『』内は外国語です。





 赤い唇がフランクフルトを銜えて・・・・・思い直したように口から出したそれを、今度は意味深に舐める。
(そ、それは舐めるもんじゃなくって食うもんだろっ?)
内心でそう突っ込みを入れる宗岡だが、隣に座る相手に声を出して注意することは出来なかった。
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 「こういう暑い時は、こんなものを食べても美味しいかも」
 「・・・・・・・・・・そう、か」
 相手は高校生で、社会人の自分よりも人生経験は浅いはずだ。それなのに、今にも飲み込まれそうな感じがしてしまうのは目
の前の相手、小田切の持っている雰囲気からなのだろうか。
(どっちにしても、心臓に悪い・・・・・)
 こんな目立つ場所で、周囲の好奇の視線にさらされながら座っているよりも、海で思い切り泳いで煩悩を振り払いたい。
薄い水着越しに今にも変化をしてしまいそうな下半身を隠す意味もあるのだが、どうやら小田切は自分だけ逃げることを許しては
くれない感じがする。
 「食べますか?」
 先端を齧った場所から、中に入っていたチーズがとろけ出てきた。
 「うわっ!」
こんなにも自分は想像力が豊かだったのかと思いながら、とうとう宗岡はその場から立ち上がって逃げ出してしまった。

 「あ〜あ」
(我慢が利かないな)
 小田切はふっと笑みを浮かべてフランクフルトを口にする。その際、じっと自分を見ている周りの視線に、にっこりと笑みを返すこ
とも忘れなかった。
宗岡は幼稚園児を相手にしているせいか、それとも元々の性格のせいかとても純粋で単純だ。少しからかったくらいで下半身を
反応させるなど、まるで中学生のような初な反応を示す彼は、毛色が変わってなかなか面白い。
(次は何をしてからかおうかな)
まだ時間はある。楽しい休日にするためにはどんなことをすればいいかなと、小田切は楽しく考えていた。




 海辺の屋台で腹ごなしをした一同はそのまま空が赤くなるまで海辺にいて、遊び疲れた子供達は別荘に帰る早々直ぐに眠っ
てしまった。
子供達とその夜も楽しく過ごそうと思っていた高校生達だったが、まだ時間はあると思いなおし、自分達も明日のことを思って
早々に床についた。
 明日は、近くである花火大会のある夏祭りに行く予定だ。
浴衣を着せ、はしゃぐ子供達はきっと可愛いだろうなと、他人が見れば呆れるようなことを考えながら日付は変わって・・・・・。




 友春は海を泳いでいた。
 「すっごい!ともくんっ、はやい!」
 「じょーずだね、いつおよげるようになったの?」
皆がそう言いながら手を叩いてくれた。嬉しくなった友春はさらに遠くまで泳いだが、
 「うぷっ」
いきなり足を引っ張られてしまい、そのまま海の中に引きずり込まれてしまう。
(た、たすけて!)
友春の足を引っ張っていたのは、大きな大きなタコだった。友春は離して欲しいとそのタコに訴え、タコも分かってくれて・・・・・そ
んな時、何だか急に周りが明るくなっていった。

 「・・・・・ふぇ?」
 ぱちっと目を開いた友春は、白い天井にあれっと思ってしまった。
たった今海で泳いでいたのにと思いながら起き上ろうとすると、
 「・・・・・っ」
(つ・・・・・めた・・・・・?)
お尻が冷たいとベッドの上を見た瞬間、友春の顔がぐしゃっと泣き崩れる。
夢の中で泳ぎ、溺れたと思っていたが、どうやらそれはこのせいだったようだ。
 「う・・・・・ぇ・・・・・」
(ど・・・・・しよぅ・・・・・)

 一つの部屋に2つのベッド。
本来は友春の身体を抱きしめて休もうと思ったが、疲れている身体を考慮して昨夜は別々に休んだ。
 そんなアレッシオの耳に届いた小さな泣き声。パッと起き上ったアレッシオは、隣のベッドの上に座り込んでいる友春の姿を見
付けた。
 「トモ、どうした?」
 「・・・・・っ」
 アレッシオの声に顔を上げた友春の頬には幾筋もの涙が流れていたが、顔を上げた拍子にそれは洪水のように流れ始める。
いったい何事かと思ったアレッシオは立ち上がり、そのまま友春の傍に近づく。そして、直ぐにその要因が分かった。
 「漏らしたのか」
 「ご、ごめ・・・・・」
 友春は声を詰まらせながら謝罪をするが、まだこんなに幼いのだ、寝小便をしてしまっても仕方がない。
(昨日は夜トイレに行くことも出来ないほどに疲れていたんだろう)
 「トモ、大丈夫だ」
 「ひっ・・・・・ご、ごめんな、さい・・・・・」
何度もそう言う声を聞くだけで苦しくなってしまい、アレッシオは部屋の中を見回すと、ある物を目に止めて歩いて行く。
 「ケ、ケイ?」
いったい何をするのだと、泣きながら自分の名前を呼ぶ友春に対し、アレッシオは目的の物を掴むとそのまま振り向いて、
 「あ・・・・・っ」
いきなり取ったその行動に、友春は泣くのも忘れて声を上げてしまった。




 「べっどのうえでおみずなんかのんじゃいけないんだぞ!」
 「うん、こぼしちゃうしね」
 「がいこくじんはべっどでもごはんたべるんだから、しゅーかんがちがうんだよ」
 「ともくん、ぬれちゃってたいへんだったね?」

 何時もよりもかなり遅い時間に起きてきた4人の子供達は、真っ赤な目をした友春を見てどうしたのだと大騒ぎになった。
それに対し、アレッシオが、友春が寝ている上で水を零して、驚いて泣いてしまったのだと説明をした。
 普段のアレッシオから想像出来ないその失態をもちろん上杉達は疑ったが、子供達は直ぐにアレッシオを責めた。
太朗など、ちゃんと友春に謝ったのかと言いだしたが・・・・・。
 「た、たろくん、あのね」
 焦った様子の友春が何かを言いそうに口を開き掛けたのに、直ぐにアレッシオが言葉を重ねた。
 「悪かった、トモ。これからは気をつける」
 「ケイ・・・・・」
友春の頭を撫でるアレッシオを見て、上杉は口元がムズムズする。
(こいつが、誰かを庇うとはね)
 大体の予想は付いていた。と、いうか、昨夜は寝ぼけた太朗が部屋の隅で小便をしようとして、上杉が慌てて抱き上げてトイレ
へと連れて行ったからだ。
きっと、友春は間に合わなかったのだろうが、その失態を他の子供達に知られないようにし、さらに自分が悪役になるとは。
普段の冷淡さから【アイスマン】と陰口を叩かれているアレッシオからはとても想像できない細やかな気配りに、今回はからかう
のを止めてやろうと思った。




 「かいどーさん、どうしてまこをおこしてくれなかったの?おてつだいちゃんとしたかったのに」
 「一度は起こしたぞ。でも、真琴は全然起きなかった」
 「・・・・・うそだ」
 さすがの海藤の言葉にも反論をした真琴だが、その通り、海藤は真琴を起こさずに朝食の支度をした(もちろん、綾辻は起こし
たが)。
きっと疲れているのだろうと思った通り、海藤が部屋で着替えをする物音をさせても真琴は起きなかった。
そもそも、手伝いをさせるつもりは無かったのでそのまま起こさなかったのだが、朝食の支度が出来てから起こされた真琴は、何
時ものにこやかな顔ではなく少し口を尖らせている。
 「片付けは手伝ってくれ」
 「・・・・・」
 「昼食の支度も」
 「うん!」
 どうやら、真琴は片付けよりも料理というものがしたいらしい。
海藤の言葉に途端に機嫌を直した真琴は、甲斐甲斐しくサラダを取り分けてくれた。


 静は味噌汁を飲む。
 「やっぱり、なめこのおみそしる、おいしーね?」
 「・・・・・」
 「りょーじおにいちゃんもごはんにしたらよかったのに」
 「・・・・・本当に、残念でした」
海藤は律儀に和食と洋食を用意していた。
和食を選択したのは海藤と倉橋と宗岡、そして子供の中では静だけだ。粘つくものが苦手な江坂は、和食の中に納豆となめこ
の味噌汁があった時点で躊躇い無く洋食を選択したが、もちろんその理由を静に言うことも無い。
 「きのうのさざえもおいしかったしー」
 「・・・・・」
 「うみっていーねー」
 「そうですね」
 今のところ、江坂がここに来て良かったと思うのは、静の可愛らしい水着姿が見れたことと、夕べの寝顔を眺めることが出来た
ことだ。
浜辺では煩い女がまとわりついてくるし、この別荘の中でも煩い子供がいて気が休まることが無い・・・・・そう文句を言いたいも
のの、女達の粘ついた声と子供達の高い声の種類は違う。
(・・・・・慣れたのかもな)
江坂はそう納得をすると、コーヒーに少しだけ蜂蜜を垂らして飲んだ。


 「なあなあ、かえで、れいの、わかった?」
 「・・・・・あ、わすれてた」
 ジャムをたっぷり塗ったトーストを一齧りして、楓は今思いだしたというふうに言う。すると、太朗はウインナーをフォークに指した
まま椅子から立ち上がった。
 「だめじゃん!」
 「じゃあ、たろはみたのか?」
 「・・・・・お、おきたら、もういなかったし」
 「ほら」
 目の前で交わされている楓と太朗の言葉は謎だ。
しかし、笑って聞き逃さない方がいいのかもしれない。子供達の暴走は何時もこの2人から始まるのだと考えた伊崎は、楓に何
のことかと訊ねた。
 「ももぐみのこーへいが、へんなこといったんだ」
 楓の代わりに、太朗が身を乗り出して説明してくる。
 「変なこと?」
 「あさ、おとなのおとこはへんしんするんだって。いつもよりでっかくなるんだってさ、じろー、わかる?」
ブッと、上杉がコーヒーを噴き出す。
 「汚いですねえ」
そう笑いながら非難をする小田切は席から立とうとはせず、伊崎は無言のまま自分が立って汚れたテーブルの上を拭いた。
しかし、頭の中は今の太朗の言葉がグルグルと回っている。
(子供の会話って・・・・・怖いな)


 「あさ、おとなのおとこはへんしんするんだって。いつもよりでっかくなるんだってさ、じろー、わかる?」
 「・・・・・っ」
 朝の食卓で元気にそんな言葉を言う太朗。さすがに上杉は飲んでいたコーヒーを噴き出してしまった。
 「・・・・・悪い」
その始末を黙ってしてくれる伊崎に礼を言いながら、上杉はきたないなという太朗の頭を小突きたくなる。いったい誰の言葉でこ
んなことになったのだと思っているのか。
(それって、まんま朝勃ちのことだろ・・・・・ったく、誰がそんな知恵をガキに教えたんだ?)
 もも組のこうへいという子も、誰かからそんな話を聞いたのだろうが、自分もわけが分からないだけに変な物言いになってしまっ
たはずだ。
 「なあ、じろーはわかるか?」
 「・・・・・」
(俺に振るな、タロ)
 説明をしてやれないことは無いが、こんな朝食の席で、しかも幼稚園児相手では早過ぎる話題だ。
 「まー・・・・・そのうち教えてやる」
 「そのうちって?いつ?」
 「だから、そのうち」
 「なんかいねむったら、そのうち?」
子供特有のしつこさに眉を顰めたものの、はっきりと期限を言わない自分が悪いということも分かっているので、
 「100回」
一応、そう言った。どうせ、一晩寝たら忘れるだろう。


 「たろ、そいつはしらないんだよ。むねちゃんにきいたほーがいいかも」
 「あ」
 いっせいに自分に視線が向けられるのを感じて、宗岡は無になる努力を諦めた。
こういう子供達には、一番聞くおまじないのような言葉があるのだ。
 「それは、皆がいい子でいたら自然に分かることだ。太朗も、楓も、お利口で、な」
 「「は〜い!」」
 「・・・・・なんだ、それ」
 「見習わなければ・・・・・な」
 上杉の悔しげな表情と、伊崎の感心したような眼差しが心地良く、ようやく宗岡はこの中で一番大人だという態度を取れたと
思ったが、横顔にはまた別の種類の視線を感じて顔を上げる。
(う・・・・・)
 ニヤニヤと、意味深長な笑みを向けてくるのは小田切と綾辻だ。2人は宗岡が自分達に気付いたことを知ると、顔を合わせて
さらに笑う。
 「やっぱり、大人は言うことは違うわねえ」
 「本当に」
 「でも、私達には教えてもらえるんじゃない?もう大人だし」
 「・・・・・ふふ、お前は大人なのか?」
 「・・・・・」
(勘弁してくれ・・・・・)
 子供の扱いには慣れているが、高校生ほどになると・・・・・いや、目の前の男達が特別に扱い難いのだ。
 「大人は20歳になってから!」
 「「ふふ、は〜い」」
怯みそうな気持ちを奮い立たせてそう言えば、2人は低く艶やかな声で答える。どう考えても子供達のように可愛くは無いと、宗
岡は喉に詰まりそうになる飯を味噌汁で押し流した。






                                            






二日目です。

花火大会の前に、ゲストが出てきます。