異国の癒す存在









                                                          
『』は中国語です。





 「今回の来日は極秘だと言うことか?」
 「そうみたいですね。彼が一週間前に香港にいたという事は確認されているので、ここ10日ほど遡って国内の全国際
便、船、あと自家用ジェットの記録も探りましたが、彼の名前はありませんでした。ロンタウ本人は偽名の確率もありま
すけど」
 綾辻の報告に海藤は頷く。
彼のハッキングの能力は相当なものなので、漏れがあるという可能性は皆無に近いだろう。
 「でも、面白いことが1つ」
 「なんだ?」
 「彼の側近のウォンが三日前に来日しています。今回はうち(大東組)との取引の関係のようですが、彼は表でも顔が
知られているので、滅多なことでは偽名を使うこともないんですよね」
 「・・・・・」
 「同行者は10人。もちろん、その中にロンタウらしい名前はありませんでしたが・・・・・」
 「それだな」
 きっと、中国マフィアのトップである男は、ウォンの部下と身をやつして入国をしたのだろう。それがどういった目的でかは
分からないが、言える事はその時点では真琴との接点は無かったはずだということだ。
(それなら、昨日は本当に偶然だったというわけか?)
よりにもよって、どうして・・・・・と思わないでもないが、面識が出来てしまったことは仕方がない。
 「・・・・・」
 海藤が眉を潜めていると、傍に立っていた倉橋が動いた。
 「失礼します」
海藤がいる場所では常にバイブ設定にしている携帯が鳴ったようで、倉橋は一言断ってから電話に出た。
 「私だ」
自然と、海藤と綾辻も黙って倉橋の様子を伺う形になる。
すると、黙って相手の言葉を聞いていたらしい倉橋が不意に顔を上げた。
 「向こうが接触してきたようです」
告げると同時に手を伸ばしてきた海藤に、倉橋は無言で自分の携帯を手渡した。



 「何、あっち、またマコちゃんとこに来たの?」
 「店でピザをテイクアウトしているらしい」
 「あら、ま」
 倉橋は綾辻に説明しながらも、電話の向こうの部下の報告を聞く海藤の横顔から目を逸らさなかった。

 【今、ウォンが店にやってきました。・・・・・5人、みたいです】

用心の為にと真琴に付けた護衛からの報告。彼らには顔が知られているウォンの顔写真は見せていたので、直ぐにその
姿は分かったらしかった。
同行者は4人。その内の1人に対して、最高幹部のウォンが頭を下げている様子が見て取れたと言っていた。
(多分、それがロンタウ、か)
 綾辻と手分けをして調べた限りでは、怪しい入国者は確認出来なかった。
ただ、ウォンの来日というのは以前から決まっていたことらしく、もしかしたらその頃からロンタウの来日も計画されていたこと
かもしれない。
(でも、そうだとしたら・・・・・)
 「目的は何かしら」
 「・・・・・綾辻」
 まるで自分の心の声を代弁したかのような綾辻の呟きにはっと顔を上げた倉橋は、珍しく厳しい眼差しをしている綾辻
に向かって聞いた。
 「あなたはどう思われます?」
 「香港伍合会のトップが、わざわざ男の子1人の為に動くなんて・・・・・ちょっと考えにくいわね」
 「・・・・・」
 「普通に考えれば、自分の部下であるウォンが手を結んだ大東組という組織がどんなものか確認しに来たっていう方が
しっくりくるかも。向こうからすればいくら不景気だとはいえ、やっぱり日本は美味しい市場だろうし」
 「そう、ですね」
(そうだとしたら・・・・・今回真琴さんと彼らが出会ったのは、本当に不幸な偶然といったところか?)
 「日向組のお姫さんのトコには何も接触はないんでしょ?」
 「社長が伊崎さんに確認を取った時はそう言ってらしたようですけど」
 「マコちゃんとお姫さんって、全くタイプが違うんだけどね〜」
 「・・・・・ロンタウは既婚ですか?」
 「歳がはっきり分からないから・・・・・でも、血の繋がった後継者はいないような話だけど。あ〜あ、こんなことになるんだっ
たら、もう少し情報を集めておくんだったわ」
 「・・・・・」
(それだけでも十分だと思うが・・・・・)
 他であれば、多分綾辻の10分の1ほどの情報量しかないはずだ。
(いったい、この人はどんなバックを持っているんだろう・・・・・)
チラッと綾辻の横顔を見つめた倉橋は、自分と綾辻との間に高い壁を感じていた。



 「お疲れ様です!」
 午後11時15分。
何時もとほぼ同じ時刻にバイト先から出てきた真琴は、何時も海老原が車を止めている場所に目をやった。
 「え?」
そこに止まっている車は、何時も海老原が運転しているものとは違っていた。
しかし、十分見覚えがあるその車に思わず笑みを浮かべると、真琴の姿に気付いたのか後部座席のドアが開かれて海
藤が降りてきた。
 「海藤さんっ」
思いがけずに迎えに来てくれたことが嬉しくて、思わず駆け寄った真琴を笑みを浮かべて迎えた海藤は、モコモコの白いダ
ウンジャケットを着た真琴の身体を抱きしめた。
 「丁度時間が合いそうだったからな」
 「メールで教えてくれたら、もっと急いで着替えたのに」
 「慌てさせても可哀想だしな。真琴、まだお前の先輩は残っているな?」
 「先輩?えっと・・・・・」
 「以前、アパートまで見舞いに行った相手だ」
 「古河さんですか?はい、まだいますけど」
 「悪いが、呼び出してもらえるか?」
 「古河さんを?」
どうして海藤が古河を呼び出すのか、真琴は首を傾げてしまった。



 真琴を先に車に乗せた海藤は、少し離れた場所で真琴のバイト先の大学生である古河と向き合っていた。
本来は全く接点が無いのだが、以前古河が体調を崩して真琴が見舞いに行くことになった時、海藤も同行して手料理
を食わせたという経緯があり、その際に自分のプライベートアドレスを教えた。
 「急に悪いな」
 「いえ」
 まだバイト先の制服を着たままの古河。
普通の人間では怯えるだろう海藤の肩書きも知っている古河だったが、その態度には目に見える動揺などはない。
大学生にしては胆が据わっているというか・・・・・ごく自然体に見えた。
 「あの」
 そして、古河は頭の回転も早いようで、自分が海藤に呼び出された理由にちゃんと予想をつけていたようだった。
 「夕べの男のことですか?」
 「・・・・・お前の目から見てどうだ?」
 「・・・・・ちょっと、不気味」
 「・・・・・」
 「目に見えたおかしなところは無かったし、今日だって笑いながらマコと話をしていましたが・・・・・何て言うのか、その裏が
見えないっていうか・・・・・」
古河も、どう口で説明していいのか分からないようで考え込んでいたが、直ぐに自分が疑問に思ったことをポツポツと口に
した。
 「マコに近付く客って、癒されたいっていう奴とか、その、あなたの前で言うのもあれなんですが、下心付っていうか、とに
かく何らかの感情が自然と態度で見えるんですよ。本人が少しおっとりしてるから俺達も気をつけているんですけど」
 「・・・・・」
 「夕べは、あんな場所に1人で立っているっていうのが胡散臭いなとは思ったんですが、あれっきりかなとも思ってたんで
すよね。でも、今日店に来て・・・・・」
 「どんな様子だった」
 「・・・・・楽しそうでした。ちゃんと目も笑ってたし・・・・・でも、俺ちらっと見ちゃったんですよ、車に戻っていく時のそいつの
表情。まるで人形のように・・・・・いや、違うな、人形だったらまだ人の形をしてるけど、なんかその時は、機械みたいだなっ
て思ったんです」