『』内は外国語です。





 泳ぐ隙間も無いほどに混雑しているというわけではないものの、それでもそれなりに混雑している浜辺で目立つ一つの集団。
容姿はほぼ完成されたものを持ちながら、若々しい荒々しさも兼ね備えた青年達と、水着から男だとは分かるものの、どの子も可
愛らしい幼稚園くらいの男の子達。
 その関係性をちゃんと想像出来る者は多分この場にいないだろうが、当の本人達はそれらの視線を全く気にすること無く、それ
ぞれの時間を楽しんでいた。




 アレッシオに手を持ってもらい、腰まで海水がある場所で懸命に泳ぐ練習をしている友春。
友達の中では唯一全く泳げないので、この機会に何とか少しは泳げるようになりたいとアレッシオに訴えたのだ。
腰を屈めたきつい体勢で、それでもアレッシオはきちんと友春の相手をしてくれる。しっかりと手を握り締めてもらっているので、水
が怖いということは感じなかった。
 それでも、プールとは違い、海は波がある。時々顔を覆いそうな(今は顔を上げて泳いでいる)波が来るたびにアレッシオの手を
強く握り締めてしまい、アレッシオがさりげなく抱き寄せてくれていた。
 「うわっ」
 今も、突然大きな波が押し寄せてきて、友春は慌てて足をばたつかせた。それに手を伸ばしたアレッシオは、少し休むかと言って
くれる。
 「う、うん」
まだまだ泳げると言える段階にまで来ていないが、何度か飲んでしまった海水が喉に張り付いて、友春は水でうがいをしたかった。

 友春は少しのんびりとした性格だが、壊滅的に運動神経が悪いというわけではない。
(今回の旅行中に少しは泳げるようになるだろう)
慌てることは無いと、少し友春を休ませてやろうと抱き寄せようとした時だ。
 「かんちょー!!」
 「・・・・・っ」
 いきなり、尻を突かれた。
その直前に気配を感じていたので身体が少しずれていたせいか、考えたくない場所からは少しずれていたが、アレッシオはこの自
分にそんな暴挙をしてきた相手をパッと振り返って睨んだ。
 「・・・・・何をしている、ターロ」
 「え?かんちょー♪」
 全く悪びれた様子も無く、太朗は両手を組んだ格好のまま答えてくる。
 「・・・・・」
(この私に・・・・・いい度胸だな)
服を着ていたのならば襟首を掴んで猫のように吊り上げたい気分だが、今太朗は子供っぽい水着1枚しか身に着けていない。
チッと小さく舌を打ったアレッシオは、太朗の腕を掴み上げると、
 「な、なんだよお!」
無言のまま、水着をはぎ取り、そのまま離れた場所へとポンと投げ捨てた。


 せくしいな水着姿のアレッシオの無防備な後ろ姿を見た時、太朗はどうしてもカンチョーをしてみたくなった。
普段怖いほど整っているアレッシオがどんな慌てた表情をするのかワクワクしていたものの、なぜだが寸前で身体を逸らされてしま
い、あげくの果てに腕を持たれて軽々と持ち上げられてしまった。
 「な、なんだよお!」
 無表情のカッコいい男というものはちょっと怖い。
その上、いきなり水着を脱がされ、素っ裸になってしまった。
 「お前が私にしようとしたのは、これほど屈辱的なことだ」
 「く、くつてき?」
 「・・・・・言葉の意味は、お前の後ろにいる保護者に聞け」
 「わっ」
 いきなり腕を離され、太朗は一瞬海水に頭まで浸かる。
泳げるとはいえ、こんな風に考えてもいない行動を取られてしまうとパニックになって溺れると思ったが、身体は直ぐに引き上げられ、
激しく咳き込んだ太朗は、その手の主を見上げてふにゃっと表情を崩した。
 「じろお〜」
 「タロ、お前も悪戯を仕掛ける相手を考えろ」
 「だってえ」
こんな風に怒られてしまうなど、全くの想像外だった。

 器用に潜り、自分に貝殻やヤドカリを渡していた太朗が、不意に何かを見付け、嬉々として近付いていった。
一体何をする気かと見ると、その視線の先にはアレッシオがいて、あろうことか太朗はアレッシオの背後からカンチョーを仕掛けた
のだ。
(あいつ・・・・・子供じゃなかったら殺されてるぞ)
 いや、友春の友人でなければ子供でも危ないかもしれないと思いながら上杉も早足で近付くと、アレッシオは太朗を持ち上げ、
水着を脱がして、その身体を放り投げた。
 海だからこそそんな暴挙をしたのだと思いたいし、確かにその瞬間上杉の姿を確認したようにも思うが・・・・・上杉は焦る太朗を
直ぐに抱き上げてやり、情けないその顔を見下ろした。
 「じろお〜」
涙と鼻水を一緒に流す(海水で濡れているので見分けはあまりつかないが)太朗の頭を撫でながら苦言を言えば、太朗はなぜこ
れほどアレッシオが怒っているのか全く分からないようだ。
 「とにかく、カンチョーは禁止!」
 「えーっ」
 「今度溺れても助けられないかもしれないぞ」
 「・・・・・」
 文句を言いたそうな太朗だったが、よほど今のことが怖かったらしく、渋々はいと頷く。
上杉は手で強引に太朗の顔を拭うと、大人げない真似をしたアレッシオにも一言言わなければと思った。




 「げんきないぞ、たろ。・・・・・あっ、もしかしてうみでおしっこしたのかっ?」
 「ば〜か、するわけないじゃん!」
 楓は何時もよりもかなり大人しい太朗を怪訝そうに見たが、伊崎が持って来てくれたかき氷にキラキラとした眼差しを向けてその
ことを直ぐに忘れてしまった。
 「レモンでいいんですよね?」
 「うん!」
 「あーっ、いいな〜、かえで〜」
 「太朗君も食べる?」
 じっと楓のかき氷を見つめていた太朗に優しい伊崎はそう言うが、伊崎は自分だけを見ていればいいと思っている楓には面白く
ない言葉だった。
 「たろはあのおっさんがいるだろ。あいつにかってもらえよ」
 「おっさん?」
 「あいつ」
 少し離れたところで、友春と手を繋いだアレッシオといる上杉を指さされ、太朗はうんっと頷いた。確かに、上杉相手ならば遠慮
なく大盛りかき氷を頼める。
(あ、そーせーじもいーかも)
目の端に映る海辺の出店を見た太朗の頭の中からは、先程の出来事はすっかりと抜け落ちてしまっていた。

 「お前な、子供の悪戯をマジに受けるなって」
 「それでも、やっていいことと悪いことがあるだろう。お前の教育が悪いんだ、上杉」
 「・・・・・」
(こ、怖い・・・・・)
 アレッシオと上杉の言い合いを、友春は半泣きになりながら見ていた。
唐突に太朗に怒ったアレッシオにもどうしてと思ったが、そのアレッシオに少しも怯むことなく向き合う上杉もとても怖い。
 「う・・・・・」
 「じろー!」
 そんな友春の耳に、元気な太朗の声が聞こえた。
 「たろくんっ」
 「なっ、じろー、おれ、めろんたべたい!」
 「メロン?」
 「かきごーり!ほら、いこ!」
 「た、たろくん」
さっき、あんなにも怖いことがあったというのに、太朗はもう忘れてしまっているのだろうか。恐々声を掛けると、太朗は友春もかき
氷を食べたいと思ったのか、アレッシオを見上げながら元気に言った。
 「とももいっしょにたべていいっ?」
 「・・・・・ああ」
 「ありがと!ともくんっ、いこ!」

子供は直ぐに物事を忘れる生き物。
上杉とアレッシオは同時に同じことを思い、今まで言い合っていた自分達の言葉の虚しさに思わず溜め息をついてしまった。




 「あ、かきごおり」
 少し離れた場所で黄色のかき氷を食べている楓を見付けた静は、思わず駆け寄ってしまった。
 「おいしい?」
 「うん、ほら」
小さなプラスチックのサジで、黄色に染まった氷を口に入れてもらうと、甘酸っぱい味が口の中に広がって自然と頬が緩む。
 「れもんもおいしいねぇ」
 「ぶどーとか、かるぴすもあったけど」
 「ぶどーかあ」
 かき氷はどんな味でも美味しいなと想像していると、もう一サジ差し出してくれる楓の前に立ちふさがった人物がいた。
 「人のを食べなくても買ってあげますよ、何が良いんですか?」
 「りょーじおにいちゃん」
(そっか、おれにくれたらへっちゃうもんな)
楓のことまで考えてくれる優しい江坂に笑みを浮かべた静は、何を食べようかなと視線を動かす。そして、大好きなものがそこに
あることに気付いた。

(全く、油断も隙も無い)
 一つのサジで物を食べるなど、自分以外にはとても許されない特権だ。たとえそれが、傍目から見て子供同士の無邪気なもの
に映ったとしても、江坂はそれを許せるほど大人ではなかった。
 「・・・・っ」
 静の視界から楓の姿を塞いだので背中を向ける形になったが、その剥き出しの腿に冷たいものが掛かったのが分かる。
 「あ、ごめん、おちちゃった」
 「・・・・・」
その言葉を素直に取ることが出来ないほど、楓の頭の良さを知っている江坂は、無表情を装いつつも構わないと言い放つ。
楓の相手をするよりも静の言葉の方が大切だと、その横顔から目を離さなかった。すると、
 「あ、あれたべたい!」
 「え?」
 不意に静の指さした方を見れば、そこにあった屋台はかき氷やアイスの店ではなく、磯焼きをしている店で、今はサザエのツボ
焼きがずらりと並んでいる。
 「・・・・・サザエ、ですか?」
 「うん!」
 「しーちゃん、うんちがすきだもんな」
追い打ちをかけるように、背後の楓が言う。この場に似合わない言葉に、伊崎がとりなすように口を挟んだ。
 「楓さん、食べ物にそんな例えは・・・・・」
 「だって、しーちゃんはさざえのさきっぽのうんちがすきだもん、な?」
 「・・・・・」
(サザエの・・・・・肝のことか?)
 「静さん、本当に食べられるんですか?」
 「ちょっとにがいのがおいしーの。りょーじおにいちゃんはきらい?」
静の味覚に少し衝撃を受けてしまった江坂は、直ぐにはその問いに答えられなかった。




 ふと見ると、みんな浜辺にいた。どうやら屋台で何かを食べているようだ。
 「真琴も何か食べたいのか?」
自分の視線に直ぐに気付いてくれた海藤が優しくそう言ってくれる。真琴はコクンと頷きそうになったが、直ぐにフルフルと首を横
に振った。
 「まこは、かいどーさんともっとあそぶ!」
 「でも、少し休憩を取った方がいいんじゃないか?随分泳いだだろう?」
 「だってえ」
 真琴の頭の中には、先程見た浜辺での光景が離れないのだ。
(また、かいどーさんにみんなくっついちゃうし・・・・・)
さすがにこんなに甘い雰囲気を真琴に対して垂れ流している男に、逆ナンを狙っている女達も声を掛けずらいということは子供の
真琴には分からない。
とにかく、綺麗なお姉さん達の傍に海藤がいかないようにと、必死にその腕を掴んで、嫌々と首を横に振った。

 泳ぎ始めて30分ほど。
水泳はかなりの運動量だし、波がある海でのそれは、子供にとっては想像以上のものだと思う。その上、この熱さだ、真琴が自
覚していなくても身体は疲れているだろうと休憩を勧めるのだが、どうしても本人が嫌だと言い張った。
(そんなに泳ぐのが好きなのか?)
 変な所で鈍感な海藤は、真琴の気持ちを想像出来なくて首を傾げてしまう。
 「真琴」
 「やだ!」
 「・・・・・そんな我が儘を言って・・・・・」
思わず呟いてしまったその言葉に、真琴の肩が大げさに揺れた。
 「ま、まこ・・・・・わがまま?」
 「あ、いや」
 不用意に言ってしまった自身の言葉に後悔しながら、海藤は真琴を抱き寄せる。ピッタリと首に巻き付いた手は、長い間水に
浸かっていたせいか冷たかった。


 「あ〜あ」
 「・・・・・」
それを、少し離れた場所で見ていた綾辻と倉橋。綾辻は大げさに溜め息をついたが、倉橋は2人の様子が気になって仕方が
無いらしい。
 「子供相手に、我が儘って言うのは禁句だと思わない?」
 「会長は真琴君を本当に大切に思っているんです」
 「・・・・・克己って、ホントに会長が好きよね」
 「え?」
 「ねえ、もしかして私よりも好きだとか?」
 腰までしか無い深さだというのに、綾辻は周りの視線も気にせずに倉橋の腰を抱き寄せる。薄い水着越しに密着する腰と聞こ
えてくる周りの歓声に、倉橋の頬は瞬時に真っ赤になってしまった。
 「ちょ、ちょっと、離して下さいっ」
 「や〜だ」
 「綾辻先輩っ」
 どんなに訴えても、綾辻の拘束は緩まない。どうしてこの人はこんなに自分を困らせるのかと、倉橋は自分の方が泣きそうな
気持になった。






                                            






まだまだ海(汗)。

あ、でも、今回小田切さんが登場していません・・・・・。