異国の癒す存在
14
『』は中国語です。
「ありがとうございました!」
テイクアウトの客を笑顔で見送った真琴は、ようやく一息ついてふうっと溜め息をついた。
ふと見上げた店の時計は、そろそろ午後8時になりそうな時間だった。
「とりあえず、しばらくは暇ですよね」
「ああ、そうだな」
夕食時にあたる時間が過ぎると、少しだけ余裕が出てくる。後数十分もすれば、配達に行った仲間達も帰ってくるだろ
う。
「コーヒー入れましょうか?」
真琴が隣に立つ古河にそう言った時、タイミングよく注文の電話が鳴った。
場所はあの近くのカラオケ店で、大至急頼むとの事だった。
「後10分もしないうちに河野が戻って来るんだが・・・・・よし、俺が行くか」
「あ、俺行きますよ。直ぐそこだし」
「いや、でもな」
出来れば真琴に配達をして欲しくない・・・・・そんな古河の口調に首を傾げかけた真琴だが、続いてまた電話が掛かって
しまった。場所は店からギリギリ30分圏内のビルらしい。
「じゃあ、そっち古河さんお願いしますよ、俺時間内に行ける自信ないし」
「ん〜」
「ほら、早くしないと。あ、サンタの衣装は着なくてもいいですか?」
なぜか渋る古河の背を押して、真琴は一緒に店の前に出た。
「おい、マコ」
サンタの衣装にヘルメットを被りながら、古河はまるでお使いに出す子供に言い聞かせるように言った。
「届けたら真っ直ぐ帰るんだぞ?寄り道は無し」
「分かってますよ」
そんなに頼りないのかなと少し落ち込みそうになるが、真琴はさっさと届けに行こうと早足に歩き始めた。いくら近いとは
いえ、信号で捕まったりしていたらそれだけ遅くなってしまう。
(みんな心配性だよな〜)
これでももう直ぐ20歳になるんだけどと思いながら歩き続けた真琴は、案の定赤信号で足を止めてしまった。
「ここ、長いんだよ・・・・・」
熱々のピザは保温材の入っている袋に入っているので心配は無いが、手袋もしていない自分の手はピリピリと感じるほ
ど冷たい。今日は特に冷えるなと思いながら、横断歩道の向こう側に視線を向けた真琴は、
「あ・・・・・」
そこに立っていた人物に思わず声を上げてしまった。
「ジュウさん?」
12月の午後8時。本来なら真っ暗でもおかしくは無いが、この賑やかな町ではそこかしこの店の明かりや外灯のせいで
人の顔は分かるくらいに明るい。
その明かりで分かったジュウは、自分の存在に真琴が気付いたことが分かったのか、車道を挟んだ向こう側から軽く手を
上げた。
「すご・・・・・こんなに偶然って続くかな・・・・・」
さすがに、真琴も今日の再会を訝しんだ。
いや、この辺りにジュウの仕事相手がいたとしたら、ここで会うのはおかしいことではないかもしれない。しかし、こんなにタイ
ミングよく会うことはあるのだろうか。
「・・・・・」
やがて信号が青になり、真琴は横断歩道を渡っていく。
ジュウはその場から動くことは無く、真琴が自分に近付いてくるのを待っていた。
「こんばんはっ」
頭を下げながら言う真琴の吐く息は白い。
それを見たジュウは柔らかく笑み、コートのポケットに入れていた手を取り出して真琴の髪をクシャッと撫でた。
(な、何?)
ジュウの手は手袋を着けていた。しかし、その柔らかな手触りからすれば、かなりいい物なのだというのは分かる。
本当にお金持ちなんだなと、真琴は漠然と思った。
「お仕事中ですか?」
「・・・・・いや、マコに会いに来た」
「え?」
(俺?)
本当に驚いたのだろう、真琴は目を丸くした。
ジュウはその反応に満足し、チラッと横に視線を移す。すると、そこにそれまで全く存在を隠していた男が現れて、真琴の
手からピザの箱をそっと取り上げた。
「あっ、それ!」
「心配ない。注文したのは私だ」
「え?」
真琴を店から出す為にした注文だ。
いや、その前から立て続けに入った注文の半分近くはジュウの手筈で、自然な形で真琴が配達に出る形に仕向けたの
だ。
「あの・・・・・俺に何か用ですか?」
「私は仕事で日本に来たんだが・・・・・多少なりともマコと関わりがあるようになってね」
「関わり、ですか?」
「カイドー、知っているね?」
「海藤さん?」
それまで、どこか不安そうにジュウを見つめていた真琴だったが、ジュウが海藤の名前を出した途端明らかに顔色が変わっ
た。その鮮やかな変化に、ジュウは苦笑を零す。
「カイドーのことで、少し話がしたいんだが、マコ、いいね?」
「あ、で、でも、俺今バイトの途中で・・・・・」
「時間は取らせない。私の方から店には連絡をしておく。さあ、行こうか」
ジュウは真琴の肩を抱き寄せて歩き始めようとしたが、海藤の名前を出せば簡単についてくるだろうと思った真琴の足は
なかなか動こうとしない。
やがて、真琴はジュウを見上げながら言った。
「遠くは、やっぱり困ります」
「分かっている。近くに、美味しい飲茶を出す店が出来たばかりのようだ、そこで何かご馳走しよう」
「じゃあ、あの、連絡取っていいですか?」
「カイドーに?」
さすがに素直な真琴でも自分を疑ったのかと思ったが、真琴は首を横に振ると全く別の名前を出してきた。
「いいえ、バイト先の先輩に。少しだけ休憩を貰うように頼みますから」
「・・・・・いいだろう」
いきなり胸にある携帯のバイブが鳴った。
「待て」
海藤はジュウの件で、国内の誰とコンタクトを取ったかという報告を倉橋から受けていたが、そのまま倉橋の言葉を止める
と携帯を取り出した。
(古河?)
液晶に出た名前に、海藤の緊張感は高まった。この名前が出るという事は、十中八九真琴に何かあったということだ。
「はい」
海藤が直ぐに通話ボタンを押すと、通常より焦ったような古河の声が聞こえてきた。
【すみませんっ、マコが例の男に連れ出されたみたいで!】
「何っ?」
【配達に出た先で会ったようです。すみません、無闇に店から出すんじゃなかったのに・・・・・っ】
後悔したような古河の声に怒鳴ることが出来なかった。本来なら海藤こそ、真琴をマンションから出すべきではなかった
のだ。
「いや、気にしないでくれ。それよりどこに行ったのか分からないか?」
【一時間の休憩を欲しいって言ってたんで、そう遠くに行くつもりはないんじゃないかと思います。あ、それと、夜食は食べ
て帰るからと言ってました】
「・・・・・」
【関係ないかもしれないんですが、俺、最近大学の友人から、俺のバイト先の近くに美味い中華料理屋が出来たって
聞いていて・・・・・あの男が中国人だからってわけじゃないんですけど、ちょっと引っ掛かって】
「分かった、すまない」
海藤は直ぐに電話を切った。
「倉橋、真琴のバイト先の周辺に中華料理店があるか?」
海藤の様子から緊急な気配は悟っていたのだろう。倉橋は無言のままノートパソコンのキーを打ち始めたが、直ぐに該当
先を見つけたのか画面を海藤の方へと向けた。
「こちらだと思います」
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