海上の絶対君主
第二章 既往の罪と罰
13
※ここでの『』の言葉は日本語です
「タ〜マ」
「・・・・・」
どんなにラディスラスが猫なで声を出しても、珠生はプイッと横を向いていた。
昨夜、どれだけ嫌だと言っても、ラディスラスの手が止まらなかったことはきちんと覚えていたからだ。
(ほんっとにスケベな奴!)
所々意識が飛んでしまったし、最後、自分がどうやってこの浜辺まで帰ってきたのかは覚えてもいなかったが、それでも酒に酔って
いたわけでもないので全く記憶に残っていなかったということは・・・・・ない。
ただ・・・・・。
(俺も・・・・・何やってんだよ・・・・・!)
言葉では確かに抵抗していた。
しかし、身体が快感に善がっていたことも本当だ。貪欲にラディスラスの手を受け入れていた自分の身体が信じられなくて、珠生
は余計に腹が立っているのだ。
「・・・・・俺、今日ここにいる」
「分かった」
「・・・・・」
(どうしてって聞かないのか?)
「アズハル、タマを頼むぞ。少し目を離すとどこかにフラフラ行きそうだからな」
「分かりました」
「!」
(俺を子供扱いするなよ!)
本当は面と向かって文句を言ってやりたいが、そうすると昨夜自分達の間に何があったかが周りの人間にも知られてしまう。
それは恥ずかしいので、珠生はギュッと拳を握り締めて怒りを我慢していた。
珠生を置いた探索はかなりスムーズで(珠生が知れば怒り心頭だろうが)、昨日よりもかなり早く頂上まで着いた。
もちろん通ってきた道は昨日とは別だが、今日も誰かがいたという気配は見付からない。
(山の中というのはないのか?)
ラディスラスはラシェルの話に出てきた王子像を頭の中に浮かべてみた。
生まれた時から当然王子様で、蝶よ華よと大切に育てられたという王子。病弱というわけではないが、体力的に弱く華奢だとい
う容姿。
(・・・・・ないな)
とても山で暮らしているとは考えにくかった。
「お頭」
「ん?」
「集落に向かった者が・・・・・」
視線を今自分が来た方向とは逆の方に向けると、丁度島の反対側に向かわせていた者達が山道を登ってくるところだった。
その先頭にはラシェルもいる。
「ラシェルッ」
1人だけ誰よりも先に行動していたラシェル。しかし、その表情は硬く険しいものだった。
(いなかったのか・・・・・)
表情だけ見ても空振りだったというのが分かったが、ラディスラスは強行軍で往復してきた乗組員達を労った。
「皆ご苦労だった。ラシェル」
「・・・・・」
「・・・・・駄目だったか」
追い討ちを掛けるようだが、ラディスラスはきちんと確かめておかねばならなかった。ラシェルの為に、エイバルの乗組員達を動かし
たのだ、きちんと事情は把握しておきたかった。
「・・・・・」
ラシェルは一度ラディスラスを見つめ、ふと目を逸らして・・・・・ゆっくりと口を開いた。
「・・・・・いたらしい」
「・・・・・え?」
一瞬、言葉の意味が分からなくて、ラディスラスは思わず聞き直してしまった。
「今?」
「確かに、いたそうです」
「!じゃあ、あの漁師の言ったことは本当だったのか!」
「・・・・・ええ」
「良かったじゃないかっ、ラシェル!」
ラシェルがどれ程王子・・・・・ミシュアのことを気にしていたのかを知っているラディスラスの声は嬉しさに弾んだ。
しかし、それに返すラシェルの声は、喜びに満ちているとはとても思えなかった。
「ラシェル、どうし・・・・・」
「今はいないらしい」
「いない?」
1年近く前、ミシェルらしい青年と歳の離れた男が2人、この集落にやってきた。
どちらも異国の人間で、言葉もあまり自由ではなかった。
顔色が悪く、少し痩せ気味ながら綺麗な青年と、落ち着いた壮年の男。集落の人間には、貴族の子息の静養と説明したそう
だが、自然に囲まれてはいるものの不便なこんな島に来るのは不思議だと皆思っていた。
集落の訝しげな視線はしばらく続いたが、2人はとても穏やかに、幸せそうに暮らしていた。
2人共男だが、この国では同性同士の結婚もままあるので、何時しか2人はそんな同性の夫婦なのだろうと集落の人間は認識
した。
やがて、皆とも打ち解けていった2人だが、最近青年の方の体調が思わしくなくなった。
軽い風邪が長引き、微熱も引かない状態だった。
そんな現状を見かねた集落の人々は、本国に行って医師に見せた方がいいと進言したのだ。
「じゃあ、また港町の方へ行ったと言う事か?」
「つい最近だそうです。丁度、俺達がこの国に着た頃に」
「一足違いか・・・・・」
ラディスラスは舌打ちをうとうとしたが辛うじて止めた。悔しいのは自分以上にラシェルだと分かっているからだ。
ラシェルは転がっていた石に腰を下ろし、もう長い間じっと空を見つめている。やっと手に届き掛けた存在が再び手の中からすり抜
けてしまったことが酷くショックなのだろう。
(・・・・・だが、止まってはいられない)
「行くぞ、ラシェル」
「・・・・・ラディ」
「多分、それはお前の王子で間違いがないんだろう?島を出たのだってそれほど昔なわけじゃない。さっさと港に戻って捜そう」
「しかし・・・・・」
「病気なら医師に見せに行ったはずだ。それがなければ薬を売っている店、薬草のある森。あてもなく動くわけじゃないだろ」
「・・・・・」
ラシェルはラディスラスを見た。
その視線に、ラディスラスはにっと笑ってみせる。
「手掛かりは前よりある。ラシェル、直ぐに諦めるな」
「・・・・・ええ」
しっかりと頷いたラシェルを見ると、ラディスラスは今度は周りにいた乗組員達に視線を向けた。
こちら側の勝手な事情で振り回し、挙句、目的の人物はもうここにはいないと分かってしまったのだ。
「悪いな、お前達。もう少し力を貸してくれ」
多少の反発は覚悟していた。
しかし・・・・・。
「当たり前ですよ、頭。今更後には引けないって!」
「そうですよ!それに港町の方が色々遊べもするってもんです。いい酒、振舞ってください」
「・・・・・おお、思う存分飲ませてやるぞ!!」
途端に、その場にいた男達の口から歓声が沸く。
仲間という存在の頼もしさに、ラディスラスとラシェルは顔を見合わせて苦笑を浮かべた。
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