異国の癒す存在




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『』は中国語です。





 「貰った物ですけど・・・・・」
 店に置いたままだった服とカバンを持って来てくれた上、手土産まで持参してくれた古河に恐縮しながら、真琴は早速
土産のエクレアを差し出しながら言った。
 「古河さん、俺少しだけ休みを貰っても良いですか?」
 「・・・・・お前、やっぱり何か・・・・・」
 「い、いえ、昨日の話とは全く別で。そんなに長い休みじゃなくていいんですけど」
 「どのくらいだ?」
 「えっと・・・・・4、5日」
平均、週に4回バイトのシフトに入っている真琴。その入りの時間はまちまちだが、受付専門の自分が休めば迷惑を掛
けてしまうだろうということも自覚している。それでも、今の状態では休んだ方がいいだろう。
(・・・・・バイト先に来られると・・・・・困るし)
 ジュウの正体をはっきり知ったのはまだ昨日のことだ。真琴の中では、いまだにジュウをそんなに悪い人間だと思えない気
持ちがあるのは確かだった。
ただ、今隣に座っている綾辻が怪我を負ってしまったことも事実で、真琴は自分の周りに出来るだけ迷惑を掛けないよう
にするにはどうしたらいいのかずっと考えていた。
 「・・・・・大丈夫なのか?」
 心配そうに聞いてくれる古河の気持ちが嬉しい。
多分、色々と聞きたいことはあるだろうに、その嫌な部分には許しがあるまで踏み込まない古河の気遣いが心に沁みて、
真琴はちゃんと笑って頷く事が出来た。
 「はい、大丈夫です」
 「・・・・・分かった。店長には俺から言っておくから、来週一杯休んでいろ」
 「すみません」
クリスマスを間近にした一番忙しい時期に抜けてしまうのが本当に申し訳なくて、真琴は頭を下げたまましばらく顔を上げ
ることが出来なかった。



 古河と森脇を見送り、カップを片付けようとした真琴を綾辻は呼び止めた。
 「マコちゃん、何か変なこと考えてない?」
 「え?」
大学生活と同様、バイトも楽しくこなして来た真琴。その姿をずっと見てきた綾辻だけに、真琴が不本意な理由でその
場所から離れてしまうのが面白くなかった。
それに、もしかしたら真琴はジュウの言葉を真剣に受け止め、考えているのかもしれない。脅しという卑怯な手段を使って
いるあの男の言うことなど、全て頭の中から消し去っていいはずなのだ。
 「綾辻さん?」
 「マコちゃんに怖い思いなんかさせないわよ?何時も通りの生活をしててくれていいんだから」
 「・・・・・そんなの、出来ませんよ」
 「マコちゃん」
 「出来るだけ迷惑を掛けないようにすることしか・・・・・出来ないし」
 綾辻はそんなことはないと否定をしようとしたが、その言葉は口から出る前に消えてしまった。
どんなに慰めの言葉を言ったとしても、実際にジュウのあの言葉を、態度を見てしまったら、全く気にしないということなど
出来るはずがない。
思わず溜め息を付きそうになったが、それさえも真琴にとっては負担になるかと思い、綾辻はポンポンと真琴の頭を叩い
て笑った。
 「隣の部屋、ちょっと貸してね?定時連絡しなくっちゃ克己が煩いの」
 「あ、はい、どうぞ」
 今の自分に真琴を慰めることは出来ない。
とにかく少しでも早く海藤に帰ってきてもらうしかないと、綾辻はリビングから出ながら携帯を取り出した。



 綾辻に心配を掛けてしまったと、その背を見送りながら溜め息をついた真琴は、重い身体を何とか動かしてカップを洗
おうとする。すると、テーブルに置いていた携帯の音が鳴って、真琴は顔を上げた。
 「古河さん?」
今帰ったばかりの古河が何か言い忘れたことがあったのかと、真琴は何も考えずに携帯に出る。
 「はい?」
 【元気そうだな、マコ】
 「!」
(ジュウ・・・・・さん?)
 聞こえてきた声は、何時も自分と話す時のような穏やかな口調のジュウだった。
側に誰もいないこのタイミングでどうして電話が掛かってきたのか、そもそも、なぜ自分の携帯の番号を知っていたのかと不
思議に思いながら、一方で彼ならば分かるかもしれないと漠然と考えてしまった。



 「元気そうだな、マコ」
 【!】
 電話口の向こうで、真琴が息をのむ気配がよく分かる。
その表情までも想像出来て、ジュウは思わず口元に笑みを浮かべた。
 「おはようというには遅いか・・・・・目覚めはどうだった?マコ」
 【ジュ、ジュウさん、どうして俺の携帯・・・・・】
 「私に分からないものはない。そうは思わないか?」
 【・・・・・】
真琴からの答えが返ってこなくても、ジュウは苛立つことも焦ることもなかった。真琴の気配を感じるだけで心が穏やかにな
る自分自身が不思議だが、反対にこういう風に思える相手だからこそ欲しいと思うのだなと納得も出来る。
ジュウは戸惑う様子の真琴に更に言葉を継いだ。
 「日本を出る準備はしているか?」
 【そ、それはっ】
 「マコは何も持ってこなくてもいい。最高級の品を私が全て用意をしよう」
 【ジュウさん、待て下さいっ。俺、ジュウさんと一緒に行けな・・・・・】
 「軽々しく拒絶の言葉は言わないように。マコ、お前の言葉一つで、幾つもの命が消えるかもしれないぞ」
 脅しのつもりではなかった。
それは全て事実なのだ。
 「そこから出難いのならば私が迎えに行こう。心配しなくても、その部屋まで簡単に行く事は出来る。この番号は私への
直通番号だ、何時でも連絡を待っているよ、マコ」
 【ジュウさ・・・・・っ】
真琴の反論の言葉など聴く必要もないと、ジュウはあっさりと電話を切った。
(必ず・・・・・マコは連絡をしてくる)
 あの優しい青年は、自分の為に多くの命を犠牲にすることなど出来ないだろう。ましてや、愛する男の命は・・・・・。
 『・・・・・』
真琴の想いが海藤に向けられていることは面白くはないが、いずれ過去のものになる男のことなど気にする必要はないだ
ろう。
 真琴の声を聞いて機嫌が上昇したジュウだったが、ノックと共に中に入ってきたウォンの言葉に眉を顰めた。
 『ジュウ、リエン様からお電話です』
 『・・・・・』
リエンとは、来春式を挙げるジュウの婚約者だ。婚約者とはいえ、ジュウ直通の電話番号を知らないリエンは、その部下
であるウォンの携帯へと電話をしてきたんだろう。
 『・・・・・どうしました』
 ウォンから携帯を受け取り、穏やかに口火を切ったジュウだが、その口調も言葉遣いも儀礼的で、とてももう直ぐ妻に迎
える相手と会話をしているとは聞こえないだろう。
 『・・・・・私のことは気にせず、あなたは学業に力を入れなさい。では』
 ほとんど会話という会話をしないまま電話を切ったジュウは、無表情でウォンに携帯を返した。
 『向こうから連絡をしてきたというのに、ご機嫌伺いの言葉以外何も出てこない』
 『リエン様はまだお若いので』
 『両親の差し金だろうが、どうせならば問答も教えていればいいものを。あれを選んだのはお前だったな、ウォン』
数ある結婚相手の候補の中で、ジュウにとって一番利用価値の高い今回の相手を選んだのはウォンだ。
今更それを責めるつもりはないが、何時まで経っても一向に自分の内に入ってこようとしない相手に(ジュウも受け入れよ
うとはしていないが)多少の違和感は感じていた。
 『申し訳ありません、帰国しましたら話をします』
 『お前が動くこともない』
 『ジュウ』
 『あれは飾り物だ。外見さえ美しく装っていればいい』
 『・・・・・はい』
 最初から、愛情を持っているわけではない相手だ。若く、美しく、それなりのバックを持っていれば、顔など誰とすげ替え
たとしてもジュウにとっては関係ない。
愛する者はもう直ぐこの手に落ちてくるのだ・・・・・そう思うとジュウは自然に頬が綻ぶ。
(帰国する時が待ち遠しいな、マコ)