子犬と闘犬2
5
自分が酔ってきているということを、暁生はちゃんと自覚している・・・・・つもりだ。
せっかく楢崎と一緒にいるというのに、こんなふうな醜態を見せるなんてとんでもない話だと思いながら、一方では多少酔っていた
方がこの後のこと・・・・・羞恥や痛みを気にすることも無くなるのではないかと思えた。
(だって・・・・・ぜったい、楢崎さんの・・・・・おっきそうだし・・・・・)
浴衣を着、胡坐をかいている楢崎の股間にチラッと視線を向けた暁生は、自分の考えが間違いないと信じている。
40を過ぎても鍛え、引き締まった身体を持つ楢崎の男の証は、きっと自分のものよりはるかに大きいはずだ。
「暁生」
「・・・・・」
「おい」
「・・・・・入るのかな」
「入る?」
(入らなかったら、怒るかな?)
元々、女のように受け入れる場所などなく、言葉は汚いが尻の・・・・・あれしかない。
自分はゲイというわけではなかったが、それでも大好きな楢崎と最後まで結ばれることを考えて男同士のセックスの方法を勉強し
たが、それでも知識と実施は全然別物だろう。
「・・・・・」
「暁生っ?」
向かい合って座っていた楢崎の元へとじりじりと近寄り、いきなり下半身に手を触れた。
焦ったような楢崎の言葉を聞きながら、暁生は確かに手の平に感じるペニスの大きさに驚くと同時に感心してしまう。
「ホントに・・・・・俺と一緒の?」
「おいっ」
肩を掴まれ、顔を上げさせられると、暁生の目の前には大好きな楢崎の焦ったような顔がある。
彼がこんなふうに慌てる姿はあまり見ないなと思い、暁生はふにゃっと笑った。
「ナラさん、みみ、好き?」
「みみ?なんだ、それは?」
「ネコと、イヌと、どっちがいい?・・・・・あー!ウサミミだったりして!」
暁生の頭の中では、夕方見たあの袋の中身がグルグルと回っている。気にしないようにと思っていたつもりなのに、案外拘ってい
たのかもしれない。
「ね〜、なにが好き?」
見上げる楢崎の困った顔が揺れている。どうしてだろうと、暁生は自分も揺れながら考えた。
「・・・・・」
「おい」
肩を揺すっても返答がない。
たった今まで会話をしていたはずなのに、子供というのはこんなに寝付きの良いものなのだろうか。
「・・・・・」
楢崎は口元に苦笑を浮かべたまま手にしていた杯を下すと、自分の膝に懐いて眠っている暁生の身体を抱き上げた。
「・・・・・重いな」
さすがに女とは違い、細身だとはいえ重い。しかし、その重みさえも心地良いなと思う自分をおかしく思いながら、楢崎は隣の間
に用意していた布団の上に横たわらせた。
「・・・・・」
上掛けを掛けてやり、傍に胡坐をかく。
ほんのり顔を赤くして、あどけない表情で眠っている顔は歳よりも随分幼く見えてしまい、自分が本当に子供に悪戯しようとして
いる悪い大人なのではないかという錯覚さえ覚えた。
(こうなったのも、俺のせいだろうしな)
旅の疲れもあるだろうが、それ以上に自分とのセックスのことを考えて緊張し、そこへ丁度入った酒が効いてしまったということな
のだろう。緊張を解すために用意させたのだが、返って裏目に出てしまったか・・・・・いや。
「俺も先延ばしになって・・・・・安心したのかもな」
変なことも口走っていたが、悪酔いでなければいい。宿の者に二日酔いの薬を用意させた方がいいだろうか。
「・・・・・」
「・・・・・」
額の髪を軽くかき上げてやり、楢崎は苦く笑う。子供の暁生がこれだけ覚悟をしているというのに、いい大人である自分がいま
だ逃げようとしているなんて笑うしかない。
「・・・・・明日は、逃げられないな」
今夜はこのまま寝かせてやっても、明日は多分、抱くと思う。
ためらいと愛しさを比べ、どちらに比重が置かれているのか、もう誤魔化すことは出来なくなっていることは分かっているからだ。
大人の自分が全ての責任を負ってやる。そして、今後もしも暁生が他に目を向けるようになったとしても、快く手放してやる。
それだけ分かっていれば大丈夫だろう。
「・・・・・こ、これって・・・・・」
暁生は呆然と呟いた。
障子の向こうは明るくなっていて、明らかに夜が明けたというのは分かった。
「・・・・・」
(お、俺、昨日・・・・・やった?)
並べられた布団の隣には誰もおらず、暁生はそのまま自分の身体を見下ろした。浴衣はクシャクシャになっていて、辛うじて腰の
帯で身体から離れていないという状態だ。
「・・・・・」
しかし、恐る恐る身体を動かしても、下半身に覚悟していた痛みは走らず、酔っているうちに終わっていたという状況ではないよ
うで。
(そ、そうだよっ、楢崎さんがそんなことするわけない!)
暁生の意識がないままで楢崎がセックスをするというのはとても考えられず、暁生はようやく布団から起き上がって隣に続く襖を開
けた。
「楢崎さん!」
座敷には楢崎の姿は無かったが、視線を動かした先、縁側に置いてある籐の椅子に、ゆったりと腰を掛けて新聞を広げている
楢崎の姿を見つけた。
(よ、良かった・・・・・)
ここに楢崎がいてくれたことが嬉しくて、暁生はくしゃっと顔を歪める。鼻がつんとして、わけも分からないまま泣きたくなってしまった
が、ここで自分が泣いてしまったら楢崎が悪者になってしまうだろうと思い、何とか我慢しながらそっと彼に近付いた。
「起きたか」
楢崎は暁生の気配に直ぐに気付いたようで、新聞を畳んで顔を上げてくれる。その表情に怒りはないようだ。
「あ、あの、俺・・・・・ごめんなさい、昨日・・・・・」
「疲れたんだろう。前の日はちゃんと眠ったのか?」
「・・・・・あんまり、眠れなかった」
「だったら、酒も効いて眠くなっても仕方がないな」
「・・・・・」
(俺の・・・・・馬鹿っ)
ようやく、楢崎と最後まで結ばれるんだと思うと緊張と期待と恐怖が入り混じって眠れず、それは車中も、宿に着いてからも持続
してしまったことは認めなければならないが、それならば自分で酒をセーブすれば良かったはずだ。
現実逃避するためにアルコールに逃げてしまった自分が全部悪い。悪いのだが・・・・・どうして、楢崎は強引にでも抱いてくれな
かったのだろうか。それだったら苦痛なんかもそれ程感じず、あっという間に終わっていたのではないか。
それが彼の良さだとは分かっているのに、少しだけ恨めしく思ってしまうのも、多分自分の我が儘だ。
「暁生」
そんな暁生の気持ちが分かっているのか、楢崎が手を伸ばして俯いている暁生の髪を撫でた。
「覚えていて欲しかったからな」
「え?」
「誰がお前を抱いているのか、意識が無かったら分からないだろ?」
「そ、それは、あのっ」
「まだもう一泊あるんだ。今日は一日のんびりして、夜になったらお前をくれ」
「・・・・・っ」
恥ずかしい。恥ずかしくてたまらない。
それでも暁生は手を伸ばし、縋るように楢崎の腕を掴んだ。自分も同じ気持ちなのだと、その行動だけで気付いて欲しいと思っ
たが、大人の彼はきっと分かってくれただろう。
朝食を済ませ、少しゆっくりしてから楢崎は暁生を宿の外に連れ出した。
自分はずっと宿にいても構わないのだが、若い暁生はそれだけでは可哀想だと思ったのだ。
幸い、箱根には観光する場所もあるし、昼食を取ったり、土産物を見たりすれば時間はあっという間に過ぎるだろう。
週末なので首都圏からの客も多いように感じたが、誰も自分と暁生を訝しげに見るものはいない。少々厳つい雰囲気は持って
いる自分でも、暁生がこれだけ懐いている様子を見せれば、仲の良い親子だと思うものだ。
「母さん達に土産買わないと」
「そうだな。食べ物より、形に残る物の方がいいんじゃないか?」
「ん〜、何がいいかなあ」
真剣に店を覗きながら考えている暁生を見て笑っていた楢崎も、土産を渡さなければならない人物がいたことを思い出す。
「・・・・・」
(温泉饅頭でいいと言ってたな)
上杉に小田切、組の者達。何が喜ばれるかを考えるより、これを渡す時に何とからかわれるのかと思うとうんざりするが、それで
も律儀な楢崎は温泉饅頭の箱を数個手に取った。
「へへ」
夕食後、暁生は露天風呂に浸かり、思わず自然に笑みが零れてしまった。
昨日も同じ湯に入ったというのに、その時とは心境が全然違う。もちろん緊張しているのは変わらないが、こんなにずっと楢崎と2
人だけでいることが幸せでたまらないのだ。
「カレーも美味かったし」
旅館での夕食を考え、昼は少し違ったものを食べようということになり、楢崎が連れて行ってくれた。
「俺も人に聞いたんだがな」
少し照れくさそうに言っていたが、その噂の通りカレーは凄く美味しくて、暁生は思わずおかわりをしてしまったほどだった。
本当は、楢崎のような人には落ち着かない店だったかもしれないが、自分の食べる様子を目を細めて見つめてくれている様子に
暁生はなんだかずっとくすぐったかった。
(俺って・・・・・すごく、大事にされているよな)
楢崎がこんなふうに見つめるのは、きっと自分しかいないはずだ。
そして、自分がこんなにも胸を焦がして想うのも楢崎たった1人しかいない・・・・・そんなふうに思うと、暁生の緊張感が少し薄れ
た気がした。
「よしっ」
ザバッ
暁生は湯から出る。もう、今日は逃げるつもりはなかった。
暁生に続いて風呂に入った楢崎は、先ほどすれ違った暁生の顔を思い浮かべた。
程よい緊張感というのか・・・・・思いがけず禁欲的な色気を感じてしまい、ゾクッと背中が震えてしまった。
「・・・・・」
今夜は昨日のように暁生には酒を飲ませていない。抱くことは出来るが、それと同時に苦痛や恐怖も覚えさせてしまうだろう。
それでも、楢崎は今夜も暁生を逃してやるということはしないだろう。
風呂から上がると、座敷に暁生はいなかった。
楢崎は電気を消すと、そのまま布団の敷かれている部屋の襖を開ける。そこには布団の上で正座をしている暁生の姿があった。
(まるで、新婚の新妻のようだな)
そう思ってしまう楢崎は古い人間なのかもしれないが、寝室でこうして相手を待つ初々しい姿は好ましく感じる。
楢崎は黙って歩み寄ると、自分も暁生の向かいに正座をした。
「暁生」
「は、はい」
「ありがとう、俺を選んでくれて」
そう言うと、暁生はえっというように顔を上げてくる。その目を真っ直ぐに見て笑い掛けながら、楢崎はゆっくりと言った。
「お前を貰う」
「・・・・・っ」
「最後まで抱くぞ」
片膝を立てて手を伸ばし、暁生の肩を掴む。一瞬、暁生は後ろに身体を引こうとしたようだったが、楢崎は手の力を弱めないま
ま後ろへと押し倒した。
「あ、あの」
「ん?」
「お、俺、何をしたらい、いいんだろ?み、耳、つけた方がいい?」
「耳?」
(そういえば、夕べもおかしなことを言っていたが・・・・・まさか、な)
鞄の中身のことが頭を過ぎったが、まさかあれを暁生が見たということはないはずだ。楢崎は背後を振り向きたいのを懸命に耐
えながら、何もしなくていいと言った。
「そうでなくても、お前は辛い思いをするだろうし」
「・・・・・痛い、かな」
「昨夜、触って確かめたんじゃないのか?」
「えっ?」
どうやら、それは覚えていないらしい。
(覚えていたら、それこそガチガチに緊張してしまっただろうな)
これまでにもセックス紛いのことはしてきて、暁生の感じる場所は分かっているつもりだ。後ろの蕾も、指を2本まで入れ、それは痛
みではなく快感を感じるまでにはなっているはずだった。
もちろん、指と自分のペニスは比べようもないが、嫌悪感を感じるということはないはずだ。この時に向けて慣らしてきたのかもし
れないと思うと、暁生が切っ掛けを作らなくても、自分もいずれは暁生の全てを奪おうと思っていたのだろう。
「・・・・・愛している」
「!」
思わず零れてしまった自分の言葉に、暁生の見開いた目にたちまち涙が浮かぶのが分かる。その目に自分の姿が映っているの
を見つめながら、楢崎はゆっくりと暁生の唇を奪った。
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