海上の絶対君主




第二章 既往の罪と罰


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※ここでの『』の言葉は日本語です






 ラディスラスはラシェルを見ていた。
怒りで紅潮していた顔は今は真っ青になっており、今の瑛生の話が与えた衝撃の大きさをまざまざと見せ付けた。
(死・・・・・か)
全く考えていなかった展開だった。
ラシェルの口からミシュアがあまり身体が丈夫な方ではないらしいという事は分かっていたが、まさかそこまで弱っているとは思わな
かった。
 「ラシェル・・・・・」
 「嘘だ・・・・・っ、王子が、そんなことっ!」
 そう、叫びだすのも分からないではない。
しかし、瑛生は静かな目をしてラシェルを見つめた。
 「すまない、ラシェル。君の大切な王子を、私は命を縮めるような真似を・・・・・」
 「・・・・・っ!」
怒りをどこにぶつけていいのか分からないようなラシェルは、そのまま食台をドンッと拳で叩いた。
 「ラシェル・・・・・」
 心配そうに呟くアズハルも次の言葉が出ないようだ。医者として、同じ医者の言葉を否定することは出来ないのだろう。
ジェイも、厨房の中で腕を組み、眉間に皺を寄せたまま黙り込んでいる。
静まり返った食堂の中、誰もが何と言っていいのか分からなかった。
 その時、
 「とーさん、ばか!!」
 「タ、タマキ?」
 「ラシェルもバカ!」
 「・・・・・タマ?」
 「ラディも、アズハルも、ジェイもバカ!みんなバカ!!」
まるで子供の癇癪のように叫んで立ち上がった珠生は、イスに座ったままの父親を見下ろして憤然と叫んだ。
 「どーして、死ぬって決めつける!」
 「タマキ、ミュウは医者に診てもらって・・・・・」
 「もっといい医者みせればいい!」
 「タ・・・・・」
 「1人駄目なら次ぎ捜す!次駄目なら、また次!助かるまで頑張ればいい!」
 「タマ・・・・・」
 「お金、心配ない!ラディ、お金持ち!ラディ、きっと力貸してくれる!ねっ?ラディ!」
泣きそうな顔のまま、それでも目に力を入れて、珠生はじっとラディスラスを見つめてきた。
(助かるまで頑張る・・・・・)
1人の医者の宣告で、ここにいる誰もがミシュアの命を諦めていた。
瑛生は共にいて助けられなかった自分を責め、ラシェルは傍にいなかった自分を責める。
アズハルもジェイも、そして自分も、その悲しみと諦めに引きずられてしまったのだが・・・・・たった1人だけ、この中で一番複雑とも
いっていい立場の珠生だけは、柔軟な思考で、強い気持ちで、自分達を叱咤している。
(・・・・・参った・・・・・)
 ラディスラスは苦笑を零した。
自分を捨てていたといってもいい父親と、その父親を奪っていた相手のことを、こんなに前向きに考える諦めない精神。
愛しくて、誇らしかった。



 なぜみんな初めから諦めているのか、珠生はそれが分からなかった。
本当は、ずっと父親を独り占めしていたミシュアにいい気持ちはしなかった。もしかして元の世界に戻ろうとした父親を引き止めて
いたのではないか、そう思っていた。
それでも、死ぬかもしれないと聞いて・・・・・ざまあみろとは思わなかった。
 「ね、アズハル、もっといい医者たくさんいるねっ?」
 「・・・・・王族ご用達の医師ならば、腕の良い方もいらっしゃると思います」
 「ほんとっ?」
 「薬も、手を尽くせばいいものが揃うでしょう。王子の病状はよく分かりませんが、もしかしたら・・・・・」
 言いながら、アズハルもその事実に気付いたらしい。
呆然と珠生を見上げている瑛生を振り返って聞いた。
 「王子を診たのはどんな医者ですか?」
 「・・・・・普通の町医者です。いい医者に診てもらう金が無いので・・・・・でも、腕はいいと評判の人でしたが」
 「それでも、設備と薬が揃っている所とはかなり差があるかもしれません・・・・・タマ、もしかしてあなたの言う事は正しいのかも」
 「タマキ・・・・・」
 「とーさん、俺、おーじ会う!会って、新しい先生にみてもらうよーに言う!」
 「お前・・・・・」
 「あきらめちゃだめ!」
人が死ぬという事は大変なことだ。
母親が死んだ時も、そして父親がいなくなった時も、珠生は自分の身体の中のものがすっぽりと抜け落ちて抜けガラになったよう
な気がした。
立ち直るまでかなりの時が掛かったし、いまだ心の傷にもなっているはずだった。
 その、死んだと思っていた父親が、生きて目の前に立っている。
言いたい文句も愚痴も限りなくあるが、最後に残る思いはただ一つ・・・・・生きていてくれて良かったという事だ。
自分にとっての父親と同じ存在が、ラシェルにとってのミシュアなのだろう。今生きて会えたとしても、いずれ死んでしまうと思ったら、
ラシェルの気持ちはどうなるのだろう。
 それならば、足掻いたらいいと思った。
死ぬかもしれないのなら、死なないのかもしれないと思い直せばいい。
珠生は単純だが、そう思ったのだ。
 「・・・・・そうだろうか・・・・・」
 「そうだよ!とーさん、バツとかツミとか、むずかしー事いわないでよ!そんなのケチラシちゃえ!」
 「タマキ・・・・・」
 ギュッと父親に抱きしめられた。
懐かしい海の匂いがするような気がして、珠生も強く抱きしめ返す。
 『大きくなって・・・・・父さん、負けるよ』
 『当たり前だって!俺もう大学生になったんだよ?十分大人だよ!』
 『本当に、大人だな』
 『うん!』
父親に褒められたのが嬉しくて、珠生の頬には笑顔が浮かんだ。



 ひとしきり抱き合っていた親子。
やがて瑛生が立ち上がってラディスラス達に深く頭を下げた。
 「すみません。こんなことを言える立場ではないのは十分分かっていますが・・・・・どうか力を貸してください」
 「・・・・・」
その瑛生の身体にしがみ付くように抱き付いている珠生が、横からじっと睨んでいる。

 「嫌だって言わないよな?」

まるでそう言われているような気がするが、もちろん珠生の父親の頼みを聞かないわけにはいかないだろうし、これはラシェルの為で
もあるのだ。
 「分かってるって、タマ。金も力も出せるだけ出してやる」
 「・・・・・ホント?」
 「俺を疑うのか?」
ん?と、からかうように見つめると、珠生は慌てて目を逸らして瑛生を見上げた。
 「とーさん、ラディ、使っていいから」
 「ありがとう、タマキ」
 「・・・・・」
(おいおい)
 「おーじがいるとこ近い?」
 「港から少し離れた農家の2階に部屋を借りているんだ。お年寄り2人の家でね、ミュウのことも孫のように可愛がって面倒を見
てくれてる。きっと、タマキのことも喜んで迎えてくれるよ」
 「よし!」
 その言葉を聞いた珠生は、厨房にいるジェイに向かって言った。
 「ジェイ!おいしーもの、大至急!!」
 「了解」
笑いながら頷いたジェイはそのまま手を動かし始めた。
しばらくその動きを見ていた珠生は、あっと気が付いたように自らも厨房に入っていく。
そして直ぐに小さな壺のようなものを抱きかかえて出てきた。
(ま・・・・・さか、あれ・・・・・)
 「とーさん、これっ、俺作ったシオカラ!食べてみて!」
 「タマキ、シオカラ作れたのか?・・・・・ん、ちょっと塩がきついけど美味い。すごいな、タマキ」
 「でしょ?おいしーでしょ?こんなおいしーの、食べれない人もいるんだよー」
そう言った珠生の視線は間違いなく自分に向けられている。
ラディスラスはコホンと咳払いをすると、あの不気味な物体を美味しそうに食べている珠生親子から目を逸らした。