海上の絶対君主




第二章 既往の罪と罰






                                                          
※ここでの『』の言葉は日本語です






 珠生の絵をからかったものの、ラディスラスの画力も口ほどではないものだった。
散々ラディスラスに嫌味を言ったアズハルは、結局器用なジェイに頼むことにした。
やはり口で説明するよりも目で見た方が頭に入るらしく、乗組員達はミシュア王子の特徴を口の中で呟きながら、翌日から町
へとくりだして行った。
 もちろん、人探しが主というわけではなく、乗組員達にはゆっくり休暇を楽しむようにと言ってある。
思い掛けない寄港で先の予定は全て練り直すことになってしまい、日程は厳しいものになってしまうのが分かるからだ。
 「・・・・・♪」
 そんな中、もちろんラディスラスや珠生も捜索をする為に町に出たのだが・・・・・。
 『フフフ』
ラディスラスは不気味に笑う珠生を後ろから嫌そうに見た。
 「タ〜マ、ほら、返せって」
 「やだ」
 「やだって、そんなの持ってたって仕方ないだろう?」
 「だ〜め」
服のポケットをポンポンと叩き、珠生はチラッとラディスラスを振り返って・・・・・へにゃっと笑み崩れた。
珠生の笑い顔は可愛いとは思うが、こんな風に不気味に笑われても面白くない。
 「あなたがさんざんからかったからですよ」
そんな2人の様子を楽しそうに見つめながら、2人きりには出来ないと付いてきたアズハルが笑った。
 「・・・・・」
 「タマが仕返しをしようとしても文句は言えないでしょう?」
 「・・・・・案外根に持つ奴だな・・・・・」
 ラディスラスは溜め息を付いた。
珠生のあの服の中には、ラディスラスが書いた似顔絵の紙が入っている。
怒って出て行った後、それでも気になったのかだいぶ経ってから食堂に戻ってきた珠生は、丁度絵を描いていたラディスラスを見
つけた。
その背後からそっと覗き込んだ珠生は・・・・・爆笑したのだ。

 「ラディ、ヘタ!」

アズハルに言わせれば、ラディスラスの絵は珠生の絵をもう少し線を太くしてギュッと凝縮したような・・・・・簡単に言えばラディス
ラスがヘタだと言った珠生の絵とあまり変わらないという事だった。
途端に機嫌が浮上したらしい珠生は、その絵を強引にラディスラスの手から奪って自分の服に隠してしまった。
 「・・・・・」
(で、ああやってしょっちゅう俺の顔を見て笑われたって・・・・・)
 いい加減うんざりするが、それでも上機嫌な珠生は扱いやすい。
 「タマ、ほら迷うぞ」
 「うん」
手を差し出すと、素直にその手を掴んでくる。
全く親と子のようだが、それでもラディスラスは笑みを浮かべていた。



(いるのかなあ〜)
 ラシェルの大事な人を捜す・・・・・そう言われて、人相の説明もされた。
しかし、珠生にとってこの世界の人間は皆外国人と同じで、顔の造作と言われても違いがよく分からない。
それに、この港町は人も多く、男も女も珠生よりははるかに体格もよく身長も高い人間ばかりで、顔を見る為に顔を上げ続ける
だけでも疲れるのだ。
 「うわっ」
 「タマ、大丈夫か?」
 キョロキョロ周りを見ていると、人にもよくぶつかってしまった。
しかし、皆珠生を子供だと思っているらしく、怒ることもなく向こうの方が謝ってくれた。
複雑な思いがするが、得したと思っておこうと気持ちを切り直す。
 「この人、ラシェルの好きな人?」
 「好き・・・・・とは、違うだろうな」
 「?」
 「どっちにせよ、大切な相手だ。出来れば見つけてやりたいんだが・・・・・」
 真剣な顔で言うラディスラスに、珠生も口を出すことは出来ない。
早く見付けられたらいいのになと、珠生は再び顔を上げて周りを見始めた。



 広大な地でたった1人を見付けるのがかなり困難なことだとは覚悟していたが、小さな手掛かりさえも見付からないのは辛かっ
た。
ラシェルは船には戻らず、そのまま足を伸ばしてカノイ帝国の城下まで行った。
そこでミシュアのことを知っている人間を捜したが、他国の、それも療養という名の流刑のような扱いをされた王子の所在を知る
者はなかなか見付からなかった。
 「本当にっ?」
 ようやく8日目、ミシュアが療養していた別邸を警護していた兵士の知り合いという男が見付かった。
男はラシェルが差し出した謝礼を受け取りながら、行方は知らないがと前置きをして、その前後にあった出来事ということを、自
分が聞いた通りに話をしてくれた。
 「ミアがいなくなったのは1年ほど前・・・・・日付ははっきりしないが満月の夜だったそうだ」
 「満月?」
この国では王子という立場も剥奪されていたらしいミシュアは、呼び名もミアと言われていたらしい。
 「身体が弱くて・・・・・大人しい男だったらしいな。仕えている者にも警護している者にも丁寧に接していたって聞いた」
 「・・・・・」
(当たり前だ)
あれほど優しく、王族としての気品を持った王子はいなかった。
 「いなくなった時、部屋の入口の鍵は閉まっていて、窓の格子も外れてなかった」
 「・・・・・」
(そんな扱いを・・・・・っ)
まるで罪人ではないかと、目の前の男の首を絞めて問い詰めたくなったが、ラシェルは何とか我慢して先を促す。
 「ただ、いなくなる前・・・・・丁度それも満月の時だったか、ミアの部屋から驚いたような声が聞こえたってさ」
 「驚いた?彼は何を?」
 「さあ。駆けつけた時には何も無かったからと言われたらしいが・・・・・その時言った言葉が、何か変わった言葉だったらしい」
 「言葉・・・・・」
 「確か・・・・・《エーキ》、だったか?」
 「!!」
その言葉に、何時もは冷静な光を帯びているラシェルの目が、一瞬のうちに憎悪の炎を帯びた。



       


 「彼の名前はエーキって言うんだって!」

 やっと言葉が分かったと嬉しそうに報告をしてきたミシュアに、親衛隊長であるラシェルは内心微笑ましいと思いながらもわざと
眉を顰めて言った。
 「王子、あまりかの者と親しくされるのはおよしになられた方が」
 「どうして?」
 「容貌も変わっており、言葉も全く通じない。いくらあの者の目に知性のきらめきがあったとしても、いずれはこの国の王になられ
るあなたが気安くお声を掛けることはしない方が宜しいかと」
 「・・・・・でも、ラシェル、あの人は私の言葉を一生懸命覚えてくれたんだよ?そして、ありがとうって言ってくれた」
 「王子・・・・・」
 「それに、とても淋しい表情をしてる。・・・・・が心配だって、何時も言ってる」
 「・・・・・」
 「彼はとてもいい人だよ」

 何かある度に、ミシュアは男を褒め称えた。
頭がいいと、優しいと、思慮深い人だとラシェルに報告をした。
そして・・・・・。
 「ラシェル!彼には子供がいるんだって!私よりも年下で、とても可愛らしいって優しい顔で教えてくれたよ!名前もね、すっご
く可愛い響きだったよ。ラシェルだけには教えてあげるね、その子の名前は・・・・・」


 「その子の名前、タマっていうんだって」



       

 「・・・・・タマ・・・・・」
遠い過去に忘れていた記憶が蘇り、ラシェルは呆然とその名前を呟いた。