辻はバーベキュー以外の食べ物、ピザやパエリヤなどの準備をしているし、倉橋と伊崎はバーベ
キューの材料を串に刺す作業中だ。
体力だけはありそうな宗岡は外の準備を任されているし、小田切は・・・・・そんな宗岡をからかっているだけのように見える。
上杉はといえば、様々な場所を見て回るだけでこれといったことをしていないが、そう文句を言って自分の傍に来られても困る。
「・・・・・エサカ、これらは焼けばいいだけだろう?私たちのすることなどあるのか?」
江坂と共に魚介類担当になったアレッシオはそう言い放つ。確かに、今は何もすることは無いが、これを焼いた後が問題なのだ。
(サザエなんて、どうやって殻から出すんだ?)
店では既に身が貝から外されていたが、その方法を見たわけではなかった。そのため、少し見ておこうと思ったのだが・・・・・サザ
エも牡蠣も、見れば見るほど不気味だ。
「やいたら、ぱちぱちってはねるんだよ」
「・・・・・」
(跳ねる?)
「まるいのがくつくつってうごいてー、なかからあわがぶくぶくしてー、そしたら、たべていーよってあいずなんだよー」
(クツクツに、ブクブク・・・・・?)
まさか、静に教えを乞うわけにはいかず、江坂は頭の中でグルグルと考えてしまう。他の誰に呆れられてもいいが、静と上杉にだ
けは慌てる姿は見せたくなかった。
(初めから殻など剥いておけばいいものを)
アレッシオは殻のまま運ばれてきた牡蠣を睨んだ。既に調理されたものはもちろん美味しいと思うが、これを最初から捌くなどした
ことは無い。
傍で冷静な顔をしている江坂は知っている様子なので任せていればいいだろうが、少しは友春にいい格好を見せたいとも思ってい
た。
「トモ、他には何が食べたいんだ?」
「んーっと、ふわふわのかきごおり!」
「ふわふわ?」
「くちのなかにはいったら、しゅわってとけちゃうの。おみせのかきごおりはおいしーんだよ」
「・・・・・」
(店にしかないのか?)
浜辺のどの店を買収すればいいのか、アレッシオは真剣に考え始めた。
まだ日は高いが、子供達のことを考えれば早めに始める方がいいだろう。
「たろくん!」
「こんにちはー!」
上杉がそろそろ隣を呼びに行こうかと考えていると、タイミングよく4人がやってきた。
「招待ありがとう。これ、皆で食べよう」
「わっ、おっきーすいか!」
「とうもっころしもある!」
楢崎は2つの大きなスイカを、そして仏頂面の秋月はトウモロコシを持参してきた。これだけの人数でも十分ありそうな量に子供
達は途端にはしゃぎ、出来たばかりの友人2人の手を引っ張って、ほほ出来たバーベキューの準備を説明し始める。
「今日は世話になるよ」
楢崎の言葉に、上杉は苦笑した。
「別に、そんな大層なもんじゃねえし。タロも人数が多い方が楽しいだろ」
「そうか」
年上に対する言葉遣いではなかったが、楢崎は気にしていないようだ。
「俺達も何か手伝うことがあるか?」
「いや、もう大体出来たし、今からもう始めるか」
「そうだな、遅くならない方がいいだろうし」
「海藤、始められるかー?」
庭に肉を焼を焼くいい匂いが漂い、子供達のはしゃぐ声が聞こえる。
まだ夕方とはいえない時間から始まったバーベキューに、そこに集まる全員の意識は集中していた。
(・・・・・あれ?)
それに、一番最初に気づいたのは楓だった。
整備された庭の向こう、林の木々の間を何かが通ったような気がしたのだ。それは、別荘の裏手に向かう方角で、いったい何だろ
うと楓は思わず歩き始めた。
「かえでくん?」
その楓に気づいた日和がとことこ後を追ってくる。
「どうしたの?おしっこ?」
「ちがう。なんか・・・・・あっ」
「え?」
日和に気を取られていた楓は、いきなり後ろから押し倒された。
その途端、
「うわあ〜!!」
倒されてしまった楓より先に、日和が大きな声を上げた。
「うわあ〜!!」
いきなり聞こえてきた子供の悲鳴に、賑やかにバーベキューの準備をしていた男達の手が止まった。
一番最初に動いたのは秋月だ。今の声が誰のものか瞬時に聞き取り、助ける為にとっさに身体が動いたのだ。
「日和!」
「な、なに?」
「どうしたの?」
突然のことに驚いた子供達は騒ぎ始めるが、男達の頭の中には直ぐに昨日の謎の影が浮かんでいた。あの時は子供の見た錯
覚かという可能性も考えられたのだが、今の悲鳴でそれは現実なのだと分かった。
「小田切っ、タロ達を頼む!」
上杉の後に次々と男達が続き、それを見ていた子供達も後を追い掛けようとするが、
「ここで待っていなさい」
普段とはまるで違う厳しい声で小田切が言い、倉橋も押さえる。
「大丈夫だから」
「ねえ、かえでがいないよ?」
「ひよも」
「きのうの・・・・・」
「おばけ?」
(・・・・・そんなものだったらいいんだが)
性質の悪い変態だったら厄介だなと、小田切は上杉達の消えた方角を見て溜め息をついた。
「日和!」
「お、おにいちゃんっ、かえでくんが!」
「・・・・・な、んだ、あれ?」
一番に駆けつけた秋月は、1人で立ちすくんでいた日和を抱きしめてほっと安堵の息をついた。しかし、直ぐに泣きじゃくる日和の
言葉に視線を移し、思わず目を見張ってしまう。
「おいっ!」
直後に駆けつけてきた男達が秋月に声を掛け、秋月と同じように視線を前方に向ける。
「・・・・・まじ、か」
呆然と呟いた上杉の声がそこにいる者達全員の心の声を代弁していた。
「た、たすけろよお〜!」
「楓さんっ!」
背中から楓に圧し掛かっていたのは変質者でも幽霊でもなくて、ここにいるなどとは思ってもみないもの・・・・・大きな、成人の猿
だった。
急いで持ってきた食べ物を投げると、猿は直ぐに楓の上から退き、警戒しながら食べ物を取って逃げていってしまった。
その頃には子供達も少し離れた場所からその様子を見ていて、猿が立ち去った途端に楓の傍に駆け寄った。
「かえで、すっげー!こわくなかったっ?」
「だいじょぶ?」
「あ、あたりまえだろっ。おれにこわいものなんてないもん!」
返す楓は胸を張り、自慢げにそう言ったが、その声が僅かに震え、顔も強張っているのを伊崎はちゃんと気付いていた。
しかし、ここで声を掛けてしまえば楓のプライドが傷付いてしまうかもしれないと思い、無言でその頭を優しく撫で、もう大丈夫です
よという意味を込めてそっと身体を抱き寄せた。
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謎の影(笑)。