『』内は外国語です。
バーベキューが始まる前のちょっとしたアクシデントは、子供達にとっては大きな冒険の一つになっていて、その中でも実際に猿と
戦った(単に乗っかられていただけ)楓は正義の味方のように凄い存在になったようだ。
さすがにショックを受けていた楓も皆から凄い凄いと褒められ、カッコいいとまで言われて、外見の愛らしさとは違う、男らしいもの
に憧れる楓の気分は急上昇をした。
そして、始まったバーベキューは、この短い夏の思い出を飾るのに相応しい賑やかなものになった。
「かいどーさん、おつかれさまあ」
焼きの担当の海藤は、ずっと火の傍で肉や野菜を焼き続けているので汗だくになっていたが、そこへ真琴が水で濡らしたタオルを
持って来てくれた。気が利くなと視線を向ければ水道の傍には倉橋がいる。どうやら彼が真琴にこれを手渡すように言ったようだ。
「ありがとう、真琴」
それでも、こうして気遣ってくれた真琴の気持ちに感謝をすると、真琴は嬉しそうにへへと笑った。
「かいどーさん、ずっとおしごとしてるんだもん。まこもおてつだいするのに」
「お前はみんなと遊んでいたらいい」
「だって、あしたはもうかえっちゃうでしょ?そうしたら、かいどーさんとあえなくなっちゃう」
「そんなことは・・・・・」
「かいどーさんはおにいちゃんだから、おやすみはいそがしいのよっていわれたもん。だからまこ、いっしょにいるときはくっつきたい」
誰がそんなことを言ったのか、改めて聞かなくても分かる。きっと真琴の母親が、子守りさせるのを悪いと思って我が子にそう言いき
かせたのだろうが、海藤にとって真琴といる時間は煩わしいものではなくて、むしろ心が休まり、ほっと安堵できる大切なものになっ
ていた。
もちろん、歳の差もあり、お互い許容する範囲というものは変わってくるが、それでも真琴と会うと会わないとという選択をするなら
ば、躊躇いなく会うと答えられるほどに。
「帰っても、何時だって連絡すれば会うぞ?俺も真琴に会いたいし」
「・・・・・それって、まこのことがすきってこと?」
「ああ」
はっきりと答えてやると、真琴が嬉しそうな顔をして抱き付いてきた。火を使っているので危ないと思ったものの、海藤もその小さ
な身体を抱きしめて、みんなと遊んで来いと促してやった。
猿に襲われるという不名誉な事件は、友人達の尊敬の声で何とか楓の頭の中からも払拭出来たらしい。
ただ、怖かった思いは簡単には消えないようで、楓は文句を言いながらも伊崎にくっ付いていた。下っ端の自分は周りの世話を
するのに忙しく動き回っているので常に傍にいてやることは出来ないが、それでもずっと楓の視線は感じている。
「楓さん、野菜も食べないと」
「おにくがいい」
「太ってしまいますよ」
「いーもん!おれ、びしょーねんだし!」
拗ねたような物言いは、もっと自分の傍にいろということなのだろう。願いごとも真っ直ぐな言葉で言えない楓の不器用さが可愛
いかった。
(こんなふうに世話をするのはあなたくらいなんですけどね)
「はい、口を開けて」
熱い野菜を息を吹きかけて冷まし、そのまま楓の口元に持っていく
楓はチロッと伊崎を見上げてくるが、それでも素直に口を開けた。
「いい子ですね」
「・・・・・きょーすけは、いーこがすきなんだろ」
「そうですね。素直な子は好きですけど、楓さんみたいに少し我が儘な子はもっと好きですよ」
その瞬間、楓の頬がカッと赤くなったのが分かる。
(可愛い)
こんなふうに時折素の可愛らしい表情を見せてくれるので、伊崎は楓の我が儘を正そうとは思わない。どちらにしても、楓の我が
儘は伊崎にとっては子猫のじゃれ付きと同じようなものだった。
「・・・・・」
時折、友春が目を擦るのが分かった。どうやら眠たいらしいが、皆がまだ遊んでいる時に自分だけと思っているのか、必死に眉
を顰めたり、足をパンパンと叩いたりと、友春は見ていても退屈しない。
「トモ、少し休むか?」
「だ、いじょーぶ」
「だが」
「だって、みんなといるもん」
おとなしく、素直な友春だが、時折思いもかけないところで頑固な一面をみせる。
それがどうやら自分にだけ見せる表情だと分かってから、アレッシオはもっともっと、自分だけが見ることの出来る友春の表情を見て
みたかった。
「昼間泳いで疲れたんだろう?我慢しないで寝るといい」
「・・・・・やだ」
「トモ」
「やだもん」
口を尖らせて上目遣いに見上げてくるその表情にアレッシオは内心可愛いと笑ったが、表面上は済ましたまま、それならばいい
と言ったきり口を噤む。
そうすると、今度は心配になったようで、友春は小さな手でアレッシオの腕を揺らしてきた。
「ケイ、ケイ、おこった?ぼく、いいこじゃないから、おこった?」
そんな心配などする必要は無い。もう少しからかいたかったが、あまりにも友春が心配そうな声を出すので、そのまま膝の上に抱
き上げた。
「怒らない。トモのそういうところも気に入っているから」
「?」
子供にはどうやら分かり難い言い回しだったようだが、それからアレッシオは膝に抱いた友春の世話を甲斐甲斐しく焼き続けた。
ようやく、この煩い非日常から逃れられる。
江坂はそれが嬉しい反面、静との密接な時間が終わってしまうのに寂しさも感じていた。子供の興味というものは様々なものに
移り変わるし、どこかマイペースな静は自ら自分に会いたいと言ってくることも少ないはずだ。
それは、慣れ慣れしく擦り寄ってくる者達を嫌う江坂にとっては良い傾向なのだが・・・・・。
(この子は違うからな)
「・・・・・美味しいですか?」
「うん!」
静の手元にある皿の中には、ホルモンが存在感を示している。静の少し変わった食べ物の嗜好には慣れたものの、それでもこの
外見にその不気味な物体は似合わない気がした。
「果物、食べませんか?」
「ううん、まだいい」
「満腹になると食べられませんよ」
「だいじょーぶ!でざーとはべつばらだから!」
どこかの女が言いそうなそのセリフに、江坂の頬が引き攣る。
「・・・・・それは、またあの子狸・・・・・太朗君が言ったんでしょう?」
「すっごい!どーしてわかったのっ?」
「・・・・・」
(どうにか離せないものか・・・・・)
静のあまりに怪しい語彙の数々には、あの子供が悪影響していると断言出来るものの、かといってこのグループから静だけを引き
離すことなど無理だと分かっていた。
後は、自分の教育しかない。そして、自分を慕ってくれている静は、それに応えてくれるはずだ。
「静さんは、私のことが一番好きですよね?だったら・・・・・」
「みんなだいすき!りょーじおにいちゃんもすきだよ?」
「・・・・・」
大好きと、好き。どうして自分が好きの方なのだと、江坂はムッと口を引き結んでしまった。
「火の側に寄るなよ、危ないから」
「うん」
日和はおとなしくそう頷くものの、直ぐに立ち上がってつい昨日出来たばかりの友人達のもとに行ってしまう。
子供は子供同士だと、中学3年生の秋月にとっても子供の面倒などもってのほかだと思うが、あれだけ自分にくっ付いていた日
和がさっさと離れていくのは面白くなかった。
「・・・・・」
今も、日和は肉を焼いている男のもとに駆け寄って、にこにこ笑って話している。
たった2、3歳の違いなのに、自分よりもはるかに大人に見える男達。身体だって、女達はとても中学生には見えないと褒めてく
れたが、目の前の男達の肉体から比べるとまだ青臭くて・・・・・。
(・・・・・くそっ)
日和も自分などよりあの男達の方がいいと思っているのかとスネていると、
「おにいちゃん、はい!」
日和は皿に山盛りの肉を盛って秋月に差し出してきた。
「日和・・・・・」
「おにいちゃん、あまりたべてないから」
「・・・・・」
「おいしーよ?」
「・・・・・」
どうやら、日和は自分の機嫌が余り良くないことを敏感に感じ取っていたようだ。その上で、こんなふうな気遣いを見せてくれる。
中学生の自分が小学1年生に気遣われていることが恥ずかしいと同時に、自分のことを忘れられていなかったのだということが嬉
しくて、
「じゃあ、日和もここで食べろよ」
そう言った秋月に、日和はうんと笑顔で答えてくれた。
おとなしい暁生が、引っ張られる形で皆と騒いでいる。
(やっぱり、同世代の子がいた方がいいんだな)
もちろん、日和がいたことで心強いと思っていただろうが、この別荘にいる5人はとても元気で子供らしく、その勢いに暁生と日和も
引きずられているようだ。
「ねえ、ならさん!」
そんなことを考えていると、暁生が太朗と手を繋いで駆け寄ってきた。
「あのね、たろくんが、むこーにもどってもあそびたいって。だからね、めーるしりたいって、ね?」
「せっかくともだちになったんだもん!」
「はは、そうか」
(今の子はこのぐらいでもメールって分かるんだな)
自分の子供の頃は手紙や、せいぜい電話番号だったと思いながら、楢崎は暁生を見て笑い掛ける。
「じゃあ、暁生の家の番号・・・・・あー、勝手に教えちゃ拙いかな。俺のでもいいか?」
太朗がそれを悪用するとは全く考えてはいないが、それでも個人情報を自分の口から漏らさない方がいいかもしれないと自分
のものを教えようとしたが、
「だめ!」
なぜか、暁生が即座に反対をしてきた。
「暁生?」
「ならさんの、だって、だって、おれ・・・・・っ」
「・・・・・」
(もしかして・・・・・妬きもちか?)
楢崎と太朗が親しくなるのが嫌で、こんなふうに反対をするのだろうか。もしかしたら考え過ぎかもしれないが、そうだとしたら少
し擽ったい気がするなと、楢崎は立ち上がった。
「じゃあ、俺と上杉と交換しよう。それならいいだろう?」
「・・・・・で、俺とアドレス交換か」
「悪い、いいか?」
嫌だとは思わない。楢崎は思慮深く、きっと付き合っていけば自分にもプラスになる存在だと思う。
ただ、その楢崎と手を繋いで満面の笑みで立っている太朗は・・・・・自分以外に懐いたお仕置きが必要だろうか。
「いいぜ。携帯持ってくるからちょっと待って」
「えっ?」
当然のように太朗の手を引っ張り、部屋の中に入った上杉は、
「じろー?」
どうして自分までがと不思議そうに名を呼ぶ太朗を振り返り、ニヤッと人の悪い笑みを浮かべてその身体を抱き上げた。
腕に抱くと、目線がほぼ合う。太朗が戸惑っているのがその表情からもよく分かった。
「あいつが気に入ったか?」
「あいつ?」
「楢崎のことだ」
「ならさん、かっこいいだろ?きんぎょもいっぱいとれるし、おっきくって、とーちゃんみたい」
「とーちゃん・・・・・」
確かに、少し老け顔の楢崎は太朗から見れば父親と同等の年齢に見えるのかもしれない。と、同時に、太朗の楢崎への思い
の種類が自分とは違うとはっきりと分かって、上杉はふっと笑みを零した。
「じゃあ、俺は?」
「え?」
「俺はどこがカッコイイ?」
初めから選択肢を絞った言い方はずるいのかもしれないが、太朗にとって自分は何時でも一番カッコイイ存在でありたいので、
多少の誘導はいいだろう。
「じろーはぜーんぶかっこいいじゃんか」
「全部?」
「ならさんも、とーちゃんもかっこいいけど、おれのいちばんはじろーだな」
無意識でそう言うから始末に悪い。
「お前、調子いいぞ」
そうからかうように言いながら、上杉は太朗の頬に乱暴に自分の頬を摺り寄せる。痛い痛いと言いながらも太朗も楽しそうに笑っ
ていて、上杉はさらにギュウッと強くその身体を抱きしめた。
忙しく世話をして回っていた倉橋は、不意に腕を捕まれて立ち止まった。
「綾辻先輩?」
「いい加減に休みなさい」
「あ・・・・・でも」
ここにいる男達の半数以上はなかなか動かないので、自分や伊崎が動かなければならないのだ。
「もう少ししてから休みますから」
「ダ〜メ」
「・・・・・」
ここで綾辻の腕を振り払って無理に動くことも出来るものの、今はプライベートな時間で、学校の仕事のような義務ではない。
少しくらいはいいかとおとなしく綾辻の隣に座った倉橋に、綾辻もようやく手を離してくれた。
「みんなカップルなのに、私だけシングルじゃ寂しいわ」
「か、カップルって・・・・・」
高校生と幼稚園児が一緒にいるところを見て、カップルだと思うものはなかなかいないはずだ。確かに少し濃密な仲の良さだと
は思うものの、皆異性には不自由しないような容姿だし、子供に手を出すとはとても思えなかった。
(それを言えば・・・・・)
綾辻も、男の自分と付き合わなくても選び放題だと思うが・・・・・。
「綾辻先輩、あの・・・・・」
「ん?」
「・・・・・いえ、何でもありません」
どうして自分を選んだかなど、こんな場所で聞くことではないと慌てて口を噤めば、そんな倉橋の感情の移り変わりなどお見通し
だとでも言うように、綾辻は膝の上においていた倉橋の手を再び掴んでくる。
「ちょ・・・・・っ」
「一時も離れていたくないくらい、克己が好きなの」
「!」
「嫌いなとこなんて一つも無いわ。ああ、出来れば何時でも私を一番に考えて欲しいけど」
「こ、こんなところで言う話じゃないでしょう・・・・・っ」
否定したものの、顔が熱い。早く手を離そうと思うのに、もう少しだけこの温かさを感じていたくて、倉橋は横顔に注がれる綾辻
の視線から無理矢理顔を背けた。
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後は小田切さんですね。
そして、次回は最終回。