くーちゃんママシリーズ





第二章  マタニティー編   3







 三日後、倉橋は海藤の供で大東組の東関東支部へと向かった。
月例会・・・・・ほとんど顔見せのようなものだが、それでも出席しなければ痛くもない腹を探られてしまうので、海藤もその後の宴
席は途中で席を辞することが多かったが、酒代と称してかなりの現金を置いていくことが常だった。
 堅苦しい席の嫌いな綾辻は今までほとんどそれには同行しなかったが、倉橋の身体のことが分かってからは何度も自分が同行
すると言ってきた。
 しかし、いきなり何時もと違うことをして、開成会以外の者達に不審を抱かれたくないと、倉橋は今回もこうして、自分が海藤と
共にやってきていた。
 「無理はするな」
 「はい」
 海藤は言葉少なく気遣ってくれる。その加減が倉橋には心地良かった。
それに・・・・・。
(きちんと会って礼を言わなければ・・・・・)
今回は特に、この月例会で会いたいと思う人物がいたのだ。



 「おっ、また今回もお前か。まだいいのか?」
 「はい。ご心配を掛けまして」
 事務所の中にはそれぞれ控室があり、下っ端(年功序列で若い者)は数人同じ部屋になるのだが、倉橋が海藤と共に訪れた
時、既にそこには先客がいた。
そして、その先客こそ、倉橋が先ず礼を言いたいと思った人物だった。
 「上杉会長」
 「ん?」
 「先日はありがとうございました。まさか、祝いを贈っていただけるとは思わなくて・・・・・」
 「何言ってんだ、めでたいことだろ」
 お前とは個人的にも知り合いじゃねえかと豪快に笑った上杉滋郎(うえすぎ じろう)は、自分の前に立つ倉橋の姿を頭から足
先まで何度も繰り返し見て・・・・・首を傾げた。
 「お前、あんまり変わってないが・・・・・もうそろそろだろ、出産は。大丈夫なのか?」
 「はい、お気遣い無く」
遠回しにではなく、はっきりとした上杉の物言いに、さすがに倉橋は戸惑ってしまった。



 同じ大東組系列で、羽生会会長である上杉から荷物が届いたのは先月、月例会が終わってから一週間後のことだった。
海藤宛ではなく、自分宛の荷物ということに首を傾げた倉橋がそれを開いてみると、何と中から出てきたのは大量の粉ミルクで。

 【残念ながら、お前からは母乳は出ないだろうしな】

 付いていたメッセージに目を通した倉橋は、一瞬気が遠くなってしまいそうなほどの羞恥に襲われた。
そして、どうして上杉が箝口令を敷いていたはずのこの事実を知っていたのか・・・・・動揺する脳を働かせて何とか思い当たったの
は、数日前の真琴の言葉だった。

 「あの、絶対に喜んでくれると思うんです。話しちゃ駄目ですか?」

 真琴が言うのは、友人達である苑江太朗(そのえ たろう)、日向楓(ひゅうが かえで)、小早川静(こばやかわ しずか)、高
塚友春(たかつか ともはる)達のことだった。
 出来れば今回のことはごく身近な者達にしか教えたくは無かったが、多分、今後彼らと係わることはあるだろうし、彼らが真琴の
妊娠の時も心から祝福してくれたことは知っているので、彼ら限定でお願いしますという条件付で頷いた。
 それでも、きっと彼らの恋人にまで話が行ってしまうだろうとも思ったが、ある程度の地位にあるその恋人達は、それなりに大人の
対処をしてくれるだろうと信じることにした。
それが・・・・・。
(上杉会長・・・・・)
 届いた贈り物は、上杉からだけではなかった。
日向組の若頭、伊崎恭祐(いさき きょうすけ)からは、食べきれないほどのフルーツが。
大東組理事の江坂凌二(えさか りょうじ)からは、幼児教育の教材一式が。
そして、遥々イタリア在住のマフィア、アレッシオ・ケイ・カッサーノからは、イタリアブランド物の子供服や靴が。
 「・・・・・」
 それらを前にした倉橋は絶句したが、さすがの綾辻は、
 「現金の方が良かったわね」
と、言って笑った。



 その粉ミルクの礼は、とても自分では言えなかったので綾辻に押し付けてしまったが・・・・・結局、自分からも礼を言った方が良
かったのではないかとその後で考えるようになってしまい、倉橋は必然的に会うことになるこの月例会を礼を言ういい機会だと思っ
たのだ。
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 「・・・・・何が違うんだろうな」
 「え?」
 じっと自分を見つめていたかと思うと、いきなりそう切り出した上杉に倉橋は戸惑う。
一体何が言いたいのだろうか?
 「お前の性格なら、ノーマルなセックスだろ?」
 「・・・・・は?」
 「俺も、昔の遊びならともかく、タロ相手にはノーマルなセックスしかしてないんだがなあ。どうしてデキないんだ?開成会では何か
特別な講習でもしてんのか?」
 「・・・・・」
 その言葉に、倉橋は何と答えていいのか分からなかった。
上杉は、どうして真琴や倉橋が妊娠して、自分の恋人である太朗が妊娠しないのか・・・・・それを不満に思っているようだ。
倉橋は内心、まだ高校生の太朗に妊娠するという現実は重たいのではないかと、ごく当たり前なことを考えてしまうが、破天荒だ
という噂の上杉の性格では納得が出来ないかもしれない。
(だが、男だからというのも・・・・・おかしいし)
 現に、男である自分が妊娠しているのだ、その理由はとても合っているとは言えないだろう。
(な、何て答えればいいんだろう)
ここにいるのが綾辻ならば、きっと上手い切り返しが出来ただろうに、自分は真面目に考え、面白くない理由を探るばかりだ。
一体どうすればいいのかとどんどん追い詰められてしまった時だった。
 「子供は、神様がコウノトリに運ばせるらしい。煩いお前達の所には寄る気もしないんじゃないか」
まるでセリフを棒読みするようにして部屋に入ってきたのは、大東組の若き理事、江坂だった。



 どういった理由かは分からないが、助け舟を出してくれた江坂に、倉橋は身体を向きなおして深く頭を下げた。
 「江坂理事、先日はありがとうございました」
 「・・・・・」
江坂はチラッと眼鏡の奥から倉橋を見つめる。
 「あまり、外見は変わっていないようだが」
 「・・・・・」
 「静がどんな様子なのか心配していたので見に来たが、これでは報告のしようも無いな」
 「・・・・・すみません」
 「謝ることは無い」
 まさか、江坂がわざわざ部屋を訪ねて来てくれるとは思わなかった倉橋は恐縮してしまうが、緊張という言葉とは縁遠い上杉は
椅子から立ち上がることも無く言った。
 「江坂理事のとこもデキてないんでしょ?セックスはノーマルに限りますよ」
海藤や綾辻みたいにと笑う上杉の口を塞いでしまいたいが、もちろんそんなことなど出来はしない。
自然と、倉橋は海藤に助けを求めるような視線を向けてしまった。
 「・・・・・上杉会長、他人の下半身事情を言うのは大人気ないですよ」
 「ふんっ、海藤、お前はもう自分に子供が出来たからそんなことを言うんだろ」
 「ですが、上杉会長は私のセックスを見たことは無いでしょう?どうしてノーマルだと思うんですか?」
 「何?」
 思い掛けない海藤の反論に、さすがの上杉が驚いたように聞き返す。
すると、それまで黙って上杉の言葉を聞いていた江坂も、冷めた眼差しを向けた。
 「多分、お前の所のあの子供よりは、静の方が早く子が出来るだろう。その時になって私にあたるなよ、上杉」
 「・・・・・あー、はいはい」
 投げやりな上杉を一瞥すると、江坂は声の質を変えて倉橋の名を呼ぶ。
 「倉橋」
 「はい」
何を言われるのか・・・・・立場を考えず、男の身で妊娠した事を叱責されても仕方が無いと倉橋が覚悟をした時、江坂はポンと
その肩を叩き、思いがけず穏やかな口調で切り出した。
 「お前は大東組にとって大切な戦力だ。思い掛けないことで混乱もあるだろうが、お前の席は空いていると思っていていい。そう
だな、海藤」
 「はい」
 「身体を大事にしろ」
 「・・・・・ありがとう、ございます」
 居場所がある・・・・・そう言ってもらえたことがとても嬉しく、倉橋は泣きそうになってしまうのを唇を噛み締めて何とか堪えることし
か出来なかった。






 「お疲れ様」
 事務所に戻ると、綾辻は待ちかねていたように立ち上がり、ざっと倉橋の全身を確かめるように見てきた。
別々の行動を取る時は必ずといってそうで、彼が自分の身体のことを心配しているのだという事実に恥ずかしくなり、倉橋は何時
ものようにそっけなく口を開いた。
 「変わったことは?」
 「なかったわ。それと、メール打っといたから」
 「メール?」
 「これ」
 綾辻が画面を開いて見せてくれたそれは、見事な英文だった。
 「・・・・・カッサーノ氏に?」
確か、品物が届いた翌日には礼のメールを送ってくれたはず・・・・・倉橋のその疑問に気付いたのか、綾辻はふふっと笑いながら
さらにキーを操作した。
 「前回は何だか堅苦しかったから。今回は追加として写真も添付しておいたわ」
 そう言いながら、画面に大きく出た写真は、
 「!」
アレッシオが贈ってくれた子供用の服を手に取り、少しだけ笑みを浮かべている自分の横顔で・・・・・。
 「こ、これはっ」
 「やっぱり、受け取ってどんな気持ちだったか、これが一番素直に表れていると思って。彼からの返信にも、喜んでもらえて良かっ
たってあったわよ」
 でも、彼の文章も硬くて面白くないのよね・・・・・などと言っている綾辻の言葉は既に倉橋の耳には届いておらず、この恥ずかし
い自分の写真をどうにか削除してもらえないかと目まぐるしく考えていた。





                                   





今日はゲストさん登場。
彼らもきっと、早く恋人との間に子供が欲しいでしょうね。