海上の絶対君主




第二章 既往の罪と罰


プロローグ



                                                          
※ここでの『』の言葉は日本語です






 「うわ〜!!人、いっぱい!おっきい!」
 停泊している数隻の大きな船、行き交う無数の小さな船。
船の上からも見れる岸には多くの人と、賑わう市場の布の屋根が並んでいる。
この世界に来た当初に見た港と同じ位の賑やかさに、 珠生は大きな目を更に大きく輝かせた。
 船に乗って二週間あまり、 珠生にとってはそんなに長い間海上で生活した経験はなかったので、早く陸に上がりたくて仕方が
無かったのだ。
船酔いはもうほとんどしないが、泳げないだけに海の上というものには常に恐怖心が付きまとっている。
それに・・・・・。
 「大きな街だろ?きっとお前の口に合う食べ物もたくさんあるぞ、タマ」
 今にも身を乗り出すようにして甲板に立っている 自分の肩を抱くように言った男に、 珠生は遠慮なく肘鉄を食らわした(悔し
いことに身長がかなり違うのでうまく腹に入らなかったが)。
 「タ〜マ」
 「ラディ、煩い」
 この船の船長である男にここまで強く言えるのは、どうも男が自分の事を好きらしいということが分かっているからだ。
惚れている方が負けだと言うのは、どの世界でも共通の話のようだった。


       


 水上 珠生(みなかみ たまき)は、今年の春に大学生になったばかりの青年だ。
夏休みに故郷に帰った時、ささいな出来事から伝説の海辺の洞窟に足を踏み入れることになってしまった。

 「満月の夜、別の世界の扉が開く」

今は行方不明となっている父から聞いたその伝説の通り、 珠生はまるで中世のヨーロッパのような世界に突然放り出されるよう
に来てしまった。
 そこで知り合ったのは、海賊船エイバルの船長、ラディスラス・アーディン。
何も分からなくて混乱していた 珠生を、ラディスラスは保護という名目で自分の船に乗せた。
大柄なこの世界の人間とは対照的にかなり華奢な 珠生は随分と子供っぽく見えてしまったらしく、まるで子供を世話するかの
ように乗組員達は 珠生に接してくれた。
 そして、珠生の事をタマと呼ぶ俺様な船長、海賊の頭領でもある男は、半ば強引に 珠生に迫ってきて、不本意ながらも 珠
生は男同士というのにセックスまでしてしまった。
まだこの世界に来てひと月も経たないくらいで、 珠生はすっかり自分が順応してきていることを・・・・・自分自身、まだ気付いて
はいなかった。


 今回、エイバルが寄港する予定になっているのは、カノイ帝国。
北の強国であるこの国は、商工業よりも武器輸出で大国にまでなった国だった。
他国からの援助を受ける為に積極的に犯罪者などを受け入れてきたこの国は、かなりの外貨も持っている裕福な国だが気候
は厳しく、一年中暑いという時季はない。
それでも、商魂逞しい商人達で街は賑わい、この、カノイ帝国で一番大きな港であるルーカも所狭しと並ぶ市場や多くの船な
どで、かなりの人出が見て取れた。


       


(アズハルが大きな港だって言ってたけど、ホントにその通りだ・・・・・)
  珠生は船の上から港の賑わいを見下ろしながら、だんだん胸が逸ってくるのを抑えられなかった。当初は揺れない地面の上に
立ちたいとばかり考えていたが、やはり活気に満ちている所に行くのは楽しみだ。
それに、とにかく陸に上がれば、元の自分の世界に帰れる方法が・・・・・せめてその切っ掛けでも分かるかもしれない。
(・・・・・ラ、ラディに流されてばかりはいられないし・・・・・っ)
 幾ら身体の関係まで持ったとはいえ、訳が分からないままこの不思議な世界に居続ける事は出来ないと思う。
確かに・・・・・少し流され気味なのは認める。多少強引ながら、ラディスラスは頼りになる男だ。
それでも・・・・・。
 珠生は子供のように身を乗り出して港の役人に誘導されながらエイバルが係留されるのを確認すると、直ぐにでも船を下りて
行こうとして・・・・・ふと足を止めた。
 『・・・・・お金なかった・・・・・』
市場に行くのに無一文では話にならないが、 珠生がこの世界の通貨を持っているはずも無い。
珠生は少し考え・・・・・くるっとラディスラスを振り向き、右手を差し出した。
 「タマ?」
 「ラディ、お金」
 「金?」
 「お菓子、おいしーよ?ラディも食べる」
そう言うと、明らかに作ったと分かる笑顔をラディスラスに向けた。



(おいおい、俺はお前の財布代わりか?)
 ニコニコ笑う 珠生の顔を見つめながら、ラディスラスは内心呆れたような溜め息を付いた。
世の中では、海賊船エイバルとラディスラス・アーディンという自分の名は畏怖と憧れの意味を持って知れ渡っているはずだった。
そんな自分を、よく言えばただの男として、悪く言えば乗組員以下の存在として特別視しない 珠生は貴重な存在だ。
金も、もしかして勝手に逃げ出す為に使いはしないかと渡してはいなかったが、それを貰う相手として自分を選んだのは正解と
いうか何と言うか・・・・・。
 「何を買いたい?」
 「何?分からない。見て、買う」
 アズハルの努力と、乗組員達の声掛けで、 珠生の語学力はかなり上がっていた。
まだ12,3歳だと思っていたが本当は18歳ということで、それなりの教育は受けてきたようだ。
 「ラディ」
 「・・・・・」
 「ラディ、《いつもいつもじぶんのおもいどおりになるとはかぎりませんよ。あいてのいけんをきちんとそんちょうなさい》」
 「・・・・・」
(アズハルめ・・・・・ろくな言葉を教えないな)
珠生の筆頭教師でもあるアズハルは、 珠生が18歳だと知った今でもまだかなり過保護だ。
他の海賊に襲われたその日にラディスラスが 珠生と関係を持ったことにもかなり憤慨していて、それ以来 珠生のほとんどの時間
はアズハルが厳しく目を光らせている。
夜寝るのもアズハルの部屋になっている状態なので、ラディスラスはやりたい放題どころか口付けさえ満足に出来ない状態だっ
た。
(あいつの口癖も覚えるくらいベッタリなんてな)
 アズハルと居る時間が長くなった珠生の口調は、あまり面白くは無いがアズハルに良く似てきて、ラディスラスは近々どうにかし
なければと思っていたのだが。
 「・・・・・」
少し考えたラディスラスは、急に口元を緩めた。
 「分かった、小遣いはやろう」
 「こづか?」
 「その代わり、陸に上がるのは俺と一緒だ。いいな?」
 「・・・・・ラディと?」
 「そう」
 「ラディ、だけ?」
 「そう」
 「・・・・・」
上目遣いに自分を見つめてくる 珠生は、どうしようかと迷っている様子が良く分かって面白い。
どうにかその意見を撤回して欲しいという目で見つめてくるのは分かるものの、ラディスラスはわざと助け舟は出さず、 珠生がどん
な答えを出すのか楽しみに待っていた。
そして。
 「・・・・・も〜、いい。アズハルかラシェルか、ジェイか、ルドーにお願いする」
 「お、おい、タマっ?」
ラディスラスにとっては予想外の珠生の結論だった。今羅列された名前の人物は誰も彼も珠生には甘く、お願いと可愛くねだ
られれば直ぐに首を縦に振るだろう。
 「タマっ、待てって!」
 スタスタと誰かが居る場所に向かい始めた 珠生を、ラディスラスは慌てて呼び止めた。せっかく色んなものを見て顔を輝かせる
だろう 珠生の表情を見れなくなるのは面白くない。
 「・・・・・分かった、みんなで行こうか」
諦めたように苦笑を浮かべながらそう言うと、振り返った 珠生は早くそう言えばいいのにというように口を尖らせていた。