海上の絶対君主




第二章 既往の罪と罰


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※ここでの『』の言葉は日本語です






 海賊船エイバル号の食堂内は緊張感に包まれていた。いや、それは食堂だけではなく、船全体に広がっている。
それは・・・・・。
 「・・・・・」
軍服を隠そうともしないままイスに座っているイザークの存在のせいだ。
海賊を討伐する側の人間が取り締まり以外の目的でこんな風に海賊船の中にいるのは異例で、甲板に立ったイザークの姿を
見た瞬間の船員達の驚きは大変なものだった。
そのイザークを、船長のラディスラス自ら乗組員達が寛ぐ食堂内に案内したのだ、何事かと一同が心配するのも無理がないだろ
う。
 「ほら、スープだ」
 そんな中、何時もと変わらない態度を見せる料理長のジェイは、空腹だろう珠生の為に熱い具沢山の野菜スープを差し出し
てやる。
温かい湯気を見て、珠生はホッと安堵したように笑った。
 「ありがと」
 「パンはいるか?」
 「パン・・・・・少し、欲しい」
 「待ってろ」
 ここにいるのは珠生とジェイとイザーク、そして、ラディスラスとラシェルとアズハルだけだ。
珠生とジェイ以外の4人は黙ってイスに腰掛けたまま、珠生がゆっくりスープを口にするのをじっと見ている。
なぜこんなことになったのか、はっきりと説明出来るのは誰1人としていなかった。



       


 「イザークっ?」
 思い掛けない人物の登場に、ラシェルの目が動揺して揺れたのが分かり、ラディスラスは一瞬自分の選択が良かったのかどうか
迷った。
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 エイバル号に着く手前で、ラディスラス達はラシェルとアズハルと合流出来た。
2人共珠生の無事な姿を見て安堵したような顔になったが、その僅か後ろをついてきたイザークの姿を見てかなり驚いたようだ。
(失敗・・・・・か?)
とにかく、珠生とイザークの距離を取り、珠生には自分達の考えを理解してもらいたくて、苦肉の策としてイザークを船に連れて行
くことにしたが、予想以上にラシェルの気持ちは複雑のようだった。
 「お前・・・・・」
 「王子の居所を捜していた」
 ラシェルが尋ねる前に、イザークは自ら淡々とした口調で言った。
 「お前も?」
 「タマと会ったのは偶然だが、情報を提供してくれるというエイバルの船長の言葉でここにいる。今回討伐とは全く関係ない私個
人の問題だ」
 「・・・・・」
(タマ?)
なぜイザークが珠生の事をタマと呼ぶのか・・・・・面白くはないが、今はそんなことを言う雰囲気ではない。
後で珠生にゆっくり聞こうと、ラディスラスはラシェルとイザークの方へ意識を戻した。
 「・・・・・そうか」
 元は同じ親衛隊同士だからか、ラシェルもイザークの気持ちが分かるのだろう。それ以上は何も言わずに視線を逸らしたが、そ
の拍子にイザークの側に立っている珠生の姿を見て改めて顔を強張らせた。
 「タマ・・・・・」
何と言ったらいいのかラシェルが途惑っている間に、珠生の方が先に頭を下げた。
 「ラシェル、ごめん」
 「タマ?」
 「俺、びっくりで逃げて・・・・・ラシェルのせいじゃないよ」
 「いや、あれは俺の」
 「悪いの、ラディだから」
 「おい、タマ?」
いきなり自分に矛先が向いたラディスラスは、どうして俺だけがという思いで珠生を見るが、珠生の頭の中では何も話してくれな
かったラディスラスが一番悪いという構図が出来上がっているらしく、自分が店を飛び出す直接的な原因のラシェルの言動は全
く関係ないからと言い張った。
ラディスラスとしては面白くはないが、ここで文句を言えば更に珠生が反発するのは目に見えているので、眉を顰めながらも自分
達の家であるエイバル号へと向かって足を進めた。



       


(食べる時にじろじろ見られるのって・・・・・やだな)
 黙々と食べているように見えながら、珠生は敏感に周りの気配を感じ取っていた。
何時もは陽気で楽しいラディスラスも、穏やかな気配を纏っているはずのアズハルも、冷静なラシェルも、みんなが緊張しているの
が分かる。
珠生も、何かしていないと落ち着かないので食事を続けているのだ。
(でも・・・・・なんかお腹いっぱいだし・・・・・)
 全く忘れてしまっていた時とは違い、これだけの面々が揃っていては嫌でも現実を思い知らなければならない。
 「・・・・・」
 「タマ?」
珠生は手を止めると、思い切って顔を上げた。
 「話して、ラディ」
 「・・・・・」
 「俺、全部知りたい」
誤魔化すなという意味を込めた目で睨むと、ラディスラスはチラッとラシェルの横顔を見て・・・・・溜め息をついた。
 「約束だからな、全部話す」
 「・・・・・」
 「ただ、これだけは信じて欲しい。俺達はお前を騙したいと思ったわけでも、このまま何も話さないでおこうと思ったつもりもないん
だ。結果的にはお前を混乱させただけだが・・・・・」
 「ラディ・・・・・」
(今更・・・・・言ったっ・・・・・て・・・・・)
 「泣くなよ、タマ」



 ラディスラスは自分達が今把握している事柄を隠さずに珠生に伝えた。
ミシュア王子が出会った異国の男の事。
その男との事が原因で国を追われた事。
その前後に男は姿を消したという事。
 「・・・・・」
ラディスラスは珠生の表情を一瞬でも見逃さないように、その顔を見つめながら話を続けた。

 一年ほど前に、王子の様子が変わった事。
忽然と姿を消してしまった事。
先日も訪れた離島に、男と2人で暮らしていた事。
身体を壊して、つい最近本土の方へ向かったという事。
 「その・・・・・男が?」
 今現在ミシュアと共にいる男。それが誰なのか、ここからは全て想像でしかない。それでも、もはや珠生の頭の中には1人の人
物しか思い浮かばないのだろう。
青褪めた表情になった珠生に、ラディスラスはさらに言った。
 「男は黒髪に黒い瞳・・・・・お前と同じ容姿をしていた。子供もいたそうで、その子の名前は・・・・・タマ」
 「・・・・・タ、マ?」
 「男の名前は、エーキ」
 「エーキ・・・・・瑛生・・・・・父さんの名前・・・・・」
 真っ青になってしまった珠生に、ラディスラス達は何も言えなかった。
今初めて事情を聞いたはずのイザークも、内心は驚いているだろうが口には出さずに珠生を見つめている。
 『父さん・・・・・生きてたんだ・・・・・』
不思議な言葉で小さく呟いた珠生の目からポロポロと涙が零れてしまう。
ラディスラスはその涙を止めることが出来ない自分が情けなくて、爪が食い込むほど強く拳を握り締めた。