異国の癒す存在
22
『』は中国語です。
インターホンが鳴った。
先程エントランスから来訪を聞かされていたので真琴は直ぐに立ち上がったが、
「マコちゃん、一応確認ね」
「あ、はい」
綾辻に念を押されるように言われ、真琴は改めてカメラを覗いて相手を確認すると、玄関の鍵を開いた。
「すみません、古河さん、森脇さん」
「いや、俺達のことは気にしなくていいから。それよりマコ、お前大丈夫なのか?」
「はい」
「こら、そんなとこで立ち話しないで中に入んなさい。私の家じゃないけど、美味しいコーヒー豆がどこにあるのか知ってる
から出してあげる」
「は、はい」
にっこりと笑って言う綾辻の迫力に、古河は戸惑ったように頷いた。
夕べ、配達先から突然早退の連絡を入れた真琴のことを心配して、古河は体調を気遣うメールを送ってくれた。
古河の中にはあの時・・・・・悪い予感が過ぎってしまったあの時に真琴を無理にでも止めていれば良かったという思いが
あったのかも知れないが、真琴はそんな古河の気遣いが嬉しかった。
結局、店に置いたままだった服とカバンを持ってきてくれるという古河にマンションまで来てもらっていいかどうか、今日は
怪我の為安静にしているという口実で真琴と共にマンションにいる綾辻に聞くと、綾辻は笑いながら頷いてくれた。
そして・・・・・。
「森脇も一緒なんだが・・・・・」
大学で捕まってしまったと、古河が情けなさそうに携帯から連絡をしてくれたが、真琴はそれでも全然構わなかった。むし
ろ、人が多い方が気が紛れる気がした。
「うわ〜、俺、こんなハイレベルなマンション初めて見た」
今にも口笛を吹きそうな感じでリビングを見渡す森脇の腕を掴んだ古河は、何をしているんだと眉を顰めながら真琴の
進めたソファに一緒に腰を下ろしている。
「人の家をジロジロ見るな」
「お前、気になんないの?」
「初めて訪ねた家では普通遠慮するだろ?」
「俺は好奇心を抑えられないの」
店にいる時と変わらず、苦労性で頼り甲斐のある古河と、マイペースで楽天家の森脇。見ているだけでも楽しい2人の
掛け合いを真琴も自然と笑みを浮かべながら見た。
「いいんですよ、ちゃんと許可貰ってるし」
「魔王に?」
「おいっ」
さすがに綾辻の存在を気にした古河が森脇を諌めたが、綾辻は面白いことを聞いたというような顔をして身を乗り出し
て訊ねた。
「ね、魔王って、うちの社長のこと?」
「あ、いえ」
「ええ、ピッタリでしょう?」
「ホント、ピッタリね〜」
どうやら、綾辻と森脇は感性が合うのか、初対面だというのに会話が途切れない。
はあっと深い溜め息をつく古河のことを大変だと思いながら、真琴は今のうちにコーヒーを入れようかとキッチンへと足を向
けた。
(あの人の・・・・・部下、だよな?)
真琴とあの男が共に暮らしているらしいマンションで、まるで我が物顔に自由に振舞っているモデルのようにいい男。
あの男・・・・・海藤が許すくらいなのできっと関係者だとは思うが、見た目だけではとてもヤバイ職業に就いている男には
見えなかった。
どちらかといえば光の当たる場所に立っている方が似合っている・・・・・そう思いながら見ていると、その視線に気付いたの
か、いや、多分確信的に男は目線を向けてきて笑い掛けた。
「・・・・・っ」
女のように綺麗という形容詞は合わないかもしれないが、確かに魅力的な笑みだということは否定出来ず、無意識のう
ちの古河の頬は赤くなってしまった。
「今回はありがと」
「え?」
「あなたの機転で助かったわ」
「・・・・・マコ、やっぱり何か?」
リビングとキッチンは続いていて、普通の声で話しても声は聞こえる。
それでも僅かに声を落として訊ねた古河に、男はふっと微笑んだ。
「大丈夫。ここにいるってことは何もなかったってことよ。ただ、バイト先ではやっぱりあなた達に頼ることが多くなると思うか
ら・・・・・これからもマコちゃんをよろしくね?」
先程までは、男が見惚れてしまうほどに華やかな容姿のこの男が女言葉を使うのが変な気がしたが、不思議なことに今
は自然に耳へと入ってくる。
(顔がいい奴って・・・・・得かもな)
古河は漠然とそう思ってしまった。
何度も見掛けたことはあるものの、こうして正面から話すことは初めてだ。
(社長がTELナンバー教えるくらいのお気に入りだし)
真面目そうだが、普通の今時の青年に見える古河のどこを海藤が気に入ったのか、綾辻はせっかくだからと確かめること
にした。
「あの中華料理店、どこが変だと思った?」
「え?」
綾辻の突然の問い掛けに古河は面食らったようだったが、それでも直ぐに答えてきた。
「あそこ、初めはイタリアンの店だったんですよ。改装工事の時、俺前を何度も通って知ってたんですが、完成する直前
に中華料理店に変わったらしくて」
「ふ〜ん」
「オーナーが変わることって良くあることだからあまり気にはしてなかったし、客の入りも良さそうな感じで・・・・・。で、何日
か前に見たんです、あの男があの店に入るの」
「マコちゃんに言い寄ってる男?」
「ええ。中国人が中華料理を食べることに何の不思議もないんですが、その時男を出迎えた店の人間の雰囲気が少
し気に掛かって・・・・・信号待ちの時に見ただけだから気のせいかもしれないんですけど」
「・・・・・」
「だから、マコがあの男といるかもって思った時、あの店のことが頭にふっと浮かんで。俺、心配性だから取り越し苦労か
もって思ったんですけど・・・・・」
「ふ〜ん・・・・・なるほどね」
(バランスがいいのか)
こうして話している古河の印象は、きっと誰もが好青年だと思うほどだが・・・・・普通だ。記憶に残るほどの容貌をしてい
るわけではないし、纏っている雰囲気も華やかでもなく、好戦的でもない。
しかし、古河は頭の回転が速い。些細な変化や出来事も覚えていて、それを新たな出来事に重ね、総合的に考えるこ
とが出来るようだ。
見掛けと内面と、そのバランスがあまりにも良過ぎで、かえって特出した個性というものになっていないので、だからこそ今
回ジュウも真琴の側にいるはずの古河をそれほど重要視しなかったのだろう。
「スカウトしないでくださいよ?」
面白いなと思いながら古河を見つめていると、それまでマンションの内装にばかりに目をやっていたはずの連れの男が、
まるで綾辻の心中を察したかのように言った。確か、名前は森脇といった。
「こいつ、理想は平凡な一生なんですよ」
「平凡?」
「下に弟がまだ2人いますしね、波乱万丈な人生は面白そうだけど、こいつに限っては勧誘は無駄。マコの世話はこい
つが好きでしてるだけなんで」
「・・・・・君はいいの?」
「俺も、こいつとの付き合い止めたくないんです・・・・・分かるでしょ?」
言外に、ヤクザな商売に引き込むなと言っているのは直ぐに分かった。
そう思われることには慣れているのでなんとも思わないし、返って笑みを絶やさずに堂々と言ってのける森脇の度胸が楽
しい。
「残念、面白そうな人材なのに〜。なに、公務員にでもなるの?」
「それも平凡過ぎなんですけどね〜」
「何話してるんですか?」
ちょうどその時コーヒーを入れた真琴が戻ってきた。
綾辻が立ち上がる前に立ち上がり、フットワークも軽く真琴を手伝う古河は、森脇が言ったとおり本当に世話好きな長
男タイプなのだろう。
真琴の側にこんな人物がいて良かったと、綾辻も真琴の兄になったような気分で思った。
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