海上の絶対君主




第二章 既往の罪と罰






                                                           
※ここでの『』の言葉は日本語です






 今にも沈みそうな・・・・・とまではいかないが、今まで大きい船に乗っていただけにこんな小船では心許ない珠生は、一緒に乗っ
てくれているアズハルの腕をしっかり握り締めて浜辺だけに視線を向けるようにした。
 「無人島ではないんですが、島民の数はかなり少ないようですよ。ただ、ちょうど海流がぶつかる場所にあるので海の幸は豊富ら
しいし、果物も美味しいのがあるそうですが」
 「う、うん」
 「聞いてますか?」
 「聞こえてる」
(で、でも、地面に下りるまで意味は理解出来ないよ〜)
既に日も暮れかかっているので、更に怖さが増してきている。
珠生はとにかく海に落ちないようにと、しがみ付いた手にギュウッと力を入れた。



 離島のこの島はかなり大きいようだった。
船を付けたこの浜辺とは反対側の海は断崖で、島のほとんどは深い森に覆われている。
 「・・・・・捜し難いな」
 「・・・・・ええ」
人の多い中で人捜しをするのも大変だが、これ程に深い森の中を歩いて回るのも大変だろう。捜索の気配を感じ取られて、移
動されてはなかなか辿り着けない。
 「でも、ここが可能性が大きい場所ですから」
絶対に見つけ出して見せるというラシェルの強い意志に頷き、ラディスラスも意識を切り替える。
どれほど大変なことだとしても、この島ならば何時か終わりがあるはずだ。その終わりまでにミシュアらしい人物と、珠生の父親らし
い人物を捜せばいい。
 「どうせしばらく休むつもりだったんだ、身体を鈍らせない為の運動だと思えばいい」
 「ラディ・・・・・すみません、俺のことで・・・・・」
 「もうお前だけの問題じゃない。タマの父親が関わってるとしたら俺にとっても大事なことだからな」
(今更返してはやらないが)
 そう笑って言うと、ラディスラスは集まってきた乗組員達を手早く振り分けた。
身が軽く、足が速い10人ほどを名指しし、背中に迫る森を指す。
 「もう日は暮れてしまうが、少しこの辺りを見回ってくれ。今夜は船に戻らずここで野宿するからな」
 「はい」
 「出来れば飲める水がある場所も見付けられれば頼む。身体を洗える泉か何かも」
 「分かりました!」
素早く四方に散っていく背中を見つめた後、ラディスラスは残った乗組員達に叫んだ。
 「お前らは夕飯の調達だ!ここじゃ金出した食いもんは出さねーぞ!!」



 浜辺で火を起こし、食事の支度が始まった。
数十人の乗組員達の料理を作るのはジェイ以下5人。
何時の間にか大きな鍋は運ばれてきたようで、その中で豪快に野菜と肉が煮込まれている。
 「おいしそー」
 見掛けと匂いはまるでポトフのようで、鍋を覗き込む珠生の頬は自然に笑んできた。
その横では、海に入っていた乗組員達がそれぞれ素手で魚を捕まえてきて、それを簡単に処理した料理人が次々と木の枝に刺
して渡している。
(何してるんだろ・・・・・)
 珠生の疑問は、その後の乗組員達の行動を見て直ぐに解消された。
 『焼き魚・・・・・か』
テレビの旅番組などで見た事がある、囲炉裏などで串に刺した魚を焼く光景。
少しワイルドな感じがするが、キャンプだと思えば不思議でもないのかもしれない。
(炭火焼は美味しいって言うし・・・・・)
 珠生が早く焼けないかなと(少し勘違いしているが)ワクワクしていると、不意に大声で名前を呼ばれた。
 「タマ!早くしないと真っ暗になるぞ!」
 「へ?」
 「自分が食うものは自分で捕れよ!ここじゃ買ったものなんか食わせないぞ!」
 「え〜〜っ?」
笑いながら言うラディスラスの言葉に珠生は唖然とした。
(魚、自分で捕れっていうのかっ?)
魚釣をしたことが無いとはいわない。むしろ父と2人、よく海へ行っては糸を垂らしていた。
しかし、それはあくまでも釣竿と餌という道具を使ったものであって、この世界に来た珠生は魚は当然買ったものを食べるのだろう
という意識が出来上がっていたのだ。
 だが、泳ぎの得意な乗組員達は少し深いところまで行って、潜っては素手で魚や貝などをその手に持っている。
とても・・・・・珠生には出来そうにないことだった。
(ど、どうしよ・・・・・)
自給自足という言葉が頭の中に浮かんだ。
 「タマ、捕ってやろうか?」
 呆然と波打ち際に立つ珠生の肩を抱いて、ラディスラスが笑いながら言ってきた。
直ぐにでも頷きたいところだが、なんだかそれも悔しい気がする。
 「どうする?」
 「・・・・・自分でする」
海の中に潜るのはとても出来ないが、波打ち際でも貝ぐらいは落ちているはずだ。
ラディスラスに頭を下げたくなくて、珠生はバチャバチャと波打ち際を歩きながら貝を探し始めた。
 「おい、こんな所に何も無いぞ」
 「・・・・・」
 「タ〜マ」
 「・・・・・」
(付いて来るなってーの!)



 波打ち際は波が穏やかとはいえ、足を取られればたちまち沖に流されてしまうかもしれない。
潮の流れでそう考えたラディスラスは、珠生を守る目的でその後ろを歩いた。
(一言お願いと言えばいいんだがな)
可愛くねだられれば珠生の好きな海老さえも捕ってきてやるのだが、可愛い顔をして強情な珠生は最初に挑発するとなかなか素
直に頷くことをしなかった。
 「タ〜マ」
 「・・・・・」
 「おいって」
 「ラディ、うるさい、見付からない」
 「はいはい」
 どうせ、珠生の食べる分ぐらいは乗組員達が捕って来ているだろう。
(まあ、いずれは海の怖さも克服させないとな)
ずっと珠生を自分の傍に置くつもりのラディスラスは、珠生にも海を好きでいて欲しかった。
自分が生きる世界を珠生にも愛してもらいたい・・・・・そう思ってはいるが、今の珠生にはまだ少し早い話なのかもしれない。
 「うわああ!」
 少し強い波が膝近くまで来ると、焦ったように更に浜辺に駆け上がる。これではなかなか潜ることも難しそうだ。
 「分かった、タマ、俺のを分けてやるから」
 「いい!」
 「今のお前が捕れるわけ無いだろ?」
呆れたようにそう言うと、突然珠生が岩陰に走り出した。
 「お、おい、タマっ?」
 『タコ!!』
何か分からない言葉を叫んだ珠生は、そのまま岩陰に走り・・・・・その時になってようやく、ラディスラスも珠生が何を見付けたのか
分かった。
岩陰に打ち上げられた木片に、なぜか大きなタコが絡み付いていたのだ。
 「おおき!うわっ、気持ちわる!ねえ、これ食べれるっ?」
珠生からすれば一抱えもありそうな大きなタコは、死んでいたらとても食べられないだろうが、どうやら木に絡み付いて波打ち際まで
来た時に何らかの原因で失神していたらしい。ラディスラスが乱暴に揺すると、ゆっくりだがウネウネと足を動かし始めた。
 「・・・・・食べられそうだ。今日の一番の獲物かもな」
 「やった!!」
どうやら珠生は海の女神に愛されているらしい・・・・・ラディスラスは巨大タコ(この辺りでは珍しくないが)を持ち上げながら感心し
たように溜め息を付いた。