異国の癒す存在




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『』は中国語です。





 案内された店はバイト先から歩いても15分ほどのごく近い場所で、真琴も看板だけは目にしていた場所だった。
中華料理店独特の鮮やかな色彩の外観ではなく、どちらかというとシックな装いのその場所は、真琴からすれば自分に
は縁の無い高級な店だろうと思っていた。
(すご・・・・・中もやっぱり豪華だ)
 店の中もモノトーンな色でまとめられ、時折スパイスのように赤い色が各所で効果的に使われていて、真琴はピザ屋の
制服のままの自分が1人場違いな感じがして落ち着かない気分だ。
(メニューに値段書いてないのが怖いし・・・・・)
 「何を食べる?」
 そんな真琴の様子を見つめながら、ジュウが穏やかに聞いてきた。
半ば強引にこの店に連れてこられたということを除けば、まるで普通の食事風景のようなのだが・・・・・真琴は少し困って
しまってメニューを閉じた。
 「あの、この後またバイトに戻らないといけないので長くはいられないんです。時間の掛かるものは駄目で・・・・・肉まんと
かあるんですか?」
 「肉まん?」
 「・・・・・」
(あ、失敗した?)
ジュウのような男にコンビニで気軽に買えるようなものを言うのは間違いだったかと思ったが、ジュウは直ぐにくっくと笑いなが
ら頷いた。
 「では、美味しい点心でも用意させよう」
 「は、はあ」
 店の人間を呼ばなかったが、ジュウがそう言った途端部屋の中にいた1人の男が外に出て行く。
海藤と共にいながらも、いまだに人を使うという風景を見慣れない真琴は、この男がいったいどんな立場の人間なのか、
今まで単に偶然知り合った感じのいい人という自分の印象を考え直さなければならないのかと思ってしまった。
 「あ、あの」
 「ん?」
 「海藤さんとお知り合いなんですか?」
 「・・・・・ああ、同じような立場だしね」
 「同じ・・・・・」
(じゃあ、ジュウさんて・・・・・)
 もちろん海藤はヤクザとしての顔だけではなく、実業家としての顔も持っている。
しかし、ジュウを取り巻く周りの人間を見ても、そしてジュウ自身の雰囲気から考えても、とても普通の実業家というように
は思えなくなった。
途中から、真琴自身も心のどこかで感じ、それでも打ち消してきた考え・・・・・それがもしかして現実なのかもしれない。
 「じゃあ、ジュウさんは・・・・・ヤクザ、さん?」
 「日本人ではないからね、ヤクザとは言わず、チャイニーズマフィアと言うんだよ」
 「・・・・・っ」
その言葉の響きに、真琴は思わず肩を震わせてしまった。



(出来ればもう少し何も知らせないままでいたかったんだが・・・・・)
 先程までの戸惑いが、ジュウが正体を告白した瞬間に色濃い恐怖の色に染まっていくのがよく分かった。
日本の中でチャイニーズマフィアという存在がどんな意味を持つのか、ジュウ自身分かっているつもりだ。
日本のヤクザとどんな違いがあるのだと思わないでもないが、恐れられる存在として知られているということ自体は歓迎す
べきことかもしれない。
 「マコ」
 「ジュウさん」
 ジュウの言葉を真琴が遮った。本来ならば許されるべきではない行為だが、もちろんそんなことを知らない真琴に一々
注意をするつもりも無く、それよりも真琴が何を言おうとするのかの方が気になってジュウは先を促した。
 「何だ?」
 「ジュウさんは、海藤さんの味方なんですか?」
 「味方?」
 「俺は、その、この世界のことを詳しく知っているわけじゃないけど、色々派閥っていうか・・・・・あんまり仲が良くない人も
いるみたいだから・・・・・」
 「・・・・・そうだな、仕事面に関しては、今のところ敵ではない」
 「・・・・・本当に?」
 「大東組とは協定を結んでいるんだ。開成会はその下の組織という話だが」
 「よかったぁ」
 ジュウの説明に真琴は明らかにホッとしたような表情になった。
その表情の変化を見ただけでも、真琴がチャイニーズマフィアとしての自分を怖がっているというよりは、海藤に対して敵か
味方か、そちらの方が気になっているのがよく分かる。
それほどに真琴に想われている海藤が、ジュウは少し・・・・・羨ましいと思った。
(私には、それほど私の身を気遣ってくれる者はいないからな)
 側近達は、皆ロンタウとしての自分に仕えているのだし、それ以外の家族と呼ぶ組織の人間達は、恐怖と損得だけで
自分に付いているだけだ。
近々結婚をする予定の幼い婚約者も親の言いなりになっているだけで、ジュウに愛情を持っていないのも分かっている。
 それでも構わないとジュウは思っていた。
愛情や信頼などという不確かなものにしがみ付いているよりも、はっきりと目に見える利害関係で結ばれている方が遥か
に御しやすいはずだった。
そして、それはジュウがロンタウになってから確かに間違いはなかったが・・・・・。
 「マコ」
 「は、はい」
 「お前はそんなに海藤を愛しているのか」
 「え・・・・・」
いきなりの問いかけにさすがに驚いたような真琴だったが、その顔が見る間に赤くなっていくのは分かった。
 「お、俺は・・・・・」
 「海藤を愛することで、お前に何のメリットがある?」
 「メ、メリットなんて、俺は・・・・・」
 『失礼します』
 その時、ドアがノックされてウォンが中に入ってきた。
表情を見れば食事が用意されたことを知らせにきたわけではないと直ぐに分かる。
 『連絡か?』
真琴を連れ出したことは既に知られているだろうと思っての言葉に、ウォンは簡潔に答えた。
 『店の外に。連れているのは1人です』
 『ここに来ているのか』
(早いな)
まさかもう場所まで嗅ぎ付けたとは思わなかったが、ここで追い返したとしてもまた別の方法を取ってくるだろう。真琴がここ
にいる限りあまり裏の自分を見せたくは無いジュウは、直ぐに頷いた。
 『客人を中に』
 一連の会話は中国語でしていたので、真琴は何を話しているのか全く聞き取れていないようだった。
どちらかといえば先程の言葉が途切れてしまったことを気にしているような様子の真琴に向かい、ジュウは穏やかな笑みを
向けた。
 「そろそろ、料理が出来る頃だな」



 海藤は綾辻と倉橋と共に、目星をつけた店の側に車を止めた。
確かにそこは真琴のバイト先からそれほど離れてはいない場所で、一見中華料理店には見えない外観だったが・・・・・。
 「いますね、4、5人」
明らかに見せ付けるように玄関先に2人の男が立っていたが、その他にも目に見えない場所に気配があると海藤に伝えて
くる綾辻に向かって頷くと、海藤は運転席に座る倉橋に言った。
 「ここで待機してくれ。30分経っても何も連絡が無い場合は、御前にその連絡をして指示を待つように。一連の経緯
は夕べメールで伝えてある」
 「・・・・・分かりました」
 多分、倉橋も共に行きたいと思ってくれているのだろうが、信頼出来る相手を全て犠牲にすることが出来ない以上誰か
を置いていかなければならない。
海藤はどちらがより優秀だという分け方をしたわけではなく、ただ綾辻の方が腕が立つので連れて行くことにしただけだ。
 「行ってくる」
 「待っててね、克己」
 倉橋を残して車を降りた海藤達は、そのまま真っ直ぐに店の前まで歩いた。
 「ロンタウに、海藤が来たと伝えてくれ」
 「・・・・・」
こんな正攻法が通じるかどうかは賭けのようなものだったが、海藤は一刻も早く真琴の無事な姿を見る為に、一番早い
方法を選択したつもりだ。
そして・・・・・。
 「どうぞ」
それほど時間を置くことも無く玄関先に現れたウォンに促された海藤は、そんな自分の行動が間違いではなかったと確信
した。