海上の絶対君主




第二章 既往の罪と罰






                                                          
※ここでの『』の言葉は日本語です






 一方、ラディスラス達にも一つの情報が入ってきた。
ミシュア王子本人かどうかは確認が出来なかったが、カノイ帝国の人間ではない外国人の青年を、本土から少し離れた離島
に送ったという漁師がいたのだ。
容姿についてはかなりあやふやな感じなうえ、もう一つ首を傾げてしまうこともあった。
それは、その青年が1人ではなく2人連れだったという事だ。
 「で、そいつも他国の人間か?」
 謝礼を渡した上、酒まで奢るラディスラスに、漁師の口は滑らかだった。
 「ああ、変わった目の色だったな」
 「目?」
 「黒!黒い髪に黒い目だった。始めは不吉だからと思って断ったんだが、話して見ると腰も低いし、謝礼もたんまりくれたしな。
まあ、行って帰って2日にしてはいい仕事だった」
 「黒い目・・・・・」
(タマと同じ?)
ラディスラスは自分の前にも置かれていた酒をグッと飲み干しながら考えた。
ラディスラスが知っている限り、黒い目の民族というのはいないはずだ。いや、もしかしたら捜せばどこかにいるかもしれないが。
(・・・・・まさかな)
まさか、その外国人の2人組みの片方がミシュアだとしても、もう片方が珠生と同じ世界の人間とは限らない。
それでもラディスラスは胸騒ぎを覚え、今ここに珠生を連れてこなかった事に安堵していた。



 それからまた2日経って、エイバル号にラシェルが戻ってきた。
 「どうだった?」
その顔を見るなりそう言ったラディスラスは、ラシェルの表情が妙に硬いことに直ぐ気付いた。
 「何か分かったのか?」
 「・・・・・タマはどこです?」
 「タマならアズハルと一緒にいると思うが・・・・・あいつに用か?」
瞬間的に、ラディスラスは先日聞いた漁師の話と、このラシェルの表情が重なった気がした。
そして直ぐにその疑問を晴らす為に、ラディスラスはアズハルと珠生を呼ぶようにと命じる。
 「いいことか?それとも・・・・・」
 「俺にも判断がまだ・・・・・。でも、とても信じられないことです・・・・・とても・・・・・」
 それ以上はラシェルは口を開かず、部屋はしばらく沈黙に包まれる。
やがて、そう時間を置くことも無くアズハルと珠生がやってきた。
 「ご苦労様、ラシェル」
 「おかえり!」
ラディスラスの部屋にいたラシェルの姿を見た2人は、口々にそう言った。
 「ラシェル、何か手掛かり・・・・・」
 「タマ」
 アズハルが成果を聞く前に、ラシェルは珠生の肩に手を置き、硬い口調で言った。
 「お前の父親の名前はなんて言うんだ?」
 「オレの?チチオヤ?」
 「父親。お父さんだ」
初めての単語に直ぐに反応しない珠生に苛立ったのか、珠生の肩を掴んでいるラシェルの手に思わず力が入ってしまう。
 「いたっ」
顔を顰めた珠生だが、ラシェルの力はなかなか抜けなかった。
 「タマ、答えろ、答えてくれっ。お前の父親の名前だっ」
 「ラ、ラシェル・・・・・?」
 「ラシェル、落ち着けっ。そんな風にタマを追い詰めても話は進まないだろ」
 ラシェルが何かに焦っているのは分かるが、このままでは珠生が怯えて話すことも出来なくなってしまいそうだ。
ラディスラスは何とかラシェルの手を珠生の肩から引き剥がすと、今度は自分が少し身を屈めて珠生の目を覗き込みながら訊
ねた。
 「タマ、お前の親の名前だ」
 「オヤ・・・・・?」
 「分からないか・・・・・アズハル、紙」
 「はい」
 この中で珠生と同様事情が分からないアズハルだったが、それでも直ぐにラディスラスの言う通りに動いた。
 「ほら、見ろ。これが、お前」
一つ丸を描いて、珠生を指差す。
 「そして、この上がお前の両親」
続いて、その丸から線を延ばして、また丸を2つ描いた。
 「分かるか?これがお前で、これが両親。親の名前だ」
 「オヤの名前・・・・・親?」
《名前》という単語は分かるせいか、珠生はその図を見てラディスラスやラシェルが言いたい事がようやく分かったらしい。
(画力が関係なくて良かった・・・・・)
 「とーさん、エーキ。かーさん、レーコ」
 「・・・・・っ」
その聞き慣れない響きの名前を聞いた瞬間、ラシェルは拳で思い切り壁を叩いた。



       

 「満月の夜、別の世界の扉が開くんだよ。お父さんも一度だけくぐった事があるんだ」
 「嘘だあ」
 14歳の珠生は、その年頃としてはまだ親にべったりの甘えた子供だった。
小学校低学年の時に母を亡くして以来、父とずっと2人暮らしをしていた珠生にとって父親は唯一の肉親で、優しくて穏やか
な父が珠生は大好きだった。
 「本当だ。向こうの世界はね、王様や王子様がいて、高いビルなんか無くて広い草原があって・・・・・ともかくね、とても綺麗
な世界なんだよ」
 「そんなのあるはずないじゃんっ」
 「珠生だって幽霊信じてるじゃないか。今だにお化け屋敷入れないし」
 「そ、そんなの今は関係ないだろ!」
 「珠生、不思議なことっていうのはどこにでも転がっているものだよ。始めから何も無いと思ってたら損しちゃうぞ」
 「・・・・・」
 「珠生、お前は目の前の出来事から逃げるなよ?どんなに怖くても、認めたくなくても、そこから逃げてしまえば絶対に後で後
悔する。何年も何年も、ずっと忘れることなく、心の傷になってしまうから・・・・・珠生、逃げることだけはするなよ」



       

(どうしてラシェルが父さんのこと聞くんだろ・・・・・?)
 2年前、散歩に行ってくるからと、綺麗な満月の夜に海岸に出掛けて行った父。
そのまま帰ることは無く、数日後海の中から履いていた靴が見付かった。
その日は風が強く波も荒く、ふとしたことで足を滑らせた事故だろうと、諦めなさいとみんなに言われた。
 悲しくて悲しくて、どれ程泣いたか今もよくは覚えていない。引き取ってくれた親戚は優しくしてくれたが、それでも両親がいな
いということは珠生の心にぽっかりと大きな穴が開いた。
 それでも今珠生が笑うことが出来るのは、父はきっと生きていると思い直したからだ。
死んではいない、きっとまた会えるはずだからと、そう思っているからこそ、珠生は・・・・・。
 「ラシェル、名前、なに?」
 「・・・・・」
 「ラシェル」
 「・・・・・っまえが!お前の父親が!!」
 「ひっ?」
 いきなり、珠生はラシェルの大きな手で胸ぐらを掴まれた。
小柄(この世界の人間と比べれば)な珠生は簡単に宙吊りにされてしまう。
 「く・・・・・っ」
(くる・・・・・し・・・・・っ)
 「ラシェル!!」
その瞬間、ラディスラスはラシェルの腕を掴んで捻り上げ。
アズハルが崩れ落ちそうになった珠生の身体を支えた。
 「タマに手を出してどうするんだ!その男とタマは全然別の人間だろうが!」
 「・・・・・っ」
 「・・・・・っ」
(な、なに?いったいどうして・・・・・)
身を刺す様なラシェルの憎悪を身体中に感じて、珠生はアズハルにしがみ付いているしか出来なかった。