海上の絶対君主




第二章 既往の罪と罰


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※ここでの『』の言葉は日本語です






 いったいどこに身を潜めているのか、王子ミシェアと珠生の父らしき男はなかなか見付からなかった。
男2人が身を寄せそうな小さな家や宿屋は片っ端からあたっているものの、それらしい姿は全く見当たらない。
それに・・・・・。
 「カノイ帝国も王子の身柄を捜している?」
 「ああ」
 日に一回の情報交換の時、イザークは王宮の大臣付きの護衛から聞いたという話をした。
 「どうやらカノイは王子の身柄を預かるという名目でジアーラ国から月々金を貰っているらしい。それは王子が行方不明になって
からも続いているそうだ」
 「金だけ取ってやがったのか」
今のジアーラ国の国力を考えればそれはけして安い金額ではないだろう。それだけ現王がミシュアの存在を恐れているという証で
もあるが。
 「だが、最近王子の所在が不明らしいという噂がジアーラ本国にも伝わって、近々向こうの使いが王子の姿を確認しに来ると
いう事だ。それまでに王子の身柄を確保しなければ、ジアーラがカノイに対して何か攻撃を仕掛けてくるかもしれぬと」
 「国力に差はあるが、そうなったらカノイも無傷とはいかないだろうしな」
いい金づるだったミシュアの存在が、いまやカノイ帝国にとっては頭の痛い爆弾的な存在になっていた。
 「よく調べられたな」
 ラディスラスは感心したようにイザークを見つめた。
協力してくれるとは言ったが、実際に王宮内の事情まで掴んで報告してくれるとは思わなかったからだ。
イザークはそんなラディスラスの顔をちらっと見、次にその隣で真剣に話を聞いている珠生に目を向けて微かに笑んだ。
 「約束したからな」
 「あ、ありがと、イザーク」
 「・・・・・」
(こいつ、絶対タラシだな)
 固過ぎるほど固いとラシェルはイザークを評したが、こんな風な言葉と笑みを向けられるのならば十分女も寄ってくるだろう。
案外外では遊んでいるんじゃないかと思っていると、そんなラディスラスの頭の中が見えたかのようにイザークが口を開いた。
 「俺は好きでもない相手を手に抱く趣味は無い、お前と違って」
 「・・・・・はあ?」
 「身に覚えが有り過ぎるほどあるだろ」
 「・・・・・」
(こいつ、口が悪くなってないか?)
当初の役人口調から一変しているイザークの話し方に、ラディスラスは皮肉気に笑ってしまった。



(随分仲良くなったんだなあ)
 顔を突き合わせて話をしているラディスラスとイザークを見つめながら、珠生は目の前の肉饅頭を口にした。
出てきた時は湯気が出ていたほどに熱々だったのに、今は少し冷えてしまっている。
(父さんもご飯食べてるのかなあ)
 手先が器用だった父親は、もちろん料理も上手だった。
カレーやオムライスや、ハンバーグなど、子供の頃は作ってくれるたびに色々な創作をしてくれたし、少し大きくなって野菜や果物を
好んで食べるようになってからは、家に小さな家庭菜園を作って、出来たてのキュウリやトマトを食べさせてくれた。
 「・・・・・」
(・・・・・王子にも、そんな風に優しくしてやってるのかな・・・・・)
父親の特別が自分だけではなくなってしまったことが、珠生はかなり淋しかった。
 「タマ?」
 「どうした?」
 自然と手が止まり、俯いてしまった珠生に、ラディスラスとイザークが声を掛けてきた。
 「なんだ、それだけじゃ足りないか?」
 「馬鹿を言うな、タマは大喰らいのお前とは違う」
からかうように言うラディスラスと、生真面目に反論するイザーク。
結構いいコンビかもと、珠生は落ち込みかけた気持ちを何とか浮上させる。
 「ラディ、甘いの食べたい」
 「ああ、腹いっぱい食え」



 その夜、珠生は寝る前にアズハルに聞いてみた。
 「ね、とーさん見付かったら、何言ったらいいかな」
 「え?」
 「どうして戻ってきてくれなかったかとか、怒ってもいいのかな?おーじになんて言えばいいんだろ」
 「・・・・・それは、一言では答えられない問題ですね」
医師であり、この中では第三者的な冷静な立場で答えてくれると思ったアズハルにとっても、今の珠生の質問はかなり答えにくい
もののようだった。
 「あなたの父親でなければ、ラシェルの大切な王子を救い出してくれたことに感謝の言葉を送りたいところですが・・・・・」
 「カンシャ?勝手に連れ出したのに?」
 「タマ、考えてごらんなさい。もしも、あなたが王子の立場だとして、一つの場所に閉じ込められていたとしたらどうします?療養と
いう名目があるばかりに、外界とも連絡を取れないとしたら?」
 「・・・・・なんか、やだ」
 「その場所から連れ出したくれた相手、それが自分の愛する人だったらどんなにか嬉しいでしょう。王子の立場からすれば、私は
本当はこのまま2人を捜すという事には本来賛成ではないんです」
アズハルは優しく珠生の髪を撫でてくれる。
まるで母親のように優しい指先に、珠生は自然と瞼を閉じた。
 「でも、その男が本当にあなたの父親なら、彼は先ずあなたに会う努力をすべきでした。もしかしたらそれはかなり難しいことだっ
たのかもしれませんが、待っている家族を忘れて愛する人と・・・・・私はあまり理解出来ませんね」
 「・・・・・れんらく、出来なかったんだよ・・・・・」
 「タマ」
 「とーさん、絶対に俺を忘れるなんて・・・・・ないもん」
 「・・・・・ええ」
 無意識に父親を庇ってしまう珠生の言葉に、アズハルは優しく頷いてくれる。
珠生はなかなか眠れずに、ずっとアズハルの指の感触を追っていた。



 店を張り始めて5日目。
夕方の交代の時、今日は珠生とラディスラスが順番に当たった。
初めは1日中店の中にいる男達の姿に難色を示していた店主だが、それ相応の礼を払うと黙ってそこにいることを認めてくれた。
もしかしたら、珠生のお願い攻撃も効いたのかもしれない。

 「お願いっ、お願いします!どうしても会いたいんです!」

詳細は分からなくても、珠生のような幼く儚げな(見た目だけだが)子供の言葉を無下には出来なかったのだろう。
 「今日はどうかな」
 珠生とラディスラスは、まだ夕方とはいえない時間に店に着くように歩いていた。
 「そろそろ来てもいい頃だと店主は言ってたな」
 「でも、来るってことは、おーじがまだ病気ってことだよね」
 「・・・・・そうかもな」
 「・・・・・」
 珠生の顔が複雑に歪むのをどうすれば笑顔に変えられるだろうか・・・・・ラディスラスがそう思った時、
 「!!」
いきなり、珠生が走り出した。
 「タマッ?」
目的の店はもう直ぐそこだ。
まさかと視線を向けたラディスラスは、その店の前に細身の男が立っているを見付けた。
 『父さん!』
 驚いたように目を見張ってこちらを向いている男。
髭を蓄えてはいるものの、とても20歳近い子供がいるようには見えない、若々しい顔をしているその男。しかし、その目元はやは
り珠生に似ていて・・・・・。
(あの男がタマの・・・・・?)
 『父さん!!』
 日中の市場は賑わっていて、こんなに近い距離だというのに珠生はなかなか男に辿り着けない。
小柄な珠生は何度も人にぶつかり、転びそうになりながらも、その目はただ一点を見つめていた。
 『珠生・・・・・っ』
直前で足がもつれ掛けた珠生の身体を、男が金縛りが解けたかのように身体を動かして抱きとめる。
そのまま、珠生は男にしがみ付いて泣き叫んだ。
 『生きてるならどうして帰ってくれなかったんだよ!俺には父さんしかいないのに!父さんしかいなかったのに!!』
 『珠生・・・・・』
わあわあと子供のように泣きながらしがみ付く珠生を強く抱きしめた男は、やがて自分達を黙って見つめるラディスラスに濡れた目
を向けた。
 「・・・・・あなたは?」
きちんとしたこちらの国の言葉に、ラディスラスは自分が柄にも無く緊張していることを自覚した。
 「ラディスラス・アーディンです」