異国の癒す存在
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『』は中国語です。
ジュウを乗せた自家用ジェットが滑走路を飛び立った時、真琴と海藤はほとんど同時に溜め息をついた。
多分、それぞれに意味は違うだろうが、これで一応一つの決着が着いたことは確かだろう。・・・・・いや。
「・・・・・海藤さん」
真琴は海藤を振り返った。
クリスマスを数日後に控えているが、平日だからか、飛行機を見送る者も、見物する観光客もかなり少ない。
そんな中、海藤や綾辻の容姿や、その周りの警護する組員達の姿は目立っていたが・・・・・真琴はチラチラと向けられる
眼差しを一切気にせず、ガバッと頭を下げて言った。
「ごめんなさい!」
「・・・・・」
「自分で何とか出来るなんて思い上がっていて、結局海藤さんや綾辻さんを危険な目に遭わせてしまって・・・・・本当
にどう謝ったらいいのか・・・・・」
話せば分かってくれる。真琴は自分が知っているジュウという人間を信じてそう思った。
彼がいったい自分のどこをそんなにも気に入ってくれたのか、それは真琴自身は未だに分からないままだったが、それでも
ジュウの思いが自分の考えている以上に深いという事実を突きつけられた時、真琴は自分が何とかすると思った思い上
がりを後悔することになってしまった。
(怪我が無かったから良かったなんて、そんなの結果論だし・・・・・)
「本当に、ごめんなさいっ」
「・・・・・」
「・・・・・」
「真琴、顔を上げろ」
「・・・・・」
それまで、黙って真琴の言葉を聞いていた海藤が、静かに名前を呼んだ。
殴られても構わない、むしろ、そうされたいと思った真琴は、思い切って顔を上げて海藤を見つめた。
「叩くぞ」
「・・・・・うん」
ギュッと目を閉じ、奥歯を噛み締める。大人の男の腕力がどれ程のものかは分からないが、ここで叩かれなければ真琴
は何時まで経っても今回の自分の選択を後悔し続けてしまうだろう。
こんな時にも自分の気持ちを考えてしまうことが情けないが、真琴は全てにきっちりカタを着けたかった。
パシッ
「・・・・・っ」
音が鳴るほどの勢いながら、身体が吹き飛ばされるほどの力ではない平手打ち。
海藤の腕力ならば、それこそ歯も折れ、頬が腫れあがるほどの威力があるはずなのに・・・・・真琴は、少しだけヒリッとした
頬を押さえて海藤を見上げた。
「お前は、俺達を守る為に行動したつもりだろうが、お前が奴のもとへと向かったと聞いた俺がどう感じたと思う?」
「・・・・・」
「お前が俺達を守りたいと思っているのと同じように、俺達もお前を守りたいと思っている」
「海藤さん・・・・・」
「お前だけが犠牲になることなど、誰も望んでいないぞ」
「・・・・・うん」
「真琴、これからは何でも話してくれ。これは2人の問題で、どちらか片方だけが答えを出すことは止めよう」
そう言った海藤は手を伸ばして、たった今自分が平手打ちをした真琴の頬にそっと触れた。
「痛かったか?」
「・・・・・」
真琴は首を横に振る。こんな僅かな痛みなど、自分が海藤の胸に突きつけてしまった苦痛を考えれば、何でもないのも
同然だった。
(あら・・・・・本当に引っ叩いちゃった)
真琴が罪悪感を感じてそう言い出すのは予想が出来ていたことで、それでも綾辻は海藤はそんな真琴を抱きしめて諭
すのだろうなと思っていた。
それが、幾ら軽くとはいえ、本当にその頬を打つとはさすがに驚く。
今回のことに関しては、真琴のせいというよりは、ジュウという男の思いっきり重症な思い込みの結果で、これがマフィア
ではなかったらもっと簡単に解決出来たことだった。
目を付けられてしまった真琴を気の毒に思ったものの、綾辻は、いや、倉橋も、このことで真琴を責める気持ちは全く無
かった。
多分、それは海藤も同じだろうが、自分達とは違い恋人である立場の海藤は、真琴に対して今回の結果ではなく、そ
の過程のことを考えて欲しいということを伝えたかったのかもしれない。
今回はたまたま相手側に問題が起こって、結果が先延ばしになってしまうが、あの男は確実にそう遠くない未来再び2人
の前に現れるだろう。その時、今回と同じようなことをしたとしても、同じ結果が生まれるとは限らないのだ。
「そーよ、マコちゃん」
それならば、自分も少しだけでも海藤の言葉の付けたしをしておこうと思い、綾辻は、海藤の腕の中から自分へと視線
を向けてくる真琴ににこっと笑い掛けた。
「ああいうしつこい男の撃退策は、1人で考えても迷路にはまり込んじゃうから」
「綾辻さん・・・・・」
「マコちゃんに激ラブなダーリンの社長と、いい男の参謀がここにこうしているんだもの。利用しちゃった方がお得だと思うわ
よ?ねえ、社長」
海藤に笑みを向けると、綾辻の意図を汲んだのか海藤も頷く。
「そうだ。こいつは使える男だから、頼りにしてやれ、真琴」
「やだあ〜、あんまり褒めないでくださいよ。ホントのことでも照れちゃう」
(あ、笑った)
今にも泣きそうに歪んでいた真琴の顔が、綾辻の言葉に思わずといったように頬を綻ばせる。
やはり真琴の笑顔はいいなと思いながら、綾辻はホラホラと2人の背中を押した。
「早く帰って、無事な顔を克己にも見せてやって?顔を見ないと安心しないはずだから」
「倉橋、心配を掛けた」
「倉橋さん」
「・・・・・」
事務所に戻ると、倉橋は直ぐに真琴の側に駆け寄ってその肩に手を置いた。
「真琴さん・・・・・」
「心配を掛けてごめんなさい」
「・・・・・いいえ、ご無事で良かったです」
普段無表情といってもいいほど表情を変えることの無い倉橋が、安堵で柔らかな笑みを浮かべている。
今回は表立って動く綾辻とは対照的に、裏方に回って自分が手を付けられない通常業務の処理や、様々な手配をし
ていて、目に見えた状況が分からない倉橋はさぞ焦れていたことだろう。
「社長も、お疲れ様でした」
自分に向かって丁寧に頭を下げる倉橋に、海藤は久し振りに穏やかな口調で言った。
「お前も疲れただろう、今日はもう帰って休んでいいぞ」
「そういう訳にはいきません」
「克己、帰っていいって言ってくれてるんだから、帰りましょうよ、ね?」
「帰りたければあなただけどうぞ。私はやる事が溜まっているので、せめて定時までは帰るつもりはありません」
「も〜っ、克己の定時って9時10時じゃない〜」
相変わらず真面目な倉橋は、海藤の言葉や綾辻の懇願にも首を縦に振らなかった。
海藤としては、綾辻ももちろんだが、ずっと気を張り詰めていただろう倉橋に少しでも早く休んで欲しいのだが、自分達が
何を言っても倉橋が首を縦に振らないことも分かっている。
「マコちゃん」
すると、綾辻が真琴の耳元に顔を寄せて何事か呟いた。
それに頷いた真琴は、デスクに戻り掛けた倉橋の腕を掴む。
「真琴さん?」
「ご飯、一緒に食べましょう?」
「え?」
「こうして、俺がまだここにいられるのは、皆さんのおかげだから、今日は、俺に驕らせてください!」
「マ、マコちゃんっ?」
驕るという言葉は予定外だったのか、綾辻は慌てたように真琴を止めようとしたが、真琴は既に決めてしまったように倉橋
の腕を放さないまま海藤を振り返った。
「高い物は無理だけど、お願いしますっ、驕らせてください!」
「・・・・・じゃあ、ご馳走になろうか」
「社長っ?」
それで少しでも真琴の罪悪感が減るのならば、海藤はそれが例えジャンクフードでも、ラーメンでも、真琴に驕ってもらう
つもりだ。
そして、それは自分1人ではない方がいいというのも確実だった。
「お前達も付き合え。ただし、リクエストは無しだ・・・・・いいな?真琴」
真琴の身分相応の物でいいという海藤の思いが分かったのか、真琴も頬を緩めて頷いた。
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