海上の絶対君主
第二章 既往の罪と罰
14
※ここでの『』の言葉は日本語です
珠生はブスッとした顔のまま、船の上からたったさっきまでいた島を見つめていた。
「情報を得た。港に戻るぞ」
夕方・・・・・といっても、まだ空が暗くならないうちに戻ってきたラディスラスは、そう言うとその場にいた乗組員達を船に戻るように促
した。
まだ戻ってきていない十数人が帰り次第船を出発させると言うラディスラスに、どうしてなのかと理由を問いただしたくなったのは珠
生だけのようで、皆は疑問を抱くこともなく撤収をし始めた。
(あんな説明だけで納得するもんか?)
何が分かったのかと詰め寄る珠生に、笑って後でなと言ったラディスラス。
全てのことに目を通さないといけない船長の彼が忙しいのは分かるが、説明をすることが出来る時間も無いという事なのか?
それとも・・・・・。
(俺に言えないことだったりして・・・・・)
『・・・・・まさかな』
珠生も、ラシェルが捜す王子が早く見付かればいいと思って自らも捜しに出たし、痛い思いもした。
『大体、あれだけ話好きなラディが何も言わないって言うのがおかしいんだよ。もしかして王子様って・・・・・死んじゃってる?』
珠生はチラッと、今はラディスラスと話しているラシェルの顔を見る。
そう考えて見ると、表情が暗い気もした。
『そうなのかな・・・・・』
(だとしたら、慰めないと・・・・・)
「タマ、どうしました?」
「ふえ?」
じっと考え込んでいた珠生は、優しく頭を撫でられて慌てて顔を上げた。
そこにはアズハルが何時もの優しい笑みを湛えて立っている。
「また不思議な言葉を話していたようですけど?」
「そ、そう?」
(やば、独り言はつい日本語になっちゃうんだよな)
珠生は自分の言葉を誤魔化すように、へへっと愛想笑いを浮かべて言った。
「なんでもないよ。アズハル、港って前のとこだよね?そこに戻って何する?何分かった?」
ラディスラスに聞くよりもいいかもしれないと、珠生はアズハルに詰め寄った。
案の定、ラディスラスとは違った意味で珠生に弱いアズハルは困ったような顔をして溜め息をついた。
「まあ、後でラディからも説明があるでしょうが・・・・・捜している人物が本土の方に移動したらしいのです。どうやら身体を壊した
ようで、そういった場所を探せば今度こそは見付かるかもしれないと」
「じゃ、じゃあ、この島にいたっていうのは本当だったってこと?」
「ええ、ラシェルの言う王子と人相はほとんど同一人物のようです」
「・・・・・本当にいたんだ」
(じゃあ、今度こそ本当に見付かるかも・・・・・?)
何か言いたそうな視線をずっと向けていた珠生がアズハルを捕まえたのを見て、ラディスラスはどうやら説明する手間が省けたと
苦笑を浮かべた。
今だミシュア王子と一緒にいるのが珠生の父親とは断定出来ない今、珠生可愛さにポロッと不確かなことを言いそうな自分より
はよほどアズハルの方が適任だろう。
「ラディ、皆戻ったようです」
島の反対側の集落周辺に行っていた乗組員達は、アズハルがこちらに戻ってくる時に既に声を掛けていたので、思ったよりも全
員の集合は早かったようだ。
アズハルのその報告に頷いたラディスラスは、船の碇を揚げるようにと指示をする。
「出発するぞ!!」
その声に応えるかのように、エイバル号はゆっくりと動き始めた。
港に着くのはどんなに早くても翌日の昼過ぎだろう。
手の空いた者には休むように言うと、ラディスラスはようやく食堂にやってきた。
「お疲れさん」
真っ先に気付いてくれたジェイの声に軽く頷くと、ラディスラスは珠生の姿を捜して周りを見た。
(いない?)
もう食事は終えたのだろうかと思っていると、ジェイが来い来いと手を動かした。
「ジェイ?」
人指し指を口に当てて静かにという姿勢を取ったジェイに従うようにゆっくりと厨房に歩いていったラディスラスは、
「・・・・・?」
(・・・・・タマ?)
思い掛けない場所に珠生の姿を見つけて思わず首を捻った。
「何してるんだ?」
小声でジェイに訊ねると、同じように小声で答えが返ってきた。
「料理を作るそうだ」
「料理?」
「この間タマがタコを捕まえただろう?塩漬けしたものが少し残っているって言ったら、ショーカラにするって言ってな」
「ショーカラ?」
初めて聞く言葉だ。
「タマの国の食べ物らしい。本当はイカで作ることが多いそうだが」
「・・・・・」
ラディスラスは厨房の中に視線を戻す。
誰かから借りたのか、料理人達が揃いで着ている白い上着を珠生も着ているが、体格がかなり違うせいかますます子供っぽく見
えてしまう。
(珠生の手料理か・・・・・)
あの不器用な珠生に料理など出来るのかとも思うが、何よりも・・・・・。
(自分で食う為か?それとも・・・・・)
誰かに食べさせようとしているのだろうか。
(塩だけで出来るかなあ・・・・・ワサビとか柚子も入れたら美味しいんだけど)
あまり料理が得意ではない珠生だが、家が海の側だという事と、珍味好きな父が釣った魚介類をよく調理してくれたという事も
あって、珠生も簡単なものなら作れる・・・・・はずだった。
(ジェイの料理は美味しいんだけど・・・・・日本料理も食べたいんだよなあ)
ほっかほかの白いご飯と、味噌汁だけでもいい。
そこに、海苔と卵もあったらなおいい。
さらに、塩辛が・・・・・ジェイが先日捕ったタコの残りを塩漬けにしたと聞いた時、珠生は不意にそんなことを思って厨房に入りたい
と願ったのだ。
『イカだったらな・・・・・ハラワタも使えるんだけど』
それに、簡単に作れるとはいえ、こちらの塩や酒が塩辛に合う物かどうかは分からない。
『・・・・・ま、いいか』
珠生は下処理をしてあるタコを更に塩で揉みながらそう考えていると、ふと視線を感じて顔を上げた。
「ラディ・・・・・」
「何の料理だ?」
「・・・・・」
(ジェイ・・・・・言ったな)
特に隠すことでもないが、失敗したら笑われるのは目に見えているので出来るだけ内緒にしたかった。
「タマ」
「シオカラだよ」
「ショーカラ?」
「シオカラ!熱いご飯と食べるとすっごく美味しーんだよ!この国のご飯は少し固くて食べにくいけど、これと一緒ならきっと美味
しー・・・・・はずだから」
「お前の国の食べ物か?」
「・・・・・うん。美味しーよ」
「俺にも食わせてくれるのか?」
「・・・・・まあ、いーけど」
多分、ラディスラスには食べれないだろう。同じ日本人でも苦手な人もいるぐらいだ。
しかし、これを一口食べて変な顔をするラディスラスを見てみたいとふと思ってしまい、珠生は内心にっと笑って頷いてみせた。
![]()
![]()