海上の絶対君主




第二章 既往の罪と罰


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※ここでの『』の言葉は日本語です






 瑛生が拘束されたのはそれから間もなくだった。

【王族であるミシュア王子を同性愛に唆した罪】

その時点で瑛生とミシュアに何事かの既成事実があったわけではなく、瑛生はまだミシュアの思いに答えすら出していなかった。
2人の関係を邪推した周りの勇み足だったのだが、言葉の不自由な瑛生はそのことを上手く説明出来なかったし、ミシュアに対
して全く好意を抱いていないということもいえなくて、そのまま無抵抗で地下牢に入れられてしまった。

 大きなショックを受けたのは、むしろミシュアの方だった。
一方的に瑛生に想いを寄せていたのは自分の方なのに、瑛生は大人の分別としてミシュアの思いに答えることも手を触れること
も無かったのに、それなのになぜ瑛生が拘束されるのかが分からなかった。
 自身も王宮の部屋に軟禁されていたミシュアだったが、ある日見張りをしている兵士達の噂話で、近々瑛生が処刑されるよう
だということを知った。

 愛した人が殺されるかもしれない・・・・・。
ミシュアは直ぐに行動した。
何とか見張りの目をかいくぐり、地下牢から瑛生を逃がしたのだ。二度と戻ることが無いようにと念押しをして・・・・・。

 ミシュアに逃がされた瑛生は行くあてがなく通い慣れた浜辺に向かった。
自分がどうしたらいいのか、あまりにもたて続けに起った出来事に対処出来なくなっていた。
そこへ、追っ手がやってきて、反射的に海に入っていった瑛生は、そのまま足を取られて・・・・・海の中に沈んでいった。



 目を覚ましたのは、自分の住み慣れた海岸だった。
驚いたことに、1ヶ月以上もあの世界で暮らしていたはずなのに、なぜかこの現実の世界で瑛生がいなかったのはたった数日だった
らしい。
それでも父親っ子の珠生は可哀想なほど憔悴していて、瑛生はただその身体を強く抱きしめてやるしか出来なかった。
(・・・・・戻ってきたのか、この現実の世界に・・・・・)



 それからしばらく、珠生は常に瑛生の傍にいた。
また何時父親がいなくなるのか分からないという不安を払拭する為だろうその行動に、瑛生も根気強く付き合った。
そのせいか、1ヶ月も過ぎる頃には、珠生は以前の調子を取り戻し、瑛生にくっ付いてばかりいることはなくなった。

 珠生が落ち着いたのが分かった瑛生の意識は、あの不思議な世界に向けられるようになっていた。
夢だとは、とても思えなかった。
(ミュウは・・・・・大丈夫なんだろうか・・・・・)
 結局自分だけが逃げたようになってしまったのを後悔するものの、再び珠生を置いてあの世界に戻るという踏ん切りはとてもつか
なかった。
珠生とミシュアを同じ目線で比べることなど出来ないが、やはり瑛生にとっての一番は我が子である珠生だった。



 それから、2年経った。

珠生も高校生になり、少しは外の世界に目が行くようにもなった。
瑛生はその成長に安堵すると共に、今だ頭の中から消えることの無い面影の主を思い出す。
今でも、あの思いが愛だったのか、それとも珠生と同じ様に子供を思うような情だったのかは分からないが、どうか彼が幸せになっ
ていてくれたらと思った。

 夜釣りは、あれ以来止めていた。
しかし、ある夜、ふと足があの海岸に向いた。
あんな不思議なことが二度もあるとは思えないという思いと、もしかしたら・・・・・という思い。
珠生を置いていくつもりは毛頭無かった。ただ、あれほどに真っ直ぐな気持ちを向けてくれた青年のその後を、少しでも垣間見れ
たら・・・・・。
瑛生はそう思いながら、伝説の洞窟に再び足を踏み入れた。



       



 「着いたのは以前の浜辺と違ってね。ジアーラ国へ行くのに少し時間が掛かった。ようやく辿り着いたところで、私は王子が国を
追われてしまったことを知ったんだ」
 瑛生の口調は淡々としたもので、そこに強い感情の動きは無かった。
しかし、それがかえってその時の瑛生の衝撃をまざまざと感じてしまう。
 「私はどうしていいのか分からなかった。また・・・・・もとの世界に逃げようかとも思った。でも、1ヶ月経っても、2ヶ月経っても、何
度海に飛び込んでも、元の世界に戻れない。どうせまた帰れるだろうと安易に思っていた私は打ちのめされて、ようやく1年過ぎた
頃、この世界で生きていかなくてはならないことを覚悟した」
 「とーさん・・・・・」
 珠生の声が震えている。
瑛生はそっとその頭を抱き寄せた。
 「タマキのことだけが気懸りだった。高校生になってもまだ子供みたいなお前が、私がいなくてどうやって生きていくのか心配でたま
らなかった。でも、タマキ、お前が向こうの世界で生きていてくれていると思うだけで、私もこの世界で生きていけたんだよ」
 「・・・・・」
 「それから私が気になったのはミュウのことだった。私が置き去りにしてしまった青年の過酷な現状を何とかしなければと、それから
また1年ほど掛かってこの国までやってきた。驚いてたよ、私が見張りに金をやって、ミュウを連れ出しに現われた時」
 その時のミシュアの顔を思い浮かべ、少しだけ瑛生の顔が和らぐ。
その言葉に、珠生は眉を顰めた。聞きたくないが、聞かなければならない・・・・・そんな複雑な表情だ。
 「とーさん、王子と・・・・・その、恋人、どーし?」
 「・・・・・信じられないかもしれないが、私はミュウにそういった意味で触れたことは無い。キスだって、した事は無いよ」
 「で、でも、おーじ、とーさんが好きだったでしょ?」
珠生の言葉に、瑛生の表情は険しいものへと代わっていった。
 「以前のミュウなら・・・・・私に思いを伝えてくれた時の彼だったら違うかもしれないが、今、私が傍にいるのは償いの為だと彼は
思っている。誇り高い王子の彼は、同情などで思いを向けてもらうことを受け入れないんだ」
 「・・・・・」
 「それにね、タマキ、人の罪というものは消えないんだよ」
 「・・・・・つ、み?」
 「私が彼を置いてもとの世界へと逃げてしまった罪。そして、お前を置いてこの世界に再びやってきてしまった罪」
 「・・・・・」
 「その罪の罰を、私は受けることになってしまった」
 言葉を切った瑛生は、その場にいた者達の顔を順番に見る。
珠生、ラディスラス、ラシェル、アズハル、ジェイ。そして、また珠生に視線を戻すと、瑛生はゆっくりと言葉を押し出した。
 「ミュウは、もう・・・・・長くない」
 「・・・・・え?」
 「!」
意味が分からず問い直した珠生以外の人間は、直ぐに意味を聞き取って顔色を変えた。
周りの気配が一瞬で冷えてしまったことに珠生は怖くなってしまい、思わず瑛生の腕を掴んで揺さぶった。
 「とーさん、どうゆーこと?おーじ、どうしたの?」
 「・・・・・以前からあまり健康な身体ではなかったようだが、3年間の幽閉でかなり身体を悪くしてしまったようだ。この世界で生き
ていくのがやっとの私には、彼に相応の生活をさせてやれなかったし・・・・・ようやく、町医者に見てもらったが、もう・・・・・治す手段
がないと言われた」
 「嘘だ!」
 ラシェルが叫んだ。
やっと見付けたミシュアが、もうその命の灯火が消えかけていることがどうしても信じたくなかったらしい。
しかし、瑛生の表情を見ればそれが嘘ではないのだと、その場にいる全員が認めるしかなかった。
 「今までずっと、タマキ、お前に二度と会えないのは私への罰だと思っていた。自分自身のせいだ、それは受け入れるしかないと
思ったよ。だが、ミュウが・・・・・ただ、私を想ってくれただけの彼がこんな運命をたどるのかと・・・・・初めは、受け入れられなかった」
 「と・・・・・さ・・・・・」
 「今は、ミュウのことも・・・・・彼の最後を看取るのも、私への罰だと思っている」
瑛生はじっと珠生を見つめる。濡れた声が、珠生に優しく問い掛けた。
 「ミュウに、会ってやってくれないか?」
 「・・・・・と、とーさん、でも、俺・・・・・」
 「ミュウは、とてもお前に会いたがっていた。甘えん坊で、淋しがり屋で、とても素直で・・・・・私にとって永遠の一番のお前に会っ
てみたかったと、ずっと言っていた」
 「と、とーさん・・・・・」
 「ああ、すまない、タマキ。本当はもっとお前に謝らないといけないのに、私の言い分ばかり聞かせて・・・・すまない、すまない、タ
マキ」
頭を下げて何度も何度もそう謝る瑛生に、珠生はもう一度、その気持ちを確かめたくなって聞いた。
 「・・・・・とーさん、おーじのこと、好きなの?」
 「・・・・・恋愛ではないよ。ただ、2番目でもいいからと言ってくれた彼の気持ちは、素直に嬉しかった」