子犬と闘犬2











 「うわ・・・・・凄い」
 部屋ごとについているといった露天風呂は石で出来ていて、大人が4、5人は入れそうなほどに広かった。周りは竹で囲われて
外から見られるということは全く感じられない。
暁生はしばらく呆然とその風景に見惚れていたが、急な寒さを感じてブルッと身体を震わすと、急いで汚れを洗い流してから湯の
中に入った。
 「はあ〜・・・・・」
 熱い湯に入ると、自分が緊張していたということがよく分かる。暁生は肩の力を抜くと、パシャッとお湯で顔を洗った。

 「先に風呂に入れ。俺は後でいいから」

(・・・・・俺のこと、面倒臭いと思ってるかも・・・・・)
楢崎のその言葉が優しさからだと十分分かっているのに、暁生はそんなふうに曲げて考える自分が嫌だった。
旅行に誘ってくれたのは楢崎の方だが、始めに一緒にいたいと誘ったのは自分で、それは当然身体の関係を求めるもののつもり
だった。
それなのにここに来て緊張し続け、まるで楢崎の方が無理を強いているような行動を取ってしまって、何と謝っていいのかも分から
ない。
 それと同時に、確実に時間が過ぎていくと、やはり・・・・・するのだろうと思ってしまい、暁生はパッと湯から出るとごしごしと身体
を洗い始めた。
(とにかく、綺麗にしておかないとっ)
 男同士のセックスがどういうものか、さすがに暁生も勉強した。もちろん実地では無理だったが、自分がどうすればいいかは何度
も頭の中でシュミレーションをしている。
 楢崎に気持ち良くなってもらうために早くこのドキドキを押さえ、自分から動かなければ・・・・・暁生は肌が赤くなるのも構わずに
一心に身体を洗い続けた。




 露天風呂の気配が部屋の中まですることは無かったが、楢崎はさすがに落ち着かなくて煙草を取り出そうとする。
しかし、やはり止めるかと手を止め、そうなると手持ち無沙汰になってお茶を入れてと、これが羽生会の強面といわれた男なのだ
ろうかと自嘲するしかなかった。

 「・・・・・そんなに緊張しなくてもいいぞ。直ぐには抱かない」
 「!」

 あの時の暁生の反応は可哀想なほど緊張していて、楢崎は自分の言葉を過去に戻って消し去りたいとまで思ってしまった。
今回ここまで来たということは、もちろん暁生もそれなりの心の準備をしているのだろうと思ったが、どうやらそれは楢崎が考えていた
よりもはるかに大変なものらしい。
 「・・・・・」
 深い溜め息をつき、どうするかと思った楢崎は、ふと自分の持ってきた鞄に目をやって思い出した。

 「旅先で使うといい。タロも気に入ってるし、保障はしてやる」
 「ああ、これも持っていきなさい。会長よりは私の物の方が喜んでもらえると思うから」

今朝事務所に向かい、ギリギリまで仕事をしていた自分に向かって言った上杉と小田切の言葉。
それぞれが差し出したものを結構ですということも出来ずに受け取り、そのまま持ってきてしまったが、一体中身は何なのだろう?
暁生が風呂から上がる前に確認しておいた方がいいだろうと、楢崎は先ず上杉がくれた小さな包みを手に取った。
 「・・・・・」
 封を開けた楢崎は一瞬目を見張った。
 「これは・・・・・」
それはどう見てもローションだ。これをどう使うかなど、考えなくても分かる。
 「何を考えてるんだ・・・・・」
上杉の恋人である少年が気に入っていると言うことで、ゲームか何かだと思っていたが、とても笑って使いましたなどと報告出来る
シロモノではない。いや、これをあの少年に使っているなど想像したくなかった。
 「・・・・・」
 楢崎の視線はその隣の包みに向けられた。
上杉がこれだということは、小田切ならばもっと際どいもののような気がする。見たくない・・・・・しかし、見もしなかったら後で何と
言われるか分からない。
 「・・・・・」
諦めの心境でそれを手にした楢崎は、思い切って中を覗いてみた。




 「お先に・・・・・え?」
 「ああ、いい湯だったか?」
 「うん。露天風呂も凄くて、泳ぎそうになっちゃった」
 そう返事を返しながらも、暁生は今の楢崎の行動に疑問を持ってしまった。
(何か・・・・・隠した?)
それはとても自然な動きだったが、楢崎の手が側に置いていた自身の鞄に伸びたのが目に入ったのだ。自分に見せたくないもの
でもあったのか、それとも・・・・・。
(あ、携帯?)
 もしかしたら、緊急の用件で連絡があったのかもしれない。自分のようにアルバイトではなく、羽生会という組の幹部までしてい
る楢崎はとても多忙で、普段から会えない日が続く時もあった。
今回のように二泊も旅行で出かけるなど、本来はとても出来ないはずで。自分のために楢崎が無理をしてくれていることを十分
分かっている暁生は、何時、

 「悪い、帰らなければならなくなった」

と、楢崎が言い出すのか胸が締め付けられるほど苦しくなった。
 「じゃあ、俺も入らせてもらうか」
 「え?」
 「ん?」
 しかし、暁生の心配とは裏腹に、楢崎はそう言って浴衣とタオルを持って立ち上がる。帰るんじゃないのかと思わず見上げた暁
生に、楢崎はどうしたと穏やかに声を掛けてきた。
 「う、ううん、なんでもないっ」
 「ずっと車に乗って疲れただろう。少し横になったらどうだ?」
 暁生の髪をくしゃっと撫でて部屋を出て行く楢崎の背中を見送った暁生は、じわじわと自分の顔が赤くなってくるのが分かる。
思われていると、楢崎の言葉の端々から感じられ、それだけで幸せになってしまった。

 しかし、それで先ほどの疑問が解消したといえば・・・・・とても言えない。
あの落ち着いた楢崎がどうして焦って(それもごく僅かなものだが)いたのか気になって仕方がない。
 「・・・・・」
 部屋の外で露天風呂への引き戸を開ける音がしたのを聞いた暁生は、恐る恐る楢崎の鞄の前に膝で歩み寄った。
 「・・・・・」
(こ、こんなことしたら怒られるかも・・・・・)
いや、その前に嫌われてしまうかもしれないが、それでもどうしても気になるのだ。
 「・・・・・ごめんなさいっ」
 小さな声で謝った暁生は、楢崎の鞄の中を覗いた。そこには着替えの他、紙袋が2つ入っている。
(何?これ・・・・・)
細長い方の包みを手に取れば、どうやら瓶のようなものが入っているらしい。楢崎も化粧品をつけるのかと、今まで知らなかったこ
とを知ることにドキドキしながら、どんなものを使っているのか興味があって中を見ると、外国製らしく英語で何か書かれている。
 「何て読むんだろ?・・・・・ロ、ローション?」
 顔に付けるのかなと思いながらそれをもとに戻すと、もう一つの紙袋に手を伸ばした。始めは人のものを覗き見する後ろめたさを
感じていたが、今は好きな人の知らなかった部分を知ることが出来るのだと、少しだけ気持ちが変わった。
 「?」
 手で触った限りでは箱のようなものだなと思いながら中を覗いた暁生は、
 「!」
それを見て・・・・・固まってしまった。
 「こ、これ、これって・・・・・」
 実物は初めて見たが、雑誌などで見たことはある・・・・・大人の玩具。女の子のあの中に入れ、振動で感じさせるというそれの
名称を口に出すのさえ恥ずかしい。
 「で、でも、これ、どうして楢崎さんが・・・・・」
 まさか、以前誰かに使ったものかと一瞬最悪なことを考えてしまったが、それは箱に入れた未使用だということで除外出来た。
そうすると、今回使うために持ってきたということで・・・・・。
 「お、俺に?俺が・・・・・これ?」
 その瞬間ボッと、温泉に入っていた時よりも身体が熱くなった気がする。
自分がどこで楢崎を受け入れるか、暁生も分かっている。女の身体とは違うそこに、楢崎のペニスを受け入れるようにするまでか
なり慣らさなくてはならないことも十分分かっているつもりだが、これをその時に使おうと思っているのだろうか。
 紙袋の中はそれだけではない。
なぜか猫耳のカチューシャや、長い尻尾が付いた・・・・・バイブ。まだ色々あったが、何時楢崎が風呂から出てくるのか分からなく
て、暁生は急いでそれらをもとのように直し、楢崎が飲んでいたらしいお茶をグッと飲み干す。
 「・・・・・っ」
(あ、あれ、楢崎さんが望んでるのか?)
 恥ずかしくてたまらないが、耳や尾っぽを付けたプレイを楢崎が要求してきたらどう対応すればいいのか、暁生は一人オロオロし
て落ち着かなかった。




 楢崎が露天風呂から出た時、なぜかきちんと正座をしてかしこまっていた暁生を見た。
温泉から出てきた時よりも顔が赤くなっている気がして大丈夫かと声を掛けたが、
 「へ、平気!」
そう言って、微妙に視線を逸らされてしまう。
 夜のことを考え、落ち着かない気持ちも分からないでもなかったので、楢崎はそれ以上暁生を追及しなかったが、食事を待つ
間中、とんでもないものを寄越してきた上司達のことを考えると溜め息が漏れてしまった。
 彼らが自分のことを心配してくれるのは分かっているつもりだし、既に同性の恋人を持っている彼らの意見は貴重だと思う。
それでも今日が初めてだという自分達に対し、特に小田切のくれた玩具はちょっと上級者向き過ぎた。
(とにかく、あれは暁生に見付からないようにしないとな)
 これでも楢崎も考え、一応慣らす用のものは持ってきている。男を抱くのが初めてなので、とにかく暁生を傷付けないようにしな
ければならないと思うものの、あの2人の意見は少し怖くて聞けない。
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 お互いが緊張し、それでもテレビをつけるということもせず、ただ竹林が風で揺れる音を聞いている。
怖いほどの緊張感。どうやって暁生のそれを解してやることが出来るのか、楢崎は手持ち無沙汰に軽く自分の膝を指先で叩い
ていた。

 それから間もなく、食事が運ばれた。
海の幸と山の幸が豊富で、若い暁生用に少し多めに肉料理も追加注文して、目の前に並べられた食事は予想以上に豪華な
ものになっていた。
 「すご・・・・・」
 ずっと緊張していた暁生もさすがに顔を輝かせている。
楢崎は安堵し、用意させていた冷酒を注いでやった。
 「あ、俺」
 「口当たりのいいもののはずだ。少しくらいいいだろう」
 「・・・・・そうだね」
 これから家に帰るわけではないのだという言葉は言わずに勧めると、暁生は少し口にし、甘いと顔を綻ばせた。
 「飲み過ぎるなよ」
 「うんっ」
楢崎は自分用の熱燗を手酌で入れ、旺盛な食欲を見せる暁生を見つめる。珍しい料理に気持ちが奪われているのか、暁生
は自分が見ていることに気付いていないようだ。
(・・・・・いいんだろうか)
 本当に、今夜自分はあの身体を抱いてもいいのだろうか?可哀想なほど緊張し、見つめるだけで肩を揺らしていた自分の子
供ほどに若い恋人を、最後まで自分のものにしていいのか。
 「・・・・・」
ここまで来てまだ悩んでいる自分はきっと女々しいのだろうなと思いながら、楢崎は酔えない酒を口にしていた。




 宿自体も素晴らしかったが、出された料理もとても豪華で美味しそうで、暁生は何時も以上に食べた。
・・・・・いや、もしかしたら意識的にはしゃいで見せたところもあるかもしれない。
 「これ、美味しい!」
 「俺のも食べるか?」
 「いいよっ、楢崎さんも一緒に食べて欲しいしっ」
 自分が緊張すればするほど、楢崎が困っているのを肌で感じた。それは煩わしく思っているものではなく、どうすれば場を和ませ
ることが出来るのかという感じで、楢崎にそこまで気を遣わせることが申し訳なかった。
 だから、わざと自分の立場を誇張して、大げさに料理を喜び、何とか口に放り込む。十分美味しい料理なのだが、そんな中で
はとても味などよく分からない状態だ。
 「・・・・・んっ」
 「おい、飲み過ぎるなよ」
 自分用にと用意してもらった冷酒は甘くて美味しくて、暁生は緊張を解すのに丁度いいとどんどん口にする。
 「でも、美味しいよ」
 「日本酒は酔いやすい」
 「でも、酔った方がいいでしょ?」
 「・・・・・」
 「・・・・・?」
(あれ?俺・・・・・今、何か言ったっけ?)
楢崎の少し驚いたような表情を見て首を傾げたものの、それがどんな言葉なのか思い出せない。自分では酔ったつもりはないの
だが、楢崎が言ったように飲み過ぎたのだろうか。
 「暁生」
 「・・・・・うん、だいじょーぶ」
 気のせいか、緊張感も随分取れたような気がするし、まだはっきりと楢崎の顔も言葉も分かるので大丈夫なはずだ。
(今夜は、俺の方から誘わないといけないし!)
理性的で慎重な楢崎をその気にさせるには、自分の方から積極的に動かなければならないことは分かっている。いや、あんな道
具を持ってきているならば、楢崎も案外・・・・・。
 「おい、暁生。本当に大丈夫か?」
 「うん、楽しい」
 今日は、楢崎と別れなくてもいい、ずっと一緒にいれるのだ。楢崎の目も自分だけを見つめてくれていてこんなに嬉しいことはな
いと、暁生は笑ったが・・・・・それはへラッと頼りない笑みになってしまった。