海上の絶対君主




第二章 既往の罪と罰


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※ここでの『』の言葉は日本語です






(本当に王子様だな)
 ラディスラスは粗末な寝台に横たわるミシュアを見ながら思った。
周りの家具や着ている物がどんなに質素でも、そこに存在するだけで輝きが違う人間というものは存在するのだ。
輝く金の髪も、碧い瞳も、透けるような白い肌も、まるでミシュアを作り物めいた存在に見せるほどに綺麗だ。
綺麗だが・・・・・。
 「・・・・・」
 ラディスラスは寝台の横に立っている珠生を見つめる。
(・・・・・俺にはあいつが一番可愛いけどな)
容姿の美しさだけが人間の価値ではない。
もちろん、珠生も容姿は可愛らしいといってもいいものだが、それ以上にこちらまで刺激してくれるほどに生き生きとした生命力
が一番の魅力でもあるのだ。
そう思うと、珠生とミシュアは、太陽と月ほどにも性質が違うように見えた。
(さて・・・・・どうするか)
 珠生は自分が泣いているのにも気付かないほどに呆然としているし、ラシェルとイザークもあまりにも弱々しいミシュアを見て言
葉を発することも出来ないようだ。

 
パンパン

 ラディスラスは不意に手を叩いた。
 「湿っぽいのはもうやめよう。せっかくこうして会えたんだ、これからのことを話すことにしないか?」
 「ラディ・・・・・」
 「タマ、王子に言いたいことがあったんじゃないのか?」
 「・・・・・」
いきなりラディスラスにそう言われた珠生は、目を丸くしていた。
いったい何を言い出すんだと困惑したような、それでいて怒っているような・・・・・それでも、ただの泣き顔よりは遥かにいいと思う。
 「な?」
 「・・・・・何言ってる?」
 「諦めるな、だろ?」
 「あ・・・・・」
 「ちゃんと、お前の口から言ってやれ。それが多分、一番効くんじゃないか?」



(そうだ・・・・・俺、そう言ったんだっけ・・・・・)
 あれだけみんなで捜していた人物に、そして大好きな父に思いを寄せているという相手に会ったというだけで、珠生は胸がいっ
ぱいで忘れていた。
自分で想像していたよりも弱々しいその姿は、本当に彼の命の先が無いことを自分にみせているようで、軽々しい言葉など言
える雰囲気でもなかった。
 「・・・・・」
 しかし、ラディスラスはあえて珠生にそう言った。
ここに来た目的は何なのか、何をしにここまで来るつもりになったのか、ラディスラスは珠生が逃げることを許さなかった。
実際のミシュアの姿を見て、萎えそうになった珠生の心を叱咤するように・・・・・。
 「忘れちゃったか?」
まるで、子供に言うように笑い掛けたラディスラスに、珠生はわざと言われているのを感じながらも、反射的に叫んでしまった。
 「忘れるわけ、ない!それ言う為に、おーじに会いに来たんだから!」
 珠生は呆然と立っているラシェルとイザークの間に割り込むようにしてミシュアの目の前に立った。
 「諦めないで!」
 「・・・・・タマ?」
澄んだ碧い瞳が珠生を見つめた。
 「びょーき、きっと治るから!だから、生きること、諦めないで!」
 「タマ・・・・・」
 「俺のとーさん、引き止めたくらい好きなんでしょっ?俺、簡単にはみとめないよ!みとめな・・・・・けど、このままじゃ、ケンカ出
来ないよ!」



 ラディスラスはプッとふき出した。
これでこそ、珠生だ。
 「元気なって、俺とケンカしよ!このまま逃げないで!」
ミシュアは、いきなりの珠生の剣幕に少し驚いたようだったが、直ぐに楽しそうに目を細めると傍にいた瑛生の姿を捜して言った。
 「エーキの言った通り・・・・・タマは本当に可愛い」
 「なっ」
 「死んでしまう前に、どうしてもタマに会って、エーキを引き止めてしまったお詫びを言いたかったけれど・・・・・こうして実際に会っ
てしまうと、もっと、もっと・・・・・話したくなってしまう・・・・・」
ミシュアの目から涙が零れる。
それでも、頬に浮かぶ笑みは消えなかった。
 「懐かしいラシェルとイザークにも会って・・・・・神様は僕に、もっと生きろと・・・・・言ってくださってるのか・・・・・」
 「・・・・・」
(・・・・・知っているんだな)
 どうやらミシュアは自分の身体の状態を把握しているようだった。
それは医者から直接聞いたのかもしれないし、瑛生が話したのかもしれない。いや、自分の身体のことは自分が一番よく知って
いるのだろう。
(残酷だが、それが前提かもしれない)
今の自分の状態をきちんと把握した上でないと、それからの対策が講じられない。
ただ、こんな儚げな青年が自分の死期を悟っているのかと思うと・・・・・ラディスラスは苦い思いを抱くしかなかった。



 「薬を見せてもらいますね」
 珠生の叫び声で、時間は動き出したようだった。
それまで静かに控えていたアズハルが前にでて、ミシュアの枕元に置いてあった薬の袋と中身を見た。
そして、次には実際にミシュアの首筋や目を覗いてみる。
 「よろしいですか?」
 「・・・・・あなたは?」
 「私は医者です」
 「お医者様・・・・・」
 「診察をさせて頂いてもよろしいですか?」
 「・・・・・はい」
素直に頷いたミシュアの小さな口を開けさせて、アズハルは真剣な表情で診た。
これが現代ならば、もっと詳しい検査が出来ただろう。
レントゲンだって、内視鏡だってあるし、ミシュアの病の原因がはっきりと分かる検査方法は幾らでもあるだろう。
(な、なんか、イライラする・・・・・っ)
仕方がないとは思うものの、あまりにも原始的な診察方法に、珠生はつい小さく足を慣らし続けてしまった。
 「タマキ」
 「・・・・・」
 そんな珠生の足を軽く叩いて瑛生が言った。
 「しかたないんだ。この世界にはこの世界のやり方がある」
 「だって・・・・・っ」
 「お前が信頼している人なんだろう?信じて大人しく待っていよう」
 「・・・・・」
昔から、父親は大きな声で怒鳴るよりも、言い聞かせるようにして珠生を注意する。
反論しようにもそれらは正論なので、珠生はなんとか足を止めて、細やかに動くアズハルの手をじっと見つめた。
(いったい、何の病気なんだろ・・・・・手術とかしないといけないのかな)
 「とーさん、おーじは何のびょーき?」
 「元々心臓は強い方ではなかったらしいが・・・・・今は身体の機能全体が低下しているようなんだ」
 「・・・・・」
 珠生は再びアズハルとミシュアの様子に視線を向ける。
見掛けは華奢ながら、珠生は今まで病気らしい病気をしたことが無い健康優良児なので、身体が弱るという症状がなかなか
想像が出来なかった。
(どうなんだろ・・・・・)
 やがて、身を屈めていたアズハルが身体を起こした。
 「道具が無いのではっきりは分かりませんが・・・・・やはり心臓の方でしょうね。時折鼓動が不規則ですし、肌の色や血管の
色も少し・・・・・。きちんとした医師に見せた方がいいと思います」
 「アズハル、きちんとしたって?」
 「ベニート共和国に、高名な医師がいらっしゃいます。その分、料金も驚くほど高いようですが」
 「医者、いるんだ!じゃあ、行けばいーよ!」
助かる可能性があるのならば、金など後の問題だと思った。