くーちゃんママシリーズ





第四章  子育て編   3







 その日、開成会の事務所ビルの中には何時も以上の人間がいた。
それは開成会の会長兼、会社社長である海藤が1日中事務所にいることももちろん、幹部である倉橋と綾辻がいることも理由
の一つであるが、他にも、今日は数組の大事な来客の予定があるからだった。
 その海藤は一時間ほど前に自分が運転する車で出掛けている。
 「ケーキは買ってきたか?」
 何事も準備万端にしていなければ気がすまない倉橋が1階の事務所に顔を出すと、若い組員がはいっとまるで学生のように
片手を上げて椅子から飛び上がった。
 「女に人気のある店のやつ、全種類買い占めてきました!」
 「・・・・・いくつある?」
 「全部で、確か42種類だったと・・・・・」
 「・・・・・」
 倉橋はハァと溜め息をついた。確かに足りないよりは多い方がいいだろうが、それでも限度というものがある。組の連中が皆甘
党だとは限らないのだ。
(土産に持たせる用に箱を用意しておくか)
 「克己」
そんなことを考えていた倉橋に、我が物顔に肩を抱きながら声を掛けてきたのは綾辻だった。
 「まあ、良いじゃない。たかちゃんも色んなケーキの中から好きなのを選べるし。マコちゃんだって2つくらいは食べてくれるんじゃ
ない?後は、腹ペコ将軍が結構消化してくれるわよ」
 「・・・・・そうですね」
 とりあえずは忘れなかっただけいいかと、倉橋は若い組員に御苦労さまと伝える。
見上げた時計は午後2時。そろそろ、待ち人は来る頃だった。



 「こんにちは〜」
 「こ〜ちわ〜!」
 それから10分もしないうちに、事務所の中に明るい声が響いた。
普通の会社の形態を取っているものの、厳ついヤクザが大勢いる事務所には不似合いな声の主は、全く臆することなく中に入っ
て来て頭を下げて来る。
 「お仕事中、遊びに来てすみません」
 「いらっしゃい、マコちゃん」
 海藤の伴侶である真琴と、2人の間に生まれた貴央。
自分達よりも一足先に男同士の出産と子育てを経験している真琴は、綾辻や倉橋にとっても頼りになる子育ても先輩だった。
 今は休学していた大学にも復学し、子育てと勉強に忙しい毎日を送っている真琴がこの事務所に遊びに来ることはなかなか
無かったが、今回はどうやら貴央にねだられたという話らしい。

 「くーちゃにあう!」

 貴央にとって、子供に対しても人当たりが良い綾辻はよい遊び相手という感覚のようだが、生真面目で物静かな倉橋のことも
とても気に入っていたらしく、最近なぜ遊びに来てくれないのかと駄々をこねたようだ。
 綾辻も倉橋も、2人が来てくれることはとても嬉しく思うし、けして迷惑ではないのだが、仕事をしながら子育てをしている倉橋の
ことを考え、慣れるまで少し待っていてくれたのだろう。
 「ゆう!」
 甲高い子供の声が自分の名を呼ぶ。
 「たかちゃんもいらっしゃ〜い」
 綾辻は笑いながら、その子供・・・・・貴央を抱き上げた。
その年頃からすれば少し小柄ではあるものの、眩しいほどの明るい笑顔とくるくる動く瞳は母親似なのだろうか。生まれる前から
その成長を見続けてきた綾辻は、自身も優希という子供の親になってから、さらに貴央への愛情も増したような気がする。
 「なかなか遊びに来てくれなくて寂しかったわ〜」
 「ゆう、かなしかった?」
 「今日、たかちゃんの顔を見れたから嬉しい」
 「マコ!ゆう、うれしーって!」
 「良かったね〜」
 真琴は相変わらずのほんわりとした笑みを浮かべて頷いている。
もう母親としての貫録もついているのに、纏っている雰囲気は以前とほとんど変わらないというのは凄い。
(きっと、きついこともあるんでしょうけど)
 子供を産んで、楽しいことや嬉しいことの方が断然多いだろうが、辛いことや苦しいことが全く無いということは考えられない。
伴侶である海藤も支えているだろうが、本人はまだ20代前半なのにとても強いなと感心した。
 「でも、本当に良かったのかな、ここまで押し掛けてきちゃって」
 「構わない」
 そして、そんな真琴をしっかりと支えている海藤。今もマンションまで自ら迎えに行ったのだろうと思うと、その過保護ぶりは自分
にも負けないなと笑みを漏らした。



 「こんにちは、貴央君。いい子にしてましたか?」
 「は〜い!」
 片手を上げて元気よく返事をする貴央を見て、倉橋は目を細めて笑みを漏らした。
以前は頻繁に2人のもとに通っていたが、自分自身が妊娠し、出産して子育てを始めると、とても余裕が無くなってしまった。
それでつい、足が遠のいてしまったのだが、もちろん忘れたことは無かったし、自分に、誰かを無条件で愛おしいと思う感情を呼
び覚まさせてくれた存在である貴央のことを何時も気にしていた。
 こうして久しぶりに会うと、身体の成長と共に内面の成長も良く分かる。子供は本当に成長が早いなと思うと、それが優希の
ことにも繋がった。
(あの子も、こうして素直に大きく育ってくれるだろうか・・・・・)
 「真琴さんの言うこともちゃんと聞いていますか?」
 「うん!たかちゃん、いーこだもん!」
 「ええ・・・・・貴央君は本当にいい子ですね」
 頭を撫でてやると、貴央は倉橋の手を掴んで早くと言ってきた。
 「はやく、あか、みたい!」
 「あか・・・・・赤ん坊のことですか?」
 「くーちゃの、あか!」
そういえば、病院には何度も見舞いに来てくれたが、退院してからは数えるほどしか会ってはいなかった。
随分と大きくなった優希を見て欲しいと素直に思う。
 「多分起きていると思うので・・・・・一緒に行きますか?」
 「いく!」
 倉橋が手を差し出すと、小さな手がしっかりと握り返してくる。優希とこういうふうに一緒に歩けるまでには後どのくらい時間が掛
かるのだろうか・・・・・遠いその未来を考えて、倉橋はゆっくりと歩き始めた。



(倉橋さん、元気そう)
 久しぶりに会う倉橋の表情はとても穏やかで、真琴は自分の心配が余計なものだったと安心した。
退院したばかりの頃は、神経質なほどに気を配り、同時に周りにも気を遣かっていて、今にも細い糸が切れてしまうような危うさ
を感じていたが、今は・・・・・もう、大丈夫だ。
 「あう」
 「あ」
(元気な声)
 丁度都合よく起きてくれていたらしく、真琴はベビーベッドの上で元気に手を動かしている優希を見ることが出来た。
 「ゆうちゃん、こんにちは〜」
言葉は分からないだろうが、声に反応して声を上げてくれる。
久しぶりに見る小さな赤ん坊に昔の貴央の姿を重ねて、真琴は抱いてもいいですかと倉橋に訊ねた。
 「もちろんです、抱いてやってください」
 ゆっくりと抱きあげれば、小さく温かな身体を実感する。もちろん、自分が産み育てている貴央の可愛さとは違うが、赤ん坊とい
うのはどうしてこんなに可愛いのだろうか。
 「ゆうちゃん」
 「あ〜」
 「俺のこと、分かる?」
 「あう」
 まるで答えているようなその反応が嬉しくて思わず笑った真琴は、ふと自分達を見ている視線に気付いて振り向いた。そこには
貴央が立っている。
 「ほら、たかちゃん、くーちゃんの赤ちゃんだよ」
 「・・・・・」
その場に跪いて、優希の顔が見えるようにしてやった。



 微笑ましい対面だと思っていたが、真琴がその場に屈んで優希を見せようとした時・・・・・貴央の顔が少し拗ねたものになった
のを海藤は見逃さなかった。
 「や!」
 「たかちゃん?」
 「マコは、たかちゃんの!」
 そう言いながら、貴央は真琴に突進して抱きつく。その勢いで真琴はその場に尻もちをつきそうになったが、素早く動いた海藤
がその身体を支えて未遂になった。
 「貴央」
 海藤が名前を呼ぶと、叱られると思ったのか、貴央はとっさに綾辻の背後に隠れる。まだ幼い子供に言い聞かせても分かるか
どうかと考えるが、ちゃんと伝えておかないと同じことを繰り返すかもしれない。
 「貴央、今真琴は赤ん坊を抱いていた。お前があんなふうに突然抱きついて倒れてしまったら、もしかして怪我をしていたかもし
れないぞ」
 「だって・・・・・」
 「謝るんだ」
 「・・・・・だって・・・・・」
 「貴央」
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 「・・・・・め、なさ・・・・・」
 頑固な所はどちらに似たのだろうか。しばらく待って、ようやく小さな声でそう言った貴央に、海藤はようやく表情を緩めて頭を撫
でてやった。
 「よく言えたな、偉いぞ」
 「・・・・・っ」
綾辻の背中から出てきた貴央が自分に抱きつく。何時でも自分のことが一番の真琴が赤ん坊に対して優しい表情を見せたこと
が面白くなく、妬きもちを焼いたのだろうが・・・・・それも、成長の一つだと思えば、海藤は嬉しさも感じた。



 海藤家の躾を垣間見て、綾辻はへえと感心していた。
普段から口数の少ない海藤だが、息子である貴央に対してはきちんと言葉を尽くしている。子供に対するには少々口調は硬い
ように思うが、それも海藤の味だと思えた。
 なにより、貴央は海藤の言葉に納得し、謝った。それが全ての答えだ。
(妬きもちかあ、可愛い)
多分、貴央は真琴だけでなく、倉橋の関心も自分より赤ん坊に向けられていると感じたのだろう。愛情には様々な種類があると
いうことを貴央の歳で分かれという方が酷かもしれないが。
 「たかちゃん、マコちゃんはたかちゃんが一番好きなのよ?」
 「いちばん?」
 「でも、ゆうちゃんも可愛いって思ってくれてるの。ねえ、たかちゃんはゆうちゃんが嫌い?」
 「・・・・・」
 貴央の眼差しが、真琴の腕に抱かれている優希に向けられる。
その視線に答えるかのように、優希は小さな手を貴央に向かって差し出すように伸ばしてきた。
 「・・・・・あか・・・・・かわい〜」
 「可愛い?好き?」
 「すき!」
 そう言った貴央は、小さな手で、自分よりも小さな優希の手を掴む。けして乱暴な様子ではないのは、子供心にも赤ん坊への
扱いを無意識に考えるのだろうか。
(ホント、可愛いわあ)
なんだか、もう1人子供が欲しいなと綾辻は思ってしまった。





                                   





今回は、たかちゃんの妬きもち妬き(笑)。
次回は他のゲストも登場?