異国の癒す存在









                                                          
『』は中国語です。





 午後の最後の講義を受け終えた真琴は、そのままバイト先に向かう為にキャンパス内を足早に歩いていた。
12月はピザ屋にとっては稼ぎ時だ。
本来は忙しい時の配達には店長が行ってくれるのだが、昨日自転車にぶつかってしまうという事故に遭って捻挫をしてし
まい、真琴と一緒にカウンター係に回ることになったという連絡が来た。
 真琴はもちろん配達に行くことは出来るものの、行く先々で引き止められて余計に時間が掛かってしまうので、ごく近場
の個人宅ではなく、飲み屋でもない場所(会社や酒を出さない店など)に限って配達を頼まれるかもしれない。
バイクを運転するのは今でも少し苦手ではあるが、ピザ屋のバイクは三輪なのでまだ安定感はあった。
(今日は古河さんは本店に寄ってから来るみたいだし、もしかして配達に回るのかな)
 門の外に出ると、少し離れた場所に海老原の運転する車が見えた。
 「わっ、もう来てくれてる!」
(最近、だいぶ早くから迎えに来てくれてるみたいだけど・・・・・)
以前から、真琴が電話をすればまるで待っていたかのように車が現れたが、最近は必ず校門が見える位置で車は既に
待ってくれている。
学校の友人達などは、またお迎えかとからかってくるが、真琴はそんな言葉よりも海老原を長く拘束しているようで気が
引けて仕方がなかった。
 本来、学生の自分に車で迎えなどというのは贅沢のような気がしていた。海藤が、自分が安心するからと言うので受け
入れてはいるが、危ないことが無い今はバスや地下鉄でも一向に構わない気がする。
(でも、今更いいですって言えないし・・・・・)
自分の為だというのが分かるので、真琴は今日も笑ってすみませんと駆け寄った。



 バイト先に行くと、既に店の中は慌しく・・・・・と、いうか、かなり混乱していた。
 「おはようございますっ」
 「マコ、待ってた!」
丁度電話を受けていた店長は、駆け込んできた真琴の姿にホッとしたように表情を緩めた。
 「角のカラオケ店から2件分の注文なんだ、直ぐ行けるかっ?」
 「はい!」
ここから歩いて10分もしない所にあるカラオケ店は、客の持ち込みもOKな店なのでよく注文が入る。
真琴は急いで配達用の服に着替えた。この時期・・・・・12月は、ピザ屋の配達の人間は定番のようにこの衣装になる
のだ。
 「お、可愛いな」
 「マコ、似合うぞ!」
 「ちょっと、変な妄想しそうだな」
上下赤い服に赤い帽子、襟元や袖口、そして帽子の先に付いてある白いボア。
そう、クリスマス恒例のサンタの衣装だ。
 「え〜、なんか、子供っぽく見えて嫌なんですけど・・・・・」
 仲間達の褒め言葉にも、真琴は複雑な気持ちだった。自分で見下ろした限りでは、どうしても小学生の学芸会のよう
な雰囲気でしかない。
それでも、これは決められていることなので、嫌だからと脱ぐことは出来なかった。
 「じゃあ、行ってきます!」
 「変な奴に付いて行くなよ!」
 「車に気をつけろよ!」
 「分かってますってば!」
(俺、そんなに頼りなく見えちゃうのかなあ)



 危なかしい運転で行くよりもと、真琴は大きなピザの箱を持って目的地へと走っていく。
夕方の6時、帰宅する会社員や学生達も多い中、サンタの衣装の真琴の姿はやはり目立つようで、おっと言うように振
り返られたり、中には携帯を向けてきて写真を撮ろうとする者までいた。
(ピザ屋のバイトを撮ってどうするんだよ〜)
 信号待ちの時も恥ずかしくて顔を伏せるが、真琴は自分がどういった目で見られているかとは全く分かっていなかった。
女のように・・・・・ということは無いものの、ほんわかした雰囲気を持つ真琴にサンタの衣装は意外に似合っていて、見てい
る中の大部分の者達は、何だか微笑ましい気分になっていたのだ。
 「あ!マコちゃん!」
 「マコちゃん、配達?」
 その時、いきなり真琴は後ろから声を掛けられた。
振り返った真琴は、そこにいた見慣れた顔に思わず顔を綻ばせる。
 「あ、カズシ君にユウジ君、マサヒコ 君、今から塾?」
 「そーなんだよ、今日は学校の行事の練習で遅くなってさ」
 「クリスマスの発表会なんてダサいって」
 「俺達、今時サンタなんか信じてないのにな」
 「え〜、勿体無い」
 バイト先に良く来てくれる仲良し3人組の小学生達は、もう6年生だからか言うことは既に大人並だ。
(俺なんか、中学生になってもサンタ信じてたのに・・・・・)
今時の子はこんなものなのかと、ほとんど同世代の弟のことを思い浮かべて・・・・・そうかもと妙に納得してしまった。自分
よりも遥かにしっかりしている弟も、きっとサンタは信じていないだろう。
 「マコちゃん、可愛いね、そのカッコ」
 「うん、よく似合ってる」
 「持って帰りたいくらい」
 「ありがと」
子供の言葉には笑って応対出来た真琴は、人波が動き始めたことにパッと視線を上げた。
 「あ、青だ。配達があるからまたね」
 「うん!またね!」
両手が塞がっている真琴は、手を振る3人に向かってもう一度笑って見せると、目的のカラオケ店へと足早に向かった。



 「・・・・・はあ〜」
 今時、ピザ屋の配達のサンタの姿は定番だと思うのだが、カラオケ店に行った真琴は妙に歓迎されてしまった。
どちらも大学生のコンパのような集まりで女の子もたくさんいたというのに、一緒に写メを撮らせてくれと言って煩かった。
男の自分に構うなど、女の子達は嫌がるんじゃと思っていたが、女の子達も一緒に写真に納まって楽しんでいたので、な
んとか雰囲気は壊さなかったようだと安心はした。
したが・・・・・やはり一度にわーっと来られると疲れてしまい、真琴は足取りも重く店へと戻っていた。
 「もう一時間近く経ってる・・・・・怒られるかな」
30分もあれば行って帰れる距離にこんなに時間を掛けるなど、本当に子供の使いのようだと落ち込み掛けた時、
 「マコ」
 また、名前を呼ばれた。
しかし、今度は子供特有の高い声ではなく、しっとりと落ち着いた大人の声だ。
そして、真琴はその声に聞き覚えがあった。
 「あ」
 声は、真琴が歩いている歩道の横、車道の方から聞こえた。
視線を向けるとそこには窓にスモークを張った黒のベンツが止まってあり、開いた窓から穏やかな笑みが覗いていた。
 「えっと、ジュウ、さん?」
確かそんな名前だったよなと思いながら言うと、男・・・・・ジュウは車から降りてきた。
今日も上等なスーツ姿で、後から出てきた部下らしい男がジュウの肩にコートを掛けている。
(うわ・・・・・社長さん、かな)
多分、かなり地位のある人なんだろうなというのは分かるものの、一見してどんな職業の人物なのかは分からなかった。
物腰は柔らかい気はするので、もしかしたら客商売なのだろうかと色々考えるものの、バイト先に来た客の背景を勘繰る
のもおかしいと思い、真琴は頭の中に浮かんだものをパッと追い払った。
 「仕事?」
 「はい、近くに配達があって。ジュウさんはお仕事ですか?」
 「・・・・・まあ、そうかな」
 「大変ですねえ」
 「・・・・・」
 「・・・・・えっと、何ですか?」
 じっと視線を向けられた真琴は少し居心地が悪くなる。
すると、ジュウは目を細めて言った。
 「その服は、制服?」
 「あ、これ、12月は配達の人間はこのサンタの衣装を着ることになってるんです。あんまり似合わないですよね」
恥ずかしくて照れ笑いをする真琴に、ジュウはいやと言った。
 「マコの雰囲気に合っている」
 「え?」
 「兎のような白い毛皮や帽子も似合いそうだがな」
 「は・・・・・あ」
いきなりジュウの口から出てきた兎という例えに、真琴は何と答えていいのか複雑な気分だった。