くーちゃんママシリーズ





第四章  子育て編   4







 貴央の機嫌が直り、周りの大人達はホッと安堵の息をついた。
それは倉橋も同様で、機嫌よく優希の顔を見下ろしながら話しかける貴央の様子に頬を緩めた。
(子供の気持ちは繊細なんだ。私達がそれをよく見ていてやらなければ・・・・・)
 人の感情というものは、とても分かり難いものだと倉橋は思っている。顔で笑っていても、内面で泣いているのか、怒っているの
か、それを簡単には判断出来ない。
 しかし、子供は違う。それもまだ、貴央ぐらいに幼ければ、身体全体で自分の感情を示す。
ただ、まだ言葉が拙いだけに、分かり難いということもあるが・・・・・絶対に間違えてはならないと思っていた。
 「・・・・・あ」
 その時、部屋の中に携帯の呼び出し音が鳴った。
 「あ、ごめんなさい」
どうやらそれは真琴の携帯だったらしく、一言断りを入れた真琴はそのまま携帯に出た。
 「あ、今どこ?・・・・・うん、分かった、後15分くらいだね。・・・・・うん、貴央も一緒にいるよ、待ってるから」
 会話は用件のみだったらしく直ぐに終わり、真琴は電話を切って海藤を振り返る。
 「海藤さん、もう直ぐみたい」
 「ああ、綾辻」
 「了解、迎えに行きます」
今から誰が来るのか、倉橋も知っている。
わざわざ自分が落ち着くまで会うのを控えてくれていた相手に感謝をするものの、自分などにこれほどの厚情を掛けてくれるのが
申し訳ない気もした。
 「たかちゃん、もうすぐタロ君達がくるよ」
 「たろ?」
 「かーちゃも、しーちゃも、とも君も。たくさん来て遊べるね」
 「うん!」
 微笑ましく笑い合う真琴と貴央は単純にこの訪問を喜んでいるが、今からこの世界でも大物と呼ばれる者達が訪れるために
様々な警護などの準備をしなければならない。
ここは真琴に任せるとして、自分も動かなければならないと倉橋は部屋を出た。



 「たかちゃーん!!」
 「たろー!」
 それから約20分後。
ドアが開くなり大声がして、何時もと変わらぬ満面の笑顔の苑江太朗(そのえ たろう)が姿を現した。
 何度もマンションの方に遊びに来て貴央とも顔見知りなので、直ぐに駆け寄った貴央は細いその身体にダイビングするように抱
きつく。
グルグル、貴央の身体を抱えて飛行機のように回す太朗に、貴央もきゃっきゃと声を上げて・・・・・真琴はまるで子供同士のじゃ
れ合いを見ているような錯覚にさえ陥ってしまった。
 「タロッ、赤ん坊もいるんだから暴れるなよ!」
続いて現れた日向楓(ひゅうが かえで)の文句も、
 「仕方ないよね、ようやくだもん」
にこやかに笑いながら言う小早川静(こばやかわ しずか)の言葉も、
 「大勢で押しかけても良かったのかな」
遠慮深い高塚友春(たかつか ともはる)の声も、真琴自身聞くのはとても久し振りだった。
 「きゃははは!」
 「ほ〜ら、高い高・・・・・うわっ!」
 「あっ」
 グルグル回り過ぎたのか、太朗の足が一瞬絡まってしまったが、その身体を貴央ごと軽々と支えたのは、続いて入ってきた体格
の良い男だった。
 「タロ、そいつは人形じゃねえぞ」
 「わ、分かってるよっ」
 「本当かあ?」
そう言うと、男は目を丸くしている真琴に向かい、何時もの自信たっぷりの笑みを向けて来た。
 「元気そうだな」

 真琴と同い年の静と友春。
2つ下の楓と、3つ下の太朗。
本当なら全く混ざり合わない5人だったが、それぞれの恋人達との関係で出会い、同性を恋人に持つ仲間として、そしてその恋
人が普通ではない・・・・・ヤクザと呼ばれる生業を持っているという繋がりから、今では頻繁に連絡を取り合うほどの仲の良い友
人になった。
 彼らは真琴が妊娠した時も共に喜んでくれ、祝ってくれたが、それは今回の倉橋の場合も同じだった。
ただ、真琴の時とは違い、倉橋自身がヤクザの社会に身を置いている人間だったので、彼の心境も考え、落ち着くまでは会いに
来ないということを聞いていたのだ。

 「・・・・・嬉しい。みんな、克己のことを考えてくれてるのね」

 綾辻にそれを伝えると、彼は一瞬、眉を寄せて何かを耐えるような表情をしていたが、真琴は心の中でそれだけではないのだと
言いたかった。
倉橋のことももちろんだが、みんなは綾辻のこともちゃんと考えているのだと伝えたかったが、それは胸の内におさめることにした。
伝えたら、きっと照れてしまい、今のような表情を見せてくれなくなったらつまらないなと思ったからだ。
 ようやく、倉橋も落ち着き、海藤の許しも得たので、優希の顔を見に来るかと連絡を取れば、4人の友人達は即座に会いに来
たいと答えてくれた。
 しかし、それぞれの恋人の許しや都合を考えると、なかなか時間が合わなくて・・・・・ようやく今日、みんなが揃ってこの開成会
へと訪ねてくることになったのだ。



(まさか、カッサーノ氏まで同行するとはね)
 今回の訪問は羽生会会長、上杉滋郎(うえすぎ じろう)とその恋人太朗、日向組若頭、伊崎恭祐(いさき きょうすけ)と恋
人の楓、大東組の理事、江坂凌二(えさか りょうじ)と恋人の静、そして友春というメンバーだと聞いていた。そこに、イタリアにい
るはずのマフィア、アレッシオ・ケイ・カッサーノがいるとは想像外だ。
 たまたまなのか、それとも考えてのことなのか。どちらにせよ、事務所を取り巻く車の中の厳つい外国人のガードをどうするのか、
住民から警察に通報がいかないことを願うしかない。
 「どれ、これが綾辻の子か」
 真琴が抱いている優希の顔を覗き込んだ上杉は、にやりと人の悪い笑みを浮かべて綾辻を振り返った。
 「確か、男だったな」
 「ええ」
 「俺の顔を見ても泣き出さないってーのは、もう教育が行き届いてるじゃねえか」
 「ふふ、ありがとうございます」
 「それで、こいつは海藤のガキか」
上杉が、今度は太朗が抱え上げている貴央を見た。
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 「・・・・・ん?」
 「じーじ・・・・・こあい」
 「じーじ?」
 その瞬間、その場にいた者が皆ふき出してしまう。
普段は無表情の江坂も頬を緩め、日本語の分かるアレッシオも、上杉の顔を見て目を細めた。
 「・・・・・海藤」
 「すみません」
 「・・・・・俺も、ガキのやることに一々突っかかったりしねえが、お前とそう歳の変わらない俺がジジイっていうのが納得いかない」
 「たかちゃん、ナイス!」
 そんな中、太朗は一番大きな口を開けて笑いながら、胸に抱く貴央の頬に熱烈なキスをする。
喜ぶ貴央と、憮然とした表情の上杉と。
(妬きもちを焼く上杉会長・・・・・写メしときたいくらい)
人事のようにそう思っていた綾辻は、
 「そこをどいてください」
冷静な声に振り向いて、慌てて手を伸ばした。



 「言ってくれたら私が運ぶのに!」
 綾辻の、言葉と共に差し出された手にありがたくトレイを手渡した倉橋は、玄関先でした挨拶を再びこの場でも繰り返した。
 「皆様、先日はお祝いの品をありがとうございました。このようにまとめてお伝えするものではないのですが・・・・・」
 「丁寧な礼状は貰ったし、綾辻から電話もあった。二度も頭を下げることはない」
江坂がそう言うと、太朗を構っていた上杉も振り返った。
 「そうだぞ、倉橋。めでたいことだ、こっちにとっても縁起がいい」
 「上杉会長・・・・・」
 反射的に頭を下げそうになったが、倉橋は辛うじてそれを止めた。今の言葉を素直に受け取り、卑屈なほどに礼を言うのは止
めようと思う。
 ただ、あの時は日本にいなかったアレッシオには、あらためて礼を言おうと視線を向けた。
 「ミスター、カッサーノ。お祝いの品、ありがたく頂きました」
 「使っているのか?」
 「あ、いえ、優希はまだ自分で這うことも出来ないので、木馬を使うのはもう少し先になると思います」
アレッシオが贈ってくれたのは木製の玩具。中でも木馬はとても柔らかなデザインで、まだ使えないことが分かってはいるが倉橋は
部屋に飾っていた。
 冷酷無比と伝え聞くアレッシオがどんな顔で選んだのかと興味が湧いたが、もしかしたら部下に選ばせたという可能性もある。
どちらにせよ、温かな祝いだということには間違いが無かったので、倉橋の表情も自然と柔らかいものになっていた。



 狭い部屋ではないはずだが、大人の男がこれだけ揃えば部屋もそれなりの狭さになってしまう。
それでも、誰も文句を言うことも無く、世間では恐れられているヤクザを生業にした男達はコーヒーを飲みながら、少し離れた場
所で賑やかに会話をしているそれぞれの恋人達を見つめていた。

 「可愛いな〜。なんだか、貴央君の赤ちゃんの頃を思い出すね」
 「あ、静も?僕も、懐かしくなった」
 「子供ってちっさいよな・・・・・タロは今もチビだけど」
 「楓には言われたくない!これでも中学生には間違われなくなったんだからな!」
 「小学生に間違われてるんじゃないか?」
 「楓!」
 「こ〜ら、タロ君、楓君、あまり大きな声を出すとゆうちゃんが驚くよ?」
 何時もの言い合いを始めた年少の2人も、真琴の言葉に慌てたように口を閉ざす。視線を移せば、優希は不思議そうな表
情をしているものの泣き出す気配は無くて・・・・・。
 「・・・・・大物じゃん」
太朗の呟きに、一同は感心したように頷いた。

 5人プラス、倉橋と、幼い貴央。
その光景を見ながら、上杉が海藤を振り返る。
 「おい、開成会にはどんな魔法が掛かってるんだ?」
 「魔法、ですか?」
 「どれだけ抱いても、タロに子供が出来ないのには理由があるだろ?ちゃんと中で出してるし、回数だって少ないとは思わないん
だがな」
 「下品だぞ、上杉」
 「理事もそうは思わないんですか?大事な恋人に、自分のガキを産ませたいってね」
 江坂はその物言いに眉を顰めるものの、言葉の内容自体には異議はないらしく、確かにと低い声で言った。
 「子供が出来れば、今以上に縛り付けることが出来るからな」
 「今のままじゃ自信ないんですか?」
 「自信はある。だが、同性同士でも子が出来るという実例が目の前にあるのなら、自分たちもと願うのは当たり前のことだろう。
私はそれほどに静を愛しているからな」
常に無い、自分の心情を吐露するという江坂の姿を見れば、彼もまた自分と同じように愛する者が自分の血を受け継ぐ存在を
産み出すことを強く望んでいるというのが分かった。
 いや、確かに自分の子供という存在を欲するという気持ちはあるが、それ以上に、そのことで愛する者との絆が強固になることを
望んでいる。
(子供にとっちゃ、傍迷惑な思いだろうがな)
それでも、自分達の中の一番は決まっているのだ。





                                   





ヤクザ部屋の皆様、登場です。この中では、真琴と静、友春は大学生、タロと楓は高校生という設定(汗)。
次回もこの続きです。