異国の癒す存在









                                                          
『』は中国語です。





 綾辻が出張中の今、倉橋は眠る暇さえ惜しいほどに忙しかった。
もちろん、開成会は無能な人間ばかりというわけではなく、高学歴の海藤や倉橋の大学の後輩で、彼らの類まれな経
済力を間近で勉強したいという者や、綾辻を慕って入ってきた者達など、様々な背景を背負っている。
ヤクザといっても経済ヤクザの本流をいっている開成会には、他の組が喉から手が出そうなほどの優秀な面々が揃ってい
るのだ。
 しかし、どんなことでも自分が目を通さなければ気が済まない性格の倉橋は、他の組員達の少し休んで欲しいという
言葉にも曖昧な相槌を打って、昨日も事務所に泊まりこんでいた。

 「倉橋幹部」
 そんな時、倉橋の部屋をノックして部下が入ってきた。
自分の部屋へは儀礼的なノックをすればそのまま入ってきていいと言っているので、倉橋は不思議にも思わず書類に目
を落としたまま言った。
 「何だ」
 「電話が掛かっているんですが」
 「・・・・・」
倉橋は顔を上げた。
そこには、綾辻の下に付いている三好(みよし)が立っている。今回の出張にも初めは同行する予定だったが、中国語に
堪能な為に綾辻が念の為と残していったのだ。
 「誰だ」
普通、倉橋ほどの地位の人間に回す電話ならば、内線を使って知らせてくるはずだった。
それが、わざわざ相手を待たせて倉橋の部屋まで直接知らせに来るとはと、倉橋はザワッとした違和感を感じる。
 「名前を名乗りません」
崇拝する綾辻と同じように髪を染め、ピアスを付けている三好は、口調だけは変に生真面目なままそう言った。
 「・・・・・」
 「社長か、それに続く位置の者を出せと言うばかりで・・・・・」
 「・・・・・」
 怪しい電話ならば、それこそわざわざ倉橋にまでまわしてくることは無いはずだ。報告にはその続きがあるのだろうと、倉
橋はじっと三好を見ていた。
 「ただ、会話は全て中国語です」
 「・・・・・っ」
その言葉に、倉橋は思わず手を握り締める。
 「私は多少言葉が分かるので、そのまま上に伝えるからと言ったんですが、どうしても下っ端じゃ話にならないと言って」
 「分かった」
 そこまで聞いた倉橋は直ぐに電話を取った。
倉橋自身、中国語は簡単な挨拶くらいしか聞き取れないが、そんなことを言っている場合ではない。
(間違いなく、香港伍合会だな)
こんなに早く向こうから接触してくるとは思っていなかったが、想定外の事だと慌てていても仕方がない。
 『ご用件は』
内心の動揺を全く感じさせない口調でそう言った倉橋の顔は、相手の言葉に驚きの表情へと変わっていった。



 海藤は携帯を切った。
(また、近付いてきたのか・・・・・)
真琴のバイト先の人間である古河からの電話。仕事の合間から掛けてきたからか簡単に事実だけを知らせてきたが、海
藤にとっては十分な内容だった。
 再び真琴の前に現れたという青い目の中国人。
2人の会話の始めの方は聞いていなかったらしいが、古河が見た限りでは真琴をどこかに連れて行こうとしているようだっ
たらしい。
ただし、無理矢理という雰囲気ではなく、古河が間に入るとあっさりと引き下がったとも言っていた。

 【怖いって感じじゃありませんでしたが、どこか不気味に感じました。何考えてるんだろうって】

 確かに、話を聞いた限りでは、相手が真琴に何を求めているのかがはっきりと分からない。特に強引に事を運んでいる
ようにも思えない。
それが返って海藤にどういった手を打てばいいか、判断を迷わせている要因にもなっていた。

 トントン

 その時、ドアがノックされた。
黙っているとドアは開かれ、中に倉橋が入ってきた。
 「よろしいですか?」
 「何だ」
 「今、香港伍合会のウォンからコンタクトがありました」
 「内容は」
 「ロンタウが社長に会いたいと言っているそうです。10分後、もう一度向こうから連絡があって、その返答を聞くと言われ
て電話は切れました」
(俺に、会いたい?)
それは、どういう意味なのだろうか。
真琴の側に自分がいるということは既に知られているとは思っていたので不思議ではなかったが、まさか向こうから直接連
絡が来るとは思わなかった。
それも、真琴のことを切り出すのではなく、海藤に会いたいと言って来るとは・・・・・。
 「もう4、5分で連絡が来ます。返答はどのように?」
 「場所と時間を聞いてくれ。出来れば早い方がいい」
 「社長」
 「向こうから連絡が来たのなら好都合だ。直接会って目的を聞く」
 様々な予想は、この数日でかなりの数したと思う。しかし、それは全て予想で、もちろん真実ではない。
得体の知れない不気味さをずっと感じているよりも、直接会ってその目的を聞いた方が当然早いし、分かりやすい。
会うなり自分の命を狙うことは無いだろうという、根拠の無い確信が海藤にはあった。何度も真琴に会いに来て、それで
も強引な手段を取らなかった相手を、そういう面では信用しているのかもしれない。
 「避けていても始まらないからな、取り合えず・・・・・」
 言葉を続けようとした海藤は、デスクの上のパソコンにメールが来ていたことに気付いた。多分、古河と話していた間のこ
とだろう。
 「・・・・・」
 「社長?」
 「綾辻からだ」
直ぐにメールを開いた海藤は、長い文章に素早く目を走らせる。
取りあえずの報告なのでかなり簡潔にしたのだろうが、それでもかなりの長い報告になっていた。
 「戻るのは明日の朝だそうだ」
 「明日・・・・・」
 「綾辻も他の連中も五体満足で帰れるらしい。良かったな、倉橋」
倉橋がどう反応していいのか分からないという様な複雑な顔をした時、海藤のデスクの上の電話が鳴った。倉橋はぱっと
時計を見上げた。
 「きっと、ウォンです」
 「俺が代わる」
海藤はパソコンの画面から目を離さないまま、倉橋に向かって言う。頷いた倉橋はそのまま受話器を取った。予想通りの
相手だったようだ。
 「このまま切り替えろ」
そう言うと、倉橋は軽く咳払いをして言った。
 『ボスに代わります』



 「あ、海藤さんからだ」
 休憩時間、控え室で差し入れの肉まんを頬張っていた真琴は、ポケットに入れていた携帯が震えたのに気が付いた。
メールの着信を知らせるそれに、真琴はいったい何だろうと画面を開いた。
 「・・・・・遅くなるのかあ」
何時もの帰宅時間よりも遅くなるから先に寝ているように。
海藤からのメールは用件のみの場合が多かったが、あれほどに忙しい中わざわざ連絡を入れてくれる優しさと、自分への
気遣いを感じるので、真琴は全て取ってある。
 「遅くなるって、何時頃なんだろ」
(明日は午前中講義も無いし・・・・・待ってようかな)
 海藤が自分を気遣ってくれているのは嬉しいし、よく分かるが、それでもお帰りなさいという言葉で迎えたいというのが真
琴の本心だ。
きっと、海藤は困ったような顔をするだろうが、仕方ないというように苦笑しなからただいまと言ってくれるに違いない。
 「うん、待ってよっと」
とり溜めていたDVDを見たりしていれば、あっという間に時間は経つだろうと思いながら、真琴は海藤に返信のメールを送
ることにした。






                                      






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