海上の絶対君主




第二章 既往の罪と罰


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※ここでの『』の言葉は日本語です






 相変わらず賑やかな港は直ぐ側にある。
珠生は今日でこの地ともお別れなのかと思うと、怒涛のような数日間を思い浮かべて深い溜め息をついた。
 『人生って・・・・・不思議だな』
 2年前、死んだと思っていた父親が、自分と同じようにこの不思議な世界の中で生きていたという驚き。
その父親を、恋愛感情で慕う王子様の存在。
そして、その王子様の命に関わる病気のこと。
(・・・・・治るといいけどな)
父と王子ミシュアの関係については今も複雑な思いがあるのは確かだが、それを抜きにすればどうにかして助けたいと思うのも事
実だ。
 『でも・・・・・俺ってもしかしてお邪魔虫・・・・・?』
(あ〜、こんなこと考えるのってやだよな〜)
 「どうした、タマ」
 「・・・・・」
 「タマ」
 もう一度名前を呼ばれた珠生は、ジロッと自分の名前を呼んだ人物を振り返った。
 「・・・・・なに?」
 「準備は全部終わったぞ」
 「あ・・・・・ありがと」
(そうだった、全部ラディに任せちゃってたんだっけ)
 2人を捜しだしてからベニート共和国に同行することを決めて、出発の準備が整うまでは5日。かなり早かったと思う。
ただ2人、人数が増えるだけではなく、1人は予断を許さないような病状だ。いくら陸路よりも早く、比較的安全な海路とはいえ、
嵐や何やら想定出来ることは全てした上で準備をしなければならず、それは船長であるラディスラスと、医者であるアズハル、料
理長のジェイと、ラシェルと父が話し合って決めた。
1人蚊帳の外に置かれた形の珠生だが、自分が何が出来るかといえばはっきり言えることは無く、ただ、在庫用にと甘い物や菓
子を大量に買い込んでいた。
 「後はエーキとミュウが乗船すれば出発出来る」
 「・・・・・」
 ラディスラスの言葉に、珠生は眉間に皺を寄せた。
(・・・・・ミュウ・・・・・)

 「私のことはエーキと呼んでください」

珠生の父親という立場で、周りがどう扱っていいのか迷っていた時に、父は乗組員達の前で頭を下げて穏やかに言った。
珠生と似た優しげな面差しと穏やかな口調に、皆父を好意的に受け入れてくれたが・・・・・。
(どーしてラディまでミュウって言うんだ?)
 何度かミシュアの元に足を運んだ時、当然のようにラディスラスもついてきた。
それは特に問題は無いのだが、「王子」と呼ぶ珠生やラディスラスに、ミシュアは名前を呼んで欲しいと言った。
国ではもはや王子の地位を剥奪されているのも同然だし、名前で呼んでもらった方が自分も嬉しいと言ったのだ。
さすがに途惑ってしまった珠生だが、ラディスラスの方はその瞬間から、

 「分かった、ミュウ。これでいいか?」

と、笑いながら言った。
あの笑顔は絶対に女タラシの顔だと思う。
 「・・・・・」
思い出すとムカムカした珠生は、思わずラディスラスの足をドンと踏みつけた。



 「・・・・・っつ」
 いきなり足に感じた衝撃に、ラディスラスは眉を顰めた。
 「おい、タマ、なんだ」
 「・・・・・」
 「タマ」
 「・・・・・」
どうやら怒っているらしいということは分かるが、いったいその理由がなんなのかが分からない。
大好きな父親瑛生と再会して、今から一緒に旅をすることになって、今朝もウキウキと出発はまだかまだかと聞いてきたくらいだっ
た。
(やっぱり、ミュウの存在が大きいのか?)
 父親の恋人候補である青年という存在のミシュアは、やはり珠生にとっては複雑な存在なのだろう。
今は彼の病気を治さなければという気持ちが強くあるだろうが、この先もしもミシュアがきちんと病を克服したとしたら、瑛生との関
係を改めて考えなければならないことになるのだ。
 ラディスラスとすれば、珠生には早く親離れして欲しいし、瑛生にも自分達の仲を認めて欲しい(珠生は納得しないだろうが)。
それには瑛生自身が同性の恋人を持つというのはかなりのプラス材料だ。
まあ、珠生にしてみれば冗談じゃないと暴れたくなるような論理だが、今のところ病人のミシュアには珠生なりに気を遣っているよ
うで、自分が美味しいと思った菓子なども大量に用意しているようだ。
(・・・・・ほとんどタマの胃袋に収まりそうだけどな)
 「これからまたしばらく海の旅だ。今回はお前が一番下っ端というわけじゃないからな、先輩らしくちゃんと指導しろよ」
 「センパイ?下っ端って、誰?」
 「エーキに決まってる」
 「とーさん働かせるのかっ?」
 「当たり前だ。このエイバルに乗っている限り、健康な者は働いてもらう。もちろん、出来ないことはさせないから安心しろ」
 「・・・・・」
 当たり前過ぎるその論理に、珠生は言い返すことは無かった。
それでも、上目遣いにラディスラスを見て・・・・・いや、睨んでいる。
 「へんなことさせないでよ」
 「未来の親父殿に嫌われるようなことはしないって」
 「・・・・・?」
その言葉はあまりに遠回し過ぎたのか、珠生には意味がよく分かっていないようだった。



 昼過ぎ、ようやく父とミシュアを乗せた小船が姿を現せた。
ゆっくりとした移動の為に、2日掛けて港町まで来たミシュアの顔色は、あの農家の2階で初めて会った時よりはいいようだ。
 「とーさん!!」
 「タマ」
ミシュアに付いていた父は、船の上から大きく手を振って叫ぶ珠生を見上げて笑い掛けた。
 「ラディ!とーさん来たよ!」
 「ああ」
 「いよいよ一緒にいられるんだ!」
 嬉しい。
今の珠生の心の中で一番大きな感情はそれだった。とにかく父と一緒にいられて、嬉しくてたまらない。
そして・・・・・。
 「・・・・・」
 珠生は自分の隣に立つ、背の高いしなやかな体躯を持つ男を見上げた。
強引で、スケベで、でも、とても頼りになる男。
今回のこともラディスラスの協力がある上という事は十分分かっていた。
 「ラディ」
 「ん?」
 「・・・・・」
(なんて、言えばいいんだろ)
改めて、ありがとうとか、よろしくとか、そんな言葉を交わすのは照れ臭いし、ラディスラスも期待はしていないだろう。
それならば、ラディスラスが喜ぶことを・・・・・そう思った珠生は、いきなりラディスラスのシャツを引っ張った。
 「タ・・・・・・ッ」
 「・・・・・んっ」
 強引にラディスラスの身を屈ませると、ブチュッ・・・・・と、全く色気の無いキスをラディスラスにした珠生は、呆然としたラディスラス
の表情に満足して笑った。
やられてばかりじゃ面白くない。
 「タマ・・・・・」
 「ほらっ、とーさんとミュウがじょーせんするよ!手伝わないと!」
 「おいっ」
 「ほら、早く!」
珠生はラディスラスの腕を引っ張ると、もう一度下を覗いて叫んだ。
 「早く上がって来て!」





大好きな人達との新しい冒険が始まる。
珠生は新たに訪れる未知の国ベニート共和国へ、不安と期待の入り混じった思いで向かうことになった。




                                                                      end


                                                       第二章 既往の罪と罰 (完)




                                              




第二章完です。
長々とお付き合いありがとうございました。
タマパパとミシュア王子を新しい仲間に加えて、次の国ベニート共和国へ向かうことになりました。
第三章は海での話とベニート共和国での話になります。再開をお待ち下さい。