『』内は外国語です。





 自分の大好きなお兄ちゃんが一番人気がある。
誰もがそう言い、結局喧嘩までしてしまって、今回の小旅行でそれを確かめようという話になった。
夏に、海に、水着。
 どのお兄ちゃんが一番女の人の視線を集めるだろうか?
きゃーきゃーと、テレビの中の人のようにカッコいいと言われるだろうか。

 単純にそう思っていただけなのに、実際に水着姿の女の人に囲まれているお兄ちゃん達を見た時、5人の胸の中に生まれたの
はざわざわとした気持ち。
嫌だな。
離れて欲しいな。
 そう思うと、気持ちを抑え込めるほどに自分達は大人ではなくて、
 「あんまり走るとこけるわよ!」
後ろからそんな声が聞こえたが、構わずに熱い砂浜へと駆けだして行った。




 「じーろおーーー!!」
 「お、ようやくおでましか」
 「え?」
 上杉の楽しそうな声に、先程からどんなに誘いを掛けても全く反応を示さなかった男の変化に女が眉を顰めた。

都心から少し離れたこの海水浴場で、一際目立つ良い男の集団。
顔も、身体も申し分無い相手を誰よりも先に捕まえようと何人もの女達が周りを囲ったが、男達の誰もが簡単に誘いに乗ること
なく、むしろ不快そうな表情をしているのにはさすがに気付いていた。
 それでも、水着というだけで鼻の下を伸ばし、直ぐに手を伸ばしてくるような軽薄な男よりも断然ましだと、さらに身体を押し付
けるようにして誘っていたが、そんな中、
 「じろおーーー!!」
甲高い子供の声が浜辺に響いた。

 上杉は女を腕にまとわりつかせたまま顔だけ振り向いた。
 「タ、タロッ?」
 「きゃあっ」
しかし、その余裕は一瞬で消え、上杉は慌てて女の腕を振りほどいて走り出した。
 「お前っ、その格好っ?」
 「でれでれするな!」
 足場の悪い砂浜であるが、太朗は思いっきり踏み込んで上杉の首筋に飛びついてくる。もちろん、しっかりとその身体を抱きと
めた上杉だが、もう一度腕の中の太朗を見下ろし、柄にもなく動揺しながら言った。
 「お前、なんでパンツなんだ?」
その言葉に、白いブリーフのパンツ姿の太朗は、何が悪いんだというように睨んできた。

 海に行くのだ、もちろん水着は絶対忘れないようにリュックに入れた・・・・・はずだった。
しかし、探しても水着は見当たらず、そうこうしているうちに先に浜辺に行った上杉達のことが気になってしまい、太朗はもういい
やとパンツのまま外に飛び出したのだ。
 「じろーっ、そのねえちゃんとあそぼーとしたなっ?」
 「いや、誤解だ」
 「うそ!おれ、みてたぞ!」
 「いったい何時から見ていたんだ・・・・・って、その前に、その格好・・・・・タロ、濡れるとそれ、透けるぞ?」
 太朗は自分の言葉を誤魔化す上杉に向かってむっと眉を顰めるが、上杉はそう言いながらビヨンとパンツを伸ばしたので、エッ
チと叫んで抱っこしてもらっている腹を蹴ってやった。


 「ま、まってよ〜!」
 走り難い砂浜に足を取られ、運動の苦手な友春は泣きそうになってしまう。
 「うきゃっ」
そして、そのまま足がもつれてしまい、熱い砂浜に顔から倒れ込みそうになったが、力強い腕が腹に回り、ぐっと上へと持ち上げ
られた。
 「大丈夫か、トモ」
 「ケ、ケイ」
 「そんなに慌てなくても、私の方が迎えに行くのに」
 「・・・・・」
(だ、だって、ケイのまわり、いっぱいおねえさんたちがいたし・・・・・)
 高校生になるアレッシオにとって、子供の自分よりも大人の女の人の方が良いだろうというのは分かりきっている。
ただ、そう言ってくれる気持ちは嬉しくて、複雑な思いのまま友春はアレッシオの首にしがみついた。

 イエローのトランクス型の水着の上に、しっかりとパーカーを着て、頭には麦わら帽子を被っている友春の姿は予想以上に可愛ら
しかった。
本人はじっとアレッシオに見つめられるのがj恥ずかしいのか、俯いて・・・・・それでも、気になるようにチラチラと眼差しを向けられる
のは、先程まで煩くくっ付いていた女達よりもよほど色っぽい。
(子供にそんなことを思ってもいけないんだが・・・・・)
 しかし、アレッシオの目には、この海岸にいる誰よりも友春が愛らしく映るのは本当で、未だ真っ直ぐに自分を見てくれない友春
の柔らかな頬に、軽く唇を寄せながら言った。
 「どうして早く来なかった?お前がいないと寂しくてたまらない」
 「ご、ごめんね、ケイ」
 わざと落ち込んだ様子を見せれば、友春は慌てて謝罪してくる。本当に子供らしい子供で、アレッシオはギュッと既に日差しで熱
くなってしまった身体を強く抱きしめた。


 「りょーじおにいちゃん、ほんとうにもてるね。もしかしていちばんかも」
 駆け寄った静を、江坂は無言のまま見下ろしてくる。その眼差しが何時もより真剣なことに、静は全く気付かないままだ。
 「・・・・・」
 「おれ、じまんしゃちゃう」
確かに他のお兄ちゃん達も随分もてていたように思うが、江坂が一番人数が多かったと思う。自分を置いて誰かと遊びに行かれで
もしたらとても寂しいが、江坂がそんな人ではないと十分分かっている静は、純粋に彼が人気があることを喜べた。
 「・・・・・静さん、それは女の子用の水着じゃないんですか?」
 そんな静に、江坂が少し躊躇いがちに聞いてくる。静は自分の身体を見下ろして首を傾げた。
 「え?ちがうよ?おれ、おとこだもん」
(りょーじおにいちゃん、あつくてへんになっちゃった?)

 静が着ているのは上下が分かれている、セパレートという水着だと思う。確かに、男用のもあるのかもしれないが、目の前のそれ
はピンクと白を基調にしていて、どう見ても少女用の水着にしか見えなかった。
(・・・・・そういえば、静の母親は女の子が欲しかったと言っていたな・・・・・)
 何度か遊びに行った時、静の母親はそう言って寂しそうに笑っていた。
静があまりにも愛らしい容姿なのでそう思うのも無理は無いかもしれないと、その時は江坂も同情を込めた目で見てしまったが、
どうやら母親はしっかりと静で遊んでいるようだ。
(こんな恰好じゃ、変質者に狙われてしまう)
少しも目が離せないと、江坂は手を差し出した。
 「いらっしゃい」
 「だっこ?」
 「砂が熱いでしょう?」
 サンダルを履いているので歩けないことは無いと十分分かっていたが、江坂はそれを免罪符にしてそのまま少女のような静を抱
き上げた。


 楓は伊崎の傍にいた女を見上げた。
 「・・・・・」
 「な、何、この子」
突然現れた人形のような楓がじっと見つめるのだ、さすがに女もたじろいだようだったが、そんな姿を一瞥した楓は、目を見張ってい
る伊崎に言い放った。
 「きょーすけっ、ちちがでかいだけがいーのかっ?」
 「か、楓さん?」
 「かおは、おれのほーがかわいいぞ!」
 誰が見たって、そう言うはずだと自信を持っている楓は、腕を組んで仁王立ちをする。おっぱいと尻が大きいだけの女に自分が負
けるわけ無かった。

 自分の腰ほどだというのに、楓はとても大きく見える。それは強い眼差しのせいかもしれないが、多分傲慢ともいえる性格がそう
見せているのかもしれないと思えた。
(それにしても・・・・・)
 赤いビキニの水着は、一体だれが選んだのだろうか。片手で掴めそうなほど綺麗な尻の線は丸見えで、その手の趣味の人間が
いたら絶対に攫われる。
 「楓さん、その水着・・・・・」
 「せくしーだろ。きょーすけ、ぜったいこーいうのすきだとおもったんだ」
 「いや、好きっていうか・・・・・」
 楓と伊崎の会話を聞いていた女達の眼差しの種類が変わって行くのを肌で感じる。自分こそ危ない趣味の人間に見られてい
るかもしれないと思ったが、それでも煩い人間が傍にいなくなるのは良いかもしれない。
 「まあ、確かにセクシーですよ」
 そう言ってやると、楓は嬉しそうに笑う。その笑顔こそ一番楓に合っているなと思いながら、伊崎は肌蹴たパーカーの肩をちゃんと
着せ直した。


 賑やかな一同を苦笑して見た海藤は、じっと自分を見上げてくる真琴に笑い掛けた。
 「どうした?」
明るいブルーのボーダーの水着に、麦わら帽子。この中で一番普通の恰好だが、海藤にとっては一番好ましく思えた。
私服姿も可愛いが、水着姿も真琴らしいなと、その場に腰を下して目線を合わせる。
 「めがね、ないね」
 「ああ、真琴に泳ぎを教えるつもりだしな」
 「・・・・・まこ、およげるかな」
 「俺が教えるんだ、絶対に大丈夫」
 手を差し出すと、小さな手がしっかりと伸ばされてきた。
 「ねえ、かいどーさん」
 「ん?」
 「おねえさんたちと、あそびたかった?」
 「・・・・・」
いったい何時から見ていたのか分からないが、真琴は心配そうな目を向けてくる。そんなに不安になるような行動をしていたかと
考えながらも、海藤はいいやと答えた。

 「今日は真琴と遊ぶ約束をしただろう?」
 「うん!」
 ちゃんと自分の顔を見てはっきりと答えてくれるのが嬉しい。おっぱいがなくても、どうやら海藤は真琴のことを選んでくれるよう
だ。
(かいどーさんがいちばんかっこいいもんな)
誰よりも浜辺で目立っていた海藤が、何時誰かとどこかへ行くかと心配で仕方が無かったが、握られたこの手は離されることは無
いと、真琴は浮かぶ笑顔を消すことが出来ない。
 「うみはしょっぱいよねー。あまかったらおよげるのになあ」
 「それだったら、真琴は泳がないで飲むんじゃないか?」
そんなこと無いよと言い返そうと思ったが、もしかしてそうかもと真琴は青い海に視線を向けた。




 どうして遅れてくるのかと思ったが、もしかしたら子供達に変な知恵をつけたのではないか。
倉橋は近付いてくる綾辻をじっと睨むように見つめた。
(・・・・・無駄に目立ってる)
 柔らかな栗色の髪にピアス。ほど良く日焼けした肌に金のネックレス。そして水着は、ゴールドのスパッツタイプだ。
どこもかしこも自信があるのは分かるが、どうにも視線を向けることが出来ない。
 「克己、上なんか脱いじゃえばいいのに」
 「・・・・・焼けますし」
 「水着だって、私が選んであげたやつじゃないしぃ」
 「紫のビキニなんて穿けるはずが無いでしょうっ」
 無理矢理買い物に付き合わされたあげく、プレゼントだと言って渡された水着はとても人前で穿けるものではない。
(あんなに生地が少ないのに、あんなに高いなんてっ)
その辺の感覚は、どうしても綾辻とは合わないのだ。
 「あら、色白の克己にはよく似合ってたわよ?ふふ、でも、水着って着ているものが少ないから脱がしやすくっていいわよねえ」

 「・・・・・っ」
 カッと、羞恥で赤くなったその風情こそ色っぽいのだが、多分本人は気付いていない。
(この子達じゃないけど、胸だけがある女に持っていかれなくって良かったわ)
子供達に付き合うために少し遅れて浜辺へと向かったが、一緒に隠れて見ていた時、倉橋にも女が近付いたのが見えた。
彼が自分を裏切るとは思っていないが、こういう開放的な場所で少し羽目を外そうなどと考えられたら・・・・・そう思うと、冷淡なほ
どにあっさりと女達を振っていた倉橋の態度はいっそ気持ちが良かった。
 「ほら、楽しみましょうよ!」
 「あ、綾辻先輩!」


 宗岡は目の前の小田切を、ただ目を見張って見つめることしか出来なかった。
(お、男・・・・・だよ、な?)
少し大きめのパーカーはしっかりとファスナーが閉められていて、それは腿辺りまでの長さのせいかまるで下に何も穿いていない
かのように見えた。すんなりと伸びた足と、白い肌。そして、綺麗な顔の中の、赤い唇がにっこりと笑みを形どる。
 「先生」
・・・・・なんだか、いけないことを想像しそうだ。

(あ〜あ、岩陰で変なことをするなよ、ユウ)
 倉橋を引っ張っていく綾辻にそうは思うものの、そうなったとしても特に口を挟むつもりの無い小田切は、目の前で固まっている宗
岡に下から見上げるようにして笑い掛けた。
 「いいんですか?」
 「え?」
 「私達みたいな子供に付き合っているよりも、あの女性達と遊んだ方がここも満足するんじゃありません?」
 「・・・・・っ、バ、バカを言うな!」
 軽く下半身に手を触れると、驚いたように宗岡が騒ぐ。本当に面白い男だ。
 「ああ、すみません、あたってしまいましたか?」
 「お、お前がっ」
 「・・・・・お前が?」
 「・・・・・君が・・・・・あー、いや、なんでもない」
男らしい男が子供っぽく見えて、小田切は笑みを噛み殺した。まだここで警戒させてしまったら、楽しいことが出来なくなってしまう。
(まだ時間はたっぷりあるし)
 そう思った小田切は、パーカーのポケットの中に手を入れて、派手なスイカの柄の小さな水着を手にとって振った。
 「太朗君、ここに水着が落ちてますよ!」
 「ばかっ、早く持ってこい!」
自分の羽織っていた上着を太朗の腰に巻いていた上杉が叫んでいる。
小田切は笑いながら彼の方へと近付いていったが、ふと立ち止まって少しだけパーカーの裾を捲って見せた。
 「見えました?先生」






                                            






さすが小田切さんということで(苦笑)。

次回も海です。