海上の絶対君主
第二章 既往の罪と罰
21
※ここでの『』の言葉は日本語です
「みんな!頑張って見つけるよ!!」
翌朝、珍しく早く目を覚ました珠生は、居候しているアズハルの部屋から飛び出して乗組員達の部屋のドアを叩いて回った。
とにかく、じっとしている時間が勿体無い。
「タマ〜、まだ早いんじゃないか?」
「早起きはサンモンノトク!」
「はあ?なんだ、それ」
珠生の大声で起こされた乗組員達は、ブツブツ言いながらも起き上がって来てくれる。
「タマ」
そんな中、珠生は前方から歩いてくるラシェルの姿を見付けた。
「おはよー!ラシェル!」
珠生の襲撃を受ける前に目を覚ます事が出来たらしいラシェルは、起きた早々張り切っている珠生をじっと見つめた。
「お前、昨日・・・・・」
「俺、すっごく捜すから!絶対、見付ける!」
ラシェルの言葉を遮るように珠生は言った。
ラシェルが何を言おうとしたか、それはいくら鈍い珠生でも感付いている。しかし、それをきちんと考えるのはまだ怖かった。
(父さんが男とって・・・・・まだ信じられないけど・・・・・)
それよりも何よりも、生きているのに自分の元へ帰って来てくれなかった事がとても淋しい。
例え男の恋人が出来たとしても、あの父ならばちゃんと珠生に伝えてくれるはず・・・・・そう思うと、珠生は自分の存在が忘れ去ら
れているのではという恐怖も感じてしまうのだ。
(・・・・・でも、会いたい)
生きているなら会いたい。ただ、今はそれしか考えられなかった。
「ラシェル、頑張ってよ!」
「・・・・・ああ」
「じゃあ、俺、他のみんなも起こすから!」
1日も早く、1時間でも早く、珠生はそう思っていた。
捜索は当初よりかなり絞られていた。
少し時間を掛けていいのならば、男が薬湯を買いに来た店で待っていれば再び現れる可能性は高い。
しかし、じっと待っていることが出来ないらしい珠生は、ラディスラスを背に引き連れて市場の中の薬や果物を売っている店を訊ね
て回った。
「1人で大丈夫!」
「1人に出来るわけ無いだろ」
「俺、しんよーないっ?」
「そういうわけじゃない」
まさか、迷子になるのが心配だとか、人攫いに捕まるのが心配だとか、まるで幼い子供に対するような心配をしているとはとても
言えなかった。
しかし、街中を歩くたび、珠生に向けられる視線は多くなっているような感じがするのは確かだ。
暑い中フードを被ってられないとマントを羽織らないので、黒く艶やかな髪は剥き出しだし、真っ直ぐに相手を見つめる黒い瞳もそ
のままだ。
珠生はたいして気にしていないようだが、この世界で黒い瞳というのは珍しい・・・・・と、言うよりも皆無といってもいい。
その黒水晶のような綺麗な瞳を向けられたものは、なぜか心をざわつかせてしまうのだ。
(この世界では男同士の恋人も普通だって事、そろそろ教えておいた方がいいか・・・・・?)
数はごく少数ながら同性同士の夫婦は存在しているし、恋愛となればその数はかなりのものだろう。
珠生の世界では同性同士というのはあまりないことらしく、珠生自身も身の危険などは全く感じていないらしいが(ラディスラスと
のことを忘れているわけではないようだが)、中身はともかく外見はおとなしやかで繊細な容貌の珠生に欲情を感じているものは
少なくないようだ。
「・・・・・」
「どうした?」
いきなり、珠生は口を尖らせてラディスラスを振り返った。
「ラディ、やっぱり別々さがそ」
「どうしたんだ、急に」
突然何を言い出すのかと思えば、珠生は腰に手を当ててふ〜と溜め息を付いた。
「ラディ、ドンカン。ラディ見る人が多くて、なんか歩きにくいよ」
「俺を?」
「分からない?」
「・・・・・タマは視線を感じるのか?」
「俺はこれでもビンカンなほーなんだよ!ラディはホントにオオザッパ」
途中、何を言っているのか言葉は分からなかったが、どうやら珠生は自分達を見ている視線には気付いたらしい。
もちろんその中には自分を見ている女の視線もあるだろうとラディスラスは自覚していたが、少なからず珠生を見ている男の視線も
確実にある。
どうしてそれに気付かないのかと不思議に思うほどだ。
「タマ、あのな」
「やっぱり、他の人と組んだ方が良かった。ラシェルやアズハルと一緒なのも目立ちそうだけど、ルドーとかだったら全然目立たなく
ていいのに」
「・・・・・」
(何気に暴言だな)
頼りになる甲板長補佐のことをあっさりと目立たないと言い切る珠生に苦笑が洩れる。
「なんだ、タマは俺がカッコイイと認めるわけか」
「・・・・・目立つって言ってるだけ」
「同じことだろ?」
「ぜんっぜん違う!」
「・・・・・」
(ああ、笑った)
自分との言い合いに、膨らませていた頬が緩んだ珠生を見てラディスラスは笑った。
どちらにせよ、近い内に珠生は父親らしい男と再会することは確実だ。その時、珠生がどんな表情をするのか・・・・・出来れば泣
くことが無いようにと思うだけだった。
「あ、イザークとはどこで会う?」
3件目の店から出た時、珠生はふと思い出したようにラディスラスに訊ねた。
昨夜、父と王子の捜索に協力してくれる事を約束してくれたイザークは、さすがに船に泊まる事は無く、自分がとっている宿に帰っ
ていった・・・・・らしい。
話の途中で気を失うように眠ってしまった珠生は、話し合われた結果を今朝知らされたのだ。
イザークは今船の点検の為に休暇という扱いらしく、ある程度時間も自由に取れるらしい。珠生の事情を全て知った上で協力
を約束してくれたようで、日に数度連絡を取るらしいのだが・・・・・。
「ケータイがあれば便利なのに」
「ケータイ?なんだ、それは」
「・・・・・あ、知らないんだっけ」
珠生の常識からすれば携帯を知らない人間なんているはずがないと思うが、改めて考えればここは日本とは・・・・・自分が生きて
いた世界とは全く違う世界なのだ。
「え〜と・・・・・ちっちゃい箱でね、どんな遠くでも話が出来るんだ」
「へえ、便利だな」
「うん、便利」
「でも、俺は顔を見たり手紙を交わした方が、相手との距離が身近に感じられるけどな」
「・・・・・そ、だね」
(便利なだけじゃ駄目なことも・・・・・あるのかな)
「あいつとは夕方に桟橋近くの店で会うことになってる。さすがに海賊船に頻繁に乗ることは出来ないだろうしな」
「そっか」
「俺達では王宮内の情報はなかなか手に入らないからな。あいつにはそっち方面の情報をさぐってもらう事にした」
ラディスラスは簡単に言うが、それは少し間違えばイザークの今の立場を危うくしてしまうものだった。
しかし、イザークは少しの躊躇も無く頷いて了承した。それは王子への思いはもちろん、珠生に対しても思うことがあるからだろうと
ラディスラスは思っている。
そんなことを少しも考え付かない珠生は、協力すると言ってくれたイザークの言葉が真実だったことに嬉しくなって笑った。
「絶対、見付かる」
「・・・・・俺がいるからな」
俺という言葉を強調するラディスラスに、珠生はますます笑ってしまう。
「はいはい、ラディが頼り」
「タ〜マ」
「本当にそう思ってるよ」
「・・・・・ま、いいか。とにかく、早く2人を見つけよう。王子の体調も気になるしな」
「・・・・・うん」
体調を崩したという理由で離島から本土に戻ってきたらしい父と王子。
見付かる危険を冒してまでの移動は、それだけ王子の体調が芳しくないという証でもあるかもしれない。
(父さん・・・・・・)
王子と一緒にいる父がどんなことを考えているのか・・・・・珠生は思わず洩れそうになる溜め息を噛み殺した。
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