海上の絶対君主




第二章 既往の罪と罰






                                                          
※ここでの『』の言葉は日本語です






 翌朝の朝礼(?)で、ラディスラスは船の出港を伝えた。
行き場所はやはりカノイ帝国の海域内の離島らしい。
(何でわざわざ?)
それ程遠くない場所になぜ移動するのかと、珠生は隣に立つアズハルを振り向いた。
 「どうして、行く?」
 「ああ、あちらの方が人目が無いですし、皆の静養には静かでいいということで」
 「・・・・・」
 「それに、海の幸は豊富らしいですよ。タマ、海老好きでしょう?」
 「エビ、好き」
たちまち珠生の頬は笑み崩れた。
大柄なこの世界の人間に合わせて動植物もそうなのか、先日初めて見たこの世界の伊勢海老もどきは、なんと鶏ぐらいの大きさ
があった。
しかし、大味かと思ったその身は引き締まって濃厚な甘味を持っていて、珠生は1人で1匹分をペロリと食べたのだ。
その珠生の様子を見ていたアズハルは、珠生が海老好きだと思ったらしい。それ以降出てくる様々な海老料理を、まるでラディス
ラスと競うように珠生にくれていた。
(あんな美味しいのがいっぱいあるのかあ)
 携帯もテレビもゲームも漫画も、何もかもない世界。
言葉がまだ自由だとはいえない珠生にとっては、楽しみは美味しいものを食べることと言ってもいいだろう。
 「きっと、ジェイが美味しい料理を作ってくれますよ」
 「おいしい・・・・・」
 「楽しみでしょう?」
 「楽しみ!」
頷いた珠生は、離島に行く理由を誤魔化されたことに気が付かなかった。



 珠生にはもうしばらく父親のことは言わないでおこう・・・・・ラディスラス達はそう決めた。
多分、今から捜す相手が珠生の父親だという可能性は高いが、本当に間違いが無いとはまだ言えない。
父親に会えると喜ぶ珠生が、もしも自分の父親ではないと分かったら・・・・・やはりショックを受けるだろう。
 「ラディ」
 「ああ、悪い」
 操舵室に詰めていたラディスラスの為に、ラシェルが簡単な朝食を持って来てくれた。
 「タマは?」
 「アズハルに海産物が豊富だと聞いて喜んでましたよ」
傍で2人の会話を聞いていたラシェルは、その時の珠生の様子を思い出したのか少し笑った。
昨日のことを今だ引きずっているのはラシェルの方で、今朝も珠生に声を掛けることを躊躇ってしまったが、

 「おはよ、ラシェル」

やはり、多少は強張っているように見えた珠生が、それでも笑顔を向けてそう言ってくれた時、ラシェルは心から安堵したのだ。
 「・・・・・タマは俺のだぞ」
 「・・・・・」
 そんなラシェルの思いを敏感に感じ取ったラディスラスが牽制するように言ったが、ラシェルはそれに答えなかった。
 「日が暮れる前に着きますね」
 「・・・・・ああ」
(誤魔化したな)
 「・・・・・ラディ、島に着いたら・・・・・」
 「単独行動は禁止」
 「ラディッ」
 「ただし、毎日この船に帰ってくるなら許可してやろう」
今でも、あれほどにミシュアを敬愛しているラシェルが、ミシュアと共にいる相手と会ったとしたら・・・・・殺すとは思えないが、手が出
てしまう可能性は大いにある。
それが珠生の父親だったらと思うと、さすがにラディスラスはラシェルに自由行動をさせる気にはなれなかった。
船に帰って来いというのは、ラシェルに対しての枷だ。ラシェルの背にはエイバルの人間が、珠生がいるのだから馬鹿な真似はしな
いようにとの、ラディスラスの遠回しの優しさだった。
 「・・・・・分かりました」
 「よし」
(さて・・・・・、タマの親にご対面かどうか、俺にとっても勝負の時だな)
 気が強いが甘えたがりの珠生が、もしも父親に会ったとしたら離れたくないと言い出すのは確実だ。そんな珠生をどうやって自分
の手元に置くか、ラディスラスは今から考えなければならなかった。



 そして、そろそろ日も沈むかという頃、エイバル号は離島の小さな浜に辿り着いた。
 「碇を下ろせ!!」
大きな港ではないので船を寄せる場所も無く、ここから陸へは小さな船に移って行く事になるようだ。
いや。
 「お頭っ!お先に!」
 「俺も!」
 「ひょ〜う!!」
 血の気の多い乗組員達は、そのまま船から海へと飛び込み、泳いで浜辺に向かっていた。荒々しい海賊達は泳げる者がほと
んどらしい。
 『こ、怖・・・・・』
(こんなとこから飛び降りるなんて・・・・・バカ?)
船べりから海を見下ろした珠生は、眉を顰めながら呟いた。
この世界に来た当初の海に対する怖さがまだ残っている珠生は、絶対にここから飛び降りるなど出来ないし、考えたくも無い。
 「・・・・・タ〜マ」
 「!!」
 そんな珠生の肩が、後ろからポンと叩かれた。
パッと反射的に振り向くと、そこにはラディスラスは人が悪そうな笑みを浮かべて立っている。
 「ラ、ラディ」
 「船で行くより早いぞ」
それが何を言っているのか分かる珠生は、引き攣った表情でラディスラスを睨みつけた。
 「や、やだ・・・・・っ」
 「嫌がられればしたくなるんだけどな」
 「き、嫌い、なるぞ!」
 「タマ」
 「海、入る、嫌いになる!!」
 「・・・・・それは困るな」
 ラディスラスは差し出そうとした両手を困ったように見ながら言った。
多分珠生が危惧した通り、このまま珠生を抱いて海に飛び込もうとしていたというのがその言葉で分かる。
(いったい幾つなんだ、こいつは!)
子供っぽい奴と珠生に思われていることなど想像もしていないだろうラディスラスは、そのまま船首に歩み寄っていく。
 「ラ、ラディ?」
 「後からアズハルと来い!」
 「あっ!」
 そう言ったと同時に、ラディスラスは海に飛び込んだ。
慌てて船首に駆け寄って下を見た珠生は、周りの船員達と笑い合いながら泳いで浜辺に向かうラディスラスの姿を見る。
 「・・・・・なに、あれ・・・・・」
 「あんな彼だから、皆が付いていくんですよ」
 「アズハル」
 何時の間にか珠生の後ろに立っていたアズハルが、苦笑しながら下を見下ろして言った。
 「ただ上から命令する者よりも、先頭に立って自分達と同じ行動を取る者に人は好意を持つでしょう?ラディは頭ではなく感覚
でそれを実践しているんですよ」
 「・・・・・」
アズハルの言葉の中にはまだ少し珠生が分からない言葉の表現があるが、その言葉の中にある意味は何となく分かる。
その響きの中には、普段はラディスラスに対して辛辣な物言いをするアズハルも、本来は彼を尊敬し、信頼しているという事が感
じられた。
 「私達も行きましょうか」
 「う、うん」
(あんなのでも・・・・・頼りになるのかな)
そう思いながらも、自分も何時の間にかラディスラスの勢いに引きずられていることに、珠生はまだ気付くことが出来なかった。