海上の絶対君主
第二章 既往の罪と罰
9
※ここでの『』の言葉は日本語です
翌朝、ラディスラスは再び人数を分担ごとに分けた。
先ずは、まだ途中だった船の整備と修理に十人程度、次に昨日に引き続き島の地理を把握する俊敏な数人、残りは3,4人
ずつの少人数の組を幾つか作った。
「この森の向こうには小さな集落があるらしい。人の出入りは滅多にないはずだから、新顔が来れば必ず目に付くはずだ」
「ラディ、タマはどうしますか?」
「・・・・・」
「?」
相変わらず何がどうなっているのか分からないだろう珠生は、ラディスラスとアズハルの顔を交互に見つめている。
「私と一緒にここにいさせましょうか?」
船医であるアズハルはもしもの為にと浜辺で待機することになっていた。
確かに、確実に足手まといになりそうな珠生はここに置いて行くのが一番確実なのだろうが・・・・・。
「いや、一緒に連れて行く」
「ラディ」
「何かあった時、俺が傍にいて助けてやりたい」
「・・・・・」
何時どこで、何があるか分からない。
そんな時、もしもあの時傍にいたらというような後悔だけはしたくなかった。
例え危機があったとしても、珠生が傍にいてくれた方がどうにかしなければという底力が湧くと思う。
「・・・・・そうですか」
アズハルも反対はせずに、まるで幼子に言い聞かせるように珠生に言った。
「タマ、ラディから絶対に離れないように。足場も危ないし、どんな人間が住んでいるとも限りません。逃げるだけで助かるという
わけにはいかないと思いますから、とにかく絶対にはぐれないように」
「ラディから絶対離れないように」
アズハルの言葉が頭にあった・・・・・と、いうわけではないが、珠生はしっかりとラディスラスの服の裾を掴んでいた。
本当は手を繋いだ方がいいのは分かるのだが、そんな風にして子供だと周りに思われるのも嫌だった。
珠生とすれば不本意なのだが、ついこの間まで18歳だと認識されていなかったのだが、今では皆珠生の本当の歳を知っている。
随分驚かれてしまったが、それからは多少見る目が変わってきたと思う。
(それが、怖いから手を繋ごうなんて言えないって)
笑う人間はいないだろうが、やはりプライドがあるのだ。
「タマ、大丈夫か?」
「だいじょーぶ」
「そろそろ休憩するか」
「だいじょーぶ!」
見た目は森という感じだったが、中に分け入ると平坦というよりも少し急な丘になっていた。
山登りとまではいかないものの、生い茂る木々を分け入って歩く斜面は足の負担を大きくした。
「タマ」
「ラディ、ここ、王子いる?」
「さあな。まだ可能性があるってだけだが」
「ふ~ん」
(王子様がこんな山の中にいるのか・・・・・?)
似顔絵から手掛かりを見付けたらしいのは聞いたが、詳しい話までは聞いていなかった。
ラディスラス達のことだけでも頭の中がパンクしそうなのに、その上王子様まで出現すると本当にファンタジーの世界の話だ。
(・・・・・って、今俺がここにいるだけでファンタジーなんだけど・・・・・)
そこまで考えた時、珠生はふと父のことを思い出した。
今珠生がここにいることと、父の言葉は関係があるのだろうか。
(それなら・・・・・父さんもこの世界にいてくれればいいのに・・・・・)
死んだのではなくこの世界で生きていてくれれば・・・・・ありえないことだと思いながらも、珠生はそう考えていた。
浜辺近くの砂状の土は、森の奥深くに入るごとにしっかりとした黒い土とゴロゴロとした石に変化した。
(足場が悪いな・・・・・)
これでも珠生を連れている事もあって出来るだけ楽な道を選んだつもりだったが、時折ぐっと後ろに服を引かれる感覚に振り向い
て見ると、珠生が荒い息をつきながら立ち止まっていた。
「タマ」
「・・・・・へーき」
「・・・・・」
ラディスラスは珠生の足元を見た。
珠生の足元は既に靴もズボンも土で汚れていた。
厚い靴を履かせたつもりだが、タマの足にはピッタリと合っているのかどうか・・・・・ラディスラスは一緒に歩いている3人の乗組員達
に言った。
「少し休憩を取るぞ」
「はい」
「ラディッ」
「俺も疲れたんだ。少し休ませてくれ」
「・・・・・」
自分のせいで歩みが止まるのは嫌でも、ラディスラスがそう言うならまだいいと思ったのか。
珠生はあからさまに安堵の溜め息を付くと、そのままその場にペッタリと腰を下ろしてしまった。
「タマ、ここ」
近くの石の上に腰を下ろしたラディスラスはポンポンと自分の隣を叩くが、それが嫌なのか、それとももう動けないのか、珠生はそ
の場から立ち上がらない。
「地面にはどんな虫がいるかも分からないぞ」
「っ!」
脅かすつもりではなく事実を言ったのだが、珠生は声なき声で叫んでパッとラディスラスの隣に駈け寄ってきた。
「・・・・・」
何がいるだろうかとキョロキョロしている珠生の前に座り込んだラディスラスは、そのまま無言で珠生の靴を脱がす。
「ラディっ?」
「・・・・・やっぱり腫れてるな」
平坦な道ではなく、起伏の荒い山道を歩いた珠生の白く細い足は、指先が既に赤くなっていた。
服の上からも木の枝か何かで引っ掻いたのか、幾筋かの赤い血の痕が付いている。
(予想はしていたが・・・・・)
柔らかい珠生の肌はきっと傷付きやすいとは思ったが、半日も歩かないうちにこれ程赤く腫れるとは思わなかった。
「・・・・・」
ラディスラスは自分用に持っていた携帯用の水を入れた革袋を取り出すと、汗を拭う為の布にそれを滲みこませてから珠生の
足に巻いてやった。
足が持っている熱をとにかく下げてやりたかった。
「ラディの水・・・・・」
小さく呟いた珠生の言葉はわざと無視した。
自分なら1日水を飲まなくても倒れることはない。
「・・・・・」
「・・・・・」
「痛いか?」
「・・・・・痛くない」
想像通りの言葉に、ラディスラスは思わず笑った。
(意地っ張りな奴)
見た目も華奢で体力のない珠生が、荒事に慣れている海賊の自分達に劣るのは仕方がないというか・・・・・むしろ当然だと開き
直ってもいいくらいだが、こんなことでも意地を張る珠生が可愛い。
「もう少し行けば森の中心にまで行くだろう。取りあえずはその辺りを捜して一端引き上げよう」
「そんなのっ、みんな頑張ってるよ!」
「お前も頑張ってるだろ?」
「・・・・・」
「時間はまだあるし、森は広い。到底1日で捜し尽せるわけではないし、明日だってあるんだぞ」
(それに、本当にまだここにいるかは分からない)
そもそも、あの漁師もはっきりと顔を覚えていたのではなく、それらしい2人組というだけだ。
ラシェルの気持ちを思えば出来れば早い内に決着をつけたいが、誰かに許容量以上の負担を強いてまでとは思っていない。
それが珠生であっても、他の乗組員であっても・・・・・。
「後少し、頑張れ、タマ」
「・・・・・」
珠生は冷たく冷やされた布に巻かれた自分の足を見下ろし、唇を引き締めたまま強く頷いた。
![]()
![]()