くーちゃんママシリーズ
第四章 子育て編 5
「あの・・・・・聞いてもいいですか?」
急に声を潜めた太朗に、倉橋はどうぞと促す。高校生の彼の質問に自分が答えられるか自信はなかったが、それでも精一杯
考えよう・・・・・そう、強く思ったが。
「どうやって、赤ちゃんが出来たんですか?」
「・・・・・え?」
あまりにも思い掛けない質問に、倉橋は思わず惚けた声を漏らしてしまった。
まさか、太朗くらいの歳で子供のつくり方を知らないとはとても考えられない。同性同士とはいえ、太朗には上杉という恋人がい
るし、その上杉とは肉体関係もあるはずだ。
その太朗が真面目な顔をしてそう質問してきて、倉橋は情けないがどう答えていいのか分からなかった。
「・・・・・あの、それは・・・・・保健体育のような説明で・・・・・いいんですか?」
「保健体育?」
太朗は首を傾げ、それでも直ぐに顔を赤くして慌てて違いますと言う。
「俺が知りたいのはっ、そのっ、男同士でって話で・・・・・っ」
「・・・・・苑江君は、上杉会長との子供が欲しいんですか?」
「!」
そう聞き返した瞬間、太朗の顔がさらに真っ赤になったのが分かった。
「お、俺だって、それは分かりますよ!ちゃんと習ったし、と、友達から本も借りたりしたしっ」
「エロ本?」
「楓!お前っ、そんな顔してエロ本って言うなよな!」
「顔は関係ないだろ。俺だって見たことあるし・・・・・でも、偽物みたいなでっかいおっぱい見たって反応しなかったな。どっちかっ
て言うと、俺は貧乳が好みかも」
「楓〜っ」
「・・・・・」
目の前で交わされる年少の友人達の会話に、倉橋は口を挟めないままでいる。
自分が高校生の頃、こんなふうに友人達と際どい会話をしたことがあっただろうかと考えるが、そんな思い出は出てこない。
そもそも、友人といえる者はいなかった。単に知り合い程度はいたが、それはテストのことや学校行事を話す程度の相手で、こ
んなふうに性に関してあけっぴろげに話した覚えは無い。
それが良いことか悪いことかは別にして、倉橋は羨ましいと感じた。こんなふうに、人間のいわば恥部について話せるなど、ある
程度心を許さなければ出来ないことだ・・・・・いや。
(今、私に聞いてくれるというのは・・・・・私も少しは受け入れてもらっているということなのか・・・・・?)
「もうっ・・・・・で、倉橋さん、教えてくれますかっ?」
「・・・・・は?」
再び、話は元に戻ったらしい。
彼らの仲間に入れてもらうことを嬉しく思う反面、太朗のこの質問にどう答えていいのか、倉橋は表面上は何時もと変わりないも
のの、その内心はかなり動揺していた。
(うわ・・・・・タロ君、克己を苛めてる)
そう思うものの、綾辻の頬には笑みが浮かんでいる。
まさか年少者達がそんな話をしだすとは思わなかったが、困っている(表情には、ほとんど表れないが)倉橋の顔を見るのは楽し
かった。
「なんだ、タロも子供が欲しいってことか」
目の前の男らしい上杉の顔が緩んでいる。溺愛する恋人が、子供の作り方を聞いている様子に、同じ気持ちだと嬉しく思って
いるのだろう。
(タロ君、今日は抱き殺されちゃうかもよ)
子供のつくり方など、実際に出来た倉橋は、いや、真琴も、口で説明できることではないだろう。まさに、コウノトリの気紛れとし
か言いようがないのだ。
それでも、その理由を知りたいという太朗を健気だと思うし、そこまで想われている上杉は幸せだと思う。
「・・・・・」
「・・・・・」
(あ、理事も気にしてるんだ?)
そんな上杉の隣で、江坂も少し居ずまいを変えたのが分かった。平然とした様子を見せているものの、先ほどの告白の通り、
江坂も静を縛る手段として、子を産ませたいという思いが強いのだろう。
いや、ここにいる男達は皆そう思っているのだ。現に自分も・・・・・。
(もう1人欲しいと思っちゃってるんだもんね〜)
まだ子育ては始まったばかりだというのに、子供を生んだ倉橋の表情が豊かになったことを思い、さらに、家族というものを増や
せばもっと幸せそうな顔になってくれるのではないかと思うのだ。
(克己に言ったら殺されそう)
「俺も、ちょっと興味あるな」
倉橋に詰め寄る太朗の隣で、静がのんびりとした口調で爆弾発言をした。
真琴は目を丸くし、本当にと聞き返してしまう。
「うん。好きな人の子供、普通に欲しいって思うだろう?でも、いくらその人の子供でも、自分以外の女の人が生んだ子供ってい
うのはどうしても複雑だし・・・・・」
「ああ、それ分かる。俺も、恭祐の子供って思う前に、俺以外を抱きやがってって思うもん」
楓は綺麗な眉を顰め、あくまでも架空の話だというのに少し離れた場所に座っている伊崎を睨んでいる。
気の毒なと思うものの、それほどに楓は伊崎に一途な想いを向けているのだということも分かるので、真琴は思わずうんと頷いて
しまった。
立場を自分に置き換えたら、女の人が生んだ海藤の子供を愛せるかどうかは分からない。
(そんなことはないと思うけど・・・・・)
「ねえ、真琴の時はどうだった?」
「え?」
不意に、静が真琴を振り返った。
「何か特別な食べ物とか・・・・・もしかして、体位とかある?」
「た、体位?」
「妊娠しやすい体位。だって、受け入れる場所は同じなんだから、後はその方法しか・・・・・」
「ちょ、ちょっと、待って、静。友春が気絶しそう」
「え?」
急に生々しい会話になったせいか、この中で一番内気な友春は一言も発しないまま顔を真っ赤にして俯いている。
いや、友春だけではなく、太朗に同じ質問をされた倉橋も、顔を赤くというよりは白くして、珍しく視線を彷徨わせている状態だっ
た。
「なんか、変な話になちゃってるよ」
「そう?」
静は首を傾げながら楓に問うていたが、楓も首を傾げながらさあと答えている。
綺麗な顔をした2人のそんな会話は心臓に悪いなと、真琴は目の前のお茶を飲んで気持ちを落ち着けようとした。
「あか、かーいい」
「たかちゃん?」
そんな真琴の耳に、貴央の声が届いた。
まさか優希に悪戯はしていないだろうとは思ったものの慌てて視線を向ければ、小さな指で優希の頬を何度も突いている。多分
全然強い力ではないと思うが、真琴は立ち上がって貴央のそばに行くとしゃがみ込んだ。
「たかちゃん、ゆうちゃん可愛い?」
「うんっ、かーいい!ほしーなー」
「え?」
「あか、ほしー、ね、まこ、あか、ちょーだい!」
「え、えっとお・・・・・」
赤ん坊は玩具ではないと分かっているのかどうか。あっけらかんと母親(?)に2人目を要求する我が子に、真琴はどう返事を
すればいいのかと考え込んでしまった。
貴央の言葉は当然海藤の耳にも届き、その無邪気な願いに思わず笑みを誘われるものの、その一方で好奇に満ちた眼差し
を横顔に感じる。
「・・・・・何ですか」
「2人目だってよ」
「・・・・・そう、こちらの都合通りにはいきません」
「そうか?あの子も言ってたじゃねえか、体位がどうのとか。あるだろ、本当はコツが。俺に実地で教えろ」
肩を組んでくる上杉に、海藤はまさかと思いながらも訊ねた。
「・・・・・まさか、俺にあなたを抱けとでも?」
「ば〜か、どう考えたって俺が抱く方だろ?お前くらい綺麗な顔だったら出来ねえこともないが・・・・・やめとくか」
「そうしてください」
いくら冗談でも、とても笑って受け流せる問題でもなく、海藤は生真面目にそう言った。
「まあ、今回はタロにその気があるということが分かっただけでももうけもんだ。あいつは本人がまだ子供みたいなもんだから、俺
との子供なんて到底考えてないと思っていたが」
「想われていますね」
「・・・・・まあな」
照れくさそうに笑う上杉の顔は、多分無防備なのだろう。
あの俺様気質の上杉にこんな表情をさせるだけでも太朗はたいした少年だと思った。彼にはまだ少し早い気がするが、このまま
でいけばきっとこの2人にも子供が出来るのではないだろうか。
太朗のためには、それは言わないことにした海藤は、さりげなく上杉の手を自分の肩から除けた。
「トモ、大丈夫か?」
赤い顔をして俯いたままの友春の側にアレッシオが歩み寄った。今までの会話を聞いていれば、気分が悪くなったわけではない
と当然分かるはずなのに、こうして側にやってくるほどにアレッシオは友春が大切らしい。
多分、同じ日本の、それも近くに恋人や伴侶がいる自分達とは違い、アレッシオと友春には距離という物理的な障害があるの
で、余計にそう感じてしまうのかもしれない。
倉橋はそのまま友春の腕を掴んで立ち上がらせようとしているアレッシオに場所を譲ろうとしたが、
「ちょっと、友春さんをどこ連れて行くんだよ?」
・・・・・どうやら、ここにはアレッシオの権力に屈しないつわものが存在していた。
「・・・・・お前に言う必要があるのか、ターロ」
「だって、俺達今話している最中だし」
「トモは話していない」
「会話には参加してるの!ねっ、友春さん」
太朗の言葉に、友春はチラッとアレッシオの顔を見たが、直ぐに慌てて視線を逸らすと小さく頷いた。
「トモ」
アレッシオにすれば、友春を救い出そうとしたつもりなのだろう。どうして自分の手を拒むのかという表情で眉を顰めていたが、友
春はごめんなさいと言いながらもアレッシオの手に自分の手を重ねた。
「僕、まだみんなと話したいから・・・・・」
「・・・・・」
「ケイ」
アレッシオはそれには答えず、友春の腕からも手を離さないまま、倉橋が立ち上がって空いた席に無表情に座った。
「あー、なんか、話し難いんだけど・・・・・」
「何がだ」
明らかに自分の存在を歓迎しないような太朗に、アレッシオは憮然としたまま訊ね返す。異国の血の混じった顔立ちの、冷たく輝
く碧の目で見つめられると普通の相手は怯むのだが、どうやら太朗には全く通じないらしい。
「えー、だって、普通エッチな話って親に内緒でするもんでしょ?」
「・・・・・私はトモの親ではない」
どこか噛み合っていないアレッシオと太朗の会話に、今までどうしようかと不安そうな表情をしていた友春が楽しそうにプッとふき
出していた。
(苑江君は・・・・・凄いな)
さすが太朗と、綾辻がくつくつ笑っていると、その視界の端におとなしく席に座っている伊崎が映った。
多分、伊崎も楓の側に行き、先ほどからの赤面しそうなほど際どい話をする彼を止めたいのだろうが、主従関係がはっきりしてい
るせいか微動だにしない。
(苦労するわよねえ・・・・・あ〜、でも、もしかしてMちゃんかもしれないし・・・・・ふふ)
あの綺麗な楓を泣かす方が楽しい気もするが、もしかしたら夜の生活はと、つい下世話なことを考えてしまう。
もちろん、そんなことを考えているなどとは表情にいっさい見せないまま、綾辻はパンパンと手を叩いて一同の視線を自分に集め
た。
「みなさ〜ん、夕食の話でもしましょうかあ」
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平等に会話は出来ているかな(汗)。
次回の半ばまでは全員集合が続きます。