『』内は外国語です。





 昼を少し過ぎた頃、バスは目的地、九十九里の静の家の別荘に着いた。
当初は世話を付けるつもりだと言われたものの、ここに大人がいては面白くない・・・・・そう思ったのは上杉だけではなく。
 保護者の役割を担った宗岡が同行するのは予定外だったが、一応別荘の中は自分達だけしかいないようにしてもらっていた。
食事、洗濯、掃除、そして何より大切な子供達の世話。今から一応分担を決めるため、一同はそれぞれの荷物を持って広いリ
ビングに集合した。




 「よし、じゃあ、飯当番から決めるか」
 ここでも、一応生徒会長の癖が抜けない上杉が切り出した。いや、これは癖などではなく、自分にとって優位な展開にするため
の先手必勝の方法だった。
 「海藤、1人はお前でいいな?」
 この中では一番の料理上手である海藤に視線を向けると、最初からそのつもりだったのか海藤は頷いた。
 「あ、あの」
 「んー?倉橋もするか?」
 「あまり、お役に立てないとは思いますが・・・・・」
生徒会長の上杉よりも、性格的に副会長である海藤の方を慕っている倉橋は少し恥ずかしそうに俯いている。普段あまり表情
の変化がない倉橋のそんな顔は意外にも可愛いなと思っていると、
 「・・・・・っ」
 思い切り足を踏まれた。
 「あーやーつーじーっ」
 「あら、ごめんなさい。会長の足って邪魔なくらい長いから踏んじゃった」
語尾にハートマークがつくような話し方と内容だが、話している男の声は低く、その目が笑っていないのも分かる。
 第一、立っている自分の足を横から踏むなど故意としか思えないのだが・・・・・この男と小田切には逆らわない方が無難だと学
習している上杉は、
 「悪かったな、長くて」
一応、それだけは主張して気分を変えた。


 「はーい!まこもかいどーさんをおてつだいしまーす!」
 海藤は手を上げる真琴に笑い掛ける。
 「お前達は何もしなくてもいいんだぞ?」
 「だめだよ!まこはおてつだいするってきめたもん!」
 「おれもしたいなあ」
張り切って主張をする真琴の言葉に被せるように太朗が言った。しかし、それは真琴のように手伝いをするためとは少し違ってい
たようで、直ぐに楓が駄目っと却下してしまう。
 「たろは、つまみぐいしたいだけだろ!おかずへっちゃうからだめ!」
 「えーっ!」
 「そうだな、タロが手伝うと危なくていけない。お前は・・・・・そうだな、俺と風呂掃除でもしないか?最中に水浴びだって出来るん
だけどなあ」
 「あっ、それがいい!」
 上手く上杉は太朗の意識を逸らしたが、海藤はその内心を想像して少しだけ眉を顰めてしまった。
普通に聞けば自分からやることを見付けだし、それを太朗と共にするのならば良いことなのだが、そこで水浴びをさせるということが
気になるのだ。
 上杉が女好きで、今までどのくらいの数の相手と遊んできたかなど数えるのも無駄だと思うものの、最近の上杉はそんな無軌道
な遊びは控え、幼稚園児の太朗を相手にすることが多いのだが、まさかそこに変な思いはないだろうか。
 「かいどーさん?」
 「・・・・・」
(人のことは言えないか)
 上杉を非難し、警戒するということは、真琴を可愛がる自分自身にも掛かってしまう問題だ。
そこには邪な思いはない。かろうじて(?)そう言える自分の気持ちを信じ、きっと上杉も大丈夫なのだろうと何とか気持ちを治める
ことにした。


 「・・・・・」
 「・・・・・」
 何を考えているのか、友春は可愛らしい顔を顰めている。
多分、真琴と太朗が率先して手伝いを言いだしたので、友春も何かしようと必死に考えているのだろう。
(私の傍にいるということが一番の仕事なんだが)
 アレッシオは周りの手を煩わせることはないだろうと自信を持って言えると同時に、他人にも面倒を押し付けるなとはっきりと言っ
ておきたい。今回はこれだけの人数で来たが、アレッシオとしては友春との2人の旅行だと考えたいのだ。
 「上す・・・・・」
 面倒なことはさっさと済ませようと上杉の名前を呼び掛けたアレッシオだったが、それまで大人しく考え込んでいた友春が突然を
手を上げ、
 「ぼくも、おふろそーじするっ」
と、言いだしてしまった。
 「トモ、お前がそんなことをする必要はない」
 アレッシオは直ぐに友春の目線に合わせて腰を屈めたが、考えた末に決めたことなのか、友春は珍しく頑固に頭を横に振る。
 「ぼくも、おてつだいしないとっ」
 「・・・・・」
(それが、よりにもよって上杉と同じ?)
アレッシオが無意識のうちに上杉を見ると、経緯を聞いていた男はニヤッと口もとを緩めた。
 「いいぞー、水遊びもしような?」
 「はいっ」
 嬉しそうな友春の声とは反対に、アレッシオの機嫌は急降下だ。海で泳ぐのとは違い、家の中の水遊びで一々水着を着る者は
いないだろうし、そうなれば、友春は無防備に上杉に裸体を晒すことになってしまい・・・・・、
 「却下」
考えるまでも無く、アレッシオの口をついて出たのはその言葉だった。


 「えーっ、どうして?」
 「理由は言う必要がない。私が駄目だと言えば駄目なんだ。トモは何もせずに私の傍にいればいい」
 「・・・・・」
(そんな言い方では、子供は反発するだけなのに・・・・・)
 現に、普段はおとなしい子供が、どうしてどうしてとアレッシオに詰め寄っている。
その様子を見ていた江坂は考えた。ここは考えて答えを出さないと、自分まで同じような失敗をし、せっかくの旅行中に静に嫌われ
てしまいかねない。
 「静さん」
 「りょーじおにいちゃんはなにする?」
 江坂も当然何かするのだろうという前提で聞いてくる静に、江坂は今まで考えていたことを穏やかな口調で言った。
 「私は庭の水やりをしようかと思っています。この暑い中草花も可哀想ですしね。静さん、良かったら手伝ってくれませんか?ここ
の庭は思った以上に広いですし、1人じゃ大変そうだから」
 「わかった!おれ、りょーじおにいちゃんのおてつだいする!」
 「ありがとう、静さん」
 思った通りの展開に江坂は内心ほくそ笑んだ。
一見、庭木の世話など、炎天下の中大変そうに見えるものの、三泊四日という短期間で雑草が生えるはずもなく、綺麗に手入
れされているそれに自分達が何かをすることもない。
 日中に水をやってはいけないと言って、夕方に10分程度水をやっているだけで、静の【お手伝い】という目的は立派に遂げさせ
ることが出来る。
(物事はこういうふうに運ばないと、アレッシオ)


 料理や風呂掃除、なぜか庭の水やりと話が続き、伊崎はそれじゃあと部屋の掃除を申し出た。
性格からか片付けるのは面倒ではないし、何よりも身体を動かしていた方が落ち着くという貧乏性だ。
 「きょーすけ、そーじかあ」
 「楓さんは苦手ですか?」
 「あんまり、すきじゃない」
 「かえでは、いつもかたづけないもんなー!」
 「ちがうぞ!またつかうから、だしていたほうがつぎのときにいいじゃん!」
 先程のお返しのように太朗がはやしたて、楓がムッと頬を膨らませて怒る。
(遊びに行った時は部屋は綺麗だったけど・・・・・ああ、もしかして)
楓を可愛がっているあの兄や父親が、率先して片付けているのかもしれない。いや、そうに違いないと思うと、楓の片付け下手は
楓のせいではないということだ。
 「じゃあ、この機会に覚えましょうか」
 いい機会だ、自分で部屋を片付けた方が気持ちが良いということを本人に覚えさせようと、伊崎は楓の反応を待つ。
片付けは嫌だけど、伊崎とは一緒にいたい・・・・・そんなジレンマを感じているらしい楓はしばらく唸っていたが、しかたないなと頷い
てくれた。
 「頼みますね」
 その気持ちが嬉しくて髪を撫でれば、楓はぐちゃぐちゃになるじゃんと言って逃げ出したが、その頬が赤く染まっているのを伊崎は
見逃さなかった。


 「じゃあ、私達は洗濯をするか?」
 最後に残った選択肢(アレッシオと友春は掃除に落ち着いた)を小田切が口に出すと、何を言ってるのと綾辻には振られてしまっ
た。
 「私は克己を手伝うのに決まってるじゃない」
 「・・・・・お前はそういう奴だったな」
海藤を慕う倉橋を、その相手と2人きりにさせたくないという思いは分からないでもない。元々手先が器用だし、倉橋がおだてたら
思い掛けない料理の腕を披露してくれるはずだ。
(1人で洗濯・・・・・ねえ)
 小田切はチラッと、少し離れた場所に所在無げに立っている男を見て目を細めた。
 「しかたありませんねえ、じゃあ、私1人でするしかない」
 「・・・・・」
 「この細い腕で、これだけの人数の洗濯を1人でするなんて、いったいどこの大家族の母親なんでしょうね」
 「・・・・・」
男らしい眉が、ピクッと揺れる。
 「躓いてこけてしまったら、この肌にも傷がついてしまうのか・・・・・まあ、男ならば構わないか」
 「・・・・・」
腕組みをしている指先に力が込められたのが分かって、あともう少しだとさらに言葉を継いだ。
 「でも、出来れば体力がある人が一緒にしてくれたら・・・・・誰か、残っていましたっけ」
 「・・・・・俺が手伝う」
 「ああ、宗岡さんがいたんでしたね。いいんですか?ただの引率者の方に手伝って頂いても?」
 どう考えても宗岡のことを指して言っていたということが分かるのに、小田切はあくまで宗岡が自主的に手を上げてくれたのだと
いうふうに持っていくつもりだった。
ここで下手に逆らうのは不味いと防衛本能が働いたのか、宗岡は呆気なく頷く。
 「とにかく、手伝わせてくれ」
 「ありがとうございます」
なんだかんだと言いながら、絶対に宗岡は1人で全て片付けてくれるような気がしていた。







 別荘での役割が決まり、それぞれ割り当てられた部屋に荷物を置いていく。
部屋数はあるので、子供達はお気に入りのお兄さんと、綾辻はもちろん倉橋と、そして、小田切は嫌がる宗岡の腕を掴んで同じ
部屋へと向かって行った。




 しばらくして、リビングの一角には小さな頭が5つ、くっ付くようにしてあった。
 「それで、あしたはうみにいくだろ?そこでぜったいわかるって」
 「うん、まこもそうおもう。でも、ちょっといやだな〜」
 「でもさ、これでわかるだろ?」
 「そうだよね。いつもここでけんかしちゃうし、はっきりわかったほうがいいとおもうな」
 「・・・・・そうかなあ」
太朗、真琴、楓、静、友春は、うかない顔をしながらも意見を一つにまとめた。ここのところずっと疑問に思っていたことを、この機
会に決着しようという話をしていたのだ。それは、

 【誰のお兄ちゃんが一番モテるか】

 それぞれ、自分の大好きなお兄ちゃんが一番人気があると思っていて、遊んでいても不意にそのことで言い合いになるのだ。
こんな時は普段大人しい友春も引かないし、調整役の真琴も主張を譲らないので、時々喧嘩別れのようになってしまう(直ぐに
仲直りはするが)。
だからこそ、この機会にお兄ちゃんのモテ具合を比べっこしようと、この旅行を決めた時に話し合っていた。
 「でも、たろくんはいやじゃない?じろーさんが、おんなのひとといちゃいちゃするんだよ?」
 「うー・・・・・」
 そこは太朗も引っ掛かるのか、口を尖らせて何も言わない。すると、意外にも静が違うよと否定してきた。
 「もてるのをみるだけなんだから、あそぼうとしたらとめたらいいんだよ」
 「あ、そっか」
 「まえも、げきたいしたもんな。おれたちってかわいいから」
内心、伊崎に女がくっ付くのは嫌だなと思っていた楓も、静の言葉にニコニコと笑って続ける。どんな相手でも、自分の可愛らしさ
が負けるはずがないと自信があった。
 「でもー、うみにいるおんなのひとって、お、おっぱい、おっきいし・・・・・」
 「ともくん、おっぱいっていったー!」
 「たろ!」
 「ふぇ・・・・・」
 「なかなくていいよ、ともくん。おっぱいおっきくても、おれたちのほうがわかくてぴちぴちなんだから、ぜったいにまけるはずないって、
なあ、しーちゃん」
 「うん、かえでくんのいうとおりだよ、ねえ、まこちゃん」
 「・・・・・そう、かな?」
 一部ではまだ不安な思いがあるようだが、子供達の内緒の競争はなんとか決行することに決まった。
ただ、そこで上杉がデレデレとしたら、容赦のない蹴りをするぞと、太朗は決めていた。




 「面白そう」
 「なあ」
 子供達だけの内緒話。しかし、そこに都合良く居合わせた2人。
小田切と綾辻は顔を見合わせ、どちらともなくほくそ笑む。
 「せっかくこんな所まで来たんだし、楽しいことが無いとねえ」
 「全く。冷静な顔をしている人間がどんな顔を見せるのか・・・・・ふふ、少し考えるか?」
 校内や校外で、まるでアイドル並みに人気のあるあのメンバー達が幼稚園児相手に右往左往しているのも見ていて楽しいが、
そこにもう少しスパイスを加えたらもっと楽しいだろう。
 もちろん、子供達を傷付けるつもはないが、あの男達ならば少々なことがあっても打たれ強いだろうと勝手に解釈し、2人は作戦
会議のためにそっとキッチンへと移動をした。






                                            






この競争は誰が勝つのか。

次回は早速海へ!